Web3.0の時代となり、AIやブロックチェーンの技術が様々な場面で利活用されています。技術革新が進む中で、最前線でAI✕ブロックチェーンの技術を駆使するエンジニアである瀬戸智寛さんと高橋祐貴さんのお二人にWeb3.0時代の意味とエンジニアとしての求められるスキル、心構えをお伺いしました。

CryptoGames CTO
神戸大学経済学部卒。2019年にFringe81株式会社へ入社。ARR10億円規模のHRSaaS、月間取扱高数十億円規模の大手通信アドネットワーク開発を経て2021年6月にCryptoGames株式会社入社。

アカウントネーム:ユウキ
Superteam Japan Member
CryptoGames ブロックチェーンエンジニア
Metaplex Japan Member
2021年7月に公務員からブロックチェーンのエンジニアに転職。ハッカソンでの受賞をはじめ、審査員や登壇、「ETHGlobal Tokyo」でのメンター経験など、さまざまな領域で活動しつつも、最近はSolanaを広めるSuperteam JapanのMemberとして主に活動中。
Web3.0は「所有の時代」へ
――早速、お二人にお話をうかがっていきたいと思います。まず、お二人のお仕事とも関連深いWeb3.0というキーワードですが、一体、何がどう変化していくのでしょうか?
瀬戸:多分、変遷から説明した方がわかりやすいと思います。私が知る限り、Web1.0の時代はインターネットが初めて登場した時期です。1990年代ですね。最初はそれぞれが自分のところでサーバを設置してウェブサイトを立ち上げる。パソコン同士が蜘蛛の巣のように繋がってウェブの世界を形成していました。
高橋:そこからFacebookやX(旧twitter)などSNSが登場して、個人でも投稿できるようになりました。これがWeb2.0時代の始まりと言われています。Web1.0は情報は一方通行。Web2.0の時代になると情報が双方向でやり取りできるようになります。ここが大きな変化だと思います。
瀬戸:そしてWeb3.0の時代になると「所有の時代」と呼ばれていますね。
――所有の時代?
瀬戸:先ほどのfacebookにしろXにしろ、データは誰が管理しているのかというと企業なんです。しかし、Web3.0では自分のデータを自分自身で管理できるようになるわけです。
高橋:例えば、企業が私の情報をデータベースで管理しているとします。実際にそんなことをする企業はないと思いますが、私のデータを無断で更新しようと思えばできるのです。ただ、Web3.0の時代で大きく変わるのは、自分のデータは自分自身で管理ができる。どんなに権力を持っていようが、無断で改ざんや変更することができません。ここが大きく異なるところだと思います。

――具体的にどんなことが可能になるんでしょうか?
高橋:所有が個人に移るということは、個人が力を持つことができると言われています。ひとつの例としてDePIN(Decentralized Physical Infrastructure Network:分散型物理インフラネットワーク)があります。今、「Hivemapper」という分散型の地図サービスが流行っています。ブロックチェーンの技術を使ったものなのです。Googleマップなどがすでに存在していますが、誰が作っているかといえば、当たり前の話ですがGoogleです。Googleは企業がつくっていますので、地図としてニーズがない、利益にならないところはあまり更新されないということは起こりうるわけです。作成するのもGoogleに雇われた人でないとできなかった。「Hivemapper」は個人が地図の作成に協力して、報酬をもらうことができます。さらに、DePINでは自分のストレージを個人として貸し出すこともできます。
瀬戸:地図のデータベースが企業ではなくブロックチェーンで管理されています。企業が関係ないという点が大きいのです。そして日本だろうが、アメリカだろうか国境も関係ない。個人が自分の資源を使っていろいろなことができるようになるわけです。
相手の信用や信頼は関係ない
――そう考えるとWeb2.0からWeb3.0への進化は凄くインパクトあるわけですね?
瀬戸:インパクトは大きいと思います。ただ、日本では、一般の方がよく使っているWebサービスの裏側でブロックチェーンなどの技術が使われているという段階には来ていないと思います。
――それはなぜですか?
高橋:個人的に感じているのは、日本だからというのを少し感じています。日本という国はある意味、信頼できる国だと思います。行政も企業もある程度、おかしなことはしない。先ほどから『個人が力を持てる』と話をしましたが、重要なのは個人が何に対して力を持つのか、という点だと思います。それが国に対してなのか、企業に対してなのか。

