何もないはずのテーブルに浮かぶ物体。
近づいてみてよく見ると、それは宙に浮かぶ立体映像。
指で触れると、ドアが開いたり、照明やテレビが動き出したり、魔法のような現象が起こる。
未来を感じさせる表現として、SF映画やアニメでよく登場するこのようなシーン。
鏡の性質を使った「空中映像」によって、このシーンがすでに実現しているのをご存知でしょうか?
魔法のような技術「空中映像」を実現したのが、株式会社パリティ・イノベーションズの「パリティミラー®」。
どのような技術によって、空中映像を実現したのでしょうか?
「パリティミラー®」が広まることで、私たちの社会にどのような影響を与えるのでしょうか?
パリティミラー®の開発者であり(株)パリティ・イノベーションズの代表、前川聡さんに詳しくお伺いしました。
※代表取締役 前川聡博士 プロフィール
・京都大学大学院工学研究科電気工学専攻博士後期課程修了(ディープラーニング)
・(国)情報通信研究機構主任研究員(生体信号処理、身体性認知、本事業の核になる技術を職務発明)
・株式会社パリティ・イノベーションズ 代表取締役(現職)
光の集合体(実像)を空中に生み出す鏡
まずは、パリティミラーの構造と「空中映像」を生み出す技術についてご紹介。
きれいな空中映像を作るのに必要なのは、物体の姿を鏡映像として映し出す、鏡の性質。
さらに凹面鏡や凸レンズなどの※結像光学素子の性質をもたせることで、物体の像を空中に浮かべることができます。
※凸レンズ、平面鏡、フレネルレンズなど、物体の実像を結像することができる光学素子
これまでにも、ハーフミラー、透明スクリーンなどを使い、空中映像に近い技術はあったものの、それらは映像を空中に浮かんでいるように見せる技術。
像の場所もしくは像の前に鏡やスクリーンがあり、実際に浮かんでいるわけではありませんでした。
これらの技術とパリティミラー®が違うのは、光の集合体による「実像」であるということ。
ここには一般的な鏡(平面鏡)で作られる「虚像」と実際に光が集まってできる「実像」の違いがあります。
「平面鏡、つまり普通の鏡でみえる映像は「虚像」と呼ばれているものです。これは、光が実際に像の場所に集まってできたものではなく、物体から発せられた光が反射して、単に鏡の奥にあるように見える状態です。それに対して「実像」は、光が実際に集まっており、その場所にスクリーンを置くと映る像です。パリティミラー®は、反射した光を平面内では必ず同じ場所に返す2面コーナーリフレクターという光学素子を使って、たった1枚の板を使うだけで鏡映像である虚像を実像化することに世界ではじめて成功したプロダクトです」。
凸レンズを使うことで実像を作る方法は昔からありましたが、虫眼鏡のように距離によって拡大縮小するため、凸レンズでは像に大きな歪みが生まれてしまいます。
対して、パリティミラー®に表れる像は歪みのない実物そのもの。
これを可能にしたのが、2面コーナーリフレクターアレイ(2枚の鏡が直角に組み合わさったものが多数並んでいるもの)という結像光学素子。
パリティミラー®は、膨大な2面コーナーリフレクターによって構成されていて、このミラーに物体の光を反射させることで、空中に像を映し出しています。
▲パリティミラーの内部。箱の中に物を置き、この上からパリティミラーをかぶせるシンプルな構造 。こちらにはデジタル時計が設置されている。
パリティミラー®を使った空中映像の表示装置の構造は、2面コーナーリフレクターアレイが埋め込まれた板と物体を置くための箱のみ。
箱の中に物体を入れ、パリティミラー®をかぶせると、物体の光が2面コーナーリフレクターで反射し、面対称の位置、つまり物体の真上で光が結像するように設計されています。
ナノ加工技術と数十万個の光学素子
開発において難しかったのは、膨大な数の2面コーナーリフレクターを、手鏡程度のスペースに埋め込む点だったと前川さん。
「解像度の高い像を作るには、光線の数を多くする必要があります。そのため、ひとつのパリティミラー®に、最先端のナノ加工技術を用いて、極めて高い精度で造られた数十万個の2面コーナーリフレクターを埋め込みました」。
▲パリティミラー®。手のひらほどのサイズ。
よくよく見ると、表面は少しだけザラッとしているのが確認できます。
これらは極小の2面コーナーリフレクターで、物体から発せられた光を一つひとつのミラーが反射。
数十万個の光線によって、解像度の高い空中映像を作り出しています。
このような実像による空中映像の開発によって「空中にある映像に触れて操作する」ことが可能になったと前川さん。
(株)パリティ・イノベーションズでは、パリティミラー®と位置センサー・液晶ディスプレイを組み合わせたプロダクト「フローティングタッチディスプレイ」を開発。
空中映像を表示するのみならず、その映像を操作することができるプロダクトの開発にも成功しています。
▲フローティングタッチディスプレイ。指で触ると、浮かび上がった映像がクルクルと回転する。
「専用のアプリを利用して、位置センサーで指の場所を検出すれば、空中映像を触って普通のタッチパネルの様に、さまざまな操作が行えます。空中映像を使っているので、映像には触っているのですが、指には何も接触することがないというのが特徴です」。
現在、他の研究機関や企業と連携しながら、さらなる改良に取り組んでいると前川さん。 フローティングタッチディスプレイの他、パソコンやテレビ、照明など、さまざまなスイッチをすべて空中映像にしてしまう「Air switch(エアスイッチ)」も開発。
まだまだ課題が残されているというものの、パリティミラーによる空中映像が私たちの家庭で当たり前に見られる日が、刻一刻と近づいています。
SFの世界が現実に!家庭・街・文化を変えるプロダクト
すでに製品サンプルが完成しており、展示会や企業の研究用として製品化が進んでいるパリティミラー。
しかし、世の中に売り出すには、まだ「量産化」という課題が残されていると前川さん。
「加工に求められる精度があまりにも高く、量産化に手間取っているのが現状です。開発当初はひとつ作るのに数百万円という費用がかかってしまっていました。今でもサンプルの販売価格は48,000円で、コンシューマー向けの製品としては高すぎる価格です。生産効率をもっと上げて、量産化とコスト削減を進めている状態ですね」。
販売価格の目標は、1台5,000円。空中映像の製品化に向けて、前川さんの研究・開発はまだまだ続きます。
また、今後はパリティミラーの大型化を進め、企業や施設で利用できるプロダクトにしていきたいとのこと。
「デジタルサイネージ(あらゆる場所でディスプレイを使って情報を発信するシステム)であったり、テーマパークのアトラクションであったり、空中映像によって広告やエンターテイメントの表現を拡げることができると考えています。生産の効率化・製品の量産化と同時に、パリティミラーの大型にも取り組み、家庭や街の至るところで使われるプロダクトにしていきたいと考えています」。
空中映像はAR(拡張現実)との親和性も高いはずと前川さん。
コンピューターで作った疑似世界に画像や動画に重ね、ディスプレイの中で楽しむARですが、空中映像で疑似世界を演出すれば、現実世界でより臨場感のあるARを楽しむことができるようになるとのこと。
パリティミラー®は、家庭、街、企業、エンターテイメントなどなど、私たちの身の回りの風景をガラリと変えてしまうポテンシャルを持った製品です。
今後、パリティミラー®はどのように進化していくのか?
株式会社パリティ・イノベーションズ、前川さんの研究・開発から目が離せません。