鐘ヶ江さんは、大学中退後に製本会社や警備会社の仕事を経て、未経験ながらITエンジニアの道に飛び込み、着実に経験を積み上げてきました。インフラエンジニアとしてキャリアアップを実現。社外のコミュニティに積極的に参加し、多くのエンジニアと関わりを持ちながら『エンジニアという職業との向き合い方』を模索してきました。現場で活躍するエンジニアが抱える悩みに対して、自らの経験をもとにアドバイスを送ります。ここでは、鐘ヶ江さんが積み上げてきた10年間の経験からITエンジニアという職業の本質について話を聞きました。
大学中退後、製本会社、警備会社で働きながら一念発起し、未経験からITエンジニアの道へ進む。経験を重ね、現在はクラウド・インフラエンジニアとして大手通信キャリア・金融系システム基盤の設計・構築に数多く携わる。傍ら、副業としてWebライター、エンジニア講師、転職エージェントなど様々な業務を経験。現在はエンジニアとして活動しながら、キャリアアドバイザーとしてITエンジニアの方々の悩みや相談に耳を傾ける日々を送っている。
将来の不安を感じ、未経験からITエンジニアの道へ飛び込む
――20代前半から後半にかけて、さまざまな仕事に従事されていたということですが?
鐘ヶ江:大学で心理学を専攻していたのですが、家庭の事情で中退することになり、そこから就職することになりました。まず、知り合いの製本工場で製造スタッフとして3年間働きました。しかし、会社の製本部門が整理されてしまったため、次は施設警備員に転職しました。その頃の私はスキルや年収にこだわりがなかったのですが、8年間警備員として働いていた時に、将来に不安を感じます。当時、昇給は年に2回で月1000円アップというもので、「将来に向けてスキルを身につけなくては」と考えるようになったわけです。
――それでITエンジニアを目指すことに?
鐘ヶ江:そうです。私の弟が電子専門学校を卒業してWebエンジニアとして働いていたので、なんとなく「自分にもできるのではないか……」と考えたところがありました。その時、未経験からでもエンジニアになれるという求人があったので話だけでも聞いてみようと思い、面接を受けたところその場で採用を頂きました。せっかくならチャレンジしてみようと決意したんです。入社したのは、いわゆるSES(システムエンジニアリングサービス)企業です。
――最初はどんな仕事を?
鐘ヶ江:入社当初は社内の自習室で参考書片手に勉強の毎日です。正直、ITのこともプログラマーやインフラエンジニアの違いなどもわかっていない状況でしたが、1~2カ月経つ頃に通信会社のIP電話のテスターの仕事を担当しました。試験項目書に従って電話やFAXをかけるという簡単な業務でしたが、給与明細を見ると警備員時代より少ないことに気づきました。「これは失敗したかな~」なんて思ったのですが、初心者で入社して簡単な仕事しかしていないわけですから、それは当たり前なんですよね。会社からも仕事の難易度が上がるにつれ、報酬も上がっていく旨の説明を聞いていたので、踏ん張りどころだと思っていました。IP電話のテスターの仕事が終了した際に、たまたまデータ基盤システムの運用案件で増員を探していた先輩社員から声がかかり、サーバー構築に携わることができました。これがインフラエンジニアとしての第一歩になったのです。
「どうやったらキャリアアップにつながるのか……」を模索する毎日
――キャリアを見ると、通信・金融系の担当が多いですが、理由があるのですか?
鐘ケ江:最初に入社した会社が通信・金融系の案件が強かったこともあるかと思います。私自身、エンジニアとして働いていく中で気づくことがありました。それは、SES企業で働く場合は業界を絞った方が重宝されやすいという事情です。SES企業ではスキルシートという現時点までの実務経験やスキルをまとめた資料をベースに提案するため、お客様の立場からすると、同じ業界での実務経験があるエンジニアを採用しやすいのです。それぞれの業界で特有の用語や概念、慣習がある程度わかっていると、その部分がすぐに飲み込めるので採用されやすいわけです。SES企業で働くならば、経験のある業界の案件に絞って取り組むというのもひとつの戦略になると感じました。私の場合はそれが通信・金融業界だったわけです。現時点で、通信・金融業界は約7年くらい経験しています。
――なるほど。印象に残る担当案件はありましたか?
鐘ヶ江:先ほどお話しした、1社目のデータ基盤システム運用案件でインフラエンジニアとしての基礎的な知識や技術を身につけることができました。その後、大阪の公共機関のシステム開発を請け負う会社に転職することになりました。そこで任されたのが市民病院の電子カルテ導入のためのシステム基盤の設計・構築案件です。小さい会社で、他のベテランメンバーは別の案件で動けないため、入社早々1人で設計・構築から納品までを行うことになり、社内のラボで納入されたサーバー、ネットワークスイッチ、ストレージをキッティングし、OSのインストールや初期設定、ネットワーク接続の配線などあらゆる設計を考える必要に迫られたわけです。物理機器はデータセンターで触ったことがあるくらいだったので、まだ素人同然でしたが、ネットで調べた知識や先輩社員に教えを乞いながら、なんとか納品まで漕ぎつけることができました。右も左も分からない中で苦しみましたが、この時の経験は今に活きていると実感します。
エンジニアとして大切なのは『フットワークの軽さ』であると実感
――コミュニティに参加して、さまざまな活動を行っていますが、キッカケはなんだったのでしょうか?
