AI TRiSMとは?生成AI活用のリスク管理と企業コンプライアンスにおける共存戦略を考える

生成AIを活用した業務効率の改善、あるいは新たな施策の実行など、その抜きんでた機能性にポテンシャルを見出している企業やマーケット、そして個々のエンジニアやクリエイターが増えています。
しかしその一方で、AIの活用にはまだまだ課題も多く、特にプライバシーをはじめとしたセキュリティリスクなどの問題は、急速に進むAIの発展に伴って整備が急がれるテーマです。
つまり、AIとの共生にあたり、倫理観を伴うフレームワークが求められているということです。そこで注目を集めているのが、「AI TRiSM」の概念となります。
POINT
- AI TRiSMとは、AIの信頼性やリスク、セキュリティを包括的に管理するフレームワークであり、AIの安全な活用の支援を目的とする
- 特に生成AIの活用においては、セキュリティリスクやプライバシー侵害、信頼性の欠如といった深刻な課題が顕在化しており、これらのリスクに対処することが重要
- AI TRiSMの構成要素(説明可能性、ModelOps、AIセキュリティ、プライバシー)は、AIシステムの安全かつ効果的な運用を実現するための基盤となる
Contents
AI TRiSMとは

AI TRiSM(エーアイトリズム)とは、AIシステムの信頼性、リスク、そしてセキュリティを包括的に管理・評価するフレームワークで、次の言葉の頭文字に由来する造語です。
- Trust(信頼性)
- Risk(リスク)
- Security(セキュリティ)
- Management(マネジメント)
簡単に説明すると、AIの信頼性や安全性を高めるためのフレームワーク、またはガバナンスを意味します。
これは世界最大規模のICT企業・ガードナー社が、『Gartner IT Symposium/Xpo 2023』にて提唱した概念であり、社会や組織に大きな影響を及ぼすイノベーションの一要素として言及されています。具体的には、AIのリスクマネジメントが徹底されていない企業は、財務だけではなく社会的にもダメージを受けるといった内容です。
企業が意識すべきAI TRiSM
企業におけるAIのリスクマネジメント戦略の一環として、AI TRiSMは次のような目的を達成するために設計されます。
- リスクの特定と軽減:AIがもたらす潜在的なリスクを評価し、適切な対策を講じる
- 信頼性の確保:AIがビジネスや社会に与える影響に対して、高い信頼性を維持する
- セキュリティの強化:データやシステムの安全を確保し、不正アクセスやデータ漏洩を防ぐ
AI技術が加速度的に進化し、複雑化する中で、こうした管理フレームワークの導入はもはや不可欠です。特に生成AIのように大量のデータを扱う技術において、AI TRiSMはそのリスクを軽減し、企業が安心してAIを活用するためのキーポイントとなります。
AI TRiSMが注目される背景
AI TRiSMが要求されるようになった理由は、AIが人類のライフスタイルに確実に、かつ急速に溶け込みつつあることです。AI技術は黎明期を迎えており、インターネットと同じかそれ以上に世の中のスタンダードを変えようとしています。その可能性が取り沙汰される一方で、AIにおけるガバナンス(管理や統治)の強化は追い付いていません。
そのため、AI TRiSMというフレームワークによって、リスクマネジメントを中心とした対応を推進していく必要があるのです。
生成AIの活用におけるリスク

生成AIの活用において考えられるリスクは、大きく次のように分類できます。
- セキュリティのリスク
- プライバシーのリスク
- 信頼性におけるリスク
- 社会におけるリスク
生成AIは世の中の利便性を高め、多様な応用分野を持つ一方で、まだまだコンプライアンス規制やデータの確実性を保証できていません。
たとえば、「AIができること、AIができないことを明確に説明してください」と問われて、完璧に答えられる人は多くないでしょう。それは、既にAIを活用している企業にとっても同様です。どこにリスクが潜んでいるのかわからない、いわばブラックボックスな状態で運用されているケースも少なくないのです。
セキュリティのリスク
生成AIにおけるセキュリティリスクとは、わかりやすく言えば情報漏洩です。
