“ピンチをくぐり抜けた分だけ大きくなる。”
毎日何事もなく、順調に仕事が進んでいったら平和なのかもしれないけれど、人は失敗やトラブルがあればそこで学ぶこともあります。
皆さんも仕事をしているなかで、1つや2つそんなエピソードがあるのではないでしょうか?
今回は3名のエンジニアが実際に体験した、ピンチなエピソードをご紹介。 冷や汗が止まらない怖いミス、延々と夢を語るありえないおじさん、社長バックレのめちゃくちゃな企業など……バラエティ豊富にご用意しました。
エピソード1
高級焼肉を求めて……3つの過ちが呼んだ悲劇
橋口一法さん
ニュージーランド在住の元プログラマ。日本のIT企業でシステムエンジニアとして5年半勤務した後、ニュージーランドでプログラマとして再就職。現在は退職して無職の日々を送っている。
橋口:これは10年ほど前、僕が新卒2年目の新人システムエンジニアだった頃の話です。とある大規模システム開発案件のテストフェーズで、チーム全員が目前に迫った納期に向けて、毎日残業しながら必死でテストをこなしていました。 僕の担当は、テスト環境のデータベース管理。毎日のように更新されるテーブル構造を、ひたすら反映させる仕事をしていました。
ーー2年目だと仕事にも徐々に慣れてきた頃。
地道な作業のようですが、データベースの管理は重要な役割ですね。
橋口:プロジェクトも佳境に入ったある日。
その日は久々の懇親会があり、チーム全員が定時で仕事を終えて、高級焼肉店に行く予定でした。
焼肉を楽しみにする先輩方と同様に、僕もいつも以上にやる気を出して仕事に打ち込んでいました。そしてふと、これまで手動で行っていた面倒な作業を効率化するため、データベースを自動で更新するプログラムを組もうと思いついたんです。
ーーおぉ、エンジニアならではのエピソード……! 日々の業務を地道にこなしながら、より良い方法を探っていたのですね!
橋口:そのときの僕は何を思ったか、どうせなら変更点だけではなく、データベースのテーブルをイチから用意するプログラムにしようと考えました。
カタカタカタカタ……
ターン!
ターーン……
難しいものでもないので、朝から作業して完成したのは15時頃。
一度ローカルのデータで動作確認をしようと思い、万が一のためにメイン処理の直前にブレークポイントを置き、プログラムを走らせました。
ーー素早い仕事ながら、リスクヘッジを怠らない姿勢。さすがです!!
橋口:開始してしばらく画面を眺めていると……
タタタタタタタタタタタタタ………
あれ、ブレークポイントで止まらない……
どうしてだろう……?
なぜか設定したはずのブレークポイントで処理が止まりません。
どうやら開始の際に操作したショートカットキーで、「実行」と「デバッグ」を間違えてしまったようなのです。
どんどん消えていくプログラム。
しかも、なぜか新しいテーブルが作り直されていませんでした。
ーーキャッ……
橋口:いえいえ、でも大丈夫。これはあくまでローカルでのテスト。
「ちゃんと組んだはずなのにおかしいな〜」とは思いつつ、そのまま消えていくデータを眺めていました。
PC自体が処理中だろうって。
ーーホッ、よかったです。データを扱う仕事は一瞬のミスが命取りになりますから……。
橋口:『ピコン!』
するとふいに、僕のパソコンに社内チャットのウィンドウが開きました。
「お疲れさまです。データが取得できないのですが、何かありましたか?」
えっ……?
たった今消えていったデータの保存先を確認します。
そう、僕は見事に、社内のテスト環境のデータをすべて吹っ飛ばしていたんです。
ーーキャーーーー!!
橋口:ローカルで動作確認をしていたつもりが、社内の環境につないでいたようです。おそるおそるデータベースを覗きにいくと……。
なんと!!
