新興市場の中でも各方面から熱視線を集める「VR」。
株式会社ダズルと映像プロダクションの太陽企画株式会社は、立体音響VRコンテンツ「さわれる音」を共同開発し、アメリカ・テキサス州オースティンで開催された「SXSW2018」に出展しました。
本来「耳で聞くもの」である音を可視化し、音楽の楽しみ方に新しい可能性を示したこのコンテンツ。今回はVRの開発を行なったダズルのマネージャー、花島渉さんにお話を伺ってきました。
▲花島渉さん
新たな領域でモノ作りをしたい。ゲーム制作会社からダズルヘの転職
―花島さんはゲーム開発の経験が長いそうですが、VRコンテンツを手がけるダズルに入社した理由はなんでしょうか?
花島さん
「僕は10年近くゲームなどのコンテンツ開発に携わってきました。CGデザイナーからキャリアをスタートして、アートディレクター、ディレクター、プロデューサーと、少しずつ上流の仕事にシフトしていく中で、『エンターテイメント業界だけでなく、いろいろな方面でモノ作りをしたい』、『これまでに学んだプロジェクトの回し方やモノ作りの考え方を武器に、他業界にも挑戦してみたい』という思いが強くなり、転職を考えるようになったんです。いくつかの企業を見る中で、VRコンテンツ開発とスマートフォンゲーム開発という2つの事業を展開するダズルと縁があり、2017年の4月に入社しました。これまで培ったゲーム開発のキャリアを活かしつつ、VRという未経験かつ最先端の領域にチャレンジできるという意味で、僕にとってはとてもバランスのとれた選択だったと思います。」
―ダズルではVRのコンテンツ制作で活躍されているわけですよね?具体的にどのような役回りなのでしょうか?
花島さん
「コンテンツ開発を行う部署の副部長として、主にVR事業のマネージメントをしています。『進化するテクノロジーで「ちょっと未来(さき)」を創りつづける』というコンセプトを掲げるダズルにとって、VRは主力事業です。そこでマネージメントを任せてもらっているので、やりがいは非常に大きいですね。」
クライアントのイメージを膨らませ、体験型コンテンツへと昇華
▲「さわれる音」のイメージ。VR空間にさまざまなオブジェクトが出現して、オブジェクトに触れたり、掴んだり、自由に動かすことができる
―花島さんがダズルに入社してから関わった最も大きなプロジェクトといえば、やはり立体音響VRコンテンツ「さわれる音」の開発でしょうか?
花島さん
「そうですね。2017年の11月頃に太陽企画さんから問い合わせがあり、『SXSW2018で自分たちの技術を発表したいので力を貸して欲しい』と、VRコンテンツの共同制作の依頼がありました。彼らは映像制作の会社なので、クリエイティブはすべて太陽企画さんが手がけ、ダズルがVRの実装を行うという座組みでした。」
―制作のコンセプトはどのようなものだったのでしょうか?
花島さん
「当初、先方から提示されたのは『立体音響を使ったVRコンテンツを作りたい』ということで、なんとなくVR空間の中で音を聴く“体験型PV”のようなアイデアでした。しかし、せっかく展示会で発表するならインタラクティブなゲーム性をもたせた方が良いのでは?と提案し、何回か打ち合わせを重ねて『さわれる音』の方向性が固まっていきました。」
―「インタラクティブなゲーム性」……まさに花島さんならではのアイデアでクライアントのイメージを膨らませていったわけですね。開発にはどのような技術を使ったのでしょうか?
花島さん
「技術として主に使用したのは、VRのヘッドマウントディスプレイとして『HTC Vive※1』、手のジェスチャーを認識してVR空間上での操作を行うためのデバイスに『Leap Motion※2』、3D空間内の立体音響を再現する『Resonance Audio※3』の3点です。VR空間には11種類のオブジェクトを出現させ、『Leap Motion』を介してそれらに擬似的に触れることでシンバルや管楽器など、オブジェクトに応じた音が再生されます。音は最大8つまで同時に再生され、音に触れる感覚と、音の重なりを楽しむことができます」
HTC Vive※1
VRを体験するためのヘッドマウントディスプレイ。高精度360度コントローラー、指向性サウンド、リアルなグラッフィクなどでVRテクノロジーを最大限に楽しめる。
Leap Motion※2
ジェスチャーによって直感的にコンピューターを操作できる体験型のシステム。1/100mmミリの間隔で手の動きを認識し、触ることなくコンピューターを操作できる。
Resonance Audio※3
VRでより臨場感のある空間音声を作成するためのシステム。場所や距離の違いによる音の変化をVR空間内で感じることができ、VR体験をよりリアルなものにできる。
短期間のプロジェクトを成功に導くために
―開発で何か苦労したことはありましたか?
