運転者がいなくても、車が自動的に目的地まで走ってくれる。
かつて、夢物語でしかなかった「自動運転」という技術。これを現実のものとするため、いま世界各国の有名自動車メーカーが膨大な資金を投じ、エンジニアを集め、開発のしのぎを削っています。
そんな中、日本のあるベンチャー企業が、バスや物流トラックの自動運転を実現しようと研究に励んでいることをご存知でしょうか。その企業とは、「先進モビリティ株式会社」です。
同社で代表取締役社長を務めるのが、トヨタ自動車株式会社で自動運転の研究に携わってきた熟練の技術者、青木啓二さん。彼は、2008年に60歳で定年退職を迎えた後、2014年に先進モビリティを立ち上げたのだといいます。
定年退職してもなお、青木さんを仕事へと突き動かす原動力とは何なのか。自動運転にかける、彼の熱い情熱を聞きました。
ベンチャー企業“だからこそ”、自動運転が実現できる
―青木さんが、先進モビリティ株式会社を設立した経緯は?
青木:私はトヨタ自動車を60歳で定年退職した後、経済産業省が推進していた「トラックの自動運転隊列走行プロジェクト」に参加するため、プロジェクトを受託した日本自動車研究所に再雇用される形で働いていました。
プロジェクトが終わり、これからどうしようかと考えていたところ、「東京大学が、ベンチャー企業に対して資金調達および経営支援を実施してくれるベンチャーファンドを設立する」という話を耳にしたのです。
「せっかく長いこと自動運転の研究をしてきたのだから、ここでやめてしまうのはもったいない」という思いもあり、そのベンチャーファンドに協力してもらう形で、先進モビリティを立ち上げました。
―定年を迎えてなお会社を立ち上げようと考えたのは、何かやり残したことがあったからでしょうか?
青木:長い間自動運転に携わってきた中で、「自動運転を本当の意味で実現するには、ベンチャー企業を立ち上げるしかない」という結論に達していたことが大きかったです。
―なぜ、ベンチャー企業でなければいけないのでしょうか?
青木:大手の自動車メーカーはこれまで、「有人運転」を前提として製品開発や社内基盤の構築を行ってきました。自動運転を推進するということはある意味、その既存の企業文化を否定すること。だからこそ、必ず社内からの反発が起こってしまうからです。
それを象徴する例として、トヨタ自動車で自動運転に関する研究をしていた頃、社内では「自動運転」という言葉は禁句になっていました。なぜなら、万が一事故が起きてしまった場合、自動車メーカー側が責任を負う必要が出てくるからです。
だから私たちは、代わりに「運転支援」という言葉を使っていました。「何か起きたときには、運転者の責任になる」という立場を取っていたわけです。これでは、本当の意味で自動運転を普及させることは難しいと私は考えていました。
解決すべきは、物流・バス事業者が抱えている課題
―大企業の場合、既存の企業文化との“しがらみ”が発生してしまう。よって、ベンチャー企業でなければいけないということですね。
青木:近年、自動車メーカーも「自動運転」という言葉を掲げるようになってきましたが、彼らが想定しているのはあくまでも運転者がいる「有人」の状態。これでは、自動運転と呼ぶことはできません。本当の意味での自動運転とは、運転者がいない「無人」の状態で、安全に車を目的地まで動かすことだと私は思います。
―青木さんが、それほどまでに「無人」にこだわる理由は?
青木:現代のクルマ社会における課題。具体的には、物流・バスの事業者が抱えている“ドライバー不足”や“人件費削減の必要性”という課題を解決したいと考えているからです。
例えば、物流に関しては、大型免許を取得する人が減少の一途をたどっており、20年後には現在の物流システムが維持できなくなると言われています。またバスに関しては、体が弱くなって車に乗れなくなった高齢者が地方にはたくさんいるにもかかわらず、採算が取れないという理由でバスの運行本数がどんどん減っているのです。
―その課題はかなり深刻ですね……。かつ、人材育成・活用や人件費削減の問題は、一朝一夕に解決するような簡単なものではないでしょうね。
青木:その通りです。こうした課題に対して、運転者がいることを前提とした技術開発を行っても、何の解決にもなりません。だからこそ、「無人」でなければいけないのです。
複数の技術のコンビネーションによって、安全性を実現する
―その課題を解決するため、先進モビリティではどのような開発を行っているのでしょうか?
青木:大きく分けると、「数台の大型トラックが隊列を組んで無人運転できるようにする技術」「路線バスを無人運転できるようにする技術」「路線バスが、正確な位置に自動停止できるようにする制御技術」の3つです。
いずれも、先ほど話した物流・バス事業者のニーズを反映させたもので、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)関係府省からの要請を受けて取り組んでいます。
―それらを実現する鍵となるのは、具体的にどのようなテクノロジーなのでしょうか?