全部が空になっていました。
ーーそもそものプログラムミス、「デバッグ」と「実行」の操作ミス、接続先のミスという、3重のミスによって起こった悲劇ですね……。
橋口:それからはもう放心状態……。
先輩に報告にいかなければならないのに、頭の中はまっしろ。
思考が停止していましたね。
その間に冷や汗がダラダラと出てきて、地獄のような数分間を過ごしました。
気持ちを落ち着けるための時間がしばらくあって、ようやく先輩へ事態を伝えに行くと、あまりにひどい様子だったのか、先輩の第一声は「そうか、少し落ち着こう」と(笑)。
ーー寿命が縮まりそうな瞬間ですね……。先輩の言葉が何よりの救いです。
橋口:その後は先輩エンジニアに手伝ってもらいながら、なんとかデータベースを復旧させて、終了間際の焼肉へ合流しました。
課長からは「俺なんて本番データ全部消したことあるから、全然大したことないよ!」と優しい言葉まで。
でもこれが、エンジニア人生で一番冷や汗をかいた事件でした……。
ーー焼肉へ合流できる時間に終わってなによりです。先輩の言葉が身に染みますね……。 データを飛ばすのは、よくあることなんですか?
橋口:現在はデータを消す権限が限られた人にしかないなど、管理がしっかりしているんですが、一昔前は重要なデータでもみんなが普通にアクセスできていたんです。データ消去は重大なミスではありますが、わりとよくあることだったと思います(笑)。
ーーよくあるミスとはいえ、当事者は寿命が縮まりそう。今ではこういう経験自体をすることがないようですが、この一件から学んだことはありますか。
橋口:このときはプログラムを組む時点で、一度データベースをリセットするシステムにしたことがそもそもの間違いです。仕事を効率化するプログラムを自分でつくるのはよくあることですが、どのようなプログラムをつくるかは、しっかり先輩に相談するべきだと学びました。あとは、みんなが使う環境に何かが起こるような状況は、絶対につくらないこと。この事件からずっと、心に刻んでいます。
【今回の教訓】
・新人がプログラムを組む時はまず先輩に相談を!
・テストは絶対にローカル環境で!
エピソード2
俺、エンジニア。意識高い系おじさんの恐怖
うこさん
小学生のころからゲームを作りたくてプログラミングを行っており、その特技を活かして新卒で東京の小さな会社に入社。近年は多様な働き方の流れにより、フリーランスのエンジニアとしても活動している。最低限の仕様を最速で達成するミニマルなプロダクトの製造が得意で、様々な企業や個人からの受注に追われている。
うこ:これは昨年末のこと。
フリーランスとしての案件で相談をしたいという、60歳過ぎの男性Aさんを知り合いから紹介されました。
某有名スクールを卒業されたエンジニアだというAさん。
依頼内容は、自分で思いついたサービスがあるので、そのプロトタイプをつくってほしいとのことでした。
ーーエンジニアスクールを卒業されたなら、Aさんご自身でもつくれるのではないですか?
うこ:少し複雑な内容なので、自分でゼロからつくることが難しく、僕に依頼したいとのことだったんです。サービスの話を伺っていくと、コンセプトも素晴らしくて共感できたので、引き受けることにしました。
引き受けるにあたり、ご本人もエンジニアなので、どのようなプログラムにするかを一応説明しました。
『ここをこうして、こんなプログラムにしようと思っています。いかがですか?』
「あー……、うん、えっと、良いんじゃない……?」
あれ、もしかしてこの人、用語が通じていないんじゃないか?
