提案された方法に難があると思い「この方法ではやりたくない」と素直に伝えたところ、クライアントから「仕事するのを嫌がってるってこと!?」と受け取られてしまい険悪なムードになった――。
そんな、「技術者がやりがちな表現」と「それを受け取った非技術者が感じること」をまとめたツイートが話題を集めていました。
まとめの中心になっている「技術者がする表現」と「その表現を技術者でない人はどう理解するか」が比較された画像には「わかりすぎる」「職場の壁に貼っておきたい」というエンジニアさんからの反応が。皆さん少なからず身に覚えがある様子です。
筆者がこれを見て思い出したのが、マンガ『理系の人々』(KADOKAWA)(※)でした。
※ 『理系の人々』全6巻、2018年以降は『新理系の人々』としてリニューアルし、こちらは全3巻。
『理系の人々』は、元システムエンジニアの作者・よしたにさんによるコミックエッセイ。よしたにさんの身の回りの出来事を中心に、「データにうるさい」や「ITガジェットに異様なほどこだわる」など、世の中の“理系的”な人々の生活や生態がコミカルに描かれています。
「理系と表現1」/『理系の人々』
— 毎日キトラ (@mainichi_kitora) January 31, 2020
よしたに @dancom
★新刊→https://t.co/dPLUTeoj84 pic.twitter.com/tEnFp47VaZ
▲「品質が心配=めんどくさい」の場合もあるらしいです
もちろん、「技術的には可能」などに代表される、技術者的な表現やコミュニケーションもマンガのネタとして度々登場。理系にとっては「あるある」、理系でない人にとっては「理系の仕様書」として楽しまれているのだとか。
技術知識の有無だけでなく、どうやら考え方やコミュニケーションの方法から違っているらしい「理系」と「それ以外」。両者のすれ違いはどうして起きてしまうのでしょうか。また、お互いに歩み寄ってより良いコミュニケーションを取るためにはなにができるのでしょう?
連載開始から10年以上にわたり理系の性質や特徴を観察し、マンガで描いてきたよしたにさんにそんなコミュニケーションギャップの正体を聞きました。理工学部情報科出身で自他共に認める理系のよしたにさんにも、こんなすれ違いの経験はあるようで……?
元システムエンジニア、現在漫画家。
『新理系の人々』(全3巻)、『理系の人々』(全6巻)、『ぼく、オタリーマン。』(全6巻)、『ガンダム系の人々』(1~2巻、以上すべてKADOKAWA)、『いつかモテるかな』(全4巻)、『ぼくの体はツーアウト』(全8巻、ともに集英社)などのコミックエッセーシリーズは、累計220万部以上。最新刊『大宇宙ひとりぼっち 40代独身天国』(KADOKAWA)も好評発売中。
「言葉の意図を読む」非理系と、「言葉をそのまま受け取る」理系
——『理系の人々』は学生時代からの読者で、ライターをやるようになった今でもエンジニアさんの考え方や人となりを知るうえでとても参考になっています。
よしたに:ありがとうございます。確かに連載が始まったばかりの頃は、仕事の中で遭遇したトラブルや身の回りで起きる「エンジニア的な出来事」をよくネタにしていましたね。そのうち、「理系とそれ以外のコミュニケーションギャップ」が『理系の人々』自体のテーマになっていきました。
▲『新理系の人々 テクノロジー最前線』「理系と会見」より
——「理系のコミュニケーションはちょっと変だ」ということに気づいたのは、会社でのコミュニケーションがきっかけだったのでしょうか?
よしたに:そうですね。社内のいろいろな人と関わっていると、「どうしても会話が噛み合わず、ぶつかってしまいがちな人」と、「同じようにコミュニケーションをしているのに、なぜだかぶつからない人」がいることに気づくんです。そして、相手の立場が上になるほどいつものコミュニケーションが通じなくなっていくので、これはどうしてだろう、と。
僕が新卒で就職活動をしていた時期は、システムエンジニアって「就職の最後の砦」だったんですよ。就職氷河期が終わりかけているなかでITバブルが起きつつあるという、世の中でシステムエンジニアの需要が高まっている時期です。
そんな状況だったので、理系だけでなく文系出身者もエンジニアになるんです。だから、理系的なコミュニケーションに慣れている人とそうでない人が会社でごちゃまぜになっていて。
——それぞれの会話のスタイルってそんなに違うものですか?