通常、AIは機密情報に関して外部へ漏らさないように制御されていますが、高度な命令や攻撃によっては、保持する情報を流出させてしまう可能性は否定できません。悪意を帯びた攻撃を受けた場合、企業が持つ個人情報や事業に関する知的財産など、コンフィデンシャルな情報が外部へ漏洩してしまう恐れがあるのです。
さらに、悪意がなくても、誤った操作によって内部からの情報漏洩を引き起こすケースもあります。たとえば、AIが学習した内容が、管轄外である別の対話にも使用されるといった行動です。これは使用者のリテラシーだけにとどまらず、使用範囲などのルールによっても起こり得る問題です。
生成AI活用における主なセキュリティリスクは、次のようにまとめられます。
リスク | 概要 |
---|---|
モデル攻撃 | 敵対的サンプルなどを用いて、AIの判断を誤らせる攻撃 |
データ漏洩 | 機密データがモデル学習中に流出するリスク |
サイバー攻撃 | AIシステムが攻撃され、不正アクセスやデータの不正利用が行われる可能性 |
プライバシー侵害のリスク
生成AIの活用時に個人情報を含むデータを大量に使用する際には、プライバシー保護は極めて重要な論点となります。具体的には、次のような要素が挙げられます。
- 個人データの不正利用:データが十分に匿名化されていない場合、個人を特定できる情報がアウトプットに含まれる可能性がある
- 法規制への不適合:GDPRなどプライバシーに関する法規制に違反するリスクがある
また、AIが出力する情報が著作者に無断で使用されたものであり、それが結果的に著作権を侵害してしまうケースなど、プライバシーを侵害するリスクも懸念されます。
たとえば、AIが独自で画像を生成する際には、まったくゼロの状態から出力しているのではありません。世の中に存在する既存のデザインから学習して、アウトプットが生み出されます。その学習データにクリエイターの著作物が含まれていた場合、著作権侵害にあたる可能性も疑われます。
また、昨今話題となっている著名人を語った投資詐欺なども該当します。AIによって忠実に再現された著名人の音声を使って人々を信じ込ませ、ありもしない投資話で詐欺を行うといった手法も、AI技術を悪用したプライバシー侵害の一例です。
信頼性におけるリスク
生成AIの活用における問題のなかで、もっともイメージしやすいのが信頼性におけるリスクでしょう。AIの出力結果が本当に正しいものなのかどうか、懐疑的に見ている人も多いかと思います。実際、事実とは異なる情報を出力してしまうハルシネーションは頻繁に発生しています。
仮に間違った情報を発信・拡散してしまうと、前項のプライバシー侵害を含め、企業や個人の社会活動に多大な影響を与えかねません。AIの回答は、一見すると正しい情報のように振舞われます。しかし、参照データの偏りやAIの判断プロセスが不透明である問題は払しょくされておらず、その精度が完璧とは決して言えません。
情報の正否が使用者の判断にゆだねられてしまうということは、信頼性におけるリスクが常に付きまとっていることと同義です。ビジネスシーンやオープンな場において、企業やクリエイター、エンジニアがそのリスクから目を背けることは許容されません。
社会におけるリスク
前項までの3つはミクロ視点におけるリスクです。さらにマクロに視点を広げると、最終的には社会規模におけるリスクにまで発展します。これは決して大げさな話ではなく、たとえばAIが生成するフェイクニュースが選挙や世論に影響を与えてしまえば、政治や倫理観を誤った方向に進めてしまう可能性もあります。
具体的には、次のような社会的リスクが懸念されます。
- 倫理的な問題:生成AIが作り出すコンテンツが、意図しない形で社会的・文化的な偏見を助長する可能性がある
- フェイクニュースの拡散:生成AIを用いて作成された文章や画像が精巧であるがゆえに、フェイクニュースやデマが容易に拡散される危険性がある。これにより、社会的混乱や誤解が生じ、結果的に信頼性のある情報が失われることにもなる
また、引き続きAI技術が発展し続ければ、いずれシンギュラリティ(技術的特異点)に到達するとも言われており、AIが人間の知能を超えて発達することで、管理が困難になるとも予測されています。これはあくまで仮説にすぎませんが、AIの成長に人間が遅れをとっていたら、不都合な未来が到来しても不思議ではないでしょう。
このように、生成AIにおけるリスクや倫理観のマネジメントの欠如は、いずれ人間にとっての脅威になってしまう可能性があるのです。
