※この「プロにキク!」では、毎回その道のプロに話を聞いて、私たちエンジニアに効きそうなノウハウをシェアしていきます。
エンジニアとして働くなかで、「残業時間」「病んでしまう」「パワハラ」「労災」「退職」などなど、色んな悩みをお持ちの方もいると思います。今回はなんと、元エンジニアの社会保険労務士さんにご登場いただき、働くうえでの「困りごと」にフォーカスしてお話を伺っていきます。
――社会保険労務士法人スマイングの代表である成澤紀美さん、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。成澤です。
社会保険労務士法人スマイング代表の成澤紀美さん
――成澤さんは元エンジニアだと伺いましたが。
はい。システムエンジニアとして長年にわたって技術開発やシステム設計を担当していました。
――それでIT業界に特化した社労士さんになったわけですか。
たまたまですけどね。「同じ言語で話せる」ということでご依頼をいただくようになって、気が付いたらIT業界のお客様に囲まれていたという感じです。
残業を減らせ?…「働き方改革」って何?
――そんな成澤さんにエンジニアの働き方についてお聞きしていきたいのですが、「働き方」というとまず『働き方改革』ってよく耳にしますよね。あれって何か新しい法律ができたということですか?
いま『働き方改革』といわれているのは、新しく何か法律ができたわけではなくて、すでにある労働関連の法律がちょこちょこ変えられたことを指しています。
――あ、そういうことですか。労働関連の法律っていうのは具体的にどんなものですか?
具体的には下記の法律ですね。
・労働基準法
・労働安全衛生法
・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律
・労働契約法
・労働者派遣法
・労働時間等設定改善法
・じん肺法
・雇用対策法
――へえ、これらの関連法案がちょこちょこ変わったということですか。
そうですね。その中でもよく取りざたされるのが「時間外労働の上限規制の導入」です。
――ああ、残業時間を減らせというやつですよね。
はい。時間外労働の上限は月45時間かつ年360時間を原則として、繁忙期には単月で休日労働を含み100時間未満で、月45時間を上回るのは年6回までで、年720時間の範囲内で、労使協定に定めた限度時間の延長ができるというものです。あと、皆さんに関係してくるのは「年次有給休暇の取得」ですね。10日以上有休が付与されたら年間で5日間の取得が義務付けられることになりました。
――有休の取得も義務付けなんですか。
そうです。昔は有休を消化できないまま辞めてしまう人も多かったですが、「付与されてから1年のうちに5日間は必ず取りなさい」という義務になったんです。
――それでも会社が取らせてくれない場合はどうなるんでしょうか?
会社に対して1人あたり罰金30万円が課せられます。まあ、実際には「すぐに罰金を払え!」というよりも行政から是正指導が入りますね。もともと欧米諸国に比べて日本は5割にも満たない有給取得率ですから、国としても残業時間の抑制や有休取得の義務付けをしたいわけです。
――でも、そんなに働く時間を減らして大丈夫なんでしょうか?
個人的には競争力がなくなってしまうことが心配ですね。働きたい人もいるじゃないですか。特にITベンチャーなんてめちゃめちゃ働いていますし。だから、「好きにさせてほしいな」という気持ちはどこかにあります。
――まあ、立場上は言いづらいですよね。
そうなんです。私自身は「伸びしろがある時はガンガン働こうよ」と思うタイプなんですけどね。それと、本来は時間ではなくて質にフォーカスすべきなんですよ。
――生産性を上げるべきってことですよね。
ええ、でも「働きの質」ってなかなか測れないので、分かりやすい「量=時間」にいってしまっているとは思います。ですから、「働き方改革」についてはまだ考える余地があるかな、と思っています。
メンタルが弱ったらどうすれば良いのか
――あと、ガンガンやれる人はいいとして、IT業界って割とメンタルが弱い人が多い印象があるんですが、そこはどうでしょうか?
確かにそうですね。私もエンジニアでしたが、そもそもエンジニアの特徴として次のようなタイプが多いように思っています。
・「人見知りタイプ」
・「1つのことに集中しやすいタイプ」
・「我が道を進むタイプ」
――身の回りに思い当たる人がたくさん(笑)
「人見知りタイプ」だとコミュニケーションで問題が起きてしまったり、「集中しやすいタイプ」だと根詰め過ぎでメンタルをやられてしまったりするケースが多いですね。
――ああ、なんかすごく分かりますそれ。
インフラ系のエンジニアだと重要なシステムに携わっていたりして、だからこそ受けるプレッシャーも大きかったりしますよね。「ミスをしたら世の中の動きが止まってしまう恐怖」みたいなものを常に抱えていたりすると思います。
――そのストレスから、何かのきっかけでメンタルが…ということですね。
そう、あとは「我が道を進むタイプ」の上司がいて、何らかのハラスメントでやられてしまうケースですよね。
――ああ……パワハラ上司や、セクハラ上司ってことですね。
そうです。エンジニアの世界ですと、暴力的な行動というよりも「ソースコードの書き方についてけなされた」とか「プログラムのリリース日を自分だけ教えてもらえない」みたいな少し陰湿なパワハラが例として挙げられます。
――ひええ……それはプライドを踏みにじられる感じがしますね。どう対処したらいいんでしょうか?
何かあったときには必ず相談できる窓口がありますので覚えておいてほしいです。
――へえ、それは覚えておかなきゃ!
