植物由来プラスチック「PlaX™」が拓く循環型社会への挑戦――分子構造制御と添加剤設計の最前線

寺田貴彦(てらだたかひこ)さん
Bioworks株式会社 取締役常務執行役員CTO(現職)

1992年 松下電器産業株式会社 入社
2005年 ポリ乳酸合成法の開発に従事
2007年 株式会社バイオベース 入社(研究開発部部長)
2008年 株式会社バイオベース 代表取締役に就任
2017年 Bioworks株式会社に移管 取締役CTO 就任
2024年 取締役常務執行役員CTO 就任(現職)

 

エンジニアとしての原点――高分子化学から「ものづくり」の世界へ

――寺田さんの学生時代から今日にいたるまでのエンジニアとしてのヒストリーを教えてください。

元々、私は大阪出身なんですけども高校は奈良県内の学校に通学していました。高校卒業後は京都大学工学部に進学。有機化学、とくに高分子(ポリマー)分野を専攻し、現在研究している分野と近いプラスチックなど分子の長い材料の研究に取り組んできました。修士課程修了後は松下電器産業(現パナソニック)に入社し、主に研究所でキャリアを重ねました。製造現場の経験や海外工場への赴任も経て、エンジニアとして材料開発に携わってきました。

――かつて松下電器産業株式会社に在籍されていたとのことですが、こちらではどんなお仕事をされていたのでしょうか?

松下電器には1992年から2005年まで在籍していました。主にやっていたのはモーターの材料開発です。たとえば洗濯機やエアコンの室内機は、室内で使うものですし集合住宅だと近隣にも影響があるので音がうるさいと困りますよね。そこで振動や騒音をどう抑えるかというテーマで金属だけでなく樹脂で成形する「モールドモーター」の開発に取り組んでいました。このほかパソコンのフロッピーディスクのトレイを動かす小型モーターなどにも関わっていて材料をどう設計するか、どう成形するかといった技術開発を中心に行っていました。

――そこから環境やリサイクルの分野にも関わるようになったのですね。

ちょうどその頃(2001年4月)、家電リサイクル法が施行されて、製品は作って終わりではなく廃棄やリサイクルまで考えなければならない時代になりました。そこで解体しやすい設計やリサイクルしやすい材料の研究にも力を入れることになったのです。樹脂で一体成形したモーターを、みかんの皮をむくように剥がせる構造を考案し、一部で実用化もされました。廃棄物学会で発表も行い電機メーカーとしては珍しい分野にも挑戦してきました。生ごみ処理機の開発にも関わり、出口処理の重要性を強く意識するようになりました。

――出口処理の経験が、現在のバイオマス素材の研究につながっていったわけですね。

そうですね。しかし、出口処理に関する研究を進めていくうちに「そもそもの原料を変えないと限界があるのでは?」と感じるようになったのも事実です。そこで2005年に松下電器を退社し、大阪大学の研究員として産学連携プロジェクトに参加しました。研究テーマはバイオマスプラスチックです。当初は樹脂そのものを開発する構想でしたが、海外の大手企業が量産を進める中、日本で同じことをするのは難しいとも感じていました。そこで、発想を転換し既存のバイオマス樹脂に添加剤を加えて性能を引き出す技術に特化した研究を行うことにしたのです。独自性も出せますし、さまざまな用途に展開できると考えたのです。

2007年にはバイオベースというベンチャーを立ち上げ、研究開発を本格化しました。自動車メーカーとの共同研究なども進め、その後事業を再編し、現在の会社Bioworksとして再スタートしました。ものづくりから出口処理、そして原料開発へと研究テーマを広げてきたことが、今の事業につながっていると思っています。

インタビュー中の寺田さん。「素材やものづくりこそ社会の大きな基盤となるものです」

 

発想の転換と偶然の発見――最大の危機を乗り越えて

――長年の研究開発の中で、『これが最大の危機だった』『もうダメかもしれない』と追い込まれた瞬間はありましたか?

バイオマス樹脂そのものを自社で製造する構想に限界を感じた時のことでした。巨額の設備投資や量産体制の構築はハードルが高く、海外大手も台頭する中で、このままでは難しいと判断したのです。そこで既存の樹脂の性能を活かし、さらに性能を引き出す『添加剤』に特化したことが転機となりました。

この添加剤も研究初期に偶然の副産物的な発見を深堀りしたことから得られた成果です。結果、画期的な添加剤が生まれました。発想の転換と偶然を見逃さず掘り下げたことが、今につながっています。

Bioworksの研究室にある製造装置。ここでPlaX™の研究開発が行われている

 

PlaX™の開発経緯と独自技術

――PlaX™という名づけに込めた思いをお聞かせください。

PlaX™の「PLA」はポリ乳酸(ポリラクティックアシッド)の略です。また同時にプラスチックの可能性も象徴しています。そして「X」には、添加剤や改質技術を掛け合わせることで、「PLA」の可能性を無限に広げるという意味が込められています。本来、ボトルやカップ、繊維などはそれぞれ異なる性質の樹脂が使われていますが、PlaX™は改質することによって幅広い用途に対応できる素材を目指しています。将来的にはモノマテリアル化を実現し、リサイクルしやすい循環型素材にしたいという思いを込めてつけられた名前です。

――PlaX™の「独自の技術」とは具体的にどのようなものでしょうか?