青木:「車がいる位置を正確に検知すること」「障害物を正確に認識すること」の2つが、特に重要になります。そして、これらのテクノロジーこそ、私たちが持っている最大の強みであり、自動車メーカーが持っている技術とは大きく違うところです。
―なるほど。まずは、「車がいる位置を正確に検知する」ために、どのような技術を開発しているか教えていただけますか?
青木:高精度のGPS(Global Positioning System:地球上の現在位置を測定するためのシステム)を使用するのと、道路に「ランドマーカ」と呼ばれる「設置式の位置測定機」を埋めこむことで、この課題を乗り越えようとしています。
―GPSだけでは、不十分なのでしょうか?
青木:GPSだけを用いると、人工衛星から受信する電波が山やビルなどに反射することで、車の認識位置がずれる「マルチパス現象」と呼ばれるものが起きてしまいます。カーナビを使っているとき、市街地などで自分の位置がずれてしまうことがありますよね。あの現象は、これが原因で起きているのです。
―確かに、経験があります。障害物の多い場所ではGPSは精度が落ちてしまうのですね。
青木:そこで私たちは、道路にランドマーカを等間隔で埋めこむことで、ランドマーカの上を通過した車の正確な位置を把握可能にしようとしています。この方法は、世界的にも前例がないものです。
これによって、マルチパス現象も克服できますし、どんな天候でも精度を失うことはありません。現在、国土交通省の道路局にもこの内容をご説明しており、設置のための準備をしているところです。
―既存GPSの弱点を、その方法によって補っているわけですね。「障害物を正確に認識する」ためには、どのような技術を用いているのですか?
青木:レーザーレーダによる物体検出と、ディープラーニングによる画像認識の2つの技術を組み合わせています。
レーザーレーダとは、レーザーを照射してその散乱光を測定することで、遠くにある物体までの距離を分析する技術。これによって分析した物体と地図のデータを突合することで、車がどのような環境を走行しているのかを認識しているのです。
その精度をさらに上げるために、周囲を撮影し、その写真をディープラーニングによって解析させています。画像認識という方法はかつて、認識率が低いため「自動運転では使いものにならない」とされてきました。ですが、ディープラーニングという技術が登場したことで、認識の確率が飛躍的に向上したのです。
これらの技術の合わせ技によって、自動車が走行している環境を高い精度で認識できるようになっています。
自動運転が、社会の構造そのものを変えていく
―そういった高い技術を駆使することで、自動運転が現実のものとなりつつあるのですね。安全性については、心配ないのでしょうか?
青木:先ほど述べた2つの技術があれば、事故が起こる可能性は極めて低くなると考えています。また、突然飛び込んでくる障害物や人に対しては、現在の自動車にも使われているPCS(Pre-clash Safety System:進路にある障害物や歩行者をセンサーで検出することで、衝突の可能性が高いときにシステムが警報やブレーキ制御を行い、衝突を回避するシステム)を用いるため問題ありません。
それでもなお起きてしまうような例外的な事故は、たとえ人間が運転したとしても起こってしまうでしょう。つまり、これらのテクノロジーによって、自動運転の運転技術は「人間と同じ水準まで高まる」と言えるわけです。むしろ、長時間運転しても疲れることがない分、自動運転の方が安全とすら言えるかもしれません。
―それはすごい!自動運転が普及した先に、どのような未来が広がっているのか本当に楽しみです。
青木:自動運転が実現すれば、社会の構造そのものが変わることになるでしょう。もし宅配が無人化すれば生活はより便利になるでしょうし、バスが24時間走り、深夜でも自由に移動できる社会が実現することもあり得ます。様々な分野に影響を及ぼし、私たちの生活を良い方向に変える可能性を秘めていると、私は信じているのです。その可能性を現実のものとするため、私たちはこれからも研究を続けていきます。
まるでSF作品のような未来は、私たちのすぐ目の前に
「大手の自動車メーカーでは、自動運転の商品化は難しい」
確固たる信念を持ち、そう断言した青木さん。その強い言葉の裏には、現代のクルマ社会が抱える課題と徹底的に向き合い、それをなんとしても解決したいと願う彼の想いがありました。そして、その想いはいま、自動運転を現実のものにしようとしています。
かつて、SF作品に登場する夢物語でしかなかったはずの自動運転。そのフィクションを“ノンフィクション”に変えてくれるのは、エンジニアの持つ熱き情熱に他なりません。
取材協力:先進モビリティ株式会社