母国メキシコの大学在学中にITサポートチーム管理の仕事に3年従事し、卒業後は日本の大学院に留学。大学院在籍時はベンチャー企業でソフトウェアエンジニアとして働く。大学院修了後は大手メーカーの研究開発職に従事し、車載向けアプリケーションの研究開発に携わった。現在は転職し、先進運転支援システムと関連する安全システムの開発をしている。日本で結婚し、子育てをしながらエンジニアとして活躍している。
メキシコから日本へ:グローバルに歩んだエンジニアキャリア
――エンジニアを志した理由を教えてください。
エンジニアを目指した最初のきっかけは、ゲームを作る人になりたいと思ったことです。メキシコでも任天堂などのゲームは人気があり、「大人になったら、こういう魅力的なゲームを作りたい」と憧れていました。また、歳の離れた兄がIT系の大学に進学したことにも影響を受けました。
高校はコンピュータサイエンスや計算工学といった専門科目が学べる学校を選び、プログラミングにのめり込みました。プログラミングがとても楽しく、当時は「プログラムができる仕事なら、製品はなんでもいい」と思っていました。
しかし、大学に進学して本格的にITの勉強を始めてからは「ただ仕事でプログラムを書くのではなく、これまで誰も作ったことがないものを作りたい」と思うようになりました。この頃はロボットやエンジンなど、精緻な制御が求められる分野のプログラムに興味を持つようになったんです。そして、大学で学びを進めるにつれて「ただ働くのではなく、研究開発に携わりたい」「学ぶことをやめたくない」という気持ちが強くなっていきました。
――そこから日本の大学院を志したんですか?
はい。より高度な教育を受けたいと考え、日本だけでなくカナダやイギリスなどの大学院も視野に入れて外国の大学院への進学を目指しました。調べていく中で、日本の文部科学省が留学生向けの奨学金を提供していることを知り、日本の大学院進学を目指すようになりました。
しかし、その奨学金は枠が非常に少なく、結果的に奨学金を得ることはできませんでした。そのため自分で学費を工面するため、大学卒業の半年前から学内のITサポートチームで働き始めました。ITサポートチームでは、大学内のインフラやシステムの設計やメンテナンスを担当していたんです。ここではプログラミングの知識を生かして資金を稼ぐ傍ら、ITエンジニアとしての実績を積み、並行して大学院の進学先を探していました。
大学院の進学先を探し始めて約4年、期待と失望を繰り返して諦めそうになっていた時に大学の先生が日本の大学院の研究室を紹介してくれました。紹介してもらった研究室を調べていくうちに「ここで研究したい」という思いが強くなり、最後のチャンスだと思って教授に英語でメールを送りました。そうしたら教授が私に興味を持ってくださり、日本の大学院に進学できることになりました。
ただ、渡航時には奨学金などを得ることはできなかったため、費用を捻出するため当時の私物で売れるものを全て売って来日しました。日本はメキシコと比べて物価が高く生活はとても大変でしたが、民間の奨学金にいくつか応募し、そのうちの一つを受けることができました。さらに、教授がTA*やRA**の仕事を割り振ってくれたおかげで、生活はぎりぎりでしたが学び続けることができました。
その結果、5年で博士号を取得することができました。人生の中で一番大変でありながら、最も充実した時期だったと思います。
大学院修了後はメーカー企業に就職し、車載向けアプリケーションの研究開発に従事しました。そこから約10年にわたり、車の周囲をカメラやセンサーなどで検知して事故を防止するためのソフトウェア開発に取り組みました。1年ほど前に転職し、現在は前職での研究分野に関連する先進運転支援システムや安全システムの開発に携わっています。
*TA:Teaching Assistantの略で、授業の補助や学生の指導などを行う業務。
**RA:Researching Assistantの略で、研究プロジェクトの補助や研究活動のサポートを行う業務。
――日本での学生生活で苦労したことはありますか?
