スーパーコンピューター「京」開発者が語る エキサイティングなエンジニア人生とAI時代

木村康則さん 科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS)上席フェロー
1981年富士通(株)入社。第五世代コンピュータ、京スーパーコンピュータなどコンピュータシステムの研究開発を経て、米国駐在。 シリコンバレーにて研究マネジメントと研究成果の事業化に従事。2017年よりJST/CRDS 上席フェロー。 2019年より産業技術総合研究所招聘研究員。博士(工学)。
スーパーコンピューター「京」とは?
理化学研究所と富士通が共同開発した、日本が世界に誇るスーパーコンピューター。2011年の稼働時には、世界最速の性能を実現し、スーパーコンピューターの国際ランキングで第1位を獲得。その圧倒的な計算能力は、医療や新薬開発、気象予測、ものづくり、宇宙の謎の解明など、幅広い最先端研究を強力に支え、日本の科学技術力を世界トップレベルへと押し上げた。

 

音声認識研究から始まった着実なエンジニア人生

――木村さんは1981年に富士通に入社されていますがどのような仕事に携わって来られましたか?

大学生時代は音声認識の研究に取り組んでおり、社会に出てもその道を続けたいと思っていました。ちょうど当時、音声認識を研究している部門が富士通にあり、そこの部長がたまたま大学時代の先輩だったのです。私は東工大の修士課程を修了したのですが、その先輩が富士通研究所の部長を務めていたため、「うちに来ないか?」と声をかけていただき、富士通に入社しました。

入社してから半年ほどは音声認識の開発に携わっていましたが、その後、コンピュータ開発部門への異動を命じられました。ここから、私は40年にわたりコンピュータ開発に関わることになります。富士通が最も成長していた時期で、私が担当したのは「LISPマシン」という人工知能用言語の専用マシンの開発でした。

――コンピュータ開発部門への異動は、どのようなきっかけだったのでしょうか?

このLISPマシンのプロジェクトは人手が足りず、「ANDとかORとか知ってるよね?ブール代数って知ってるよね?」と先輩に聞かれ、「はい、一応大学で勉強して卒業していますから」と答えると、「じゃあお前こっち行け」と(笑)。そんなやりとりで異動が決まりました。

実際に始めてみると、コンピュータをゼロから作るというのは滅多にない貴重な経験で、取り組むうちにどんどん面白くなっていきました。AND-OR回路から全部自分たちで作り、ソフトウェアまで自作し、とにかく3年間は死ぬほど働きました。

コンピュータがどのように動いているのかを、クロックレベルの設計からソフト開発まで実際に手がけたことで、その仕組みを本当に深く理解することができました。当時はMacをはじめ、世の中にさまざまなコンピュータがありましたが、「この部分をこうやっていじって最適化しているんだな」「ここはこう変えているんだな」と、細かい部分まで想像できるようになったのも、この経験のおかげです。

 

このLISPマシンの開発を3年間担当した後、今度は当時の通産省の研究所に出向を命じられ、第5世代コンピュータの研究開発に携わりました。そこに4年ほど在籍し、その後再び富士通に戻ってきます。2005~2006年ごろからは「京」プロジェクトが始まり、スーパーコンピュータの立ち上げに取り組みました。

その後、2009年からはアメリカに渡り、シリコンバレーで6年間勤務しました。AppleやGoogleといった現地のエンジニアたちとも多少仕事で関わる機会がありましたが、彼らは「自分たちが一番」だと思っているので、日本企業はなかなか相手にされません(笑)。ただし、彼らが興味を持ったことに対しては「ちょっとお前来い」と呼ばれることもありました。スタートアップにもいくつか参加しましたね。
アメリカから帰国した後も、退職するまでずっと富士通に在籍していました。

こうした一連の経験が、今の自分を形作っています。ここでこうして偉そうなことを言える立場に(笑)、今年68歳になっても仕事を続けられているのも、富士通でコンピュータをゼロから作ったあの3年間があったからだと、今振り返って強く感じています。

――現在のお仕事は?

現在は、週に3日、科学技術振興機構 研究開発戦略センター(JST/CRDS)で勤務しています。そのほか、産業技術総合研究所(産総研)で週2日仕事をしています。
月曜と火曜はJSTで打ち合わせなどを行い、木曜日は自宅でJST関連の業務に取り組んでいます。

 

スーパーコンピューター『京』開発――ライバルと共に駆け抜けた現場のリアル

――スーパーコンピュータ「京」の開発に携わるようになったきっかけは?

