自動車の分野で耳にするキーワードのひとつが「CASE」。これは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(サービスまたはシェアリング)、Electric(電気)の頭文字をとったもので、最近の自動車業界の変革の方向性を示しています。
自動運転に必要な技術としてイメージできるもののひとつにAIがありますが、AIが走行時の状況を判断するには高精細な地図データが必要になります。また、自動車にさまざまなセンサーを取り付けて、リアルタイムに状況を把握する技術も必要です。車載センサーにはカメラやLiDAR(ライダー)が使われることが多いですが、タイヤからもさまざまな情報を取得できることをご存知でしょうか?
今回は、地図企業のゼンリンと、タイヤメーカーの横浜ゴム、カーナビなどの電子機器メーカーであるアルプスアルパインの3社が展開する「IoTタイヤによるタイヤ・路面検知システムの実証実験」の取り組みを取材。急速な変革が訪れている自動車業界において、求められるサービスやエンジニア像を探ります。
タイヤ内のセンサーからデータを取得し、クラウドで管理する
100年に一度の変革期にある自動車業界で、さまざまなデータ活用が検討されている
――ゼンリン、横浜ゴム、アルプスアルパインの3社プロジェクトは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
事業統括本部 オートモーティブ事業本部 車載ソリューション営業一部 営業二課 課長
自動車メーカーやカーナビメーカー向けに地図データを提供するオートモーティブ事業本部に所属。自動運転向けの“機械が読む地図”や“情報を可視化して分析する地図”の提案も行っている。
大竹さん:ゼンリンの大竹です。自動車業界は現在、CASE社会やMaaS(Mobility as a Service)の実現に向け、100年に一度の変革期と呼ばれる時代の中にいて、EV自動車や水素自動車など新しい技術開発が進んでいます。ゼンリンはそのような安全・安心な車両運行を実現するために地図データを提供していて、そこから何か新しい価値を生み出せないかと社内で模索しています。
事業統括本部 オートモーティブ事業本部 車載ソリューション営業一部 営業二課
大竹氏と同じオートモーティブ事業本部所属。IoTタイヤプロジェクトのメイン担当として、地図データの活用の課題に取り組んでいる。
峯崎さん:ゼンリンの峯崎です。当社が地図データを使った新しい自動車業界の周辺ビジネスの模索をしていたところ、横浜ゴムさんが公開されたIoTタイヤのニュースリリースを拝見し、我々から相談させていただいたところから始まっています。2019年ごろから、IoTタイヤを通して収集したデータと地図の組み合わせで付加価値を見出すという課題に、横浜ゴムさんとアルプスアルパインさんと共に取り組んでいます。
――IoTタイヤというのはどのようなものなのでしょうか? 樋口さん(横浜ゴム)、お教えください。
研究開発部
IoTタイヤの技術開発とIoTタイヤを使った新しいビジネスの模索を行う研究開発部に所属。タイヤ技術開発だけでなく、データを活用したシステムのサービス開発も行っている。
樋口さん:横浜ゴムの樋口です。IoTタイヤの話題が出るようになったのはCASEやMaaSの影響です。CASEのE(電気)を除くC・A・Sには全てタイヤの情報の見える化が必要になると考えています。例えば、シェアリングサービスなどで車が個人所有でなくなるとタイヤの管理が今よりも煩雑になることが予想されます。更に自動運転になるとドライバーが不在になるので、状況の変化に気づくのが遅くなったり気づけなかったりすることも考えられます。
また、MaaSでは、さまざまな業種の方々と協業して、タイヤの情報を共有することによる新しいサービスや商品を提供しようとしています。ですから、タイヤの状態がわかるデータが必要になります。昨今の自動車業界は情報の可視化が必須となっている一方、タイヤはさほど注目はされていませんでした。しかしながら今後のモビリティ社会に向けては、情報を取得できるセンサーを搭載したIoTタイヤが注目されています。
弊社では2021年2月に「SensorTire Technology Vision」を発表しています。空気圧のセンサーに加えて、タイヤの摩耗や路面の状態や、更にはタイヤの故障などの情報を取得できるよう段階的にアップデートしていこうと技術開発を進めています。
IoTタイヤによって空気圧だけでなく、摩耗、路面状態のデータを取得・活用していく
――今回の3社の取り組みのゴールをお教えください。
消費財製品企画部
乗用車用タイヤの商品企画を担当する消費財製品企画部に所属。IoTタイヤも乗用車向けカテゴリのため、それを使った商品を企画している。
白井さん:横浜ゴムの白井です。実は現在のところ、明確なゴールというのは見出せていません。なぜなら、CASEやMaaSにおいては、多くの企業はミッションステートメントを模索している段階だからです。今は状況の変化がとても早いのでそれについていけるように、いろいろな企業と連携して技術開発を行う、新しいサービスやシステムを検討する、そういった引き出しをたくさん準備している段階です。その一環として、「異業種とのコラボレーションで新しいビジネスモデルが生まれてくるのではないか」と、期待を含めて手を組んでいるところです。
――各社の役割や目的はどうなっていますか?
