最近、エンジニア界隈や電子工作をする人たちの間で注目されているものがあります。
それは100円ショップのガジェット。
種類の豊富さ・安さ・クオリティーに驚きを感じている人が続出しているようです。書籍「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!」の著者である山崎雅夫さん(ThousanDIY)もその一人。
山崎さんは、100円ショップのガジェットをひたすら分解し、安さと性能の秘密をブログや雑誌で丁寧に解説してきました。一歩踏み込んだ分解の様子に、多くの人たちの注目を集めています。
そこで今回、山崎さんによる生解説付きで100円ショップのガジェットの分解過程を見せていただきました。安さの裏に隠された秘密を探っていきます。
ThousanDIY 山崎雅夫さん
電子回路設計エンジニア。現在は某半導体設計会社で、機能評価と製品解析を担当。2016年ごろから電子工作サイト「ThousanDIY」を運営。月刊I/Oでの連載およびnoteにて「100円ショップのガジェットを分解してみる」を公開している。Aliexpress USER GROUP JP(Facebook)管理人。マイコンモジュールM5Stackの情報交換やイベントを行うグループ「M5Stack User Group Japan」のメンバー。
Bluetoothマウスも100円ショップで手に入る!?
――山崎さん、本日はよろしくお願いします。先日、別の対談企画で山崎さんの書籍のお話が出ていて、業界の人も100円ショップのガジェットに注目しているようです。
こちらこそよろしくお願いします。記事で紹介いただいてびっくりしましたし、うれしかったです。
――これまでいろいろなガジェットを分解してきているようですが、今日は何を分解しますか?
今回は、このBluetoothマウス(500円)を分解してみます。
――おぉ、100円ショップでBluetoothのマウスが販売されているんですね! まずそこにビックリです。
最近はスピーカーやリモートシャッターなど、Bluetooth関連の商品が増えていますよ。僕は、100円ショップへほぼ毎日行っていて、新しいものが出ると2,3個買ってストックしています。
――見た目はシンプルなマウスですね。これを分解するのは初めてですか?
マウスは過去にいろいろ分解していますが、Bluetoothは初めてです。裏側を見ると、ちゃんと「技適マーク」が入っていますね。
――技適マークというのは?
電波法令で定めている技術基準に適合していることを証明するマークです。Bluetooth、つまり電波を使っているので、日本で使用する機器は必ず技適マークがついている必要があるんですよ。この認証を取得するだけで100万円以上はかかっていると思います。
――そんなに! でも、電化製品である以上“安全性”は大切ですよね。普段はどんな手順で分解を行っていますか?
基本的には4つの流れで行います。
最後に写真を撮るのは、ブログや雑誌で紹介するためにやっています。
・外装を分解する
・回路図を描く
・部品の種類を調べる
・写真を撮る
――分解と言っても、部品をバラして終わりではないんですね。 分解のときはどんな工具を使いますか?
今回は、カッター、ドライバー、ヒートガン、ピンセット、ライト、顕微鏡を使います。カッターやドライバーは外装を外すときに使い、右にあるヒートガンは基板から部品を外すときに熱を加える器具です。左奥にあるのは、部品や基板を拡大して見るための顕微鏡ですね。「誰でも手に入れられる機材で分解する」というのがポリシーなので、高くても2000~3500円くらいで手に入るものを使っています。
――細かな作業に対応するものが揃っていますね。分解するときに大切にしているポイントはありますか?
外装をどうやってきれいに分解するか、そこが一番大きいですね。ビス止めか、はめ込みか、融着しているか、だいたいその3パターン。中身も含め、なるべく切らないできれいに分解することを意識しています。
まずは外装から、ひたすら部品を外していく
――では、いよいよ分解スタート。
じゃあ、やってみましょうか。とりあえずビスを外して。あ、意外とすんなり開きましたね。留めてあるのは1か所だけかな。
――案外簡単に開きますね(笑)。さっそく基板が見えました。
この赤いリード線も外しましょう。まずは、外せるところはどんどん外していきます。
基板も簡単に取れましたね。
――部品がどんどん外れていく……。これはなんですか?
マウスホイールですね。これも外しましょう。
付属品を外して、基板だけになりました。
――基板以外はとてもシンプルな作りなんですね!
大まかなパーツは分解できたので、ここから基板にのっている部品を分析していきます。
安さの裏に隠された秘密
――細かい部品がいろいろ付いていますね。それぞれ、どんな役割をしているんですか?