鐘ヶ江:私のエンジニアとしてのキャリアは、オンプレミスのWindowsサーバーの構築の経験が多かったのですが、ある時、AWSによるクラウドサーバー構築の案件を担当することになったのです。当時は知識もあまりなく、どこかで学びたいと思ったときに現在の「CloudTech」に出会いました。コミュニティには会社の垣根を超えて多くのエンジニアが集まっていて、有志が集まり、さまざまなプロジェクトが立ち上がっていたのです。このような活動に参画することにより、エンジニアとして働くだけでは得られないスキルや経験が身に付いたと思います。例えば、AWSの認定資格問題集に収録する問題の解説スライドを作ったり解説動画を収録したり、電子書籍をKindleで出版するなど、多くのプロジェクトに関わらせてもらいました。当時はAWSの公式ドキュメントも未翻訳か機械翻訳で読みにくいし、国内は企業ブログがあるくらいで学習リソースが少ない時代だったので反響も大きかったです。他にも、個別学習サービスの講師として受講生に技術や知識を教えたり、受講生の転職をサポートするキャリアアドバイザーや転職エージェントのようなことも担当しました。これらの経験は直接エンジニアとしての実務に役立っているわけではありませんが、社内の採用、教育、広報といった幅広い業務に関わるきっかけになっています。
――現在まで順調にキャリアアップを実現されてきましたが、成功の要因はどこにあると考えていますか?
鐘ヶ江:成功を年収アップと定義すると、成功の要因は、「フットワークの軽さ」だと思います。日本は年功序列と終身雇用が根深い国で、転職というとリスクが大きく勇気のいる行為だと考える方も少なくありませんが、ITエンジニアで年収アップを目指すなら転職は大きなファクターになると考えています。実際に、私自身8回の転職を経験しましたが、その度に年収を上げることができています。というのも、エンジニアの給与は入社時にベースが決まってしまい、長く務めて経験を積んだからといって大幅な昇給のチャンスは多くありません。しかし、転職時は多くの経験を積んできたことをアピールして給与交渉ができます。給与交渉が通らなかったとしても失うものはありませんし、別の企業に応募すればよいだけなので気軽にチャレンジして良いと思います。
――その中で身についたスキルというものはありますか?
鐘ヶ江:伝える力です。例えば、案件や企業に応募するにあたって職務経歴書やスキルシートは誰もが当たり前に作成すると思いますが、面接の場ではその中身以上に、相手にどのように伝えるのかが重要です。面接まで漕ぎつけたということは、事前に職務経歴書やスキルシートに目を通していて技術的な水準はクリアしているので、そこから先は「一緒に仕事をしたい」と思ってもらえるかが合否を分けるポイントになります。エンジニアは技術職ですし、募集要項にも必須スキルが記載されているために「これまで何をしてきたか」を事細かに説明したくなってしまいますが、新卒の入社面接のように緊張して「用意した回答を読み上げる」対応は信用されにくいので、既にメンバーとして働いているような気持ちで自然体で必要十分な受け答えができる方が好まれる印象です。
楽に生きられるエンジニアを増やしたい
――現在はITエンジニアとして活動しながら、さまざまな活動をされているようですが、具体的に教えてください。
鐘ヶ江:現在はSES企業に在籍しながら、通信・金融業界のインフラエンジニアとして活動しています。実は、エンジニアとしてさらに上を目指していこう……ということはあまり考えていません。ておらず、現在の会社がエンジニアの待遇を少しでも改善しようというスローガンを掲げていて、採用・教育やキャリア相談、・広報的ななど様々な取り組みを行っているのですが、私が今抱いている想いと重なるところがあり、活動にも積極的に取り組んでいます。現在の会社が社内副業制度のもと、さまざまなプロジェクトに携わらせてもらっています。ることができるので、その方向性が私と考え方と一致しており、色々な経験を積ませてもらっています。
――ITエンジニアとしてよりも、教育や情報発信に力を入れていく方向でしょうか?