樋口さん:横浜ゴムでは、IoTタイヤから得られる情報の開発、及びタイヤの品質を含めたセンサー搭載に関する研究開発を担当します。タイヤに取り付けられたセンサー、及び取得したデータを送信する車両搭載用の端末、またクラウドにデータを保管・分配するといったシステムの領域をアルプスアルパインさんが担当しています。
峯崎さん:ゼンリンではIoTタイヤを使う実験用の車両の手配をしています。主に一般公道からどのような情報が取れるのかを車両を稼働させ情報収集しています。今後は、そこで収集できた情報と地図データを組み合わせてどのようなサービスが実現できるか横浜ゴムさんと協議をしていく予定です。例えば、収集した情報を地図情報にのせ、道路管理が簡単にできるような活用やナビゲーションとの連携など様々な方面からサービスを検討していきたいと考えています。将来的にIoTタイヤが路面情報を検知できれば、地図情報を組み合わせて道路管理、予知保全のようなものができるようになると考えています。
樋口さん:タイヤの情報が見えるようになることで、タイヤの管理がしやすくなると、できることが広がります。例えば、カーシェアの事業者さんと協働してタイヤメンテナンスの煩雑さを簡略化したり、故障を検知したタイミングで車が完全に停止する前にドライバーに危険を知らせてサービスステーションへの誘導をしたりすることで、より安全性を高めることができるのではないかと考えています。
白井さん:タイヤの摩耗や路面状況はドライバーが感じるものですので、自動運転になってしまうと感じられなくなります。人間の代わりにタイヤ自身がそれらを感知するようになると、自動運転の安全性が高くなると思います。また、さらに感知した路面情報を地図情報と合わせることで、安全に走れるルートを選択できるようになると思います。
タイヤをセンサーにして路面の検知をしようとしても、走っているタイヤ自身はその先の道がどうなっているかを事前に知ることはできません。だからこそ、地図など第三者のデータと連携することが重要なのです。
――自動運転には、高精細な地図データが必要と聞きます。ゼンリンさんとしては、IoTタイヤによる情報も高精細地図に活かしていく考えですか?
大竹さん:自動運転では、現地の最新情報を地図に反映して、地図利用者へいかに素早く最新の地図をお届けするかは非常に重要です。道路環境は刻一刻と変化を遂げるため、通行できない道路を自動運転させない様に、最新の地図情報の提供が求められています。それら高鮮度・高精度な地図データを実現するためには、AIや画像解析等を活用した新たな情報収集・地図データ化の仕組みが不可欠です。
この課題を解決するために、Mobility Technologies社と協力して、タクシーやトラックのドライブレコーダーから得られた情報をもとに、効率良く地図更新をしていく実証も行っています。その取り組み以外にも、今後はIoTタイヤで各種情報が得られるようになった際は、その情報を活用し高精度地図への付加価値向上も検討したいと考えています。
高精細地図の効率的な更新に向け、ドライブレコーダーのデータ活用を検討
――横浜ゴムさんとしては、IoTタイヤの取り組みがこれからのモビリティ社会にどんな影響を与えていくと考えていらっしゃいますか?