マウスのボタン、Bluetoothのコントローラとアンテナ、マウスセンサー、LEDなどが配置されています。これは両面基板でお金をかけて作っていると思います。見たことがないチップも付いている。
――両面基板はお金がかかっているんですか?
はい、これ(上画像左)は以前に分解した専用ドングルのワイヤレスマウスの基板なのですが、片面基板です。比べてみると、今回のBluetoothマウスの複雑さが分かりますよね。
あとは部品の型番をチェックしていきます。これは2019年9月に作られたようですね。
――日付まで分かるんですか?
はい、基板に製造年月が書いてありました。
ここにマウスセンサーのピンホールが見えます。いわゆるピンホールカメラみたいな形になっていて、中にチップが入っていて、ここでマウスの動きを感知しているんです。
――こんな小さな穴がセンサーなんですね! すごい!
あと、左下の黒い部品は電源を昇圧しています。
――昇圧というのは?
これは単3電池1本で動かすタイプですが、マウスの電源は3~5Vくらい必要なので、電圧をあげないと動かないんですよ。
――この部品によって、電圧を上げているんですね。
はい、一般的にマウスは単3電池2本で動かしていることが多いのですが、これは1本しかないので、電圧が足りない。おそらく1.5Vを3~5Vくらいに昇圧していると思われます。 昇圧のための部品や両面基板、チップを見る限り、お金をかけていることが分かります。
これは何だろうな……。部品に型番が書いてあるんですが、このままだと読めないので、横から光を当ててみましょう。
――おぉ、文字が見える!
見えましたね。「P24C128」と書いてあるので、後で検索をかけて調べてみます。
横から見るとこんな感じです。基板の切り方がやや雑になっているところは、電池スペースにあわせて切っているのかもしれません。このマウスのために作られた基板ではないものを加工していることからコストカットの形跡が見れますね。
うーん、これはなんだ?
マイコンっぽいな。分からないものは、一つずつ外していきます。
そのままだと外れないので、ヒートガンで熱を加えてハンダを溶かします。分解したものは元に戻して使いたいので、なるべく他の部品や基板にダメージを与えないように外すのがポイントです。
――あ、思ったより簡単に取れましたね。
部品を外すと、下にプリント基板のパターンが走っているのが見えるので、これで回路が分かります。
――かなり小さいですね。これで配線が分かるものなんですか?
肉眼で見えないときは、顕微鏡を使って拡大します。
顕微鏡の画面に映っているのは、センサー部分です。この線を数えると、画素数がいくつか分かります。これはマウスを動かしたときの、スピードの分解能ですね。さらに周りに飛び出している接続先の配線を見ていくと、どこに繋がっているかが分かります。
――配線1本ずつに意味があるわけですね。この小さな基板に付いている部品の役割や繋がりが見えるのはおもしろいですね!
「チップの表面を見るのはハードルが高い」と思っている人が多いかもしれません。でも、この程度の顕微鏡で見えるので、やってみるとおもしろいですよ。
手がかりを元に、部品の製造元へ迫っていく
このあとは部品の型番を確認して、部品の一つひとつをより深く調べていきます。
調べ方は、部品が特定できなければ探し方を変えていき、『Googleで検索』『アリエクスプレスやアリババで検索』『百度でデータシートを探す』『機能が似た部品を探す』『機能が似た商品を探す』といった方法で調べています。
ただ、ほとんどが中国製で、型番で検索してもすんなり出てこないケースが多いですね。
――かなり地道な作業ですね。
作っている会社のロゴが入っていれば、かなりラッキーなほう。たいていは見たことのない部品なので、特定するのは難しいですね。試しにこの部品の型番で検索してみると……
――お、出てきましたね!
深圳(中国)の会社みたいですね。一発で見つかったのは、運が良いです。
出てこなければアリババやアリエクスプレスで、型番や機能、サイズで検索していきます。「Bluetoothスピーカー」「8ピン」とか。型番の数字を2桁くらいずつ検索していくと、ひっかかることも。通販サイトに出ていると部品の価格も知ることができます。
――謎解きみたい……。
通販サイトで出てこなければ、データシートを検索します。ネット上にはメーカーが公表しているデータシートをまとめているサイトがあって。「データシートPDF.com」とか「オールデータシート」と呼ばれる、まとめサイトみたいなものです。メーカーが正式に公表しているシートもあれば、そうでないものも……。これはメーカーが正式に公表しているものですね。
――そんなサイトがあるのに驚きです。メーカーにとっての機密情報になりそうですが、メーカーによってはオープンにしているんですね。
はい(笑)。このあとは回路図を描いて、同じ機能のピン配置の部品はないか、大手メーカーに似たようなものがないか探してみます。
――わざわざ回路図まで描くんですか!
