「物事をはじめるのに、遅すぎることはない」この言葉を体現している女性がいます。その女性は、若宮正子さん。今年で82歳。
若宮さんは定年退職で仕事から退いたあと、はじめてパソコンに触れ、81歳でiPhoneアプリ「hinadan」を開発。世界最高齢デベロッパーとして、AppleアプリのデベロッパーズカンファレンスにVIPとして招待され、全世界から注目を集めました。
なぜ、若宮さんは年齢に関係なく新しいチャレンジに踏み切れたのか。今回は、若宮さんがテクノロジーに触れるようになったきっかけと、挑戦し続ける意義について話を聞きました。
最初はパソコンをネットに繋ぐだけで数ヶ月かかった
――若宮さんはIT領域で活躍されていますが、昔からテクノロジーへの造詣が深かったのでしょうか?
若宮:全然そんなことないですよ。むしろ機械は苦手なほうでした。
たとえば、私が仕事を定年退職する直前、職場にコンピュータが導入されたときに、表計算ソフトの講習を受けたんです。講習が終わったあとに修了テストをやったんですが、同僚のなかで私だけ受からなかった(笑)。
最近はAppleのカンファレンスに呼んでいただいたり、テレビに出演させていただいたりしていますが、私は高卒ですし基礎学力も決して高いわけではないんです。
――そんな若宮さんが、コンピュータに興味を持ったのはなぜですか?
若宮:私はほかの人よりもちょっとだけ好奇心が強くて、新しいものが好きなんです。自分でパソコンを買ったのは定年退職後の1995年頃なんですが、実は当時もパソコンでなにができるのか全然わかっていませんでした。
――では、パソコンのセッティングも大変だったのでは?
若宮:当時は、今みたいに無線で簡単にインターネットにつながる時代ではなかったので、パソコンをネット(当時は家庭ではインターネットを利用できず、パソコン通信を利用)に繋ぐことすら大変でした。
プロバイダの存在すら知らなかったし、やっとプロバイダを理解できたと思ったら、次はモデムがわからない。どうやらモデムを動かすソフトも必要だとわかって、結局ネットにつながるまでに何か月もかかってしまったんです。
――それだけ大変でも、パソコンを続けられたのはなぜでしょうか?
若宮:今も所属している、インターネット老人会「メロウ倶楽部(※)」に入ったのが大きな要因だと思っています。メロウ倶楽部には動画や絵をインターネットにアップしている人が多かったので、その刺激は間違いなくありました。
私自身もWordの描画機能で絵を書いて、それを素材にして動画を作ったり、最近は360°カメラで撮った動画をYouTubeにアップしたりしていました。Excelのセルを使って図案を描く「アート」もやっていますが、私はとにかくやってみることが好きな性分なんです。
※メロウ倶楽部…「お年寄りの生きがいづくり」を目指し、オンラインとオフラインを問わず活動を行っている。ITに精通した方が多く在籍しており、若宮さんは同団体の副会長を務めている。
高齢者にはスマホが「楽しくて便利」という感覚がない
――若宮さんのように、お年寄りの方がコンピュータに興味を持つケースって珍しいですよね。
若宮:そうですね。そもそも多くのお年寄りには、スマホやパソコンが楽しい、便利だという感覚はあまりないんです。
テレビのニュースでは、スマホやSNSにかかわる事件ばかりやっているので、「怖い」という印象を持っている方も多い。スマホゲームも若い人向けのものばかりで、お年寄りが楽しめるものがありません。そこで、私はお年寄りも楽しめるゲーム「hinadan」を作ろうと考えました。
▲hinadanのゲーム画面。「81歳のおばあちゃんが作ったインパクト、ゲーム画面のシュールさ、パズルゲームとしての難易度バランスが絶妙」とSNSを中心に話題を呼んだ。
――どんなことを意識しながら開発を進めましたか?
若宮:最初にやったことは、「こういうものを作りたい」という完成イメージを全て書き出すことです。どんな画面にするか、どんな動きにするかなど、細かい部分も書き出しておくことで、必要以上のことを考えたり、勉強したりする必要がなくなりますから。
――それによって、思考が整理されるんですね。プログラミング学習はどのように実施しましたか?
若宮:まわりの人に助けてもらっていましたね。最初はSwiftの教科書を買ってプログラミングを勉強していましたが、本で学べるのは基本的なコードだけ。実装したい機能を実現するコードまではわからなかったので、そうした部分は宮城県にいるプログラミングの先生に、Facebookメッセンジャーで相談して解決していました。
余談ですが、ゲーム内のお雛様の絵はどうしてもこだわりたかったので、絵の上手な友達に書いてもらったんです。
――多くの方々が、若宮さんを手助けしてくれたんですね。
お年寄りはマイナス体験が多いからこそ、プラス体験に感動する
――アプリ開発をしていて、やりがいを感じるのはどんなときですか?
若宮:たとえば、hinadanアプリで「親子3世代で楽しんでいます!」というコメントを見たときは感慨深かったですね。
お年寄りは喪失体験が多いんです。髪がなくなったり、歯がなくなったり、ときには友達も亡くなってしまったり。とにかく失うことが多い。だから、新しいことを学んだり、得られたり、プラスの体験をすると何より嬉しいんです。
私は自宅でパソコン教室を開いているんですが、その生徒さんが「先生!できましたよ!」と話しているときの顔は本当に輝いているんですよ。
▲最近、若宮さんは「バーニャカウダソース」の名前を忘れてしまったときに、Google検索を使って思い出せたという。コンピュータを使いこなせるようになることは、「脳に外付けの記憶ストレージができるような感覚」だと彼女は語る。
――お年寄りの方が、コンピュータを使って「楽しい」という体験をすれば、ITに対する抵抗感も薄れていく気がします。
若宮:お年寄りにコンピュータの面白さを伝えるのは、同じお年寄りが一番上手いんです。なぜなら、お年寄りのことを一番理解しているから。だから、hinadanをきっかけに、お年寄りのみんなが「楽しい」と感じてくれると嬉しいですね。
嫌だったらやめればいい。まずは、はじめてみよう
――アプリ開発を始める際に、どんなことを意識すると上手くいくと思いますか?
若宮:まずは、なにを作りたいかをはっきりさせること。それが明確になっていれば、半分は完成しているようなものです。アプリ開発に興味を持っている人は多いですが、「やりたい気持ち」はあっても、「なにを作りたいか」をわかっていないことがすごく多い。
作りたいものを見つけるには、パソコンに向かっているだけではダメです。身のまわりに目を向けると、アプリを作るきっかけが必ずあります。私の場合は、そのきっかけが「お年寄りにはスマホゲームのスワイプ動作が難しいから、タップだけでできるゲームを作りたい」でした。
――アイデアの源は、自分のすぐ近くに転がっているんですね。最後に、プログラミングに興味を持っている人へメッセージをお願いします!
若宮:プログラミングをはじめるときに、不安要素なんてひとつもありません。少しだけやってみて、嫌いだったらやめればいいんです。まずは、とにかくチャレンジしてみてください。その先どうするかは、チャレンジしてから決めればいい。プログラミングをはじめるのに、勇気なんていらないですよ。
取材協力:若宮正子 (http://marchan.travel.coocan.jp/)、 8LOUNGE(http://8hotel.jp/8lounge/)