よしたに:エンジニアさんって会話をするにも「言葉にして伝えられたこと」が全てで、言葉になっていること以上の、発言に込められた意図を汲み取ることはあまりしない印象があります。でもコミュニケーションに慣れている人は、言葉の意図までを読んでリアクションをするじゃないですか。
だから非理系の人は、理系が何の気無しにした発言の内容や、その意図を深読みしてしまうんだと思うんです。そして相手の意図があまりにも読めないからイライラする。逆に、理系同士のコミュニケーションはスムーズなんですけどね。
「理系と文系」/『理系の人々』
— 毎日キトラ (@mainichi_kitora) December 15, 2020
よしたに @dancom
★新刊→https://t.co/LZKuJsIVU0 pic.twitter.com/Xw4j924XcG
▲文理の違いは友人同士のコミュニケーションでも
——会話で言葉になっていない部分を拾っていくかどうか、という違いがあるんですね。
よしたに:立場が上の人になればなるほど、そういったコミュニケーションの「暗黙知」を熟知しているんですよね。要するに、会話の「いい塩梅」を選ぶ力です。
一方で、僕はいい塩梅を選ぶのがすごく下手な人間なので。職場で起きた失敗談を書いていたのが「理系」の最初期ですね。
「理屈上はできるが、現実的ではない」で失敗したPM時代
——特にTwitterなどでは、「エンジニアと非エンジニアとの間で起きるコミュニケーションのすれ違い」は定期的に話題に上がっており、いわゆる「エンジニアあるある」という印象です。よしたにさんにも、こういった出来事の経験はありますか?
よしたに:僕が思い当たるのは、お客さんとのコミュニケーションでしょうか。
PM(プロジェクトマネージャー)として携わるプロジェクトのお客さんを交えた最初の打ち合わせで、これから開発するシステムの内容を説明したんです。そうしたら、「データベースを使うとコストがかかるから、これを使わずに開発できませんか?」と尋ねられて。
——ほう。
よしたに:「データベースを使わない」ということは、早い話が「それに代わるものをイチから開発する」ということです。お金も時間もかかるし、既存のサービスがあるのにわざわざそんなことをやる意味はない。一方で、お金と時間をいくらでもかけていいなら、できないことはないんですよ。
なので、そのときは「理屈上はできるが、現実的ではない」という返答をしました。が、それがお客さんのお気に召さなかったらしくて。
——「文句を言わず、とりあえず見積もりを作ってくれ」と言われたとか?
よしたに:いえ、「できないものはできないって言ってくれないと困る」と言われました。
——それはつまり……どういうことでしょう?
よしたに:早い話が、これは僕を試すための質問だったんですよね。先方は「データベースを使わないで開発するのは不可能」ということを知ったうえで質問をしていたんですよ。僕が、クライアントからお願いされても「できないものはできない」と断言できるPMかどうかをチェックしたんだろうな、と。
▲この「質問で試された」経験は実際のネタにも(『理系の人々5』「理系と打ち合わせ」より)
——フェアじゃない、かなり意地悪な質問だと思ってしまいますが。
よしたに:でも、その質問をしている相手は大手企業の情シスの社員さんなので。「データベースなしでシステムを組んでほしい」というのが現実的でないということなんて知っているはずなんですよ。
相手が無理を承知で聞いていることなんてちょっと考えればわかるはずなので、そこは「この状況下でこんな質問をしてくるのはどうしてだろう?」と考えを巡らせるべきでした。
——言葉に込められた意図を読む……。“理系”が苦手なことではありますが、それにしても難易度は高そうです。
よしたに:その時はもちろん腹が立ちましたけどね。当時の僕は、なにか質問をされたときに、どうも「言葉そのままを捉えすぎる」傾向があったんですよ。
相手が質問をするときはまず意図や目的があって、最終的に言葉でアウトプットされているのはそのうち半分程度だったりするわけじゃないですか。しかし僕は「言葉になっていることが100%」だと思って、質問をそのまま受け取り答えることを意識しすぎてしまっていたんです。
僕自身がエンジニア時代に失敗したほとんどの原因はこれです。相手の意図を読んで「お客さんをいかに喜ばせるか」という視点がなかったなあと反省しました。
理系は、コミュニケーションのためのコミュニケーションが嫌い
——ここまで話を伺っていて思ったのですが、よしたにさんのいう「理系」って、単に「大学生時代の専攻」のことではありませんよね。それよりも人の性質に近いかな、と思っています。改めて「理系ってこういう人」というのを定義するのであれば、どういった言葉になると思いますか?