一番苦労したのは、やはり言語面です。日本の大学院に進学することが決まってから来日までの半年間、日本語を勉強しましたが、当然それだけでは十分ではありませんでした。授業や研究は英語で受けることができましたが、母国語はスペイン語なので英語も日本語も同時に学びながら生活する必要がありました。英語は学生時代に外国語として学んだ程度でしたが、新しい文字を覚える必要がなかった分、日本語よりは当時の自分にとって取り組みやすかったと思います。
また、友達の紹介により、ベンチャー企業でソフトウェア開発のアルバイトもしていました。ここはアプリ開発などを手がける会社で、メンテナンスやテストパターン作成のためのプログラミング、バグ対応、新規製品向けの開発などを担当していました。当時、日本語はまだカタコトでしたが、図などを使いながら周りとコミュニケーションを取り、仕事を進めていました。研究室は半分ほどが留学生で英語が飛び交う環境でしたが、この会社は全員が日本人でした。そのため毎日生の日本語を聞き続けることになり、結果的に日本語力もかなり上達しました。
学費と生活費を稼ぎながら学ぶのは本当に大変でしたが、働きながらなんとか費用を工面できたのは本当に感謝しています。あとは、家族や友人が近くにいないことで寂しさが募っていましたね。メキシコでは毎週末に家族と会って食事をしたり、友人と頻繁に集まったりするのが普通だったので、日本では距離を感じることも多かったです。
――大学時代にITサポートチームで働いていたとのことですが、どのような経緯で働いたのか教えてください
メキシコはITが盛んな国とは言われていますが、当時のプログラマーは社内設備やインフラ、システムのためのコードを書くことが求められる、外部向けの仕事というよりは組織内の仕事が多かったんです。そういうわけで、所属していた大学も学内インフラやシステム整備のためのプログラミングの仕事があり、お金を稼ぎながらITエンジニアとしての実績を積めるので雇ってもらえるように頼みました。大学を卒業する半年前から、大学院の進学が決まるまで、4年近く大学内で働いていました。
一般企業に就職することも考えたんですが、一度就職するとそこで満足して大学院進学のモチベーションが保てなくなりそうなこと、大学内で働いていると進学の際にアピールポイントになること、大学同士のコネクションを活用したいという思いで卒業後も働き続けました。
メキシコは結婚するまで家族と暮らすのが普通なので、生活に必要な費用を抑えられたのも良かったです。
――日本で就職した後に転職された経緯を詳しく教えてください
新卒で就いた仕事は、やりたかった研究開発職。しかも大学院時代に研究していた分野での開発に携わることができ、やりがいを感じながら働いていました。優秀なエンジニアが多い環境で、刺激を受けながら仕事ができたことはとても貴重な経験だったと思います。
ただ、数年働くうちに、自分が思い描いていたキャリアの方向性と会社として期待されているキャリアの方向性に少しずつ違いを感じるようになりました。もちろん、すべてが自分の希望通りになるとは考えていなかったので、今後のキャリアについて上司とも相談しながら社内異動制度の活用なども含めてさまざまな可能性を検討していました。
また、当時のプロジェクトの進め方として、関係者が多く調整に時間がかかる場面もあり、忙しい中でも次のタスクがはっきり決まるまで待つ時間が生じることがありました。そうした状況に少しもどかしさを感じることもありました。
こうした状況の中、自分なりに工夫しながら周囲と連携して取り組んでいましたが、最終的には自分の目指す働き方やキャリアをより実現できる環境に挑戦したいと考えるようになりました。そこで転職を決意し、現在の会社に応募したところご縁があり採用していただきました。現在は新しい環境で、これまでの経験を活かしながら仕事に取り組んでいます。
――今、どんな仕事をしているのか教えてください。
大まかに言えば、車内の人の動きを監視し、事故を防止するためのソフトウェアを開発しています。仕事の流れは以下の通りです。
1. プロジェクト会議
2. 全体の計画を立案。この時点で「この時期までにこの開発を行い、ここで評価をする」といったスケジュールを作成し、それぞれの担当を割り振ります。
3. シミュレーションソフトなどを使ってシステムの性能を評価しながら内容を精査。
4. し、スケジュールに沿ってシステム開発と性能評価を進める。
5. 納品
プロジェクトは半年単位で進めており、半年ごとに順調に進んでいるのか、そこで終了するのかを判断します。もし順調であれば、そのまま年度末まで継続して進めるという流れです。
転職した当初は、すでに進行しているプロジェクトに途中から参加しました。すでに完成していたシミュレーションモデルをベースに性能評価を行いながら内容を理解していくところから始めたので、工程としては3番目の段階から関わった形になります。
現在は正式に自分のプロジェクトを任され、全ての工程を担当しています。前職と関連した分野ではありますが、私自身まだ詳しくない領域も多いため周囲と連携しながら進めています。始めて任されたプロジェクトは、周囲と密に議論を重ねながら「これなら現実的で、みんなも納得できるだろう」という計画を作成して発表し、大きな問題はないということで社内審査が通り無事進めることができました。
新年度からはさらに追加の開発も予定されており、やることはかなり多くなりそうです。正直、前の会社と比べると今のほうが忙しいと思います。ただ、不思議なことに忙しいのにあまり疲れている感じはありません。前の会社でも忙しいことはありましたが、今はやるべきことがはっきりしていて、自分が作ったプランに沿って進めていけばいいという環境が自分に合っているんだと思います。
転職してまだ半年ほどですが、思い切って環境を変えてよかったと思っています。
先進運転システムの技術の進化を最前線で担うエンジニア
――先進運転支援システムの開発において、特に難しいと感じる技術的課題はなんでしょうか?