樋口さん:CASE、MaaS時代では、タイヤも多くの情報を発信していくと考えています。先ほどCASE のEは除くと言いましたが、EV(電気自動車)にも影響を及ぼすでしょう。EVではバッテリー重量が重くなってきて、タイヤにかかる負荷が大きくなります。また、エンジンがなくなるので車内が静かになるため、タイヤへの静粛性のニーズが高まることも予測されます。車両の用途によって求められるタイヤの性能バランスが変わってくると考えているため、自動車メーカーさんを含め業界の動向にも注目しています。
路面からの情報は絶対にタイヤを介しますので、タイヤは自動車の性能に大きく寄与します。自動車に搭載されるセンサーも日を追うごとに充実してきていますが、例えばカメラでは夜間や雨天では反射光の影響を受ける可能性があります。こういった自動車側のセンシングで検知しきれないような領域で、路面に唯一コンタクトしているタイヤの情報でアシストしていければと考えています。
機能追加されたタイヤがモビリティ社会に欠かせない存在となる
多様なデータを活用するサービスでは、異なる業態同士のコラボレーションが必須に
――モビリティ分野では、データ連携などで今後ますます他社との協業が増えていくと思います。複数の企業同士がコラボレーションするにあたっての注意点や、うまく協業して進めるためのアドバイスをお聞かせください。
峯崎さん:自動車業界は大きな変換期にあり、法規制も含めて状況がめまぐるしく変わっています。見通しが見えない中でどのような需要が生まれ、その需要に応えていくのかは、自社だけでは不十分な場合がありますので、事業者連携は非常に重要だと考えています。
事業者間連携では、市場のニーズに合った取り組みを展開していくことはもちろん重要ですが、お互いの立場を考えながらバランスよく進めていくことが重要です。ユーザーの価値創造と事業者間同士の立場を理解することで、円滑な連携が進み、ユーザーのニーズにも応えられると考えています。今回のIoTタイヤのプロジェクトは、非常にやりやすく意見も出しやすい環境が構築できていると思います。
大竹さん:最近では、横浜ゴムさんを含めいろいろな会社さんとお話しさせていただく機会が本当に増えました。個人的な意見も含まれるかもしれませんが、我々が考える地図の使い方と、お客さまが価値を感じる地図の使い方にはギャップがあるケースも多いです。ですから、他社とコミュニケーションをして連携していくことが重要だと思っています。実際、横浜ゴムさんと協業してタイヤの可能性を知り、新たな発見がありました。
樋口さん:新しい価値の創造は、タイヤだけではやっていけないと感じています。特にMaaSは多様な業種・業態事業者さんと連携しなければ成り立ちません。産・学・官に関わらず、事業者間の連携をすることで、我々だけでは知り得なかった動向を見ることもできます。例えばモビリティ分野のサービスについては、目まぐるしく変わるセキュリティ要件に対応することが1つの勝負どころであるとわかってきたということは、異業種との連携による情報の一つと言えます。
協業を進めるにあたって、何をもってWin-Winになるかの検討が非常に難しいです。手探りでやっていますので「果たしてこれでビジネスになるのか?」という不安もあります。そんななかでも、いろいろな引き出しを作ってお互いメリットがある方法を見つけるために常に対話をするのが重要です。これまでは協業といっても発注側・受注側といったヒエラルキーの印象がありましたが、この変革期には完全にフラットになっていると感じますね。
白井さん:今回協業する3社はお互いに違う業態であるのが非常にいいと思っています。似たような業種で組んでしまうと、どちらかに有利な話になります。私たちは地図やセンサーを作れないですし、ゼンリンさんとアルプスアルパインさんもタイヤは作れないでしょう。それぞれができない領域の相手と組んでいますので、相乗効果を生む話し合いができます。このように、1業種1社に絞ってアイデアを出し合うのが重要だと思っています。
各社の得意分野を活かし、CASE社会における安全・安心なサービス実現を目指す
業界動向に詳しく、変化に柔軟で根気強いエンジニアが求められている
――このように協業が必須となった状況で、エンジニアにはどのような活躍が求められているのでしょうか?
