テクノロジーでアートするエンジニア。クリエイティブレーベル「nor(ノア)」の魅力とは?【前編】

先端研究で扱われる、一般人にはあまり馴染みのない分野。それらの社会的な価値や可能性をアート表現によってアップデートする集団。それが「nor(ノア)」です。

今回は、ハードウェアエンジニア、プログラマー、サウンドアーティスト、プロデューサーという、モノづくりの部分に深く関わるメンバーにインタビュー。
norとは何者か? 」に迫る前編では、エンジニアとしてクリエイターとして、このプロジェクトに関わることの意義や魅力について伺います。


クリエイティブレーベル「nor」とは?


エンジニアやデザイナー、音楽家、建築家など、異なるバックグラウンドを持つメンバー7人によって2017年に発足したクリエイティブレーベルnor。

2016年11月に開催された「3331α Art Hack Day 2016」で、複数個の靴に個別の動きを与えることで生命性を表現した体感型インスタレーション「SHOES OR(シューズ・オア)」を発表し、見事最優秀賞を受賞しました。

その後、「色聴」といわれる音と色の共感覚にインスパイアされた3Dアンビエント・インスタレーション「herering(ヒアリング)」や、水やインク・化学物質などのケミカルリアクションを電子制御することで、絶えず有機的な模様を描き出し続けるインスタレーション「dyebirth(ダイバース)」を発表し、テクノロジーとアートの両面で注目を集めています。

今回はnorのメンバーの中から、ハードウェアエンジニアの中根智史さん、プログラマーの松山周平さん、サウンドアーティストの小野寺唯さん、プロデューサーの林重義さんに話を伺いました。

―まず初めに、皆さんが出会うキッカケとなったハッカソン※「3331α Art Hack Day 2016」とは、どんなものだったのかを教えてください。

※ハッカソン
hack(ハック)+marathon(マラソン)の造語。多ジャンルの開発者が集まり、一定期間中に共同でプログラムやサービスを考案・開発し、その技能やアイデアを競い合う催し。

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▲松山周平さん。プログラマー/ヴィジュアルアーティスト。株式会社ティーアンドエス R&D部 部長。

松山さん「このハッカソンには『人工生命』というお題があって、全員それに魅力を感じて集まってきたメンバーです。3日間という限られた期間でひとつの作品「SHOES OR」を完成させました。」

ー「SHOES OR」はどのようなアイデアから生まれたのでしょうか?

(出典元: https://nor.tokyo/shoesor

松山さん「テーマに沿ってアイデアを出し合う中で、普段動くはずのない無機物に動きを与えることで、生命が宿ったような感覚を表現できるのではないかという意見が出ました。そこで、最初は椅子にバネをつけたりして動かしてみましたが、最終的には人間と近い存在の靴が一番“ゾワっ”ときていいなあと。本来靴は人が履いて動かすものなので、履いてないのに動いている状況はありえません。さらに、一足ではなくたくさん配置することで、見る人によっては、「あの靴とあの靴は連動して動いているのでは?」と、相互作用しているようにも感じられ、より面白くなっていきました。この作品で最優秀賞をいただき、これからも7人でアート制作を続けていくという雰囲気になりました。

―norの作品には、没入感というか、体験を通して自分の内面と対話するような独特の雰囲気を感じます。何かそういったコンセプトはありますか?

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▲中根智史さん。ハードウェアエンジニア 。TechShop Japan 教育イベントコーディネーター/ ワークショップデザイナー

中根さん「そうですね、私は本業では、TechShop Japanの教育イベントコーディネーターとして、クライアントのニーズに合わせた仕事をしています。norでは、本業のクライアントワークではできない、面白いことをやろうという意識が常にあります。それは多分、他のメンバーも同じだと思います。」

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▲林重義さん。プロデューサー。PARTY:テクニカルディレクター / プロジェクトマネージャー

林さん「私も本業は広告業界なので、やはりお客さんを一目で惹きつける派手さや仕掛けを求められることが多いです。norでやるのは、そういったものとは違う『焚き火』のように、人間としての本能を刺激されて無心でずっと見ていたくなるようなものを作りたいと思っています。例えば「herering」という作品では、エンターテイメント性を増やして『音ゲー』のようにすることもできました。しかし、それをあえてやらずに、音が鳴りすぎず鳴らなすぎず、探る感覚を味わえるような絶妙な塩梅を目指しました。」

※「herering」は、2017年5月27日から2018年3月11日まで、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] で開催されている「オープンスペース2017 未来の再創造」にて実際に体験することができます。

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(出典元: https://nor.tokyo/herering


herering - Abstract [JP] from nor on Vimeo.