AI TRiSMの構成要素
生成AIにおける4つのリスクに対して、包括的なリスク対応を目指すフレームワークであるAI TRiSMは、以下の要素から構成されています。
- 説明可能性
- ModelOps
- AIセキュリティ
- プライバシー
聞きなれない言葉もありますが、それぞれの意味を解説していきます。
説明可能性
説明可能性とは、AIが出力する結果だけではなく、そのプロセスまでを説明可能とすることです。
生成AIは、質問に対する回答が瞬時に得られる一方で、内部でどのようなプロセスを経て出力に至っているのかを多くの人が理解していません。たとえば画像認識AIが、ある画像に移っているものを「車」と判定したとします。ですが、何を以ってその物体を車と認識したのかが説明できなければ、出力結果への信ぴょう性は乏しくなるでしょう。
また、AIの仕組みが説明できないということは、AIの短所とそれに対する対策を想定できていないということでもあります。
ModelOps
ModelOps(モデルオペレーション)とは、AIモデルや機械学習モデルのライフサイクルを管理することです。
AIが効率的かつスムーズに機能することを保証するためには、開発から運用まで首尾一貫した管理体制を構築しなければなりません。しかしAIは学習によって成長し、可能性を広げていきます。
それはつまり、開発時点の想定を超えたさまざまなギャップが生まれてしまう可能性でもあり、定期的なメンテナンスによって運用・管理しなければ前述したリスクを引き起こしやすくなります。
AIセキュリティ
AIセキュリティとは、AIアプリケーションに対する攻撃への対策です。悪意あるプロンプトが動作しないようにしたり、企業の機密情報を漏洩させないようにトレーニングしたりと、開発段階から運用時までさまざまな対策が講じられます。
たとえばトレーニングデータに個人情報が含まれていて、プロンプト次第ではAIが回答時にその個人情報を漏洩してしまうケースもゼロではありません。AIの脆弱性を狙った攻撃を想定して、堅牢なAIセキュリティを設けることが求められます。
プライバシー
AI TRiSMにおけるプライバシーとは、AIシステムが個人のデータを利用する際に、そのデータが適切に保護され、プライバシーが侵害されないようにすることです。具体的には、AI技術の開発・運用において、個人情報や機密情報の取り扱いに関する透明性やセキュリティを確保することが求められます。
たとえば、個人を特定できるデータを使用する際、そのデータを匿名化したり、必要に応じて特定の情報を隠したりすることで、プライバシー保護を可能にするといった取り組みです。また、学習データの偏りによって、特定の個人やグループに対して差別的な結果をもたらす可能性を排除する施策なども含まれます。
AI TRiSMの実現に向けた取り組み
AI TRiSMの実現に向けては、以下のような取り組みが必要になります。
- 専任の部門を設置する
- 活用範囲を限定する
- インシデント対策を徹底する
もっとも重要なのは、生成AIの活用を現場に一任しないことです。現場が活用するなかで必要な機能や用途を模索していき、運用ルールを固めていく考えもありますが、使用者はAIに明るくないケースがほとんどです。それでは、前述したようなリスクを先回りして対策することは難しいでしょう。
そのため、生成AIの管理・運用ルールは専任の部門によって行われるべきです。フィードバックを集約することで、都度全体的なルールの統治を担う部門がないと、活用範囲を限定できないどころか、インシデント対策もなされないでしょう。
- AI TRiSMとは、AIの信頼性やリスク、セキュリティを包括的に管理するフレームワークであり、AIの安全な活用の支援を目的とする
- 特に生成AIの活用においては、セキュリティリスクやプライバシー侵害、信頼性の欠如といった深刻な課題が顕在化しており、これらのリスクに対処することが重要
- AIが引き起こす倫理的問題やフェイクニュースの拡散なども懸念されている
- AI TRiSMの構成要素(説明可能性、ModelOps、AIセキュリティ、プライバシー)は、AIシステムの安全かつ効果的な運用を実現するための基盤となる
- 企業がAI TRiSMを導入するためには、専任部門の設置やインシデント対応策の徹底などの具体的な取り組みが必要