ガジェットを分解して「こんなチップがのってますよ」みたいなブログを書いている人は結構いるんですよ。でも、部品の中身がどういう機能なのか、分からないと意味がない。僕の場合はICの素性まで追っかけて、回路図をきちんと作る。そこはこだわってやっています。
――ここまでを分解してみて気づいたこと、特徴はありますか?
たぶん、このBluetoothマウスに使われている外装ケースや基板は、ベースがあって、いろんな機能や種類のマウスに応用できるようになっているんです。それぞれに異なる部品を組み合わせたり、加工をすることで、ガワは同じでも機能が違う製品を作っている。だから安くできるんでしょう。
ちなみに、このマウスホイールですが、価格が高い製品は、ホイール周りにゴムが付いているけれど、これはありません。ここも安さのポイントですね。
――このマウスで500円という値段は、どう評価しますか?
正直、500円でよく販売できるなと思います。日本で作ったら1,000~1,500円くらいになるはず。このマウスは販売元が国内で売るための技適マークをきちんと取得しているので、相当売れる自信があって大量生産しているんでしょうね。
“ハズレ”がおもしろい? ガジェット分解の魅力とは
――ここまで分解の様子を見てきましたが、小さなヒントを頼りにガジェットの素性を探っていく様子にこちらも夢中になってしまいました。 そもそも、山崎さんが100円ショップのガジェットを分解するようになったきっかけは?
最初のきっかけは、とある100円ショップで見つけたお風呂用のBluetoothスピーカー。そのお店で初めて出たBluetoothの機器だったので、「これ、なんで600円なんだろう? 分解してみるか」と。
実際に中身を見て驚きました。600円なのにリチウムポリマー電池や保護回路が入っていたんです。秋葉原の千石電商で買うと、この電池だけで800円くらいするし「ラッキー」って思いました。で、ついでに基板を見て分析してみたら、おもしろくなってきて「この部品のロゴ、見たことない会社だな」と調べてみたり、回路図を描いてブログにアップしたりしてハマっていきましたね。
――分解してみたら、予想以上におもしろい内容だった、と。
その後も他の100円ショップのガジェットを分解しては、ブログやTwitter、Facebookに書いていました。
そうこうしているうちに、「分解について書いてみない?」という話を月刊I/Oの編集部からいただいて。最初は不定期でしたが、今は連載で記事を担当しています。2020年には、I/Oの連載をまとめた書籍『「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!』も出版しました。
――今まで何種類ぐらいのガジェットを分解しましたか?
記事に書いたもので24個ですね。あとは、分解の途中で放置しているのが12個くらい。noteには雑誌に掲載できなかった情報を含めて分解の様子を載せています。
――分解する楽しさは、どういう点にあるのでしょうか?
とにかく安いし、入手しやすい。仮に壊しても、数百円なら惜しくないでしょう? あとは玉石混交。ハズレを引いたときは、逆に「やった!」と思いますね。
――ハズレのほうが「やった!」なんですか!? どういうものがハズレなのでしょうか?
以前は部品の使い方や回路が間違っているものが結構あったんです。ステレオのイヤホンなんだけど実際はモノラルになっていたり、「USB2.0」と書いてあるのにUSB1.0相当のスピードでしか動いていないポートがあったり。意外な“間違い”におもしろさを感じます。
――逆に「すごいな!」と思う部分は?
無駄なところがない点ですね。ギリギリの価格を狙っているので、バラしてみると無駄な部品が一切ない。
――なるほど。しかし、ものづくりにおいてはどの製品も無駄をなくすことは心掛けていると思いますが……?
一般的に「何かあったときのために、とりあえず付けておこう」と考えて作っている商品が多いと思います。例えば「水に濡れたときのことを考えて、カバーを付けておこう」とか「静電気が起きても壊れないようにしておこう」とか。そういう”保険”が100円ショップの商品にはあまり見られないですね。長く使うことを前提に考えていないんです。買ったときに使えればいいし、壊れたらまた買えばいい。そういう発想なので、保護的な部品や回路は一切ないですね。そうやって完全に割り切っているのは、ある意味すごいなと思います。
プロも驚いた! すごい100円ショップのガジェット3選
――ここで、過去に山崎さんが分解した100円ショップのガジェットの中で、驚いた商品を3つ紹介していただきます!
