身につけるものとインターネットがつながるウェアラブルデバイス。
3~4年前からさまざまなメーカーから多種多様なデバイスが登場し、市場が急速に発展しました。
そして、ここ1~2年で研究・開発が進んでいるのが、衣服を利用したスマートウェア。
生体情報をリアルタイムに取得できる衣料品の研究開発が各企業・大学などで進み、製品化に向けて動き出しています。
そんなスマートウェアの研究・開発を行なっているのが、繊維を中心に、化成・バイオ・医薬など、高機能製品の開発・製造を行う「東洋紡株式会社」。
心拍数などの生体情報が着るだけでわかるスマートウェア向けのフィルム状導電素材「COCOMI®」の開発、製品化を行っています。
▲COCOMI®の製品画像。衣服の裏側、胸の下に貼り付けられたフィルムがCOCOMI®
競走馬の調教やドライバーの眠気検知など、さまざまな分野での活用が進むCOCOMI®とはどのようなものなのか?
COCOMI®の特徴、技術、今後の展望について、東洋紡の繊維生産技術総括部主幹であり、開発プロジェクトでリーダーを務める作田光浩さんに伺いました。
着るだけでフィジカルとメンタルの状態がわかるCOCOMI®
COCOMI®とは、着用者の生体情報を取得できる特殊なフィルム。
電気を流す特殊なフィルムを2枚の絶縁フィルムで挟んだ、3層構造で構成されています。
身体の動きに合わせて伸びたり縮んだりする高い伸縮性が最大の特徴。
薄さは約0.3ミリと、衣服に貼っても着用者が違和感を覚えることはありません。
▲COCOMI®の表面、中心の黄土色の素材が電気を流す特殊なフィルム。
「病院で心電図を取るとき、身体に電極をいくつか貼ると思うんですが、その役割をCOCOMI®が果たしています。COCOMI®で取得した情報をユニオンツールさんが開発した心拍センサー「my Beat」とアプリを用いて、スマホやタブレット端末に表示させています。電気を通す薄い素材というのはこれまでにもあったのですが、COCOMI®のように伸縮性が高いものは世界的にもめずらしいと思います。倍くらいに伸ばしてもちぎれることなく電気を流すので、激しい運動の最中でも計測し続けることができます。また、微細な電気信号を取得できるのがCOCOMI®の特徴です」
電気の抵抗値が低く、心臓から流れるミリボルト単位の電気を正確に拾うことができるため、精度の高い生体情報を収集することができます。
▲タブレットに表示された心電図。
COCOMI®から取得されたデータは、myBeatを介してアプリで表示。
心電図やグラフで、手軽に自身のリアルタイムな活動情報を確認できます。
心拍数などのフィジカルの状態だけでなく、メンタルの状態も把握できるのが、COCOMI®の魅力。心拍数を解析することで、自律神経のバランスを確認できます。
▲ディスプレイ下の赤と緑が自律神経のバランスを表している。
「心拍周期から、自律神経の働きを計測します。ディスプレイに心電図の周波数解析の結果が出て、色が赤いときは交感神経が働いていて緊張状態を示しています。緑のときは副交感神経が働いているときでリラックス状態。心拍解析から、緊張状態かリラックス状態か。メンタルの状態も把握できるようになっています」
服を着るだけで、身体のさまざまな状態が確認できるCOCOMI®。
世の中では約10年前にも、こうしたスマートウェアの開発が進められていました
様々な分野からスマートウェア開発のニーズがありましたが、当時の技術では実用品まで至らなかったとのこと。
そんな中、東洋紡ではCOCOMI®のプロジェクトが、約2年前にはじまりました。
どのような流れで、開発が進んだのか?その開発過程に迫ります。
東洋紡の導電性インクを応用して実現したスマートウェア
これまで実用化にまで至らなかった原因は、バッテリーとディスプレイに問題があったからだと作田さん。現在のようにスマートフォンが普及していなかったため、付属のバッテリーやディスプレイが大型になりすぎ、身につけるには向かなかったとのこと。
最近になって、スマートフォンにバッテリーとディスプレイの機能を任せることができるようになり、全体のコンパクト化が実現したことから、開発が活発になってきました。
「文科省のプロジェクトの一貫で『自分の身体の状態がわかるスマートウェアの開発』がありました。立命館大学から弊社に『一緒にスマートウェアの開発をしませんか?』という打診があり、開発チームが立ち上がりました」。
このプロジェクトでは、繊維ではなくフィルムを利用した製品開発が進められました。
フィルムを利用した開発に踏み切ったのには、東洋紡がすでにリリースしていた導電性インクの存在が背景にありました。
「スマートフォンのような小さなデバイスに電子基板を作るときに、回路の厚みを最小限に抑えるために、印刷によって配線を書く技術(プリンテッドエレクトロニクス)が使われます。東洋紡では、印刷で使う電気を通すインク、『導電性インク』を開発しており、この技術を応用すれば、繊維ではなくフィルムでスマートウェアを作ることができるのではないかと考えました」。