瀬戸:例えば、土地のデータがあるとします。この土地は「私のものです!」と言ったところで信頼できない国であれば、役人などに勝手に書き換えられてしまうかもしれない。そういう状況の中で、個人が力を持って自分の土地であるということを証明するためにはどうしたらよいか。国や企業ではなく、自分のデータは自分自身で書き換えられないようにしなくてはならないわけです。
高橋:日本はそこまで信頼できない国ではないし、仕組みもしっかりしていますからね。だから、こういった技術が浸透するのは逆に進みにくいという側面はあるかな、と私は思っています。
――途上国などの方が逆に浸透が速そうですね。
瀬戸:そうですね。リープフロッグ現象(既存の技術を経ることなく最新の技術に到達する現象)のように、電話やファックスが普及していない国の方が電子メールの普及が速いという状況に似ていますね。日本の場合、銀行が悪いことはしないと思っているから安心してお金を預けていますからね。
――逆説的に言うとWeb3.0時代では相手の信頼や信用は関係なくなりますね?
高橋:その通りです。国や企業が介在してデータを操作しない状況になるので、相手を信頼する必要がないです。相手を信頼するというよりもスマートコントラクト(ブロックチェーン上で指定されたルールに則り契約を実行する仕組み/図1参照)が信頼できるので、相手のことを考えなくてよい点は大きな違いです。不正だけでなく、人間ですのでミスはどうしても起こりえます。そういう意味でもWeb3.0の世界は役に立つ部分が大きいと思います。

改ざんが現実的ではないブロックチェーンの特性
――お話の中で頻繁に登場したブロックチェーンはWeb3.0において主要技術になると思います。どんな技術なのか、わかりやすく教えてもらえますか?
高橋:ブロックチェーンは共通データベースが最大の特徴です。わかりやすく説明すると「誰もがアクセスできて確認することができるデータベース」と言えます。この共通データベースは国や企業が管理しているものではありません。従来は企業が自社のデータベースを構築していますが、それを公開しているというケースはほぼないです。そのような透明性の高い共通データベースを作ることができる点が大きな特徴だといえます。

――誰でも見ることができるということは、誰でも触ることができるかと思います。安全性はどうなるのですか?
高橋:まずは、スマートコントラクトの観点で考えた場合、コードに脆弱性が無い場合は改ざんができません。スマートコントラクトの中で「所有者しかデータを書き換えられない」というようにコードを作成した場合、その所有者しかそれを書き換えることができません。もちろん、スマートコントラクトに脆弱性があれば、そこを突かれてしまう。コードが公開されているので、その点が怖いと思われるのですが、少なくともコードがしっかり作成されていれば改ざんなどはできないわけです。一方、ブロックチェーンという観点で考えた場合、例えばビットコインで1年前のデータを改ざんすることは現実的に不可能です。ブロックチェーンは言葉の通り、ハッシュ(データなどを特定の計算式により生成される値)化されたデータがチェーンのように繋がっています。ブロック1で作成されたハッシュがブロック2にも書かれていて、ブロック3にも書かれているという形で延々とチェーンとして繋がっていくわけです。例えば最新が1000のブロックの中で500番のハッシュだけを書き換えようとすると、501番以降のハッシュも書き換えられてしまうんです。
――そうなると改ざんは難しい?
高橋:500番を改ざんしようとすると501番以降のすべてを改ざんしないといけません(図2参照)。500番だけ改ざんするとそのこと自体がわかってしまうので意味がありません。やろうとすれば以降のすべてを改ざんしないといけませんが、現実的ではないわけです。ブロックは次々と生成されていくわけですから。

