世の中でリモートワークが導入され始めて、はや半年が経ちました。
毎朝の通勤がなくなり、会議や打ち合わせはオンラインミーティングになり、仕事の仕方が大きく変わりました。自宅で仕事をすることが当たり前になったことで、便利な反面、不便なこともしばしば……。
都内でエンジニアとして活躍するAさんも、リモートワークが中心になり、日々試行錯誤しながら仕事環境を模索しているところだそう。そんなAさんは、オンラインミーティング中に遭遇したある出来事をきっかけに、画期的なアイデアを思いつく。人生をも変える事になった、そのアイデアの全貌に迫っていきます。
Aさん
都内の製造関連企業にてエンジニアとして従事している。プロトタイピングスクール「ProtoOutStudio」にて、ものづくりのイロハを学び、卒業後もIoT周りのプロトタイプを作って自分や人のために楽になるモノを作っている。
○出会いの朝。せっかくのチャンスが水に流れていく……
「むにゃむにゃ……そんな、みんなで言い寄られたら選べないよぅ……」
ピピピピ
ピピピピ
「僕だって大切にしたい人がいるんですから……むにゃむにゃ……」
ピピピピ
ピピピピ
「んー?」
ガバッ
あ! やばい!! 寝坊だ!
(目覚めると、時刻は8:50。)
今日は、9:00から取引先とのオンラインミーティングがあったんだ。
朝イチで提案資料を復習しようと思っていたのに……。
だめだ、もう顔を洗う時間すらない。とにかく着替えないと……。
・
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ふーっ、なんとか間に合った。
僕のオンラインミーティングの服装は、上半身はカッチリ・下半身で崩す、ミックススタイル。適度なラフさがあると、画面越しでもゆとりのあるオトコを演出できるのさ。
時間通りにオンラインミーティングが始まった。
ーーー高橋「Aさん、はじめまして。今回から担当になりました高橋です」
!?
や、ヤバイ……。めっちゃ好みだ……。
担当者が変わるなんて聞いてないぞ……、クソッ、分かっていれば早起きしてヘアセットも完璧にしたのに。
ここはイイところを見せなくては。
Aさん:「高橋さん、こちらこそ、よろしくお願いします! 御社のことは長く担当していますので、わからないことがあればなんでも聞いてください。」
ーーー高橋:「実は、急な異動で前任者のからあまり引継ぎがされていなくて……。Aさんにたくさん頼っちゃうと思います。」
Aさん:「任せてください! わからないことがあれば、何でも聞いてくださいね」
Aさん:「早速ですが、今日は新しい提案があるんです。この提案は、今の御社に必ずや必要になるはずです!」
この提案は彼女と僕を繋ぐ架け橋にもなるんだ。
ブオオオオ
あれ? なんか寒いな。
汗が冷えて、急に身体が寒くなってきたぞ。
ーーー高橋:「あの……Aさん、なんだか顔色が悪くないですか? 大丈夫ですか?」
Aさん:「大丈夫です!! それよりも提案…」
ブオオオオ
ギュルルルルゥ
うう、さらにお腹まで痛くなってきた! 腹痛と寒気が止まらない。
エアコンの温度を上げるか……と思ったら、こんなときに限ってエアコンのリモコンが近くにない!
探したいけれど、立ち上がるとだらしないのが見えてしまう!
ーーー高橋「どんどん顔色が悪くなっていますよ。ちょっと心配です……。ミーティングはこのぐらいにして、また提案は後日にしましょうか?」
た、助かった! でも、せっかく出会ったのだから、もう少し距離を縮めておきたい!こんなチャンスは滅多にないし。あぁでも無理だ……僕にそんな勇気はない。
Aさん:「高橋さん、すみません。ちょっと調子が悪くて。お言葉に甘えて次回提案させていただきますね。次回こそは、絶対に……。」
………
………
………
(ジャーーーー)
ふう。あやうく漏らして人権を失うところだった。
我慢していたものが開放される瞬間ってなんて気持ちいいんだ!
