英語が苦手なエンジニアを救え! 人力翻訳コミュニティ・Yakstの歩み

エンジニアとして働いていると、必ず直面する悩みがあります。それは「インターネット上のIT記事の多くが、英語で書かれている」ことです。日本人エンジニアの多くは、それほど英語が得意ではありません。そのため、苦労しながらそれらの記事を読み、情報収集をしています。

そんな状況を改善すべく、有志のボランティアにより英語のIT記事を翻訳し続けている団体があります。それが、人力翻訳コミュニティ・Yakst(ヤクスト)です。

元は、コミュニティの主宰である松浦隼人さんの個人活動としてスタートしたYakst。運営を続けるうち、そのコンセプトに共感した方々が少しずつメンバーとして加わってくれたのだといいます。

自分自身も現職のエンジニアである松浦さんは、この活動にどのような意義を感じているのでしょうか? 今回は、その想いを文章へと翻訳します。

インターネット上にある情報の半分以上は「英語」

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――インターネット上にある英語の情報量と日本語の情報量は、どれくらいの差があるんですか?

松浦:インターネット上にある情報の半分以上は英語で、日本語の情報量は全体の5%程度しかないと言われています。さらに、IT業界の情報は英語発信のものが多いため、この差はさらに大きくなります。

――つまり、英語が読めなければ得られる情報量が極端に少なくなってしまうと。

松浦:はい。しかも、英語で書かれた情報が日本語に翻訳されるまでには時間がかかるため、日本に輸入された頃には鮮度が落ちてしまいます。そうした状況を少しでも解消し、英語で発信される良質な情報を日本語でも提供したいと考え、Yakstを立ち上げました。

――「IT業界における日本語の情報量が少ない」という課題は、いつ頃から意識するようになったんですか?

松浦:7年前くらいですね。当時の私は、サーバやネットワーク機器などを販売しているハードウェアの商社に勤めていました。

その会社が扱っていた最新のコンピュータは、操作手順書などの情報が英語でしか提供されないことが多かったんです。その頃の私は、今ほど英語が得意ではなかったため、読み解くのにすごく苦労しました。

この経験をしたことで英語の情報を日本語に翻訳する重要さに気づき、まずは私個人の活動としてYakstがスタートしました。

――活動を続けてきて、大変だったことや、楽しかったことはありますか?

松浦:Yakstを始めたころはWeb系システムの知見がなく、プログラミングもほとんどやったことがなかったので、Yakstのサイトを構築するためにたくさんのことを覚えなければなりませんでした。 だから非常に苦労しましたが、今思うと現在の仕事にも活かせる技術を学べたいい機会でしたね。

翻訳作業そのものに関して言えば、記事を訳し始めると、事前に通読したつもりなのに記事の内容を意外と理解していなかったことに気づくことがよくあります。これは、翻訳するのが面倒だと思う瞬間でもある一方、読み直すいい機会でもあるんです。

私はこれを「翻訳駆動学習」だと思っています。翻訳を通じて英文をしっかり読むことで、わかったつもりになっていたその文書の内容を、本当の意味で理解できる。これが、翻訳の面白い点でもありますね。

Web記事のみならず、書籍の翻訳も

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Markus Winand (著), 松浦隼人 (翻訳)
『SQLパフォーマンス詳解: 開発者のためのSQLパフォーマンスのすべて』

――松浦さんはWeb記事のみならず、『SQLパフォーマンス詳解』という書籍の翻訳にも携わったそうですね。それにまつわるエピソードを、ぜひ聞かせてもらえますか?

松浦:『SQLパフォーマンス詳解』を訳すことになったきっかけは、同書の著者であるマーカス=ウィナンド(以下、マーカス)のブログ記事を翻訳したことです。

先ほど述べたハードウェアの商社に勤めた後、私は転職してサイバーエージェントでデータベースエンジニアとして働いていました。そのためデータベースに関する内容を検索することが多く、よくマーカスさんのブログ記事を見かけていたんです。その度に、「非常に質の高い記事を書く方だな」という印象を持っていました。

そんなある日、Yakstの活動の一環としてマーカスさんのある記事を翻訳したいと考えたのですが、そのブログは「無断で再利用・翻訳をしてはいけない」というライセンスになっていたんです。そのため、彼に「翻訳させてほしい」とメールを送りました。

すると、「もちろんいいよ」と快諾をしてくれました。さらに、返信メールの追伸に「僕が書いた『Use The Index, Luke』というWebサイトや『SQLパフォーマンス詳解』の文章も、翻訳できるならやってもいいよ」という文言が書かれていたんです。

――そのメールが、『SQLパフォーマンス詳解』の翻訳に着手する契機となったと。

松浦:そうなんです。でも、書籍の翻訳は初めてだったので苦労しました。どのくらい時間を割いて進めたらいいのか、ペース配分がわからなくて。気づいたら、着手してから半年くらい経ったにもかかわらず、ほとんど進捗がなくて焦りました(笑)。

――それはピンチですね(笑)。

松浦:それで、「このペースだと永遠に終わらないぞ」と思って、そこから毎週土日に喫茶店で缶詰めになっていました。13時とか14時くらいに喫茶店に行って、18時ぐらいまでずっと翻訳をして。今思い返すと、いい思い出です。

――書籍として形になった後は、どのようなときに嬉しさを感じましたか?

松浦:SQLパフォーマンス詳解を購入してくれた方がTwitterやブログなどで感想を投稿してくれるときがあって、ポジティブな意見をいただいたときは「翻訳して本当によかったな」と思います。

YakstでのWeb記事の翻訳も書籍の翻訳も、「外国語で書かれた情報を日本語で紹介することで、日本の人たちに貢献する」という根幹は同じです。だからこそ、「翻訳したものが役に立った」「勉強になった」という読者からの言葉は何よりうれしいですね。

自分のためにやったことが、巡り巡って誰かのためになる

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――最後に、松浦さんの本職であるエンジニアの仕事についても話を聞かせてください。今は、どこの企業でどのような役割を担っているのですか?

松浦:今は、ソフトウェア開発プロジェクトのためのソースコード共有サービスを運営するGitHubで、企業向けの技術サポートエンジニアとして働いています。

サポートといっても電話やメールなどを受けるだけではなく、トラブルシューティングや技術的なことまで全てを自分自身で担当するエンジニアです。

これまでのキャリアでさまざまな経験をする中で、「もっと、お客さんと直接やり取りをして生の声を聞き、課題を解決する仕事がしたい」と思うようになり、この職種への転職を決めました。

――翻訳といい、GitHubでの技術サポートといい、松浦さんがやっていることは巡り巡って世の中の多くの人を助けています。その活動のモチベーションはなぜ湧いてくるのでしょうか?

松浦:自分が楽しいことや成長できることをやった結果、それが誰かを楽しくしたり役に立ったりするなら、みんな幸せじゃないかと常々思っているんです。だからこそ、そういう好循環が起きるような仕組みをいつも考えています。

Yakstも、私や翻訳に協力してくれる人たちの英語学習や技術習得の一環として翻訳をすると、それを世の中の誰かが読んでくれる、というサイクルをつくりたかったんです。

「誰かの役に立ちたい」だけじゃなくて「自分も楽しい、成長できる」というところがないと、どんな活動も長続きしない気がしています。

サポートエンジニアは、お客さまと直接やり取りする職種なので、自分の技術力を発揮して調査した結果が、お客さまの役に立ったのかそうでないのかがダイレクトにわかります。

これも、自分自身の成長とお客さまに喜んでいただくことがセットになっているという意味で、Yakstの活動と近い関係にあるのかもしれないですね。

取材協力:Yakst

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