よしたに:難しいですが、「コミュニケーションのためのコミュニケーションが嫌いな人」なのかな、と。仕事中に発生するコミュニケーションなんて、「予定を聞く」だったり「会議でなにかを決める」だったり、なにかしらの目的があるのがほとんどじゃないですか。
そこで「目的を達成するためにコミュニケーションをするのであって、コミュニケーションを円滑に行うこと自体は必須ではない」と考えるのが理系。一方で、「目的を達成するためには、円滑なコミュニケーションができるほうがいい」と考えるのがそれ以外、という感じでしょうか。
——会議前のアイスブレイクを行うかどうか、のようなことですね。非理系は場を和やかにするためにとりあえず「今日は寒いですね!」から入りますが、理系はそういった「和ませる」ワンクッションをあまり重視しないない、と。
「理系と理容室」/『理系の人々』
— 毎日キトラ (@mainichi_kitora) June 23, 2020
よしたに @dancom
★新刊→https://t.co/LZKuJsIVU0 pic.twitter.com/4qqS4olGZp
▲目的達成に必要な最小限のコミュニケーションしかしないのは、理容室でも同じ
よしたに:会社員になったばかりの頃、ある大きな会議に臨むときに上長から「提案を通すために必要なのは、根回しだよ」と教えてもらったんですよ。
こういうとき、理系は「文句を言われない提案資料を作れば認可されるだろう」と考えるんです。だから関係者に意見を聞いたり事前に資料を見てもらったりといった、会議の場で円滑なコミュニケーションをするための準備をしよう、なんて端から考えてなくて。アドバイスを受けたときは、「文化が違う!」と。
——逆に非理系の人が「理系と接するときに意識するといいこと」ってありますか?
よしたに:あくまでも僕の場合ですが、思っていることや要望は、できるだけ言葉にして伝えてくれると嬉しいかもしれません。
——それは、「大事なことは繰り返し言ってほしい」というようなことですか?
よしたに:いえ、同じことを何度も言ってほしいというよりも、同じ内容であっても違う言葉にして、いろいろな角度から同じことを言ってほしい。そうすることで、こちら側の受け取る情報が増えるんです。
——「あなたの言いたいことを理解するために、判断材料をたくさん提供してほしい」ということですね。
よしたに:コミュニケーションがうまくいかないときって、だいたい情報が足りていないんですよね。怒っている人って、自分がどうして怒っているのかなかなか説明してくれないじゃないですか。そこで、「どうして怒っているのか」をいろいろな言葉で説明してくれると、怒られる側も相手のロジックがわかりやすくなりますから。
——そうすれば、理系も間違いが認めやすくなりますね。
よしたに:理系というよりも、「僕が認めやすくなる」ですけどね(笑)
編集担当者さんとの会話も「エンジニアとお客さん」のやりとりに
——ちなみに、『理系の人々』編集ご担当の源さんはいかがでしょう。文学部英文科出身とのことですが、理系のよしたにさんとのコミュニケーションで気を使っていることはありますか?