ポリ乳酸(PLA)の原料も乳酸なんですが、PlaX™の独自技術はポリ乳酸(PLA)そのものだけでなく植物由来原料(植物油脂や澱粉など)を活用している点にあります。添加剤の一部にも乳酸を用いることで主原料との親和性を高めつつ、性能を効果的に引き出す効果があります。さらに大きな特長は、用途ごとに“テーラーメイド”方式で配合設計を行う点です。製品の目的に応じて最適な改質を施し求められる機能をピンポイントで実現します。

例えば耐熱性を高めたい場合は材料の結晶化をいかに速く、多く進めるかが鍵になります。雪の結晶が不純物を核に成長するように、PLAと一定の親和性を持ちながらも結晶化の起点となる構造を持つ添加剤を設計し、結晶核を増やします。同時に周囲の分子運動を高める成分を加えることで結晶成長を促進し耐熱性を向上させます。

しかしその一方でPLAは硬く脆いという性質もあります。例えば歯ブラシに使用した場合、歯磨きしながら力を入れるとポキッと口の中で割れてしまうととても危険です。それを防止するにはPLAの分子の間にほどよくクッション的なショックアブソーバ的なものを入れます。これにより衝撃エネルギーを吸収し、割れにくい材料へと改良します。PLAと似ていながら少し異なる分子構造を精密に設計し結晶化制御や柔軟化を組み合わせることで、多様な用途に対応できる素材へと進化できるのです。

PlaX™の原料となるペレット。用途に応じた添加剤配合で性能を引き出す

 

広がるPlaX™の用途と環境性能

――現在、どのような製品に御社開発のPlaX™が使われていますでしょうか?

PlaX™は主にアパレル・アウトドア用途を中心とした繊維製品に採用され、現在までに約70ブランドで展開されています。具体的にはゴールドウイン/THE NORTH FACE、マッシュスタイルラボ/emmiなどがあります。

速乾性や抗菌防臭性といった機能性を備えていることから、タオルなどのライフスタイル製品とも親和性が高く展開が進んでいます。D2Cブランド「bio」でbioタオルを販売しているほか、企業やブランドのノベルティとしてもタオルが採用されています。

プラスチック製品としては、フェス・イベントにて使用されるサッポロビールさんのビールカップとして採用されています。その他にもマネキン・観葉植物用の容器・洗剤ボトル・サングラスのフレームなどにも展開されています。

PlaX™を使用した製品の数々。繊維製品からプラスチック製品まで幅広く展開されている

 

――石油由来の素材と比較し、製造時や廃棄時のCO2排出量を大きく減らすことができるとのことですが、具体的な例を挙げて教えていただけますか?

LCA(ライフサイクルアセスメント)で評価したところ、短繊維(単繊維)で約50%、長繊維で約70%の削減効果が確認されています。これは原料が植物由来であり、成長過程でCO₂を吸収している点が大きく寄与しています。

また天然繊維のコットンと比較した場合、CO₂面だけでなく水使用量が少ない状態で製造できることも大きな特長です。コットンは栽培の段階で大量の水を使います。地球上の乾燥した地域では大規模な灌漑(かんがい)も必要になるでしょう。水資源への負担が大きいことも環境課題とされています。

いっぽう、PlaX™は植物由来の原料を使ってはいるもののコットンが完成するまでのように大量の水を必要とする農業プロセスが前提となっていません。製造全体で見たときに水使用量を抑えられるメリットもあります。PlaX™は水資源への負荷を抑えられるため、環境全体へのインパクト低減につながります。

――PlaX™の天然由来の抗菌・防臭効果について、数値でわかるデータはありますか?

コットン70% PlaX 30%素材で、JIS L1902菌液吸収法による抗菌試験を実施した結果、黄色ブドウ球菌・大腸菌・肺炎桿菌で抗菌活性値4.8、モラクセラ菌で6.5という結果が得られました(抗菌活性値≧2.0で抗菌性あり)。消臭試験ではイソ吉草酸が99%減少、酢酸が96%減少という優れた効果が確認されています。

コットン100%のタオルと、コットン80%・PlaX20%で作られた「bioタオル」に、それぞれ3万5,000個の黄色ブドウ球菌を付着させ、18時間後の菌数を比較する試験を行いました。その結果、コットン100%のタオルでは菌が約520倍に増殖し約1,820万個に増加したのに対し、bioタオルでは菌数が20個まで減少し、ほぼ消滅するという結果が確認されました。

――「エコテックス®スタンダード100」の認証について教えてください。

エコテックスは、有害物質の含有有無などを厳格に検査し、人の健康に配慮して製造された繊維製品であることを証明するものです。世界的に広く採用されている基準であり欧州を中心に多くのブランドやメーカーが取引条件として求めるケースも増えています。