――ひとつのブロックを改ざんしても意味がないわけですね。
高橋:意味がないだけでなく、その改ざんがすぐにバレてしまいます。ビットコインのようにブロックを生成している人たちが世界中にたくさんいる状況では現実的に不可能です。例えば、私が瀬戸さんにひとつのトークン(暗号資産)を送った場合、その情報を勝手に改ざんなどできないという点が大きな安心になるわけです。
――今まで改ざんの可能性があるものにブロックチェーンを応用していくと良さそうですね?
瀬戸:その通りです。例えば、ブロックチェーンを著作権で管理しようという試みは始まっています。RWA(Real World Asset)と呼ばれる現実社会の資産をブロックチェーン上でトークン化していく動きも出ており、資産を誰から誰に渡したか、などの管理も容易になるわけです。それが透明性をもって管理できるのが強みですね。わかりやすく言うと、ブロックチェーン上では嘘がつけない。
高橋:誰でも見ることができて、改ざんができない。そういう意味でブロックチェーンにピッタリの活用例です。ただ、ブロックチェーンだから完全に安心かというとそうでもないわけです。例えば、私と瀬戸さんだけでブロックチェーンを管理していたとすると、私が不正を仕掛けるかもしれない。そういうことも想定して、ブロックチェーンに大切なのは分散性だと考えています。世界中の人間が関わっている中で1人の人間が不正をしようとしても現実的にできない。一方、少人数もしくは少ない組織で管理している場合は、それができてしまうかもしれません。
瀬戸:仮想通貨の世界ではバリデーター(ブロックチェーンのネットワークにおいて新しいトランザクションの承認やセキュリティを維持する役割を担う参加者)が100万を超えていると思います。それこそが不正が現実的に不可能という世界を物語っていると思います。
資産としてのAIをブロックチェーンで管理
――このブロックチェーンの技術を採り入れている産業はどういうところでしょうか?
瀬戸:今、私が取り組んでいるのが、まさにAI✕ブロックチェーンの領域です。今後、AIが益々盛んになっていくとすると、AI自体も資産として扱われる時代になると思います。そのような環境になるとブロックチェーンとの相性が良いです。
――AIが資産になる?
瀬戸:例えば、所有しているAIがあるとします。そのAIにはどのような学習データを使って構成されたモデルなのかという部分をブロックチェーンで管理させるわけです。それにより、他人のデータを無断で使用していないクリーンなものであることを証明するなどできるようになります。

高橋:ただ、ブロックチェーンにも課題はあります。主要なチェーンには多くのデータを入れることはできないので、大切になるのは「何のデータを入れるのか」というところを明確にしていくことだと思います。データをたくさん入れられるようなブロックチェーンが今後出てくる可能性はありますが。
瀬戸:ゲームの世界においてもわかりやすい例があります。他社のゲームで獲得したNFT(Non-Fungible Token:ブロックチェーン技術で作成された代替不可能なデジタルデータ)アイテムを利用できるようになったりします。
高橋:Web3.0の世界ではどこの会社が作ったとか関係ないんです。そのデータがブロックチェーンの技術で誰もが見ることができるので、どこでも使えるようにすることが可能なんです。従来はその会社が作ったゲームの中でしか使えなかったわけです。
――どこの会社のゲームかという垣根がないわけですね。
瀬戸:さらに、ゲームの世界と現実の世界を融合させていくこともできます。ゲームの中で対象アイテムを持っている人をデータベースで確認できるので、その人たちだけを集めて認証できるようなコミュニティを作ることもできる。NFTを持っている人だけがアクセスできるウェブサイトなども作れるし、サービスの幅が広がります。やっぱり、共通データベースだからこそ成せる業だと思います。ひとつの国や企業が何か独占するという発想じゃないんですよね。これからはそういう「権力」は分散化していく方向に進んでいくのではないかと思うんです。1つの国が何かをコントロールすること自体が難しくなりますから。
高橋:仮想通貨を見ているとそう思いますよね。国はお金を刷ることができますが、逆にそのことによってお金の価値を薄めることもできますから。それをいかに私たちが資産を防衛するかというところで仮想通貨が比較されます。ビットコインなどは発行上限が決まっており、どこかの国が一方的にコントロールできない。そのことが安心に繋がるんだと思います。
注目する技術は『秘密計算』
――今、お二人が注目している技術はありますか?
瀬戸:後で高橋さんからも話があるかもしれないですが、私は秘密計算(データを暗号化したまま計算する技術)ですね。わかりやすく説明すると、免許証を見せずに自分が成人であることを証明することができるわけです。見せたくない情報を開示せずに証明することができます。最近ではiPhoneがデータを暗号化したまま検証ができます。Apple社のサーバに自身の画像などを保管するんですが、Apple社側はどういう画像かはわかりません。
――情報を一切開示せずに自分自身を証明できるということですか?
瀬戸:そうなります。今までは暗号化されたものをどこかで開いて確認する作業が入ります。AIの学習もそうです。1度学習させたデータを2回目に学習させるためには暗号化されたデータを開いて計算しなくてはなりませんでした。ディクリプション(暗号化されたデータを平文に戻す)しなければ使えなかったものが、エンクリプション(暗号化)したまま使えるので、個人情報を渡さずにAIを作成することができるようになります。ただ、課題もあって直感的にできそうなことでも、数学的な表現に落とし込まないといけないので、その点が難しかったりします。暗号に詳しくない人が簡単に実装できるツールなどは出てきていないので、今は専門的な人しか扱えない状況ではありますね。
高橋:私も秘密計算に注目していたんですが、瀬戸さんに先に言われてしまいました(笑)。それ以外ですと、私は先ほどもお話したDePINですね。今まで手が届かなかったところに個人の力で手が届くようになります。Googleマップの例をお話させて頂きましたが、世の中を変える力を持っていると思いますね。
AI✕ブロックチェーン時代のエンジニアは大きなチャンス
――Web3.0、そしてブロックチェーンにAIと時代が大きく変化する中、エンジニア自身は何が求められるのでしょうか?
瀬戸:やはり仕事の現場で特にAIは使う機会も増えています。すでにこの段階でAIとの関わりに箍(たが)をはめているのは自分自身の想像力だと思っています。AIが出してきたものを理解したり、アウトプットを正しいものかどうかを判断したりしますが、そもそもAIに間違った指示を出していると間違った答えしか返ってこない。やはり、AIを使いこなす能力を鍛えていかないといけないと思いますね。
――これからのエンジニアはAIを使いこなすことが求められる?
瀬戸:そこでもの凄い差がつくと思っています。例えば、今の時代は何かを学ぼうと思った際にAIを使うとメチャクチャ効率化できるんです。自分に特化したカリキュラムを組んでもらうこともできるし。いくら質問してもOKです。今後、今まで当たり前だった仕事が不要になる現象は起こると思うんですが、それに合わせて新しい分野の仕事も生まれてくると思います。その分野のAIを使いこなして学習していくことができれば、やっぱり強いですよね。
――やはり不要になっていく仕事は出てきそうですか?
瀬戸:例えば、コーディングだけの仕事とか、多くの人が関わって時間をかけていた要件定義の仕事などはなくなるとまでは言いませんが、縮小していくでしょう。上流工程の仕事もパターン化できるものはAIでおおよそできるようになってきますね。

