ミフネさんとヨシダさんは、たろ(3歳児)とじろ(1歳児)のお世話に日々奮闘するおじさん家政夫です。
彼らの日常を切り取った写真と文章は独特のユーモラスな世界観で人気を集め、Instagram(@taro_mifune)で約11万人のフォロワーをもち、『たろとミフネさん、時々ヨシダさん』(ぴあ、2018年)という本になりました。
ハワイで知り合ったニコラスも加わり、忙しい毎日を過ごすおじさん家政夫たちですが、今回もまた、何かが起こったようです……。
愛車が壊れたヨシダさん
いや、まいりましたよ。
どうしたんですか、突然。
壊れてしまったんですよ。愛車が。
おお、いったい何があったんですか。
今朝、車で出かけようとしたんですが、発車しようと思ったら動かなくなってしまっていたんです……。
それは困りましたね。
なるほど。ぱっと見た感じはわからないですが、ところどころガタがきていますね。
ええ。いつもこの愛車で買い物などに出かけていたので、少し困っていまして。
この車は……車というよりおもちゃに該当すると思うので、私にいい考えがあります。ついてきてください。
は、はあ。
助けて!おもちゃドクター
やってきました。
ここはどこですか。
紹介しましょう。おもちゃドクターの粂谷(くめや)さんです。
おもちゃドクター……。
【おもちゃドクターとは…1996年に全国組織化した日本おもちゃ病院協会に所属するボランティアスタッフです。こわれた「おもちゃ」を原則無料で修理してくれます。】
おもちゃドクターの粂谷(くめや)です。よろしくお願いします。
ヨシダです。よろしくお願いします。
本日はどういった症状ですか。
実は、このヨシダさんの愛車である軽トラックが壊れてしまったので、診ていただきたいんです。
昨日までは動いていたんですが、突然動かなくなってしまったんです。直りますかね……?
昨日までは動いていた。しかし、突然動かなくなってしまった……? なるほど。では、まず電池を見てみましょう。
電池は新しいはずなんですが……。
みなさんそう言うんですが、意外と電池が原因で動かなくなっていることが多いんです。
ほう。
新しいといっても鵜呑みにせず、まずは自分の目で確かめる。これは鉄則です。
どんな仕事にも言えることかもしれませんね。
これは私の経験則なんですがね、動作確認の際は、必ず1.3V以上のバッテリーを使うようにしているんですよ。1.3Vを下回っている電池を使うとごくたまに動かないおもちゃがあるんでね。バッテリーチェッカーも見やすいようにデジタル仕様に自作したんです。
自作ですか……!そんなこともできるんですね。
よし、電池は問題なさそうです。次は、故障の原因を絞っていきましょう。今回のようなラジコンは大きくふたつ。リモコン側に問題があるのか、車側に問題があるのか、どちらかを見極めることが大切です。
なるほど。(ヨシダさんの車、リモコン式だったんですね……。)
今回の症状でいうと、リモコンを操作すると車のギアが空回りしているような音がしますね。ということは、少なからずリモコンからの電波が車に飛んでいることは間違いなさそうです。リモコンが問題ないとなると、車側に何らかの問題が生じていると仮説がたてられますね。
車が動かない理由がどんどん明らかになっていきますね……。
中を見てみましょう。この時に注意しなければいけないことは、ネジの場所を覚えておくこと。外したネジは順番にしまっておいて、最後また順番に戻していくんです。同じように見えるネジでも場所によって長さが違うものがあるんですよ。
ど、どうでしょう……?
これはタイヤを外さないといけないかも。ただ、タイヤ部分の修理は悩ましくて、ネジで止めているものなら外せるんですが、はめているものは力を加えて外さないといけないので、もとに戻す時に苦労するんですよ。ネジでもタイヤでも分解しながら構造を理解していくんです。分解までが大変なので、分解さえしてしまえば修理の7割は終わったようなものです。
確かに、どう外していいかわからない部品がたくさんありますね。修理するはずが余計に壊しちゃうなんてことにもなりかねないですよね。
ふむふむ。なるほど、わかりましたよ。モーターについてるピニオンギアが割れて空回りしてますね。
これがピニオンギアです。
ピニオンギア……!
これが原因だったんですね。
これを新しいものに交換すれば、動くはずです。ちょっと動かしてみましょう。
あっという間に原因を特定して、直してしまいましたね。
おー! しっかりと動いてますね!
ん?
どうかしましたか?
リモコンの反応が良くないですね……。んー、どうしてだろう。どこがおかしいのだろう。気になるな……。ちょっとリモコン側も開けて見てみましょうか。
粂谷さんのおもちゃドクター魂が燃え上がってきましたね。
あー、これは中のタクトスイッチが劣化してますね。ここも交換したほうが良さそうです。
スイッチが劣化してしまうんですね。
リモコンはよく触る部分ですからね。おもちゃはよく触る部分から壊れるんです。
いろんな道具がどんどん出てきますね。
これがタクトスイッチ。あっという間に交換してしまいましたね。
よし、これで今度こそ直ったはずです。
おー!しっかり走ってる!!
ドクター、ありがとうございます。
なぜ、おもちゃドクターに?
改めまして、直していただき、ありがとうございました。でも、なぜ粂谷さんはおもちゃドクターになろうと思ったんですか?