でも、リモコンはどこいったんだろう? 最近は寝るときも冷房をつけっぱなしだったからなあ……。
あ、ベッドの奥にあったか…。
男は仕草一つで人生が変わる
はぁ……さっきの失態がどうしても忘れられない。
恋愛では初手が大切なのに、かっこ悪いところを見せてしまった。それに、提案もできなかった。
オンラインミーティングの時って、下手な動きができないんだよなぁ。
特にこんな格好していると……。なんとかならないかなぁ。
……そうだ! いいこと思いついた!
そもそも、電化製品を操作するときに、リモコンが手元にないといけないのがネックだ。
スマートスピーカーに命令すればいろんな操作をしてくれるように、僕の命令一つで電化製品が操れる仕組みをつくってやるぞ。
女性は男性のかっこいい仕草に弱い。
壁ドンや顎クイのようにさりげない仕草は人の心を奪う。
そこで、僕が思いついたのが「指パッチン」。
指パッチンでエアコンを操作できる仕組みを作るぞ!
仕組みはこの流れでいけるはず。
①Googleが提供しているAI(人口知能)の機械学習ツール『Teachable Machine』に指パッチンの音を機械学習で覚え込ませる
↓
②クラウド上にある学習データのJavaScriptを独自サイトに読み込んで音を検知したらクラウドデータベースの『Firebase』の値を書き換える。
↓
③クラウドデータベースの『Firebase』の値が変わったことを検知してリモコンがエアコンを自動的に操作する。
こうすることで、指パッチンの音に反応してリモコンが操作され、エアコンの電源がオンオフできる。そして、この仕組みがあれば、リモコンで操作するあらゆる電化製品を操ることができるのさ。
さらに、自宅に改造されたこのリモコンが置いてあれば、僕が外出先で『Teachable Machine』が入ったPCの前で指パッチンをしたら自宅にあるリモコンが反応し、電化製品を動かすことだってできるはず。これで、オンラインミーティング中にさりげなくリモコン操作ができるし、女性のハートも射止めることができる!
“壊す”ことは、新たなはじまり。
まずは、今回の仕組みのキモになるリモコンづくりから。
リモコンを分解して改造していくぞ。
背面カバーを外して、中身の基盤も外して。
この透明な部分が赤外線の送信ユニット。
ボタンの指示が全てこの赤外線に繋がるようになっていて、ここからエアコンに指示が送られる。
リモコンの基板、ゴムシート、リモコンのケースに分解できた。この基板は複雑なようで実は簡単な作りなんだ。
分解ができたところで、次はリモコンの改造だ。
使う材料は、半田ごて、ドライバー、『USB接続 赤外線リモコンキット』、コントロールボードの『obniz Board 1Y』。
改造は繊細さと大胆さが大切。恋の駆け引きのように
『USB接続 赤外線リモコンキット』は、リモコンからのPC操作や、PCからの家電操作をできるようにする多機能電子工作キット。
今回は指パッチンからPCを経由してエアコンの操作をするから、こいつがぴったり。組み立てマニュアルを見ながら半田付けしていこう。
細かい部品が多いが、マニュアルがあるから初心者でも安心。組み立てていくこの時間は、無心になれる「禅」のような特別な時間だ……。
この部品の取り扱いは要注意! これは流れる電気の量を制限したり調整したりする役割をもつのだが、色によって電気の抵抗値が変わるから、違いを見分けて取り付けていくことがポイントだ。配置を間違えるだけで動作しなくなるけど、それもまた一興。そのハラハラ、ドキドキ感がたまらないぜ。
よし、これを取り付ければ、一先ず『USB接続 赤外線リモコンキット』は完成!
次に使うのがこの『obniz Board 1Y』。JavaScriptで制御できるIoT用のコントロールボード。こいつを使えばクラウドデータベースと連携できるんだ。
『obniz Board 1Y』とさっき作った『USB接続 赤外線リモコンキット』を取り付けていく。途中まで作ったが、こいつ(緑の基盤)の方がコンパクトだから、今回はこっちを使おう。(どちらも同じ役割をする赤外線モジュール)
そして、このマイコンをリモコンのケースに入れて、合体させる。このままだと入らないので中のプラスチックは焼き切っていくか……。
最近は3Dプリンタでケースを作れるみたいだけれど、手作業でコツコツやっていく方が僕は好きだな。
半田ごてで少しづつ、溶かして削っていく。
世の中の新しいものは、既存のものを壊していくことで生まれていくんだ。
ようやく収まるぐらい切れた!