1つめは100円のLED電球です。40ワットタイプ。
正直ショボいだろうと思って分解してみたら、アルミ基板を使って、ちゃんと放熱を考えている。専用のドライバーを使って電流検出するなど、想像以上にきちんと設計されていて驚きました。
中はこんな感じになっていて、これで100円?というレベルです。
――LED電球って値段が高いイメージだったのですが、もう100円で買える時代なんですね。2つ目は何ですか?
悪い意味で驚いたBluetoothのイヤホンです。
イヤホンが2つ付いているんですが、音を聴いたら何かおかしい。
回路をみると、右と左が同じところに繋がっているので(赤枠参照)、モノラルになっている。擬似サラウンドのような方式ですね。なんとなく広がって聞こえるけど、実際はモノラルでした。
――でも、この値段ならなんとなく許せてしまいます(笑)
これには後日談があって。別の100円ショップで同じ形の商品が出たんですね。分解して調べると、部品配置はまったく同じなのにちゃんとステレオで、音が良い。どうせ同じものだろうと思ったら違った、という意味で印象に残っています。それに、汎用の基板と外装の組み合わせで様々な機能の製品を作っている、その一例でもあったんです。
――100円ショップのガジェットも競争しながら進化しているんですね! 最後の商品は?
3つめはワイヤレスチャージャーです。
――スマホ用の「置くだけ充電器」ですね。これも500円で買えるとは!
驚いたのが「10ワット」「9V急速充電対応」という、USBのクイックチャージ規格に対応している点。部品の正体は分からなかったけど、バラしてみたら非常にきっちり設計してあってビックリしました。
充電電流に応じてドライブの使用個数を1個/2個と切り替えていたり、USBのクイックチャージ規格を専用ICではなく汎用ポート2つで抵抗分割して対応していたり。工夫して設計をしていることが見てわかりますし、かなりクオリティーが高いですね。これが500円で買えることが何よりの驚きです。でも、コストが見合わなかったのか、この商品はすぐに見かけなくなりました。
“割り切り”ながら“進化”していく、ものづくり
――100円ショップのガジェットの品質は、以前に比べ向上しているのでしょうか?
昔はいい加減なものもありましたが、最近は確実に品質が上がっているし、1チップ化がすごいです。元が取れているのか分からないけど、そういう市場があるのは羨ましいですね。「ものづくりって、ここまで割り切ればいいのか」という点は参考になります。
――プロとしてものづくりに関わっているほど、“割り切り”は難しそうですね。
ただ、日本の企業は狙わないところなので、いい意味で捉えれば、ものづくりの棲み分けに繋がっていますね。
――なるほど、すべてを同じベクトルで作る必要はないんですね。最後に今後、分解してみたいものはありますか?
車のシガーソケットで使うUSBチャージャー「シガーソケットUSB車載充電器」が面白そうだなと思っています。10Vと24V対応で、電圧を落としているので、熱処理をどうしているのか確認したいですね。また違う100円ショップで販売している、同じ機能の商品を比較することもしてみたいです。
――ガジェットの進化が続く限り、山崎さんの分解も終わりはないですね! 本日はありがとうございました。
2021年1月、山崎さんが手がけた新たな書籍『 「100円ショップ」のガジェットを分解してみる! Part2』が発売されました。第2巻では、最大手のD社だけではなく、他の100円ショップで手に入るガジェットも分解。機能や外観の似た商品でも、販売元が違えば性能に差があり、分解すると各社の特徴が見えてきます。みなさんもぜひ近所の100円ショップで見つけた面白い「ガジェット」があればシェアしてみてください。 https://www.kohgakusha.co.jp/books/detail/978-4-7775-2134-0/
まとめ
かつては『安かろう、悪かろう』と思われていた100円ショップのガジェットも進化し、その作りのすごさにプロをも唸らせています。「この金額で機能を実現させよう」と奮闘する作り手のアイデアや工夫が様々な部分に見られ、その軌跡を追っていくことに分解の楽しさがありました。
商品設計に携わっている方、趣味で電子工作をしている方は、一度100円ショップのガジェットを分解してみてはいかがでしょうか。新たなものづくりのヒントが見つかるのかもれません。
撮影:橋本千尋
取材+文:村中貴士