よしたにさんの各作品中に「編集担当の源」として登場している、読者にはお馴染みの編集者さん。よしたにさんの漫画家デビュー以来、今まで出版された作品のすべてを担当している。
源:確かに、よしたにさんへのメールを書くときは、他の作家さんよりも3倍くらいの文量をかけて説明していますね。
一番はマンガの修正をお願いするときですが、「こういう理由で、ここに違和感がある」「それを踏まえて、こう変えてほしい」をとにかく説明するんです。一緒に仕事をするようになって長いですが、そこは言葉を尽くさないとわかってもらえないことも多いので。
▲源さんは文系代表(?)としてネタにも度々登場(『新理系の人々 テクノロジー最前線』「理系と説教」より)
——おそらく、お2人の間でカルチャーギャップを感じる場面もあると思うのですが。
源:一緒にお仕事をするようになったばかりの頃に「いつ頃に原稿ができあがるかを教えてほしい」とよしたにさんにお願いしたら、「ここからここまででネタ出し」「ここからここまでで下書き」と日程と作業内容までがまとめられた、とても細かい工程表を送ってきてくれて。
——進行管理のガントチャートみたいな感じでしょうか。
源:でも編集者が知りたいのは「いつ原稿が来るか」で、そこまで細かい予定は必要ないことが多いんですよ。なので、しばらくしてから「こんなに詳細なスケジュールはいらないよ」と伝えました。これはエンジニアとしてのクセなのかな、と思いながら。
よしたに:それは、「これだけ時間がかかるぞ」アピールですよ。「それぞれの工程でこれだけ時間が必要だから、結果として納品日はここになるよ」ということをバックボーン込みで説明しているんです。
——よしたにさんはこういう意図だったそうですが……。
源:納品日だけで、細かい部分までは見てなかったですね……。
よしたに:見ましたか、これが典型的なお客さんとエンジニアの会話ですよ! こっちは情報とその裏付けまで提示しているのに、お客さんは「システムがいつ使えるのか」にしか興味がないんです(笑)
これからのエンジニアは、「身近な不具合」をなおす人になる?
——よしたにさんが「理系で良かった!」と思うときはありますか?
よしたに:なによりも、エンジニアになれたことは本当に良かったと思っています。
きたみりゅうじ(※)さんという先輩エンジニアの言葉なのですが、「食事を忘れて8時間もぶっ通しで集中できるのは、ゲームかプログラミングしかない」というのはまさにその通りだと思っていて。プログラマーって、いかにもブラックな業界というイメージもありますが、僕はシステムエンジニアをやっていてすごく楽しかったんですよね。
※ 元システムエンジニアのイラストレーター。IT業界をテーマにした漫画や、技術者試験のテキストを執筆する。
プログラミングは学生のころからやっていたんですが、学生時代と社会人になってからとではまた別の楽しさがあって。なにかしらの目標をもって1つの案件をやりとげたときの達成感は社会人ならではじゃないですか。大きなことを乗り越えるたびにドーパミンがドバドバ出るような、いい経験だったと思います。
——2020年の4月で「理系の人々」の連載はいったん終了となりました。13年間の長期連載でしたが、その間に世の中のITやエンジニアに対する考え方はかなり変わったと思っています。よしたにさんはどういった点に変化を感じますか?
よしたに:最近は新しい技術が出てくるのが早いので、今のエンジニアさんはそれをキャッチアップするのは大変だろうな、と思います。海のものとも山のものともつかない技術が次々に出てきて、どれを勉強すればいいのかもわからないだろうし。
▲なんだかんだ、「理系で良かった」説もある様子です(『新理系の人々 日本の科学最前線』「理系と人生」より)
よしたに:でもITが普及した結果、誰もがぶつかるような大きな課題はGoogleのようなマンモス企業のサービスが解決してくれるようになったので。エンジニアは、もっと規模の小さい課題を解決していくための存在になっていくのかもしれないです。身近なちょっとした不具合をエンジニアリングで解決できたら素敵ですよね。
——企業はもちろんですし、個人にあわせたITエンジニアリングをしていく、というか。パイは小さくても、大事だし素敵な仕事ですね。
よしたに:「ITに関する仕事」というと、まだまだ「キラキラした、いけ好かない職業」と思う人が少なくないんです。でも実際のところ、社会のインフラを担うような人の役に立つ仕事なんですよ。そんな「エンジニア」という仕事が、いろいろな人にとってもっと身近な存在になっていったらいいなと思います。
——これからも『理系の人々』を通して、エンジニアという仕事の魅力が伝わっていくといいですね。本日はありがとうございました!
(文・編集=ノオト)
よしたにさんの最新作『大宇宙ひとりぼっち 40代独身天国』も発売中!
40代独身男性の実態。「男のひとり暮らしは、ちょっぴり孤独だけど、やっぱり楽しい!!」(連載ページより)