エンジニアにとって魅力的な企業をつくる。
これを実現すべく、多くのIT企業が各種人事制度の設立や職場環境の整備を進めています。しかし、「制度を設立したはいいけど、結局あまり利用されなかった」「エンジニアの要望と制度がマッチしていなかった」などの理由から、運用に失敗してしまうケースは後を絶ちません。
そんな中、エンジニアの活力を引き出す人事制度「ENERGY(※)」を立ち上げ、運用を成功させている企業があります。メディア事業とインターネット広告事業を主とする株式会社サイバーエージェントです。
同社はいかにしてこの制度を設立し、運用を成功させたのでしょうか。その秘密を、事業推進室長である野島義隆さんにインタビューしました。野島さんの言葉の中には、「エンジニアが働きやすい環境」を実現するためのノウハウが詰まっています。
※ENERGY…勤務する技術者が常に自身の能力向上を図り、開発に集中することができる環境を提供するための制度。技術者の活力を引き出す人事制度として8つの制度をパッケージ化している。
1.エンジニアが2年ごとに異動希望を出せる制度
2.開発以外の業務を代行する担当者の設置
3.育児や介護などの理由を基に利用可能な在宅勤務
4.技術向上のための経費支援
5.グローバルでのネットワーキングや最新情報の取得のため、海外で一定期間働ける制度
6.集中して開発を行うための合宿支援
7.社内エンジニアによる技術カンファレンス
8.エンジニア向け社内報
約4割がエンジニア。だからこそ、彼らの「働きやすさ」を実現したい
――サイバーエージェントグループは、エンジニアの割合が非常に高いと聞きました。
野島:そうですね。サイバーエージェントグループ全体の従業員約3800人(2017年6月時点)のうち、約4割がエンジニアです。つまり、1000人以上はいることになります。
ENERGYを設立したのも、それが理由です。現在のインターネット産業において、技術力は大きな競争力になっておりエンジニアは重要な存在。だからこそ、エンジニア向けの制度をつくり彼らの力を引き出すことが会社の成長につながると考えました。
エンジニア向け制度をつくることは役員合宿で決定し、取締役人事統括である曽山哲人を中心に進められました。そのプロジェクトに人事マネージャーや広報が加わり、どのような制度にすればエンジニアが働きやすいか、技術を向上させることができるかを一緒に検討していったんです。
――どのような方法で、制度の内容を決めていったのですか?
野島:社内のエンジニアから山ほどヒアリングをしました。プロジェクトメンバーを中心にエンジニアの皆さんと数多くのミーティングを重ね、ランチや会食にも一緒に行きながら。
エンジニアが困っていることや求めているものは、結局のところエンジニア自身が一番良く知っています。だからこそ、彼らの生の声を聞くことが、優れた制度をつくるための一番の近道だと考えました。
――それらの意見を拾い上げ、実際に制度を試行し始めてからはどのような反響がありましたか?
野島:想像以上に多くの意見が挙がりましたね。ポジティブな意見はもちろん、「制度をこう変えてほしい」という要望も。それが非常に嬉しかったです。
なぜなら、それらの意見は制度をより良くしていく原動力になるからです。こうした制度は、「つくって終わり」ではいけません。現場のニーズに合わせて、少しずつ改善し続けるべきものだと思っています。
「数百人との面談設定」を、コンシェルジュが代行
――8つの制度の中でも、特に評判が良いものはどれですか?
野島:「エンジニアコンシェルジュ」は非常に好評です。これは、エンジニアが開発に集中できるよう、開発以外の業務(会議手配、事務作業、経費精算など)を代行する担当者(コンシェルジュ)を設置する制度となっています。
▲エンジニアコンシェルジュの運用は、チャットツールであるSlack上で実施されている。代行してほしい業務の内容を記載するだけで、コンシェルジュがきめ細やかに対応してくれるのだとか。実に至れり尽くせりだ。
トップエンジニアほど、ミーティングや資料作成など開発以外の業務割合がどうしても増えてしまうものです。そうしたエンジニアから、「もっと開発に時間を割きたい」という意見が挙がっていました。それを反映したのが、この制度です。
優秀なエンジニアには、なるべくその人にしかできない業務に集中してもらうのがベストだと思うんです。そうすることで、エンジニアがパフォーマンスを発揮しやすくなりますし、生産性やプロダクトの品質も向上するので企業側もユーザー側も幸せになります。
実際、この制度を導入してからエンジニアの業務はかなり効率化しました。たとえば、ゲーム部門のトップエンジニアは半年で数百人ものメンバーと面談したそうなんですが、その面談のセッティングはコンシェルジュが代行しています。もしこの作業をエンジニア自身がやろうとしたら、膨大な時間がかかってしまい他の業務に手が回らなくなりますよね。
――間違いないですね! 他に、エンジニアからの評判が良い制度はありますか?
野島:社内エンジニアによる技術カンファレンスも大変好評でした。第一回目のカンファレンスは、エンジニアを1000人ほど集めて実施しました。前例のないイベントだったので、どれくらい人が集まるか心配だったのですが、立ち見が出るほどの大盛況となってホッとしています。
▲技術カンファレンスの様子
さまざまなセッションが開催されましたが、「主力事業の1つであるAmebaがどのような歴史を辿ってきたのか」や「アドテクノロジーの領域において」というテーマについて解説するセッションは特に注目を集めていましたね。
次回は、もっと大規模なカンファレンスにしたいと考えており、ちょうど今開催に向けた準備をしています。これを機に、技術職の社員同士の交流がもっと活性化していけば嬉しいです。
運用し続けるために大事なのは、小さな成功を積み重ねること
――エンジニア向け制度の導入を検討している企業も多いと思うのですが、そういった企業にアドバイスはありますか?
野島:いくつかありますが、たとえば「制度を見直すタイミングを決めておくこと」と「その制度が達成すべき目標を決めておくこと」はオススメです。
それらを決めておくことで「○○の制度は、目標の△△に達したから続けていこう」とか「□□の制度は、思ったほど利用されていないから廃止しよう」と判断できますから。それに目標を設定することで、制度の設計や運用に携わる人事メンバーが制度のことを日常的に意識するという副次的な効果もあります。
あとは、覚えやすくて使いやすいネーミングをすること。ネーミングが優れている制度は社員の利用も増え、不思議なもので運用も上手くいきやすくなるんです。当社でも、新制度を立ち上げる際にはかなりの時間をネーミングのための会議に割いています。
▲制度の1つである「エンジニアリングキャンプ」での1枚。新規サービスを立ち上げる際に集中して開発をするため、オフィスを離れ宿泊施設で開発合宿を行うのだとか。
それに加えて大事なのが、小さな成功を積み重ねていくことです。新しい制度って、立ち上がったばかりの頃は「どのように利用すべきか」や「どう運用するのが正解なのか」が誰にもわかりません。
だからこそ、規模は小さくても良いので成功事例をつくり出すべきなんです。そうすることで、その事例を知った人たちが「自分もやってみよう」という気持ちになり、段々と利用者が増えていきます。
結局のところ、制度をつくる際には「どんな内容の制度にするか」だけではなく「いかにして運用を成功させるか」もセットで考えていくことが重要なんです。
取材協力:株式会社サイバーエージェント