斎藤和明さんは大学卒業後、IT会社に就職するも、ちょっとした仕事のやり取りで転職を余儀なくされます。自身の課題克服のためお笑い芸人養成スクールでコミュニケーションスキルを磨き、エンジニアとして転職に成功。現在はフリーエンジニアとしてさまざまな案件にかかわりながら、IT研修講師としても活躍しています。エンジニアに求められるコミュニケーションスキルの大切さを詳しくお聞きしました。

大学卒業後、IT企業に就職するが、心療内科でうつ病と診断され休職・転職を余儀なくされる。就業中に通っていたお笑い芸人養成スクールに通い、コミュニケーションスキルを培い、人材派遣会社への転職に成功。インフラエンジニアとして活躍する中、約1100名規模の会社でIT部門の立ち上げに関わり、マネージャーに就任。社内で唯一のIT研修講師に抜擢され、自社および他社の新入社員研修を行ないつつ、人事および営業も兼任する。その後、フリーエンジニアとして独立し、法人設立。現在は発達障害・精神障害者の支援を行うべく就労継続支援B型事業所を開設している。
日々の仕事の中で起きた出来事に思い悩む
――大学卒業後、IT会社へ就職された理由を教えてください。
斎藤:大学時代に所属していたパソコンクラブでの経験が大きく影響しています。福祉系の大学でしたが、クラブ活動を通じてWordやExcelなど基本的なITスキルを学び、自然とITエンジニアという職業に興味を持つようになったのです。当時はIT業界の将来性を感じたこともあり、福祉の道よりも魅力を感じたことも決め手となり、IT企業への就職を選択しました。
――IT会社ではどのような業務内容でしたか?
斎藤:Windowsサーバーの構築と運用保守でした。ある金融系企業へ常駐する仕事で、Windowsサーバーのシステム運用を担当することになりました。イベントログの確認や設定変更、簡単な操作を行いながらサーバーの保守業務をこなしていました。経験のない新卒社員でも対応可能なルーティン作業が中心です。

――その後、退職することになったわけですが理由を教えてください。
斎藤:入社から3年目くらい経った頃、所属会社の意向で常駐先が変わり、より高度な業務を求められることになりました。今まではルーティン作業が中心で比較的業務も安定してこなしていましたので、異動による業務の変更でプレッシャーを感じながら勤務していました。その常駐先でもシステム運用を担当していたのですが、ある設定ミスを発見したんです。私ではなく他の関係者のミスだったのですが、所属会社の意向で私が始末書を書くことになったのです。「自分の責任でもなく、発見しただけの自分がなぜ処分されないといけないのか…」と納得いかない気持ちを抱き続けていると、仕事をする気も起きませんでした。結局、精神的な負担を感じながら心療内科でうつ病と診断されます。出勤も難しくなり、最初の転職を決意しました。
自身を大きく変えたお笑い芸人養成スクール
――2社目の会社の仕事の状況はどうだったのですか?
斎藤:転職先では普通に仕事をこなしていました。SEとして業務に就いていましたが、職場環境も恵まれ、精神的に負担を感じることもなかったですね。この会社に就業している際に社会人生活を変える出来事がありました。私は子供の頃からお笑い芸人を目指したいと思っていましたが、長男ということもあり、その夢を諦めていました。2社目の会社員時代に素人で漫才を披露していたのですが、ある時、会社の飲み会で「中途半端だ」と指摘されたんです。その時、自分の中でメラメラと燃えるものがあり、「ならば本気でやってやる」と思い、お笑い芸人養成スクールに通うようになったのです。
――会社で勤めながらお笑い芸人養成スクールに通ったのですか?
斎藤:その通りです。平日はSEの仕事をこなし、スクールには週1回通っていました。元々、興味があった道ですのでスクールに通うことは苦になりません。常に、どうやったら面白いと思ってもらえるのか、笑わせることができるのか、を考えていました。それまでの自分はどちらかというと内向的な性格だったと思います。スクールに通ってから社会人生活は大きく変わりました。

――スクールで学んだことはなんでしょうか?
斎藤:ポジティブに物事を考えることとコミュニケーションですね。相手が楽しんでくれる、喜んでくれることを常に考えていますので、ポジティブな思考が自然と身につきます。そうすると日常生活でも笑顔が増えるんです。相手を笑わせようとしたら、自分も笑顔じゃないといけません。当たり前の話なのですが、今までの自分はそんなことを意識することもなかったと思います。また、さまざまな経歴を持った芸人志望者たちと接することができたのが自分にとって大きな経験となりました。中学卒業後、コンビニでアルバイトをしながら芸人を目指す人もいれば、法政大学の漫才学部に所属しながらお笑いを学ぶ優秀な学生もいました。会社員として働いた後にスクールへ通い始めたという私と近い人もいます。このような人たちと接していく中で自然とコミュニケーション能力が鍛えられたと思っています。
教育・営業と多くを経験できた派遣会社時代
――その後、お笑い芸人ではなく、またIT業界に戻ってこられたわけですね?
斎藤:そうです。お笑い芸人への道も本気で考えたのですが、オーディションで落ちてしまいましたので…。あと、ちょうどその時、結婚も控えていたこともあり、再度転職を決意したのです。
――転職を決断した理由は?
斎藤:ちょうどその頃、ITエンジニア部門を立ち上げるという企業の募集を見つけました。どうせなら幅広い仕事に挑戦したいと思い、応募したのです。最初はSEとして現場の仕事をこなしていましたが、入社から1年くらい経った頃に支社長から社内勤務を打診されました。私もせっかくだからいろいろと挑戦して会社を大きく成長させたいと思っていました。まず、新人エンジニアの教育・研修を担当することになったのです。立ち上げ初期ですから少ない人数で対応しないといけませんので、私が教育係になったわけです。そうすると、次は教育したエンジニアの派遣先を見つけてこないといけません。ただ、会社としてもそのあたりの営業がうまくいっていないので、私が手を挙げて営業も兼任することになったのです。最終的には人事も担当していました。

