井手下さんは、経済学部卒業後に未経験からプログラマーの道に飛び込み、SES企業を経て製造業向けシステム開発の現場で技術を磨いてきました。しかし、激務環境での働き方に限界を感じ、全く異なる福祉分野へと転身。児童支援相談員として4年間働く中で、ITが苦手な職員の業務を効率化した経験が、プログラマーとしての新たな視点をもたらしました。この異業種での経験は現在の仕事にも活きているといいます。
ここでは、井手下さんの異業種への転身体験から学んだ「エンドユーザー視点で仕事をする大切さ」について話を聞きました。
経済学部卒業後、未経験からSES企業でプログラマーとしてキャリアをスタート。その後SES企業を通じて製造業向けソフトウェア開発に携わるが、激務を経験したことをきっかけに児童支援相談員に転身。NPO法人や児童施設で引きこもりや不登校の子供たちへの学習支援や就職支援を担当した。現在はフリーランスプログラマーとして活躍しながら、児童施設でのIT支援も継続している。
パソコン好きから始まったプログラマーのへ道
――現在のお仕事について教えてください。
商業施設向け業務支援のWebアプリを開発しています。このWebアプリは全国展開している大手ショッピングセンターで利用されており、イベント開催時の業務連絡や従業員向けの全体通知など、施設の円滑な運営を支えるシステムとして活用されています。
現在はこのアプリ開発がメインの仕事で、携わって約2年になります。週4日、1日7〜8時間程度の稼働で、同じプロジェクトに参加しているもう1人のプログラマーと共同事務所を借りて、2人で相談しながら作業しています。クライアントから受け取った要件定義書や設計書に基づいてコーディングを行い、完成したプログラムを納品してレビューを受けるという流れです。
――プログラマーになったきっかけは何でしたか。
大学では経済学部に所属しており、プログラミングとは縁遠い分野を学んでいましたが、パソコンを触っている時間がとにかく楽しくて仕方なかったんです。
学園祭の準備期間になると、パンフレットやポスター作りに没頭していました。デザインが得意な仲間の指示に合わせて、画像編集ソフトを使って写真や素材を調整するのがとても面白くて。ただ、デザイン自体が苦手だったので、デザイナーにはなれないなと思っていました。それでもパソコンを使って何かを作る仕事がしたいと考えていたときに、プログラマーという選択肢が浮かんできました。
そんな中、求人を探していた時に、「未経験でも、プログラマーになれる」というキャッチコピーが目に飛び込んできました。「1回やってみようかな」という軽い気持ちでSES企業に応募しました。そこからプログラマーとしてのキャリアが始まったんです。
――プログラマーとして働く前にプログラミングの勉強をしていたのですか。
いいえ、プログラミングに関しては完全に未経験でした。入社後の1ヶ月の研修期間でC言語の書籍を1冊学習しただけで、その後すぐに現場に派遣されました。今振り返ると無謀ですが、当時はそれが普通だと思っていましたね。
最初に配属されたのは子供向け携帯電話の開発現場でした。現場では製品に深刻なバグが多発していて、開発チーム全体が切羽詰まった状況でした。不具合対応に忙殺される日々の中で、新人ということで大目に見てもらいながらも、とにかく言われたことをこなすのに精一杯でした。周りの先輩のサポートがあったからこそ続けることができたと思います。
激務の現場で直面したメンタルヘルス危機
――その後、半導体製造装置メーカーで働いたそうですね。
家族が体調を崩したこともあって地元に戻り、派遣社員として半導体製造装置メーカーで働き始めました。そこでの業務は半導体製造装置のメンテナンス用ソフトウェアの開発でした。装置にトラブルが発生した際に、技術者が修理作業を行う操作画面のシステムの開発を担当していました。
平日は朝8時半に出社して、深夜1時や2時まで働くのが普通でした。24時に帰れると、「今日は定時退社だね」と挨拶して帰るような職場でしたね。
――個人的には、どのようなことに苦労しましたか。
一番苦労したのは、設計レビュー会議での発表です。定期的に自分が作成したプログラムコードについて大勢の社員の前で発表する必要がありました。発表が始まると、鋭い質問が矢継ぎ早に飛んできて、一つ答えるとまた次の指摘が待っているような状況です。その場で厳しい指摘を受けるプレッシャーは相当なものでした。さらに、指摘されたコードの修正も納期を遅らせることはできないため、残業してでも対応しなければなりません。
そうした厳しい環境が続くうちに、メンタル面にも影響が出始めていました。周りの同僚たちも次々と退職していく現実を目の当たりにして、このような激務な職場では、長期的なキャリアを築くのは難しいと思うようになりました。その頃は、メンタルヘルスに関する書籍を読んでストレスとうまく付き合う方法を模索する日々でしたね。
福祉分野への転身で見つけたエンドユーザー視点の大切さ
――そんな中で、福祉分野への転身のきっかけとなる出会いがあったんですね。