簡単に言うと、システム全体のバランスをどう取るかという点です。言い換えると、「どこまでやれば十分なのか」というパズルを解くような作業ですね。
特に難しいのは、センシングのカバー範囲(視野や冗長性)です。通常のケース以外にも対応できるよう、学習データの選択や量をどれくらいにすれば良いのか、そのバランスに悩みます。例えば、カバー範囲を広げるためにセンサーを増やすという方法がありますが、単純に増やせばよいというものではありません。増えたデータをどう処理するのか、通信や演算は間に合うのか、センサーが故障した場合にシステムがどう動作すべきかなど、さまざまな要素を同時に考える必要があります。
データについても同様で、単に大量に集めればよいわけではありません。重要なのはデータのバリエーションです。また、データアノテーション*に必要な工数や、ストレージ・処理のためのリソース、開発環境の整備、データやシナリオの再利用性など、考慮すべき要素は非常に多いですね。
*アノテーション:データに対して意味づけの情報(ラベル)を付ける作業のこと。特にAIや機械学習の分野でよく使われる。
――これまでの研究開発経験は、現在の業務にどのように活きていますか?
単純に知識や経験が役に立っていますが、そのほかにも「現在直面している問題だけでなく、将来発生する可能性のある課題にも目を向けて答えを探す」という習慣を身につけられたことは大きいです。
この習慣は自動車の安全性に関する分野を理解するうえで役立っていますし、自分のプロジェクトを他の関連する自動車アプリケーションとどのように連携させられるかを考える際にも活かされています。
グローバル人材としてエンジニアとしてのキャリアを育む
――今後、エンジニアとしてどのようなキャリアを築いていきたいと考えていますか?
これからも技術的な側面にこだわり続けたいと思っています。特に、コーディングをして何かを作ることが大好きなので、その部分は大事にしていきたいですね。
また、少し矛盾して聞こえるかもしれませんが、「幅広い分野を理解するスペシャリスト」を目指したいと考えています。例えば自動車の安全システムであれば、コンピュータビジョンだけでなく、安全性に関わるさまざまな課題に貢献できるエンジニアになりたいと思っています。
――仕事のやりがいと、今後の目標について教えてください
「難しい問題を解決することを楽しみながら、道路をより安全にできる」という点にやりがいを感じています。今後の目標としては、技術的なことだけに留まらずに自分の専門分野以外からも新しいことを学び続けることです。常に前進し続けたいと思っています。
ちなみに、私は「進」という漢字が好きなんです。週2回の出社の他は在宅で仕事路しているので、自分の仕事部屋にも「進」と書いた字を飾り、これからも前に進み続けたいという気持ちを大切にしています。
――日本で働きながら子育てをする中で、感じることを教えてください。
日本は学校教育だけでなく、習い事なども含めて教育環境がとても整っていると感じています。習い事の送り迎えなどは大変ですが、妻や子供たちと相談しながら興味のあることを気軽にさせてあげられるのが良いなと思っています。
また、私自身が大学時代に求めていたような高度な教育を受けられる選択肢も多いので、子どもたちが将来、自分の望む道を選べるように一生懸命働きたいと思っています。
一方で、メキシコは家族や親族とのつながりがとても強い文化です。そのため、日本の家族間は自分にとって少し寂しいものがあります。メキシコの親族や文化に親しみを持って欲しいので定期的にメキシコへ里帰りをしたり、電話で連絡を取ったりして交流を続けています。ただ、一般的なメキシコ人の感覚からすると、それでもまだ少ないほうかもしれません。
それでも、子供達には日本だけでなくメキシコの親族や文化に親しみを持って欲しいので、日本とメキシコの良いところを伝えていきたいです。
日本に来てもうすぐ20年。来日してから私の考え方に変化があり、以前より「人を表面的に判断せず、まずはよく話を聞いて理解しようとする」ようになったと思います。できるだけ相手の話をしっかり聞き、その人の立場に立って考えるように心がけるようになりました。子育てや家族との時間でも、その姿勢を大切にしています。
――ITエンジニア、特に運転支援開発を目指す方へのメッセージをお願いします
少し上から目線に聞こえるかもしれませんが、「広い視野で課題に向き合う」というマインドを持ってほしいと思います。物事の答えや考え方は一つではありません。アイデアは、思いがけない場所や人との関わりの中から生まれることもあります。
また、「自分の考えを分かりやすく伝える力」と、「相手にとって有益なフィードバックをする力」もぜひ磨いてほしいですね。これらは、エンジニアにとってとても大切なスキルだと思います。
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Jeff Ryan著『Super Mario: How Nintendo Conquered America』
この本はマリオを生み出したゲームデザイナー宮本茂や、任天堂のアメリカ事業を率いた荒川實など、重要人物たちのエピソードを交えながら、任天堂の成長の物語が描かれています。
技術力だけでなく、マーケティングや戦略によってゲーム市場を切り開いていく過程が紹介されており、任天堂がどのようにしてゲームを「ゲーマーだけのもの」から「誰でも楽しめるもの」へと広げていったのかが分かります。私はゲームが好きなので、任天堂についてもっと知りたいと思い、この本を読みました。読んでみて印象に残ったのは、技術だけでは成功できないということです。技術力だけでなく、市場やユーザーのニーズをどう捉えるかが重要なのだと感じました。