――教育だけでなく、営業まで担当していたのですか?
斎藤:元々、人に教えることが好きだったので、教育や研修の仕事はまったく苦になりませんでした。新たな部門を立ち上げるということを前提に入社していますので、逆にそのような仕事をしてみるチャンスだと思いました。教育をしていくと、優秀な人たちばかりなんです。しっかり仕事ができるのに、仕事ができる場所がないのがどうしても許せなかったんです。営業は今まで経験したことなかったのですが、チャレンジですね。自分で言うのもおかしな話ですが、順調に営業成績を積み上げることができました。教育したエンジニア候補の人柄などもすべて把握していますから、相手の企業に説得力ある説明ができるんです。「こんなに努力して資格を取得したんですよ!」と。おかげで順調に派遣先を開拓でき、トップセールスの名誉まで頂くことができました。
自分が困ったときに役立つのがコミュニケーションの力
――独立を考えたキッカケを教えてください。
斎藤:経営者の集まりなどによく参加していたのですが、そこで皆さんから後押ししてもらったことが大きかったです。元々、自分自身も30歳で独立したいと考えていました。結果として34歳での独立でしたが、多くの方々に協力いただきました。2019年に独立を果たし、サーバー構築などのインフラエンジニアと研修講師として活動していましたが、コロナ禍で講師の仕事が止まってしまったのが最初の苦難でした。しばらくはシステム開発案件などの仕事に従事し、最近ではようやく研修の仕事も戻ってきています。

――「IT業界からうつ病をなくす」という目標を掲げて活動していますね?
斎藤:自分も経験したことですし、同じ経験をしてほしくないという想いからこの目標を掲げて活動しています。医療機関とセミナーを企画したこともありますし、エンジニアを集めた飲み会を開催して、皆でつながりながら悩みや困ったことを共有できる環境をつくりたいと思っています。また、精神疾患からの社会復帰できる環境も重要です。その支援として就労継続支援B型事業所を開設しました。

――斎藤さんにとってエンジニアに欠かせないスキルとはなんでしょうか?
斎藤:私はコミュニケーションだと考えています。ITエンジニアは黙々とデスクでモニタに向かった仕事です。しかし、その中にも必ず人と人のやり取りはあるわけです。そのやり取りをもっと大切に感じてほしいと思います。コミュニケーションは自分が苦しいとき、困ったときにこそ役立つものです。常駐先でお客さまが相手となると、なかなか難しいかもしれませんが、身近なチームメンバーから始めてみるとよいかもしれません。最初は報告・連絡・相談からスタートしてもよいし、休憩時間にちょっとした雑談で自らコミュニケーションをとることを意識してもらえたらと思います。結局、自分のことを話をしなければ相手の話も聞くことができません。私はそれを運よくお笑い芸人養成スクールで学びました。コミュニケーションは相手に委ねるのではなく、自分から生み出すものです。
エンジニアとして技術を学ぶのは当然です。しかし、仕事は人生を幸せに送るための手段のひとつです。悩むことも多いと思いますが、だからこそ、ちょっとしたコミュニケーションを大切にしてもらいたいと思っています。

■おすすめ書籍
「たった一度きりの人生をマックスに! ポジティブ会議」(アスコム)
著:茂木 健一郎, 松岡 修造

・その本を選んだ理由・読んだきっかけ
前職でマネージャーとして活動している中で、教育・人事・営業と複数のポジションに携わっていたため、少し精神的に落ちた時期がありました。その時に、ポジティブになりたいという思いで手に取ったのがこの本です。
・読んだ後の感想と行動の変化
自分の中にあるネガティブな気持ちを素直に認めることができました。自分自身も昔の失敗をずっと気にしていたのですが、この本を読んだ後はその悶々としたものがスッと楽になりましたね。
・おすすめ理由
対談形式になっており、文字数もコンパクトで読みやすいです。特に、松岡修造さんや茂木健一郎さんのことを知っている方はイメージしやすく、元気が出る本です。仕事やプライベートに壁にぶち当たった方におすすめします。