主に国の研究所や旧帝国大学系の大学には大型計算機センターが設置されており、そこにスーパーコンピュータを導入していました。
当時、スーパーコンピュータは、富士通、日立、NECのメーカーごとに導入先がほぼすみ分けられていたんです。

富士通は長年、ベクトル計算機や超並列処理型コンピュータを作ってきましたが、通常のプロセッサを多数並べて動かす「スカラー型」スーパーコンピュータの開発にも取り組んでいました。そして3年から5年に1度、そのシステムを刷新するという流れがあり、次の更新がスーパーコンピュータ「京」になることが決まりました。理化学研究所が推進の中心となり、富士通、NEC、日立が協力して開発を行うことになったのです。

このタイミングで「富士通の技術面の責任者をやってほしい」と任命され、「京」の開発全体と技術分野全体の担当をすることになりました。

――そのプロジェクトでの日立やNECとの関係は、やはりライバル的なものでしたか?

はい。富士通、日立、NECの3社が、それぞれ最も優れた仕様を提案し、最終的に一番良い案を採用するというのが国の方針でした。理化学研究所が中心となり、国(文部科学省)から理研へ、そして理研が3社をコントロールする形です。
3社の間には一定の競争関係があり、常に緊張感を持ちながらプロジェクトを進めていました。

 

――「京」の開発に携わったことが、その後のエンジニアとしての仕事にどのように影響しましたか?

私はもともとスーパーコンピュータ(スパコン)の専門ではありませんでしたが、こうした大きなプロジェクトに一度関わると、マネジメント力が求められることを実感しました。当時、富士通の中で「京」プロジェクトに関わったのは約300人。その300人をまとめるだけでなく、どうすればこの大人数の力をうまく活かしながら仕事を進められるのか、マネジメント的な感覚を身につける必要がありました。技術を大きなシステムの中で活かして形にしていく難しさは、後になって大きな財産になったと感じています。

――プロジェクトXで「京」の開発陣が紹介されていましたが、実際の取材はどのように行われたのでしょうか?

NHK「プロジェクトX」から最初にお話があったのは2023年の12月です。その時はすでに私は富士通を退職していましたが、会社から「こんな話があるんだけど、受けてくれるか」と連絡があり、インタビューを2回受けました。質問は本当に根ほり葉ほり、徹底的に聞かれました。NHKのすごいところは、インタビューの内容を裏取りしながら進めていく点です。同じテーマで他のエンジニアにも質問し、「木村さんはこう言っていたけど、他の人も同じことを言っているか?」と整合性を確認しているんです。放送に出なくても、実際には数十人規模でインタビューが行われていて相当なものだったと思います。

 

マネジメントと現場力――多様な人材と挑んだ「京」プロジェクト

――300人をまとめるのが木村さんの役割だったわけですね。その300人はやはり高学歴で精鋭揃いだったのでしょうか?

就職の際にはまず配属希望を出し、その後に技術面接を受けます。たとえば「コンピュータをやりたい」「研究所に行きたい」「半導体をやりたい」など希望を伝え、それをもとに会社が判断します。私が入社した頃は、新人研修として地方の工場に配属され、3ヶ月ほど現場で作業した後に、研究所や各部署への配属が発表される流れです。

「京」の開発に関わった300人も同じで、富士通は学歴だけで判断しません。もちろん名大学出身の方もいますが、地方大学や高専卒、そして工業高校卒の方もいます。特に工業高校から入社してきた社員は、その学校でトップクラスの優秀な人が多く、大学に進学せずに富士通で働くことを選んでくれています。本当に優秀な方ばかりです。

――学歴に関わらず優秀な人とは、どのような方ですか?

具体的に優秀な方は、自分自身のことを客観的に語れる人です。技術ができるのは当然として、そのうえで自分のことをきちんと表現でき、必要以上に卑下もしないし自慢もしない。自分を第三者の目で見つめられる人は本当に優秀だと感じます。だからこそ、学歴にはこだわりません。その時点で何ができるかを重視します。もちろんチームワークも大切で、協調性は非常に重要です。一方で、協調性ばかりを重視して「尖った」人材の個性をつぶしてしまわないことも意識しています。富士通には、そうした個性的な社員を「面白いやつ」として活かす文化があり、その良さを伸ばしていくことを考えていました。

 

――木村さんが今一番気になっていることは何でしょうか?

今、私が一番気になっているのはAIですね。最近の生成AIの進歩には本当に驚いています。かつては「AIが人間の知能を超えることは絶対にない」と思っていました。しかし、この1~2年の劇的な進化を目の当たりにして、「もしかしたら…」と不安を感じ始めています。

たとえば、Gメールなどで迷惑メールを自動判別して受信トレイを振り分けたり、受信自体をブロックする技術がありますが、その精度も格段に上がりました。以前は「おい、貴様」みたいな不自然な日本語の迷惑メールも多く、「これはAIが作ったものだな」と笑っていられましたが、近年では日本語の使い方が非常に滑らかになり、違和感がほとんどありません。その結果、実際に被害を受ける人も増えていて、悪用の面でもAIの進化を強く感じます。文章や返信パターンをすぐに学習し、巧妙に対応できるようになってきているのもAI技術の成長によるものです。

 

着実な歩みがつなぐAI時代への問題意識

――AIの進化をどう受け止め、どんな社会の課題があるとお考えですか?