当社の場合、原料調達から製造まで信頼できるメーカーやサプライチェーンと連携して開発を進めてきたため、申請にあたって大きな課題はありませんでした。むしろ、PlaX™をグローバル市場で展開していくうえで、取引先が求める基本的な安全性基準を満たすことが重要だと考えて、まずは取得を進めたという経緯があります。今後もこうした国際的な基準に対応しながら、環境配慮と機能性を両立した素材としてPlaX™の活用を広げていきたいと考えています。

PlaX™の短繊維と長繊維のボビン。繊維製品は約70ブランドに採用されている

 

PlaX™の未来――ケミカルリサイクルと循環型モデルへ

――PlaX™は今後、さらに発展、進化を遂げるとしたらどのような変化が起きるのでしょうか?

PlaX™はこれまで植物由来・生分解性という特長を軸に展開してきましたが、今取り組んでいるのは「ケミカルリサイクル」という部分です。生分解というのは環境中に流出しても微生物によって分解されて、いずれ水と二酸化炭素に戻ります。ですが、生分解に頼るだけではなくポリ乳酸は乳酸という単一原料からなるため、使用後に化学的に分解すれば再び乳酸に戻しやすい特性があります。分別の負担も少なく効率的な再資源化が可能です。すでに簡便な再生技術の特許も取得しており、製品を売って終わりではなく、回収して再び製品に戻す循環モデルを検証中です。

実証実験も始まっており将来的には植物から新たに作るよりも低コストで循環できる仕組みを構築し、より持続可能で経済性のある素材へ発展させたいと考えています。小さいサイクルで試験運転をしながら実証していき、どうやったらうまく回収できるかなど社会的な実装に向けた課題もあります。まずは小さな規模で結果を出しながら、いずれ大きなものにしていきたいと思っています。

――循環モデルの実現に向けて、コスト面や普及戦略についてはどうお考えですか?

コスト面の課題はあるものの、リサイクルまで含めた循環モデルとして考えれば、長期的には十分競争力が出せると考えています。最初から100%PlaX™にこだわるのではなく、コットンやウールなど天然繊維と混ぜたり、20~30%の配合でも機能を発揮させたりするなど、段階的な展開も現実的な選択肢だと考えています。

また、発泡や中空構造で空気を含ませて使用量を抑えつつ、断熱性などの性能を高める工夫も可能でしょう。さらにプレミアム市場やハイエンドアパレルなど、付加価値で評価される分野から広げる戦略もありますね。柔軟な発想で商品展開し、ブランド力を高めながら普及を目指していきたいと考えています。

Bioworksの研究ラボ全景。日々新たな素材開発が進められている

 

次世代へのメッセージ――素材とものづくりが社会の基盤を作る

Bioworks株式会社のオフィス前に立つ寺田さん

 

――地球環境の課題解決を目指す次世代の若手エンジニアや、これから新しい技術開発に挑む読者へ向けて、メッセージをお願いします。

なかなか壮大なテーマですね(笑)ケミカルの世界は泥臭い部分もあるんですよね。だから今の若い人たちが興味を持つのはどちらかというと、AIとかITとか情報型の議論の方が主流的になってきたと感じます。

しかしケミカルは物や人と向き合う“世の中の本質”に関わる分野です。情報や金融資産だけでは社会は成り立ちません。素材やものづくりこそ社会の大きな基盤となるものです。だからこそ若い人にも理系、とくに化学や材料分野に関心を持ってほしいと考えます。私たち技術者も営業任せにせず自ら発信を強め、樹脂が繊維や容器、自動車部品へと広がる面白さや、日本発の技術で価値を生んでいることを伝えていきたいと考えています。

アメリカとかヨーロッパが開発した樹脂をそのままものにしてるんじゃなくて、日本で技術開発してこういうものになっているんですよ!ということをもっと見せていきたいなと思っています。

――寺田さんの愛読書を教えてください。現在のエンジニアとしての輝かしい実績を支えてきた愛読書があればぜひお願いします。

特定の一冊を「愛読書」として挙げることはできませんが読書量は多く、年間多い時で約50冊読んでいます。好きな分野はミステリーで映画化される作品は事前に原作を読んでいます。映画鑑賞やスポーツ観戦、音楽も大きな刺激になっていますね。年間20本ほどライブにも足を運んでいます。

特に好きな曲はMr.Childrenの「PADDLE」(アルバム『シフクノオト』収録)という曲です。実験の多くは「何も起こらない」結果に終わりますし、期待した反応が起きず、ただ時間が過ぎるだけの忍耐の日々が続くかもしれません。しかし、あきらめずに漕ぎ続けることを重ねて少しずつデータを積み重ね、新たな発見を目指す。その「不確実性」と「継続の大切さ」を肯定してくれる歌詞に、研究者としての「忍耐と挑戦」の精神が重なり、勇気づけられています。

 


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