あえてゴールを決めない?nor(ノア)が生み出すアートとは


―norの作品はどのように生み出されるのでしょうか?開発過程について教えてください。

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▲小野寺唯さん。作曲家/サウンドアーティスト。武蔵野美術大学/立教大学兼任講師。Invisible Designs Lab:サウンドプロデューサー。

小野寺さん「まずはアイデア出しとリサーチからスタートします。現在から過去にわたるさまざまな事例から、異なる分野とのつなぎ合わせによって新しいものを生み出せないか、作品のためのアイデアを触発するための「ヒント」が得られるまで議論を重ねます。実際に手を動かす前のデザイン・サーヴェイ※的な作業に重きを置くのは、norのひとつの特徴じゃないかなと思います。」

※デザイン・サーヴェイ
建築物を設計する際、建築予定地の周辺地域の街並みや歴史などを調査して建築に活かすこと。

林さん時間をかけてアイデアを厳選するわけですが、必ずしもそれを目標にして手を動かすわけでないというのもnorの開発の特徴です。あるアイデアにさらなる実験を加えていくことで、最終的には最初に出したアイデアと完成した作品がまったく違ったものになっていることもよくあります。」

―つまり、ゴールがあるようでないということですか?

中根さん「そうですね。dyebirthでは、いろいろな液体の種類や組み合わせを実験する中で、自分たちも予想しなかった結果がいくつも生まれました。『粘性樹状突起形成(ねんせいじゅじょうとっきけいせい』という現象もそのひとつ。当初、普通に水にインクを垂らしたところ、混ざりすぎてしまい美しいコントラストが生まれませんでした。そこで、水に粘性を加えたところ、インクの伸びが抑えられながら広がるという不思議な現象が起こったんです。それを科学者の方に伝えたら、『粘性樹状突起形成』だとわかりました。」

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(出典元: https://nor.tokyo/dyebirth

dyebirth | ROPPONGI ART NIGHT 2017 from nor on Vimeo.

―実験を重ねると思わぬ偶然や奇跡に出会えるわけですね。

松山さん「だからこそ失敗というか、ボツも多いですけどね。やってみたら意外と面白くなかったり。」

林さん「確かにそういうことも多いですね。それでも、結果が見えているアイデアは企画段階でボツになりますから。やってみないとわからないことしか作らないのがnorだと思います。



norはクリエイティビティを解放する場所


―皆さんが思うnorの魅力や今後の目標を教えてください。

松山さん「正直なところ、norの活動はこれといって明確な目標があるのではなく、ゴールもありません。ただ、だからこそ、新しいことに挑戦し続けることができて、私たちも予想していなかった結果を得られているのだと思います。世の中的にも、dyebirthに似た仕組みってほとんどないと思いますし、そういう意味でもオリジナリティには自負があります。」

小野寺さん「そうですね。これまでに様々なテーマを扱っていますが、作品毎に表現はそのつど異なるべきだ、というのがわたしたちのスタンスです。メンバーの美意識は当然滲み出ますが、プロジェクト毎に作品を取り巻く特殊性を引き出すことで、アイコニックな作家性をわからない感じにするのが、norを捉えどころのないユニークな存在にみせているとも言えます。そのため作品のサイズや形式にもこだわりません。わかりやすいゴールをあらかじめ設定しないからこそ、冒険するような楽しさがある。だからこそ、組織として継続できていてモチベーションも下がらない。『norらしさ』を自ら規定して、自分たちの可能性を狭めないのがnorの最大の魅力だと思ってます。」

林さん「今後もアート作品を引き続き生み出していきますが、『クリエイティブレーベル』としてさらに作品ごとに変容しながら仲間を増やしたり、アートのイベントそのものを企画・主催したり、新たな展開で独自のシーンを切り拓いていきたいです。

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中根さん「『高度な技術を使っているけど、それを意識しなくても楽しめる』のが私たちの作品の魅力のひとつです。純粋にアートとして楽しんでもらいながら、その裏にテクノロジーをうっすらと感じ、最新技術との距離感を縮めるキッカケになってもらえたら嬉しいですね。

今回お話を伺った4人にとってのnorは、本業を離れ、ルールに縛られることなく自由にクリエイティビティを解放できる場所。norの作品に触れることは、第一線で活躍するエンジニアやクリエイターの「本気の遊びを体験する機会」といえるのかもしれません。

後編では、エンジニアの想いをインタビュー。
作品の開発秘話やエンジニアとしてアートに関わることの魅力に迫ります。

後編ははこちら



■クレジット
クリエイティブ・ディレクター:nor
プランナー:福地諒
ハードウェア・エンジニア:中根智史
ソフトウェア・エンジニア:松山周平
サウンド・プロデューサー:小野寺唯
アーキテクト/エクスペリエンス・デザイナー:板垣和宏
デザイナー・モチベーター:カワマタさとし
プロデューサー:林重義


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