埼玉県の南部。八潮市。
数多くの町工場が集まるこの街で、照明屋や板金屋、鋳物屋、革屋、機械加工屋、塗装屋など異業種の町工場同士がコラボレーションし、新しいプロダクトを制作してブランド化しようとするユニットが結成されたことをご存知でしょうか?
ユニットの名はDekiTech(デキテク)。同ユニットは先日、「デザイナー&革屋&機械加工屋」のコラボレーションにより、第一弾の製品である「レザーデキャンタ(革製のワイン容器)」を生み出しました。
ほら。皮革のフォルムも、金具やコップの曲線もとても綺麗。写真を眺めているだけでも、ワクワクした気持ちになってきませんか。
いったいDekiTechはどういった経緯で結成され、レザーデキャンタを生み出したのでしょうか? そして、これから目論んでいる展開とは? 同ユニットのメンバーに話を聞きました。
今回の登場人物
有限会社ジェイクラフトマン
代表取締役・中村忠裕さん
ハンドバッグの企画・製造を主とし、大手のアパレルブランドや海外のライセンスブランドを手掛ける。レザーデキャンタの皮革製造担当。
メガワークス株式会社
代表取締役・永井義昭さん
アルミやステンレスをはじめとした金属の切削を行う。ハート形やスカル形のギターのペグを作るなど、toC向けの製品開発にも意欲的に取り組んでいる。レザーデキャンタの金物製造担当。
株式会社フォリオデザイン
代表取締役・水谷直也さん
自動車をはじめとしたプロダクト系の工業デザインを主として手掛ける。レザーデキャンタのデザイン担当。
株式会社ワイ・エス・エム
代表取締役・八島哲也さん
LED導光板、特注LED照明をはじめ、特注建築金物を製造、販売している。設計から製造、販売、施工までを一貫して手掛ける。
株式会社昭興電器製作所
経営企画室 室長・手塚悟さん
特注照明や電設盤、板金加工などを手掛ける。最短4営業日で完成する短納期での製造が強み。
株式会社トーカイメタル
代表取締役・原博之さん
鋼製建具の中でも、特にスチールドアの製造に強みを持つ。設計から取り付けまでを一貫して行っている。
重要なアイデアは“飲み会”で生まれる。DekiTech流ブレインストーミング
――DekiTechについて、ざっくばらんに聞いていきたいのですが、そもそもこのユニットを結成しようと言い出したのは誰だったんですか?
中村:それは私です。ユニットのアイデアを出したのは飲み会のときでした。私たちは同じ商工会に所属しているし仲が良いこともあって、よく一緒に酒を飲んでいるんですよ。
その飲み会で「せっかく埼玉県八潮市近郊は町工場がたくさんあるんだから、みんなで一緒に何か面白いことをやりたいね」ということで話が盛り上がりました。
――その話を聞いたとき、どんなことを考えたか他の方々は覚えていますか?
永井:覚えていますよ! 「やろうやろう」って、みんなすごくノリ気でした。
町工場の職人たちは、みんなそれぞれ専門的な技術を持っているし、製品のアイデアも頭の中に持ってはいるんですよ。でも、1社だけではなかなかそれが実現できません。そんなときに、「町工場同士でコラボレーションする」というアイデアを中村さんが話してくれたので、すごく良いなあと思ったんですよね。
中村:良いアイデアは、飲み会で浮かぶことが多いんですよ(笑)。その後、「思い描いている企画を形にするには、デザインができる人がいた方がいいね」という話になり、デザイナーの水谷さんにも参加してもらいました。
――おお! これで、レザーデキャンタを制作するのに必要な「中村さんの皮革加工技術」「永井さんの金属切削技術」「水谷さんのデザイン技術」の3つが揃ったわけですね! レザーデキャンタのプロダクトコンセプトは誰が思いついたのですか?
水谷:レザーデキャンタを作ろうと言ったのは私です。そういえば、これもいつかの飲みの席でした(笑)。
――やっぱりここでも、大事な話は飲み会で切り出しているんですね(笑)。
デキャンタのコップは、アルミの塊を削り出して作る“超”特注品
――その後、制作がスタートするまでにはどのようなドラマがあったのでしょうか?
水谷:「ワインを入れる革のバッグが欲しいんだよね」っていう話をしたんですよ。そうしたら、数日後に中村さんからメールが来て、「『革コン!』っていう、皮革製品のデザインコンテストがあるから、一緒に出場してレザーデキャンタを作ってみないか」って誘われたんです。
コンテストの予選はデザイン画の審査で、それを通過したら実際にプロダクトを制作するという流れになっていました。これがそのときのデザイン画です。
――すごく格好良いですね! このレザーデキャンタ、金属製のコップが付いているのがとても印象的です。このコップ部分を制作したのは、永井さんですか?