はい。きっかけは職場の後輩です。後輩はプログラマーでありながら社会福祉士の資格を活かして児童支援相談員の仕事をしていました。私がメンタルヘルスについて学んでいることを知って、「児童支援相談員の仕事をやってみないか?」と声をかけてくれたんです。それがきっかけで、NPO法人で児童支援相談員として働くことになりました。
児童支援相談員として、引きこもりや不登校、就職できないといった子供たちの悩みを聞いて、解決するための方法を一緒に考えます。より保護者の方に安心して相談してもらうために、働きながら通信学校で社会福祉士の資格も取得しました。
――児童施設相談員に転身してみて、新たな発見はありましたか。
当時プログラマーの仕事はしていませんでしたが、児童支援相談員の業務と並行して、施設職員のIT支援を行っていました。職員の中にはITが苦手な人が多く、本来であれば専門業務に集中すべきところ、データのコピー&ペーストや資料作成といった、ITスキルがあれば簡単に済む事務作業に何時間もかけてしまうケースがよくありました。
私がそういった作業をITの力で自動化して効率化することで、職員が本来の専門業務に時間を使えるようになり、結果として施設全体のサービス向上につなげることができました。
これまでプログラマーとして働いていても、自分が開発したシステムの向こう側にいるユーザーの顔が見えず、自分の仕事がどんな価値を生んでいるのかピンと来ていませんでした。しかし、児童施設では目の前で困っている職員の方の作業を効率化することができ、「助かりました」と直接感謝の言葉をもらいます。プログラマーから離れてみて、自分のITスキルが人の役に立つものなのだと実感することができました。
この経験を通じて、エンドユーザーの視点を持ってシステム開発に取り組めば、より価値のあるシステムを作れるのではないかと考えるようになり、再びプログラマーとして挑戦しようと決意したのです。
現在のWebアプリ開発では、単に機能を実装するだけでなく、エンドユーザーにとって本当に価値のあるシステムを作りたいというより強い気持ちで取り組んでいます。
――フリーランス独立で実現した持続可能なエンジニアライフ
現在は再びプログラマーとして活躍されていますが、独立して大変だったことはありますか。
フリーランスになって最初の2年間は本当に大変でした。なかなか案件を獲得することができず、ITとは全く関係ない仕事で生計を立てていた時期もあったほどです。
このままではいけないと思っていた時に、ある人から「応募書類は魂込めて作り込め」とアドバイスされました。そこで、スキルシートや職務経歴書を含めて、自分がこれまでやってきたことについて時間をかけて整理し、根本から見直したんです。その結果、現在お世話になっている企業とのつながりができ、そこで掴んだ案件を丁寧に取り組んで信頼関係を築くことができました。
――会社員時代の経験は、現在のフリーランスの仕事に活かされていますか?
会社員時代の経験は本当に貴重でした。特に大きな会社にいたおかげで、システム開発の基本的な流れを一通り学べたことが大きいです。要件定義から設計、実装、テストまでの一連のプロセスや、チームでの開発手法は、最初からフリーランスでは学べなかったと思います。
当時は本当につらかった厳しい労働環境も、今振り返ると意味のある経験だったと思います。自分の限界ラインを痛感したことで、今は週4日、1日7〜8時間程度の稼働に収め、無理をしすぎないよう気をつけながら仕事ができています。
――井手下さんが経験したような厳しい環境で働いているプログラマーに、何かアドバイスはありますか?
大きく2つあります。1つ目は、職場が合わないと感じたら早めに判断することです。入社してみなければ、職場が合うかどうかわかりません。実際に働いてみて「これは無理だな」と思ったら、早めに環境を変えることも必要だと思います。私の場合、多くの職場を転々としてきましたが、今もプログラマーとして問題なく働き続けています。いろいろな企業にチャレンジして、自分に合う環境を見つけることを諦めないでほしいですね。
2つ目は、大きなストレスを感じたら心療内科をもっと気軽に利用することです。人の目を気にする方もいるかもしれませんが、私も時々受診して、先生と世間話をするだけで終わることもあります。それだけでも気分が楽になるので、メンタルヘルスのケアを日常的に取り入れることをおすすめします。
◆おすすめの書籍
「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」(大和書房)
ストレスに悩まされている方にこそ読んでほしい、目からウロコの一冊です。この本を読んで、ストレスに対する固定観念が根本から変わりました。それまでストレスは悪くて減らさなければいけないものだと思っていました。しかし、この本は研究データをもとに、ストレスが見方によっては成長のエネルギーにもなることを証明しており、非常に説得力があります。
プログラミングの現場でも、納期のプレッシャーやプレゼン前など、ストレスが高まる場面は多々あります。以前はそうしたストレスを避けようとしていましたが、今では力に変える方法を考えるようになりました。もちろん、強いストレスでどうしても辛いときは専門機関への相談も大切ですが、ストレスとの向き合い方を変えるきっかけとして、ぜひ手に取ってほしい一冊です。