一瞬不安はよぎりましたが、エンジニアも分野によっては使用する用語が異なることもあります。このときは、そういうことかなあと、気楽に考えていたんです。
ーーなるほど。世代によっても、業界用語の認識に違いがありそうですしね。
うこ:制作を進めていると、Aさんは度々僕を呼び出しては、雑談のような打ち合わせを繰り返していました。
「俺も昔は〇〇のプロジェクトに関わっていたんだ」
「あの人とも仕事したことあって……」
武勇伝を延々と聞かされることも多く、少しうんざりする部分はあったのですが、お年を召した方だし……と受け止めるようにして。
ちょっと不審に思いながらも、その度重なる打ち合わせには、サービスで応じていました。
ーー人生の先輩のお言葉はありがたく受け取らねばいけない場面、ありますね。でもちょっと雲行きがあやしくなってきましたね……。
うこ:そうこうしているうちに制作は進んでいき、あるとき、Aさんにサービスの確認をお願いしました。そのサービスはスマホで使えるアプリなので、LINEでのログイン機能を使っていて、その使用方法や動作の確認です。
ところがAさんから、「ログインができない」と返答が。
見せてもらうと、ブラウザがシークレットモードになっていることが原因でした。
気づかないうちにシークレットモードになってしまっていたのでしょう。
そう思い、笑いながら伝えると……。
「シークレットモードって、なに?」と。
あれ……、このおじさん、シークレットモードを理解していない……。
背筋がスーッと冷たくなっていきます。
ここでようやく、僕は“このおじさんヤバイ”と気が付きました。
ーーこれは、エンジニアどころか、パソコン苦手の域……。
うこ:もちろん一度引き受けた仕事ですから、投げ出すことはしません。
とにかくプロトタイプを仕上げるところまではと作業をし、コツコツと制作に励む日々。
そして、2〜3カ月かけてようやく完成させることができ、納品と説明のためにAさんに会いに行きます。
そこは、意識の高い人ばかりが集まる、とある図書館のようなところ。
Aさんに何度か呼び出された場所で、僕が行くといつも、かなり年下であろう人たちと話しています。
その日もそうでした。
僕は完成したプロトタイプを見せて説明します。
わかっているのかわかっていないのか、頷きながら聞いているAさん。
お願いだ、このまま何事もなく終わってくれ……!
そう思ったそのとき。Aさんから言われたのは……。
「そのままの金額で、リリースまでつくってくれない? サービス収入の⚪️%を報酬であげるから。」
ーーキャーーーー!!
うこ:これまで一切そんな話はしていなかったのに、急に話を進めてきて。
もう泣きそうです。
しかも軌道に乗るかどうかなんて全くわからないサービス。
プロトタイプはできているので、あとはご自身で開発していただければ……とお伝えしても、「わからないから、全部つくってほしい」とのこと。
エンジニアだと思っていたAさんは、実際には1年程度エンジニアスクールに通っただけで、何もできなかったんです。
ーー怖い目に会いましたね……。いくつかの違和感から、早めに“ヤバイ”と気づくことも大切そうです。この件で得た教訓はありますか。
うこ:依頼を受ける際は、要件定義と金額の部分をしっかりと詰めておくことが大切だと学びました。フリーランスとして仕事を受けるようになってから日が浅く、そのあたりが甘かったんです。
自分はどこまでできるか、プロトタイプをつくったあとはどうするかまで、握り合っておくことが必要でした。
【今回の教訓】
・要件定義と金額のすり合わせは丁寧に!
・なんちゃってエンジニアには気を付けろ!
エピソード3
じゃあ支払いしません! モンスター企業との遭遇
望月誠さん
web制作・EC制作を中心に手掛ける、株式会社あんどぷらす代表。
2000年11月にSOHOとして「オフィスあんどぷらす」を創業し、2003年頃から必要に迫られてPHPをさわりはじめる。現在は、ECサイトの構築やカスタマイズを中心に、様々な企業のサイト制作に関わっている。
望月:あれは3〜4年前のこと。
とある小さな制作会社Sから、私が経営する会社へ、ECサイト構築の相談が来ました。エンドクライアントCとはやりとりをしない下請けの案件で、C社がどこなのかは聞いていませんでした。S社との取引は初めてで、「この会社は仕様を事細かに決めないまま、サクッと発注をしてきたな〜」という印象。
ECサイト構築は同業の制作会社さんからも依頼を受けることが多く、クライアントとの間でディレクションを行ってもらうのが常なので、このときも同様にディレクションはS社が行うことになっていました。
ーーふむふむ、制作会社から制作会社への依頼があるのですね。
望月:しかし制作を進めていると、どうもS社のディレクションが滞りがちで、連絡が取れなくなることもしばしば。連絡が取れてもC社からの言葉をそのまま伝えてくるだけで、S社とC社の間ですり合わせができておらず、以前既に対応したことや、前回と真逆の要望を言われることもありました。
ーーS社がやばそうな雰囲気ですね……。C社の要望をしっかり整理して、望月さんの会社に伝える必要がありますよね。
望月:それでもなんとか公開目前までこぎつけたある日のこと。
当社にある企業から案件の相談が入ってきました。話を聞いてみると、どこかで聞いたことがある内容だ……。
いや、そんなはずはない。
しかし、全て聞いたところで疑惑が確信に。
相談の内容は、いま制作しているECサイトと全く同じ。
実際に会ってみると、相談してきたのはまさにそのC社でした。
よく話を聞けば、現在依頼しているS社のレスポンスが悪く、制作会社を変更したいとのこと。ECサイト構築に詳しい企業を調べていて、偶然当社を見つけたんだそうです。
ーーS社のレスポンスの悪さは常態化してたんですね……。でも、解決の兆しが見えてきましたね!