花島さん
「2017年の11月に太陽企画さんから問い合わせがあった時点で、展示会は4ヶ月後。実質開発と技術検証に使える期間は3ヶ月という超短納期でした。ビジュアルが完成したのが2月だったので、それまではダミーのビジュアルで対応しなければならず、正直結構焦りましたね。(笑)」
―しかし、完成形が見えない中でも「SXSW2018」での発表は決まっていたわけですよね。限られた納期の中でベストなものを生み出すために考慮したことはありますか?
花島さん
「そうですね。開発はダズルのエンジニアが実装やビルドを行い、それを太陽企画の担当者さんがチェックして修正指示をうちに戻す……このやり取りを数十回と繰り返して理想型に近づけていったわけですが、まずこちらから担当者さんに提出するときは必ず、アクションや音の出方が異なるアイデアを最低3案は提出していました。」
―短納期の中でそれは余計に手間になってしまいますよね。それでも複数のアイデアを提案したのはなぜだったのでしょうか?
花島さん
「私の経験上、短い期間で開発をするときほど複数のアイデアを出した方がスピーディーに進むと思っています。ある程度いろいろな可能性を最初から提示することで、着実に方向性が絞られていきます。逆にひとつしかアイデアを出さないと「これでどうですか?」「ちょっとちがいます。」「じゃあこれは?」「ちょっとちがいます。」と、方向性が決まらず、平行線のまま。相手もモノ作りのプロなので、意思疎通をしっかり行うことによって短期間で良いものができたと思います。」
―なるほど、モノ作りに長い間携わっている花島さんだからこその視点ですね。そんな過程の中で、開発のゴールはどこに置いたのでしょうか?
花島さん
「そもそもこのコンテンツは定量的な目標を設定できるものではなく、『どこまで体験した人に楽しんでもらえるか。感動を与えられるか』という、エモーショナルな部分に訴えかけるものです。ですから、ダズルや太陽企画さんの社内でも、できるだけ多くの人に実装途中のコンテンツを体験してもらい、たくさんの意見を聞きました。その中で、手の長さや背の高さといった身体的特徴にも着目し、どんな人が体験しても問題なくLeap Motionが反応するように設定を調整したり、触った時にどんな反応が起こったら面白いのかをヒアリングしながら、動作やオブジェクトを洗練させていったりと、誰が体験しても“気持ちいい”と思えるポイントを探っていきました。」
―このプロジェクトはクライアントワークでしたが、花島さんがダズルのマネージャーとして意識したことはありましたか?
花島さん
「そうですね、あくまで依頼されてものを作るという大原則を忘れてはいけませんが、依頼者がすべて正解を持っている訳ではありません。正解を決めていただくうえでのアシストをできるよう、常にいろいろなアイデアを用意し、次の一手をどう進めるかイメージを持つことが重要だと思います。受け身の姿勢でただの“作業者”になるのではなく、同じ土俵でお互いを尊重し合うことができれば、今回のように素晴らしいものが生まれると思います。」
ブレないコアコンセプトを固めてモノ作りをすることで、ビジネスモデルが見えてくる。作り続けることで切り開くVRの未来
―実際に展示会で発表してみて、お客さんの反応はいかがだったでしょうか?
花島さん
「とても好評だったと聞いています。あらゆる国の方が訪れて、おもいおもいに楽しんでもらえたようです。展示会では、弊社のVRプロダクト分析・運用サポートサービス『AccessiVR(アクセシブル)』を『さわれる音』に導入し、取得したユーザーの体験データをレポートにしました。レポートによると、人種ごとにどのオブジェクトをたくさん触ったのかが異なっていたようで、その辺りも興味深かったです。別の視点ですが、VRコンテンツで今回のように利用者をさまざまなカテゴリで分けて、動作のレポートを取ることで、新しい発見が得られ、今後のコンテンツ開発に活かせるのではないかという可能性も感じることができました。」
―それでは最後に、花島さんが考えるVR事業の可能性についてお聞かせください。
花島さん
「今回『さわれる音』の開発を通して、空間に音があることで一気にリアリティ感が増すという実感が持てました。見えるもの、聞こえるもの、匂うもの、触れるもの……五感に訴えかける手法に磨きをかけていくことで、現実との境目がさらになくなり、VR表現の可能性は無限に広がっていくと思います。また、最近は『コンセプト』『ゴール』を重視し、ビジネスモデルを決めてからモノを作るという考え方が一般的になっています。しかし私は、ブレないコアコンセプトを固めてモノを作る、そしてフィットするビジネスに仕上げていくという思考で、失敗を恐れずモノ作りを推し進めていきたいです。」
花島さんのお話から、クライアントワークをマネージメントするうえでの立ち回り方や、開発を統括する立場からみた、エンジニアリングの楽しさを知ることができました。
「ブレないコアコンセプトを固めてモノ作りをすることで、ビジネスモデルが見えてくる。」
モノ作りを主眼で考えたとき、テック業界のこれからを担っていくのは、花島さんのようなクリエイター達なのかもしれません。
株式会社ダズル
VRプロダクトの分析・運用サポートサービス「AccessiVR(アクセシブル)」