もともと私はエンジニアだったんですよ。50歳くらいの時に、当時の職場の先輩から、「60歳になったらどんなことがやりたいか、今のうちから考えておいたほうがいい」と言われ、その頃からいろいろ考えるようになりました。
なるほど。
そんな時に、新聞でおもちゃドクターの記事を見かけましてね。読んでみたらおもしろそうだったので、講習会に参加してみることにしたんです。初めは毎週土日におもちゃドクターとして活動し始めて、そんなこんなで気づいたらもう20年やってますね。
20年も……! 素晴らしいですね。もともとエンジニアをやっていたということですが、おもちゃドクターをするうえで活きていることは何かありますか?
そうですね。私はメカニカルフィルター(機械的な振動に反応し信号処理をする部品)の設計をしていたので、メカの知識が活きていますね。あとは、プログラミングの仕事をするうえで情報処理の資格をとったり、趣味でアマチュア無線をしていたので電子回路や図面の知識があったりと、すべてが今に活きています。おもちゃ修理には、この「メカ」「プログラム」「電気」の3つは欠かせない知識なんですよ。
そうなんですね。確かに今日の修理を見ていても、私にはわからないことばかりでした。今日のようなおもちゃの修理をするうえで、心がけていることやコツはありますか?
自分だったらどうプログラムを組むかと考えながら修理をしていますね。設計者だったらこうするなと、設計者の気持ちになって取り組んでいます。あとはお客様に、いつ、どこが、どんなふうに壊れているかを詳しくヒアリングすることで、修理箇所の可能性を狭めていくことですね。どういった時間軸で壊れたのかを把握することで、より的確な判断をすることができるようになりますから。
心がけていることとしては、思い込みをいかになくせるか。思い込みをしてしまうことで、全体が見えなくなり、思いもよらないところで躓いてしまうことがあります。さっきの修理の時も最初に電池の確認をしましたよね。電池の残量をしっかりと確認しないまま、修理を進めて、どこにも不具合が見つからず、最後の最後で、電池が原因だったなんてことがよくあるんですよ。これは経験値があがるほど、意外と陥りやすいかもしれません。
経験すればするほど、過去の成功体験が足かせになって、上手くいかなくなってしまうことってありますよね。おもちゃドクターには人生のいろはが詰まっているような気がします。
もともとエンジニアで、様々な知識があってのおもちゃドクターだと思うのですが、新たな学びや気づきなどはあるんですか?
おもちゃは1円でも安くするための設計になってるんですよ。だから、限られたスペースにぎゅっと工夫や技術が詰まっているんですね。そんなおもちゃを触っていると、よくこんなことを考えるなと感心することがあります。おもちゃドクターをやっていて、知識に関して困ることはあまりないですが、おもちゃに詰まったアイデアはまた別の話です。
おもちゃの構造から学ぶこと、驚くことがたくさんあります。おもちゃの構造を見ることで、ものづくりには技術も必要だが、アイデアも大切なんだと学びましたよ。
なるほど、おもちゃの構造からも粂谷さんは常に学び続けてるいるんですね。
では、最後におもちゃドクターの楽しさや、やりがいを聞かせてもらってもいいですか?
仮説をたてて修理していくと、その通りに進んでいくこともあれば、思い通りにいかないこともあります。でも、それがおもしろいんです。最近のおもちゃは、メーカーでは修理をせず、故障したら代わりに新しいものを送るのが一般的になっています。修理をする労力や時間、そして何より技術者が足りないんですよ。愛着のあるおもちゃをずっと使いたい方もいますから、故障したら「修理」という選択ができるようにしてあげたいですね。そのためにも、見本市やおもちゃ屋さんにリサーチにでかけて、毎年出る新しいおもちゃの情報を収集しています。それもまたおもしろいですよ。
そういった情報や知識をもとに、修理したおもちゃを子どもに返して、喜ぶ顔を見た時に、私はなんとも言い難いやりがいを感じますね。
喜んでくれる人がいて、何より自分もその工程を楽しめるなんて、仕事をするうえでこれ以上の満足はないかもしれませんね。私もそういった仕事ができるよう、精進したいです。今日は愛車を修理してもらったうえに、とてもいいお話を聞くことができました。本当にありがとうございました。
またおもちゃが壊れたら持ってきてくださいね。
まとめ
愛車、直ってよかったですね。
ええ、愛車が直ったこともよかったですが、仕事に向き合う姿勢や心持ちなどとても勉強になりましたね。粂谷さんに修理していただいて、本当によかったです。
そうですね。あれ、ニコラスどうしたんですか。
聞いてくれよ。俺の大事なE231系が動かなくなってしまったんだよ。
電車のおもちゃですね。
電池は新しいはずなんだが、まったく動かないんだよ。
私が直しましょう。
え。
今日の粂谷さんを見ていたらなんだか私もやってみたいと思ってしまいまして。
大丈夫か?
まかせてください。
わかりました。
おお!
私には直せないということが、わかりました。
……。
おとなしくまたおもちゃドクターのところに行きましょう。
プロフェッショナルは、プロフェッショナルな仕事ができるからプロフェッショナルなのだと、改めて痛感したミフネさんとヨシダさんでした。
文・写真/橋本 裕敬