望月:しかしこの件、そう簡単にはおさまりません。
C社の話を聞く上では、そのECサイトは今まさに当社が下請けで制作しているということを言わざるを得ません。
おそるおそる、その事実を伝えると……。
「じゃあS社には支払いしません!」
当社だけに、S社が支払う予定だった金額を支払うと言ってきたんです。
一度はそれでも良いかな、と思いました。
でも……。
C社は、その金額自体も大幅に値切ってくるようながめつい企業だったんです!
ーーキャーーーー!!
望月:だからC社の申し出は断り、当初の予定通りS社に請求をすることにしました。ところがC社は、S社から納品があったにも関わらず、制作費を支払おうとしません。
するとS社は当社に支払う資金がなく、社長がバックレ。
当社は弁護士に依頼して請求を求めていたので、S社の従業員の方が対応をしてくれて、最終的には分割で支払うことで決着しました。
ーーそのECサイトは、結局どうなったんですか……?
望月:支払いをしないまま、C社がリリースして現在も使い続けています……。
ーーキャーーーー!!
望月:結局当社に大きな損害は出ませんでしたが、一番怖かったのは、S社の従業員の方々だと思います。実はS社は、今回の案件の進行中にもどんどん規模が小さくなっていて、仕事もほとんどないようだったんです。ディレクターと連絡が取れないのも、別の仕事で稼いでいるために時間がなかったからだそうで。
制作会社が途中で潰れてしまうことや、気が変わったからと既に着手している分の代金すら払わないと言われることもよくあります。 案件を受ける際にも気を付けたいですが、若い方はそういった危ない企業に就職しないようにも注意してほしいですね。
ーーそんなことがよくあるなんて怖い……。普段私たちが目にしているサイトの裏側ではいろんなストーリーがあるんですね。
【今回の教訓】
・仕様の詳細を詰めずに依頼してくる制作会社には気を付けろ!
・若手の方は、ヤバイ会社に就職しないよう見極めて!
エンジニア人生、何が起こるかわからない
この記事をご覧のエンジニアのみなさん、
似たような体験をした方もいらっしゃるのではないでしょうか?
それとも「えっ、そんなことが!」という驚きの声!?
これからエンジニアを目指すみなさん、今回紹介したエピソードはどんな仕事でもあるわけではないので、ご安心を! いずれにせよ、新人エンジニア時代のお話から、フリーランス、経営者の方まで。長くエンジニア人生を歩んでいると、こんなピンチな経験をすることがあるそうです。いつ何が起こるか、わからないものですね。
しかし、ピンチな瞬間は必ずしも当事者にとってマイナスなものではありません。この経験から学び、ステップアップのきっかけになることもあります。
時間が経てば、きっと思い出話にもなるでしょう。
みなさんも、思いも寄らないミスや、危ない人や企業にはお気をつけて。
もしかするともう、あなたの近くに……。
撮影:橋本千尋
イラスト:あのザキプロ 高蔵寺崇
取材+文:シンドウサクラ