CMを作る人工知能、ついに誕生!マッキャンエリクソン「AI-CD β」が創造するクリエイティブの未来形

2016年4月1日。外資系広告会社、株式会社マッキャンエリクソンを含む株式会社マッキャン・ワールドグループ ホールディングスの合同入社式には、普段とは違う光景が広がっていました。希望に目を輝かせる11人の新入社員の傍らに、静かに佇む黒い”機体”の新入社員。その名前はAI-CD β「(エーアイ・シーディー ベータ)」。クリエイティブディレクターとして入社した人工知能です。

クリエイティブディレクターの役割は、商材や広告クライアントの訴求内容に応じて、CMや広告など、クリエイティブ制作のコンセプトをディレクションすること。つまり、「コンピューターが最も苦手な分野」と言われてきた創造の領域に、人工知能は踏みこもうとしているのです。

コンピューターが、人間のように「創造力」を身につける。それによって、どんな未来が実現できるのか。AI-CD β創造のプランニング、ディレクションを担当した、同社のプランナーである折茂 彰弘(上写真中央)さん、松坂 俊(上写真右)さん、アートディレクターの岩崎 菜都美(上写真左)さんに、お話を伺ってきました。

まだ誰もやっていないからこそ、挑戦する価値がある。世界初のクリエイティブディレクションAI

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―「人工知能がCMのコンセプトを考える」というのは、非常に斬新なアイディアですよね。いったいどういったきっかけで、AI-CD βを開発するに至ったのでしょうか?

松坂:きっかけとなったのは、2015年9月に発足した、マッキャン・ワールドグループの「McCANN MILLENNIALS(マッキャン・ミレニアルズ)」というプロジェクトです。これは「ミレニアル世代」(1980~2000年頃に生まれた若者)のメンバーによって構成されており、私も参加しています。

日本では、この世代は「ゆとり世代」と呼ばれることが多いですが、どちらかと言えばネガティブに受けとられることが多い印象です。けれど、英語圏では「デジタルネイティブでITに強く、社会を変革していく世代である」というポジティブな捉えられ方をしているんです。そういった背景があって、弊社内で「ミレニアル世代一同で、何かひとつのものを作り上げてみたら面白いんじゃないか」という声が上がり、同プロジェクトが立ち上がりました。

―なるほど、納得です。ちなみに、プロジェクト内で「人工知能のクリエイティブディレクター」を作ることになったのは、何か理由があったのでしょうか?

松坂:当時、McCANN MILLENNIALSの中に、クリエイティブディレクターのメンバーだけがいなかったんです。誰に担当してもらおうかと考えていたときに、「どうせなら、自分たちで作ってしまえばいいじゃないか」という意見が挙がってきまして。

―へえー!すごいアイディアです。

松坂:一見すると突飛なアイディアですよね(笑)。けれど、広告制作のクリエイティブディレクションの領域において、未だ人工知能は進出してきていませんでした。ならば、自分たちが実績を作れば、きっとそのパイオニアになれると考え、開発に着手したんです。

CMって、なんだろう?根源的なテーマに立ち返る

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▲AI-CD βの姿がこちら。コアと呼ばれる天球部は「多くのタグが収納されている象徴」と折茂さんは言う。ついつい“彼”と呼びたくなるが、あくまで性別はなく、現代的なダイバーシティを表現している。

―そもそも、AI-CD βはどんな仕組みを用いて、「CMの制作コンセプトを決める」という機能を実現させているのでしょう?

折茂:AI-CD βには、「ACC CM FESTIVAL(エーシーシー シーエム フェスティバル)」と呼ばれる、CMの優秀作品を選抜するコンテストの受賞作品、過去10年分のデータが入力されています。そのデータと広告クライアントの訴求内容を突き合わせ、解析することによって、「きっとこういったCMを作ったら面白いものになる」という情報をアウトプットしてくれるんです。

―CMのデータを入力…。具体的には、どのような方法で行ったのでしょう。動画データのままでは、コンピューターにその内容を理解させることはできないですよね?

折茂:はい、そうなんです。それを実現するためにはまず、CMのデータをコンピューターが理解しやすいフォーマットに変換してあげる必要がありました。Excelの表のように、複数の列(項目)を持ち、1件のCMのデータが1つの行で表現されるような形式です。

このフォーマットを実現するため、まず初めに考える必要があったのが「CMって、そもそもどんな要素から構成されているのだろう」ということ。それを分析するために、自分たちで過去の受賞作を片っ端から観て、「だいたいこういう要素があれば、CMの特徴を定義できるのではないか」と精査していったんです。

―普段なにげなく扱っていたものを、根本から研究し直したわけですね。

折茂:そう。この作業は本当に実りが多かったですね。もともとは、コンピューターにCMの内容を理解させる目的から始めましたが、これをやることで「そもそもCMとはなんぞや」ということを、自分たちが理解することができたんです。その結果、「コミュニケーションコンセプト」「UX(ユーザーエクスペリエンス)」「モチーフ」などの約20種類の項目があれば、CMのコンセプトを定義できることが分かってきました。

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▲AI-CD βの入力画面。チームが開発した、約20種類にタグに基づき、クライアントのニーズを入力する。

―研究に研究を重ねて、確固たる答えにたどり着いた。では、自信を持って、「項目数はこの約20種類がベストである」と、断言できるわけですね!