鐘ヶ江:そうですね。「楽に生きられるエンジニアを増やしたい」というのが今の私の率直な想いなんです。というのも、これまで10年以上エンジニアとして働いてきました。そこでは、キャリアやワークライフバランスなどITエンジニア業界を取り巻く環境は、キャリアやワークライフバランスなど選択肢が多く、何が自分にとってのベストなのか悩んでいる方がも少なくありません。私自身もそうでした。特に、上昇志向や高い生産性が強く求められる業界なので、周囲に合わせて背伸びした結果、身の丈に合わないプレッシャーを受けてリタイアしてしまう方もいます。一般的にキャリアアップはエンジニアとしては成功ですが、すべての人にマッチするかというとそうではないと私は思っています。キャリア相談や教育の取り組みを通じて、自分が本当は何を望んでいるのか、そのためにどのような選択肢があるのか整理することで、視野を広げ、柔軟性を持てるようにサポートしたいと思っています。
――エンジニアとしての働き方も多様化しているということですね?
鐘ヶ江:私は、ITエンジニアには2つのタイプがあると思っています。ひとつは、技術が好きで、遊んでいるように仕事ができる好きで仕方ないという生粋の技術者である「ライフワークタイプ」のエンジニアです。もうひとつが、生活のために将来性がありや収入が安定した職種としてエンジニアを選んだという「ライスワークタイプ」のエンジニアです。私自身は後者でキャリアアップを目指してきた人間です。
「ライフワークタイプ」のエンジニアは放っておいても勝手にどんどん成長していきますし、成功を目指して突き進むので心配ないのですが、「ライスワークタイプ」のエンジニアは悩みが多くなります。自分よりレベルの高い周囲のエンジニアと比較してしまったり、絶えず高い生産性を求められる環境に苦しんだり……と。それはITエンジニアという職業に対する偏見からくるものだと思います。“そうでなければならない”という、思い込みや決めつけで自分自身を縛り、その葛藤に苦しんでいるのです。
エンジニアの世界IT業界を海と例えると、「ライフワークタイプ」のエンジニアは魚です。生まれつき泳げるし、息継ぎも要りません不要です。一方、「ライスワークタイプ」のエンジニアは人間です。そもそも泳ぎ方を覚えなければ泳ぐことすらできませんし、全力で泳ぎ続けたら力尽きてしまうので、息継ぎや休憩も必要です。魚と人間はそもそも生き物として違うものなので、ライスワークタイプのエンジニアは自分が魚ではないことを自覚して、自分なりに長く泳ぎ続けられる力を身に付ける必要があります。泳ぐために練習も息継ぎも必要です。休憩しながら泳がないと体力が続きません。
一般的に「エンジニア」というと「ライフワーク」タイプの人がなるものというイメージが強いと思います。しかし、これまで会社の内外を問わず様々なエンジニアとお話する機会がありましたが、実は殆どのエンジニアは「ライスワーク」タイプなのだと実感しています。
ところが、社会も会社も技術的な探究心やキャリアの上昇志向、高い生産性を持つ「ライフワーク」なエンジニア像を期待します。「ライスワーク」タイプの人は、周囲の優秀なエンジニアと自分自身を比較して、”自分もそうでなければならない”と自己暗示して必死に食らいつくのですが、理想と現実のギャップがなかなか埋まらず葛藤することになります。
私自身も周囲の期待や自己暗示でハードルを上げ続け、葛藤しながらキャリアップを目指してきましたが、エンジニア以外の仕事に取り組む中で、エンジニアとしての成功だけがすべてではないと思うようになりました。
上を目指せばキリがない世界なので、自分がどこで満足するのか、どこまでなら楽しめるのか、改めて自問自答する時間を持ってみることをおすすめしたいです。
――最後に、ITエンジニアを目指す方々へアドバイスをお願いします。
私は自身の経験から、ITエンジニアという職業は、長い人生で一度は経験しておいて損はないと思っています。エンジニアの実務を通して身に付くITリテラシーやPCスキル、仕事術はポータビリティが高いスキルなので、何をするにしても必ず役に立ちます。エンジニアを目指そうか迷っている方がいるとしたら、気軽にチャレンジしてみてほしいです。決して楽な仕事ではありませんが、振り返ったときに苦労に見合った力が身についているはずです。
■おすすめ書籍
「AWS WebアプリをAWSで公開しよう AWSハンズオン虎の巻シリーズ」(Kindle)
この書籍の最も素晴らしいところは、なんといっても無料で読めるのに、実際に手を動かすために必要な知識やコマンドなどがまとまっていて内容が実践的ということです。
自分自身もそうでしたが、技術書というのはそれなりの値段がするので、今からクラウドエンジニアを目指して勉強してみようか迷っているという段階では手を出すのに勇気がいることもあります。ですが、金銭的な理由で手を動かすことを先延ばしにするのは技術者を目指す上では非常に勿体ないことです。自分に合うかどうかを知るためにはまず触れてみて、手を動かしてみて、馴染むかどうか確認するしかありません。安くなってから、まとまったお金が入ってから……と先延ばしにしていると、気持ちも冷めてしまいますし、チャンスも遠のいてしまいます。
金銭的・心理的な負担なく着実な一歩を踏み出すために、ぜひ活用して欲しい一冊です。