永井:その通りです。でも実はこれ、自分が作ることを直前まで全然知らされていなかったんですよ(笑)。水谷さんからデザイン画を渡されて「これ、面白いなー!」なんて思っていたら、「じゃあこれ作ってね」って頼まれて。「いやいや、これ本気で作るの?」って思わず言っちゃいました(笑)。
水谷:私はデザインを描く段階で、永井さんに頼もうと決めていました。本人には伝えていなかったですけどね(笑)。
――水谷さんの無茶ぶりに応えるような形で、永井さんがこのコップを作ったのですね(笑)。コップの制作には、どのような技術が使われているのですか?
永井:普通はこういうコップを作る場合、へら絞り(※)やプレスと呼ばれる技法で変形させていくんです。けれど、そういった手法だとコップの取っ手部分を作るのが難しいから、アルミの塊を削って作っているんですよ。普通だったら絶対やらないですよ、こんな方法。だって、手間もコストもすごくかかるんですから!(笑)。
※…平面状もしくは円筒状の金属板を回転させながら、へらと呼ばれる棒を押し当てて少しずつ変形させる加工方法。
――話を聞いているだけで、大変さが伝わってきます……! 中村さんはデキャンタの皮革加工において、どのような部分が大変でしたか?
中村:ファスナーを貼っている部分ですかね。これは通常、ハンドバッグではあまり使われない技法で、財布などでよく使われている技法です。私はハンドバッグ制作を主な事業としているので、普段あまり使わない技法にチャレンジしたことは大変でもありましたが、同時に新鮮な気持ちで楽しめました。
町工場に必要なのは、情報発信力
▲DekiTechは現在、ユニットのロゴを制作中だという。プロトタイプのデザインを特別に見せて頂いた。
――ユニットを組んで製品開発をしたことで、どのような相乗効果が生まれたと思いますか?
中村:一社だけでやっていると、どうしても視野が狭くなってしまうんですよ。それでは、面白いものは生まれないと思っています。仲間と一緒にやっていると、自分だけでは思いもよらないアイデアがどんどん出てくるので、技術を活かせる幅が広がっていくのが面白いですね。
それから、複数の業種でコラボレーションすることで「プロダクトの情報発信がより効果的にできる」というのも良い部分だと思います。
――1つの会社だけでは、情報発信はなかなか上手くいかないものなのでしょうか?
原:例えば自社がWebサイトを持っているとしても、多くの場合は業界関係者しか観てくれないんです。「金属加工系の会社なら金属加工業者だけが観に来る」「皮革加工系の会社なら皮革加工業者だけが観に来る」というように。
でも、複数の業種がプロダクト開発にかかわることで、普段はあまり自社のことを知らないような方々の目に触れる機会が増えます。そうなれば、新しい顧客が創出できるかもしれませんし、より斬新なコラボレーションが実現できるかもしれません。それは大きなメリットだと思います。
▲インタビューは、有限会社ジェイクラフトマンの事務所にて実施された。部屋の隅には、バッグの素材がズラリと並ぶ。
――“情報発信力”は、これから町工場が生き残っていくための重要な要素と言えそうですね。
八島:間違いないと思います。私は以前、「HOOP」という間接照明を制作し、資金をクラウドファンディングのMakuakeで募ったことがあったのですが、その際に情報発信の大切さを痛感しました。たとえ、どれだけ品質の高いものを作っていても、その情報を何かの手段で発信しなければ良さは絶対に伝わらないんです。
手塚:それぞれの町工場は高い技術を持っているので、技術面ではそこまで差がないケースが多いんですよ。ならばどこで差別化するかを考えたときに、情報発信力とか、経営者の人柄とか、そういう要素が必要になってくるんじゃないでしょうか。そういう意味でも、DekiTechの活動はすごく価値があると思います。
――DekiTechは今後、どのようなことを目標に活動していきたいですか?
永井:今はまだ試行錯誤の段階ですね。このユニットで世の中に対してどのようなことができるのかを、みんなで検討しています。製品を作ることにこだわる必要もないと思っていて、ワークショップやセミナーみたいなイベントをやってもいい。メンバーがワクワクできて効果的に情報発信ができるならば、手段はなんでもいいと思っているんです。
中村:埼玉県八潮市の近辺には町工場がたくさん多くあるのに、全然世の中に知られていないんですよ。世の中に認知してもらうためには、外部に発信するための仕掛けが必要だと考えています。
その一環として、僕らの活動を外部にどんどん発信していければ、最終的には町工場の魅力が伝わって街も元気になる。そんな未来を実現させていきたいです。
――素敵な夢ですね! それを実現した未来が本当に楽しみです。
永井:どうもありがとうございます! あと何回くらい飲み会をすれば、実現できるかなあ?(笑)
一同:(笑)
――DekiTechのみなさんの仲の良さ。そして、町工場を盛り上げようとする気概を強く感じました。今回は本当にありがとうございました!
取材協力:DekiTech