COCOMI®は、伸縮性の高いフィルムに、この導電性インクを印刷して作られています。
競合各社が「電気を通す繊維」によるスマートウェア開発を進める一方、東洋紡はフィルムとインクによるスマートウェアを開発しました。
▲電極を挟むフィルムが接着剤のようになり、衣服に貼り付けられる。
「フィルムを服に圧着する」という方法を取ることで、どのような衣類にも対応できるようになったと作田さん。繊維に関わるグループ、樹脂に関わるグループ、試作品の効果を測定する研究グループ、完成した製品を売るための営業グループの合計4つからなるCOCOMI®開発プロジェクトチームが、試行錯誤を重ねながら、開発を進めました。
開発過程で難しかったのは、圧着したフィルムがどの程度の洗濯に耐えられるのか?という部分。
当初は10回程度の洗濯で、電気信号が取れなくなってしまったものの、何度も試作品を作り直しながら耐久性を上げ、現在では100回以上の洗濯に耐えられるようになりました。
「プロジェクトがスタートした時点では『電気を通す製品を本当に洗うことができるのか?』など、根本的な問題を含めて議論しながら開発を進めていました。スマートウェアの研究・開発自体は以前から行っていましたが、製品化まで持っていくのは初めてだったため、試行錯誤を積み重ねながら、なんとか完成まで持っていくことができました」
東洋紡のさまざまな技術と知識を総動員して作られたCOCOMI®。
世界的にも稀な、フィルムを応用することで生まれた高い伸縮性は、さまざまな分野から注目されています。
COCOMI®の性能を利用したさまざまな製品について、現在進めているという用途開発について詳しく伺いました。
介護、医療、スポーツ分野で使われる革新的な製品を
東洋紡をはじめ、さまざまな企業で製品化が進むスマートウェア。
市場としてまだまだ未開拓な部分が多いため、今後の用途に関しては予測できない部分も多いとのこと。
そんな中、COCOMI®はいくつかの企業とタッグを組み、その可能性の片鱗を見せています。
そのひとつが、ユニオンツール株式会社と開発を進める心拍数から眠気を検知するシステムです。
「心拍センサー、アプリを開発するユニオンツールさんとスマートウェアで眠気を検知できるシステムを作っています。眠気が生じると心拍数に特定のパターンが出るので、それをスマートウェアで検知して、バイブレーションや音でドライバーにお知らせするという製品ですね。現在、検証実験を進めているところで、長距離トラックや夜行バスの事故防止として製品化できると考えています」
この他、すでに製品化しているのが競走馬の調教ツール。
センサーやソフトウェアを使った動物の行動研究・解析を行う「株式会社Anicall」とコラボした製品で、競走馬にCOCOMI®を使ったベルトカバーをつけて馬の心拍数を測り、そのデータを調教に活かすことができます。
▲競走馬のお腹の周辺についているオレンジのベルトカバーにCOCOMI®が使われている
「競馬場のどこを走っているのか、どのくらいのスピードで走っていて、そのときにどのくらいの心拍数なのか。馬の細かな活動データをすべて記録することができます。それによって、どのような調教を行ったときに調子が良いのか、調教の結果どのように部分が伸びたのかなど、馬の生体情報から調教の結果を数字で確認することができます」。
競走馬の激しい運動に耐えられるのは、伸縮性の高いCOCOMI®ならでは。
去年の7月にリリースされて以来、その実用性が認められ、さまざまな厩舎で利用されています。
今後の展望としては、より人のためになる用途開発を進めていきたいと作田さん。
具体的には、介護・医療・スポーツの分野での製品化を実現したいとのこと。
「現時点で潜在ニーズがあるのは介護分野ですね。COCOMI®は生体情報がより手軽に得られるので、体調管理が効率化できますし、数値で可視化されるため体調の変化に早めに気づくことができます。介護士の負担を減らし、高齢者の方々の健康維持に役立てる製品ができればと考えています。それと、まだ構想段階ですが、医療業界、スポーツ業界でも、さまざまなメーカーさんと協議しながら、さらなる用途開発を進めていきたいですね」
繊維ではなく、柔らかく伸縮性の高い導電性フィルムを利用したCOCOMI®。
スマートウェアというまだまだ未開拓な市場であるからこそ、これからどのように用途が広がっていくのかは未知数です。
私たちが毎日身につける「衣服」を使った製品であることが、スマートウェアの最大のポテンシャル。
用途開発が進み、革新的な製品が生まれれば、将来ほとんどの人がCOCOMI®の衣類を身に着けるようになるのかもしれません。
今後、COCOMI®の用途開発はどのように進んでいくのか?
東洋紡のリリースから、これからも目が離せません。