トラブル時の相談窓口
労働環境で発生する様々なトラブルを解決する公的機関や民間団体には、次のようなものがあります。
・総合労働相談コーナー
いじめ、嫌がらせ、パワハラだけでなく解雇や雇い止め、賃金の引き下げなどあらゆるトラブルの窓口です。
全国の各都道府県労働局や、労働基準監督署内など380か所に設けられています。
・労働基準監督署に直接相談
より深刻かつ具体的な相談であれば、労働基準監督署に直接相談することも可能です。
・法テラス
国によって設立された法的トラブル解決のための総合案内所です。
問題を解決するための法制度や手続き、相談窓口を無料で案内してくれます。
・労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士に相談
公的機関以外では、特に労働問題を専門に扱う弁護士や社会保険労務士に相談することも可能です。
ハラスメントがあった時は何をすべきか
――相談先は分かったのですが、何か自分でできることってないでしょうか?例えば、パワハラをされていたとして…
パワハラでもセクハラでも、まずはとにかく記録をすべきです。あとから事実確認などでも使いますので、メモや録音など、できる限りの記録をしましょう。
――ICレコーダーはどこかに隠しておいたほうがいいですよね。
いえ、例えば上司に呼ばれて話をする際などに「ちょっと録らせていただきますね」と言えばいいのです。それを上司は拒むことはできませんからね。
――ああ、そうなんですね。セクハラでもそうですか?
そうです。とにかく、「いつ、何をされて、どう感じたか」を記録しておきましょう。
――マタハラも多いものでしょうか。
そうですね、職場にもよりますがよく耳にします。例えば「俺はこんなに頑張った」とか、「私はこんなに働いてきたのに」という経営者によるハラスメントを受けたという相談もありました。でも、「あなたは経営者ですよね」という話なんです。
――立場が違いますからね。
そうそう。あとは未婚率が高い女性が多い職場だったりすると、妊婦への嫌がらせも多くなる傾向があります。
――男性へのマタハラもあるんでしょうか?
男性の育休はまだまだ取りづらい環境ですから、ありますね。でも個人的にはお子さんの学校行事なんて、どんどん行ってあげればいいと思うんですよ。父親というのは代わりがききませんし、お子さんが小さい時というのはその時しかないわけですから。
――ホントそうですよね!
でも比較的IT業界は育休も取りやすくなってきたと思います。パソコンがあれば仕事をできるケースが多くて、リモートワークがしやすいですから。
――なるほど、確かに。周りでもコワーキングスペースで働く人が増えてきたように思います。
どんどん自由度が上がっていくといいですよね。
健康診断の結果が悪いとお金がもらえる?
――他にもIT業界では、運動不足によって「健康診断で引っかかる」みたいな人が多いように思うんですが。
あ、それは労災保険の対象になるケースがありますよ。
――え、そうなんですか?
労災というと「仕事中にけがをした」とか「仕事が原因で病気になった」という場合におりるのでエンジニアの場合には通勤災害くらいしか当てはまらないイメージがありますが、『二次健康診断等給付』というのがあります。
――健康診断の結果が悪いとお金が給付されるんですか?
一次検診で血圧・血中脂質・血糖値・腹囲又はBMI(肥満度)の測定値のすべての検査で異常所見があると診断された場合に、本人から請求があれば、一定の検査を費用負担なく受けることができます。また併せて保健指導も行います。これはあまり知られていないので、健康診断の数値が悪かった人はチェックしてもらいたいですね。ただし、「請負」の場合には該当せずに「雇用」している前提なので注意してください。
――へえ、知らなかったです。
税金なんかもそうですが、知らないことって結構あると思うので、自分に関係することだけでも知っておくといいと思います。
――その知っておくべきことを成澤さんは本にまとめてくださっているんですよね。
あ、ありがとうございます(笑)そうなんですよ。
――タイトルもズバリ『エンジニアが「働き方」で困ったときに読む本』。そのままですね(笑)
今日のお話だけでなく、入社時や退職時、転職時、給与や福利厚生など、よくご相談いただくエンジニアの皆さんの困りごとと解決策を1冊にまとめています。
――これ、堅苦しくなくて非常に読みやすいつくりになっていますね。1冊手元に置いておきたい感じ。
ありがとうございます。この本を読んでもらうのもそうですが、とにかく悩まずに「おかしいな」と思うところがあったら誰かに相談してもらうのが一番です。ぜひ、皆さん一人ひとりが「エンジニアとしての仕事」を楽しんでもらいたいですね。
――なるほど。成澤さん、ありがとうございました!
今回、働くうえでの困りごとについて聞いていきましたが、エンジニア出身の社労士さんだからこそ、エンジニアの困りごとを細かいところまでよく把握してくださっているな、と感じました。
皆さんも、ぜひ困ったことがあったらすぐに信頼できる人に相談するようにしましょうね。そして、何かぼんやりとした不安がある人はこの書籍をパラパラとめくってみてはいかがでしょうか。
『 [ IT専門社労士が教える! ] エンジニアが「働き方」で困ったときに読む本 』
成澤紀美/技術評論社
https://www.amazon.co.jp/dp/4297110490/
それではまた!
取材協力:社会保険労務士法人スマイング、技術評論社
取材+文:プラスドライブ