AIと人間がどう付き合っていくか、これは今後ますます重要になるテーマです。AIの進歩を止めることはできませんし、かといってAIが暴走してしまうのも防がなければなりません。
そのためにも、ある程度のレベルで制御が必要だと思います。この分野の研究開発には今後さらに力を入れていかなければいけません。そして、研究開発とは技術だけでなく、倫理や法律制度も含め、AIをどう社会に位置づけるかまで考える必要があります。

半世紀にわたってエンジニアとして研究開発に関わってきた経験が、こうした分野で少しでも役に立てばと思っています。AIはエンジニアやコンピュータ開発者の想像をはるかに超えて進化し、時に制御が難しくなることもあると感じています。

AIというのは、原子力や遺伝子操作と似ていると私は考えています。たとえば遺伝子の並び替えによって難病が治る可能性もあれば、原子力も適切に使えばエネルギーコストや環境負荷の低減に寄与します。しかし、どちらも使い方を誤れば破滅的な結果になりかねません。AIも同様に、適切にコントロールする意識が大切です。

どれが正しくてどれが悪いのか、その判断もますます難しくなっています。社会としてどう予防し、どう対処していくか。AIの問題を解決するためには、技術者だけでなく、社会学や倫理の専門家とも協力して考える必要があります。しかし、日本の社会は縦割り構造の課題も根強く、こうした社会構造そのものも変えていかないと本質的な解決は難しいと考えています。

 

若手・シニア技術者へのメッセージと学び

 

――エンジニアを目指したい若い人たちにメッセージをください。

とにかく「恐れずに何でもやってみよう」ということを伝えたいです。何とかなりますよ。
去年のNHKの朝ドラ『虎に翼』で、とても心に残る言葉がありました。

「君もいつかは古くなる」

「よかった。最後に笑ってすっきりした顔でお別れ出来そうで。佐田くん。気を抜くな。君もいつかは古くなる。常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派なでがらしになってくれたまえ。」

ドラマの中で次の世代にバトンを渡す場面でのセリフなんですが、
「常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派なでがらしになってくれたまえ」――
この言葉がずっと心に残っています。

時代は変わるし、自分も年を取ります。
「常に自分を疑って、時代の先頭を歩く」。つまり、「今やっていることは本当に正しいのか?」って、常に自分を疑いながらも、恐れずに一歩先へ進んでほしいという意味です。
若い方には特に、失敗を恐れず「まずやってみる」ことを大事にしてほしいですね。そして、自分を客観的・冷静に、第三者の目で見られるかどうかも大切だと思います。

――シニア層が技術者として価値を出し続けるために、今から準備できることは?

やっぱり、いろんなことに興味を持つことです。それから、自分の過去の実績を自慢しないこと。そんなことはどうでもいいんです。過去の栄光にすがるのはやめた方がいいと思います。

実はプロジェクトXの取材依頼が来たとき、最初は正直、断ろうかと迷いました。「京」が世界一になって「英雄」を作る番組になっちゃうんじゃないかって…。
でも、あんな大きなものを作る時は、当然一人や二人でできるものじゃありません。さっき話した開発部員300人のバックには、工場などの現場で2,000人くらいが製造・サポートに関わっていて、加えて関係会社、協力会社等、全部で3,000人、4,000人の人たちが力を合わせている。
だから、数人の「かっこいい話」だけじゃ現場の本質は伝わりませんよね。

でもNHKの担当者が、「現場で頑張ってきた人たちにスポットライトを当てたい」と言ってくれて、それなら…と出演を決めました。

シニア層のエンジニアの方の中には、これまで大きな成功を収めてきた方も多いでしょう。でも、エンジニアはいつも前を、未来を見て働くのが大事だと思います。
過去の栄光にすがらず、「英雄」として讃えられて満足するのではなく、これからも挑戦し続けてほしいですね。

 

――おすすめの本があれば教えてください。

はい、いくつか挙げますね。

『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(戸部 良ほか)

これは旧日本軍の失敗の理由をもとに、日本の組織行動の特徴や欠点を追いかけた本です。今の日本企業や組織にも通じる部分が多くて、課長時代に読んでとても印象に残っています。ちなみに、共著者の野中郁次郎先生は会社の研修でもすごくお世話になった方です。

 

『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼす』(クレイトン・クリステンセン)

これは、アメリカの企業を例に「なぜ成功している会社が衰退するのか」を分析した本です。英語だと“イノベーターズ・ジレンマ”と言いますが、シリコンバレーではこの言葉を知らないエンジニアはいないくらい有名な本ですね。著者のクリステンセンも数年前に亡くなりました。

 

『知性の罠』(デビッド・ロブソン)

最近読んだ本で、とても印象に残っています。優秀な人がなぜ判断を間違えるのか、陰謀論にハマってしまうのはなぜなのか、そういったことを分かりやすく解説してくれています。今の時代には欠かせない一冊だと思います。

 


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