大竹さん: IoTやCASE、MaaSでのサービスを実現するには技術力が欠かせません。私たちは営業担当者として、技術者の知見は不可欠だと考えています。営業担当だけでは、どうしても浅い話になって議論が進まないこともあります。我々営業担当は、お客さまの意見やニーズを捉えて情報共有しますので、エンジニアの皆さんには、技術面での情報共有を期待しています。技術力に加えて、コミュニケーション力も必要になってくるのではないでしょうか。技術だけでなく、業界の動向に詳しい人もいらっしゃると、プロジェクトをスムーズに進めやすいです。
峯崎さん:そうですね。技術周りのことに加えて、業界動向の把握、営業を行ううえでどのような会話、金銭のやり取りが発生しているのか、営業の業務内容もご理解いただきたいです。一方で、私自身が営業担当として技術を理解していないとお客さまのニーズを引き出せないので、引き続き自身でも技術習得をするべく、努力はしていきたいです。
白井さん:私はエンジニアとして横浜ゴムに入り、10年ぐらいして商品企画をするようになりました。エンジニアをしているうちにだんだん企画に興味が出てきたのです。今や、理系の大学を出たからエンジニアで、文系の大学を出たから営業という区切りではない時代ですね。
いくらいい技術があっても、使う人の視点で考えて作らないと売れません。より広い視点で取り組んだほうがいいと思います。異業種の方とコミュニケーションすると、それぞれ視点も違って、流通ルートや販売ルートなども変わりますので、よりよいアイデアが出てくるのではないでしょうか。
樋口さん:状況の変化の速さに追随できるという柔軟性が重要だと思います。私自身にも言えますが、エンジニアの多くは、掲げたゴールや課題解決のためにPDCAを繰り返していくことが非常に得意です。一方で、状況が変わったためにゴールを変えようとすると、たちまち迷子になる傾向がある人は少なくありません。
今はゴールがない時代です。変化に対して一喜一憂していたら疲れてしまいますので、柔軟性に富んだ意思を持てることが活躍の鍵になります。とはいえ、現状にも経緯や背景があるので、既存の考え方をリスペクトしながら新しい考えを融合させようとする姿勢は非常に大切です。そのための人間性も重要になります。
研究開発の過程ではたくさん失敗します。基本的に失敗しかないです。失敗を繰り返してやっと成功する条件が見えてきます。ですから、当初の仮説と違う結果が出ても落ち込まないで、それを新しい発見と思えるポジティブな感性があれば、エンジニアとして成長しやすいでしょう。柔軟性に加えて、失敗を失敗と思わない図太さというか、芯の強さが重要なのです。
――CASE、MaaS分野で各社がどのように貢献していくのか、そしてエンジニアの皆さんにはこの分野にどのようなチャンスがあるかをお聞かせください。
峯崎さん:位置情報を使った全てのサービスに、まずは我々の地図を使っていただけること、地図に関することは全てゼンリンに相談いただけるようになることが目標です。さまざまな事業者さんが使用できるような新しい地図情報を整備していくと共に、CASEやMaaSの社会で付加価値の提供ができるようになりたいと考えています。新しい情報を整備し、ご提供するにも、外部環境の変化や市況のニーズを把握できるようなエンジニアさんたちと働くことができたら嬉しく感じますし、そのような方は会社から重宝されると思います。
樋口さん:今までのタイヤは、車の一部品で非常に重要な部品ではあるけども、基本的に情報の可視化がされていませんでした。単体としての性能を満足させることにより、安全安心を提供すると考えられていました。これからはタイヤにセンサーがついて、さまざまな情報がクラウドに上がって、例えばMaaS事業者や保険会社、法人車両の管理サービス、販売店に情報が提供されるようになります。
特にMaaSの分野には多様な事業者がいるので、各自が多種多様な情報を持っています。それらの情報が有機的につながることで、我々エンジニアたちもつながりやすくなるでしょう。
横浜ゴムが掲げる技術開発ビジョン “SensorTire Technology Vision”のイメージ
すると、今までのエンジニアリングとは異なるやり方を拡大できると思います。タイヤが担う役割もどんどん広がってきますので、新たなサービス業態に関わる可能性があります。新しい挑戦ができるということは、エンジニア自身にも変わることが求められます。多様な知識に加え、さまざまな情報を吸収する力を持ったエンジニアに期待したいです。
――CASE、MaaS分野のサービス市場は、自動車の車両販売の市場と比較して、何十倍にもなると予想されています。地図とタイヤはそのなかでも重要な鍵を握ることがわかりました。楽しい未来を想像できるお話をありがとうございました。