高橋;私はこれからのエンジニアにとって凄いチャンスが到来している時代だと思っているんです。今、瀬戸さんがAIを使いこなすという話をしましたが、私は使いこなすまでいかなくてもいいかな、と思っています。まず、AIなど新しいものに触ってみることが大切だと思っています。先日、エンジニアの勉強会で講師をさせていただいたのですが、例えばPDFの資料の作り方や英語の動画の作り方について話をしました。そのような情報はすでにYouTubeなどでもアップされていることや「こんなAIを使うと便利だよ」という話をすると皆さん、驚かれるんです。今まで触ったことなかった、と。
――まず触ってみることが大切ということですね?
高橋:そうです。実際使うと簡単ですし、便利なんです。一見難しそうに見えても、例えばChatGPTだって文章打つだけで答えが返ってくるし、簡単。ただ、使ったことないからという先入観があるだけだと思います。この「怖がらず触ってみる」という点が大きな差になるんじゃないかと思います。その結果、スキルが身についてくるんだと思います。
瀬戸:エンジニアとしてはAIがあるから技術を勉強しなくていいということにはならないと思います。先ほどお話した秘密計算もそうですし、AI自体もそうですが、魔法ではありません。何ができて、何ができないのかという境界線というのは、先ほど高橋さんが言われたように触って理解するしかありません。それがエンジニアの強みともいえます。結局、技術がわかっている人にしか判断できない世界になりますから。
高橋:AIがどれだけ発展しても、結局それを使うのは人です。だから、その部分で差が出てきてしまうと思います。AIが登場する前も、エンジニアとして土日も休まず勉強していた人はどんどん伸びていきますし、差が広がっていきます。AIが登場したこれからは、その差がどんどんと広がっていくと思っています。差が出てくるのは能力ではなくて、いかにそれを使いこなせるかという部分になるので、自分次第でどうにでもなるのが今の時代です。だからこそ、これからの時代はチャンスだと思っているんです。
瀬戸:私は「好奇心は筋肉のようなもの」という持論があります。常に鍛え続けていかないと衰えます。普段から食べたことのないものを食べるようにするとか、触ったことのないものを触っていくということを習慣にしていくことが大切だと思っています。自分自身も意識して習慣にしていったら、やはり変わることがわかりました。「好奇心は筋肉だ」と実感できましたから。
――なるほど、「好奇心は筋肉」はいい例えですね。本日はありがとうございました。