松坂:いえ、それはまだ分かりません(笑)。

―えっ!なぜでしょうか?

松坂:もちろん、正解に近いところまでは来ていると思います。けれど、これから研究を重ねていく中で、その価値観が変化する可能性もきっとあると考えているんです。人工知能の名前に「β(ベータ)」が入っているのはそれが理由で、私たちの「進化し続けたい」「挑戦し続けたい」という想いが、そこに込められています。

―ここまでお話を聞いていると、必ずしもロボットの形をしている必要はないですよね。プログラムとして存在していればいいのでは、という疑問も感じます。

松坂:機能として考えれば、物質として存在している必要はありません。ただ、クリエイティブは、たくさんの対面の打ち合わせを経て生み出されます。その過程が醍醐味といってもいい。ですから、実際に打ち合わせに出席できる、つまり実態を持った存在であることにはこだわりました。

折茂:“広告業界あるある”ではありませんが、優れたクリエイティブディレクターは、威厳をもってそこに存在していて、チームにメモ書きで指示を出す、というシチュエーションがあるんです。AI-CD βもアームに筆を持たせて、作り出したコンセプトを文字にして指示が出せるんですよ。あと、処世術として手を振って挨拶する、名刺交換はできるようにしています(笑)。

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人工知能が放つ、クリエイティブの領域における「定石外の一手」

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▲入力された情報をもとに、このような形でAI-CD βはクリエイティブのコンセプトをアプトプットする。そのイマジネーションには「ハッとさせられることがある」と折茂さん。

―クリエイティブの領域に人工知能が進出することで、今後どのようなイノベーションが起こっていくのでしょうか?

折茂:きっと、これまで人間が考えつかなかったような「無邪気な」アイディアを生み出してくれるのではないかと、期待しています。

―無邪気。とても人間臭い言葉に思えるのですが、どういうことでしょう?

折茂:例を挙げると、先日、Googleの開発した囲碁の人工知能「AlphaGo」がトッププロを破りましたよね?その対局者の一人であるイ・セドルさんのインタビューがすごく象徴的で、「人間は自分たちが作り出した定石の中で物事を考えているけれど、人工知能はそれにとらわれず、新しいものを切り開いてくれた。囲碁の世界を拡張してくれたんだ」という旨の話をされていたんです。

人間がなにかのアイディアを考えるときって、必ず先入観やバイアスがかかってしまいます。「これを言ったら馬鹿にされるんじゃないか」とか「普通、この案ってありえないよな」とか。けれど、人工知能にはそれがありません。まるで無邪気な子供のように、思いもよらなかったような視点で、クリエイティブディレクションの新しい定石を作り出してくれる可能性がある。そのアイディアには大きな価値があると思うんです。

人間と人工知能。両者は、どのように共存していくべきか

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―すでに人工知能は価値あるアイディアを生み出している、と。では、「人間のクリエイティブな仕事が、人工知能に取って代わられる」という未来は、起こり得るのでしょうか?

折茂:いえ、きっとそれはまだ難しいですね。人間の強みと人工知能の強みって、異なると思うんです。さきほど話したように、人工知能はバイアスのかからない思考をすることができますが、人間の持つ「感情」を理解することは、まだまだできません。

松坂:CMは、最終的には「人の心を打つ」ことが必要です。そのためには、やはり感情を持った人間が、最終的な判断を下す必要があると思うんです。

けれど、人工知能が導き出してくれる思いもよらないアイディアによって、確かに人間の思考は拡張されました。一定のロジックに基づいて出力されるデータは信頼性がありますし、それが人間の助けになってくれるのは、間違いありません。

「人間の代替」ではなく「人間そのものの可能性を広げる」存在を作る。それが、人工知能を作ることの意義なのではないでしょうか。

―人工知能の進出によって、もの作りを行う人々の仕事はどのように変わっていくと思いますか。

折茂:ヒトと人工知能では“強み”が違うというのは実感しています。僕たちヒトは事例を学んでも、良くも悪くも忘れてしまう。さらに言えば勉強したものがバイアスになってしまうこともあります。しかし、人工知能はそれがない。状況に左右されず、フラットな判断をします。こうしたヒトと人工知能の違いが合わさることで、面白いモノが生まれていくのではないでしょうか。

松坂:CMがクリエイティブである以上、ヒトの心を打たなければなりません。しかし現状では、人工知能に、「なぜ泣くのか、なぜ笑うのか」という感情の動きを学習させるのはとても難しいことです。ですから、CMを複数のタグを使ってリバースエンジニアリングする、つまりCMを見たときに想起される感情を解析する、という作業は、我々ヒトが担うべきものです。こうした分担があって、次なるクリエイティブが生まれていくのではないでしょうか。

人工知能が、人間の可能性を拡張していく

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原始時代、人間は道具を使い始めたことで、その活動領域を大幅に拡張させました。同じように、人工知能によって、人間の「思考」そのものを拡張させていく。そんな未来がすぐそこに待っていることを、折茂さんと松坂さんの言葉は予感させてくれます。

人間と人工知能が手を取り合うことで、どんな斬新なアイディアが生まれていくのか。これからもその動向から、目が離せません。

取材協力:
株式会社マッキャン・ワールドグループ ホールディングス
株式会社マッキャンエリクソン

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