多少ボロボロだけど名誉の負傷ってなもんだろう。
よし! リモコンの改造が終わった!
まだまだ細部の作りは荒いけれど、プロトタイプとしては上出来じゃないか! 左に飛び出た部品が新しい指令を送る赤外線ユニット。元々の形を生かしつつ、見た目の変化を最小限に抑えてみた。一見普通だけれどよく見たら違う、デキるヤツは中身で語るのさ。
リモコンができたら、Teachable Machineに僕の指パッチンの音を左右で覚え込ませる。
(実際に、Aさんは1ヶ月間指パッチンを練習したそう)
Teachable MachineはGoogleが提供している機械学習のWebアプリケーションで、Webカメラを使ってAI学習データを簡単に作成できる。音も学習できるから、僕の指パッチンの音を聞かせることで、操作のトリガーにしてもらおう。
次は『Teachable Machine』とクラウドデータベースの『Firebase』を連携させる。指パッチンの音が鳴ったら、リモコンが動作するようにプログラミングをしてみた。
専用ブラウザで『Firebase』からの指示がリモコンに飛んだ。
左右の音の違いも認識するようになっているし完璧!
あぁ、長かった。
分解して、削って、組み立てて、指パッチンして、プログラミングして……いろんな苦労があった。
でも、この苦労があったからこそ、きっと彼女に思いが届くはず!
よし、完成だ!!
赤外線が、彼女と僕を繋ぐ赤い糸になる。
〜数日後、高橋さんとのオンラインミーティングの朝〜
よし! 今日は寝坊せずに間に合ったぞ。着替える時間はあったけれど、やっぱりいつものスタイルで決まりだな。前のオンラインミーティングは寝室でやったけれど、今日はリビングで気合入れてやるぞ!
Aさん:「あ、高橋さん、前回はすみません! ご迷惑をかけました。」
ーーー高橋:「Aさん、前回はつらそうでしたけど、今日の体調はいかがですか?」
Aさん:「今日はバッチリですよ! この前と見た目は同じかもしれないけれど、今日の僕は一味違いますよ。」
気遣ってくれる高橋さん、優しいなぁ。今日こそはかっこいいところを見せたい!
ブオオオオ
今日も効きまくる冷房。このままでは前回の二の舞になってしまう。
ーーー高橋:「だいぶ涼しくなってきたようですが、Aさん薄着で大丈夫ですか?」
Aさん:「ふふ、心配無用。なんたって僕は新しい技を習得したから……。」
パチン!
指パッチンの音を僕のPCが拾い、クラウドを経由して指示がリモコンへ……
ピピ! ぷしゅううう
成功だ〜! 指パッチンだけでエアコンをOFFにできた!
ーーー高橋:「えー! 今のなんですか?」
Aさん:「ふふふ、魔法じゃないですよ。まぁ、僕の後ろについたTVに注目してください。」
パチン!パチン!(2回指パッチンをする)
プツッ
応用すれば、テレビのON・OFFだってこの通り。指パッチンでいろんな電子機器を操れるようになった。
ーーー高橋:「あれ、後ろのテレビが消えた! どうやったんですか??」
Aさん:「僕の指一つでこの世界の電化製品は思い通りなんですよ!」
ーーー高橋:「すごーい!!! Aさん、そんなことができるんですね! それよりも早く提案を……。」
提案か、今日は内容を変更して僕自身の提案。
俺の指パッチンにかかれば、高橋さんの気持ちだって……。
パチン!
ーーー高橋:「きゃ〜! Aさんかっこいい〜〜!何か気持ちがドキドキしてきたかも……」
Aさん:「ふふふ、僕の実力はまだまだこんなもんじゃないですから。この指で世界を変えていくところを隣で見てみませんか?」
〜END〜
※この改造品は家庭用電化製品の操作はできますが、人の心は操作できません。
製作者Aさんの言葉
今回の改造品は、リモートワークをしていた時に、僕の実体験を元に思いついたものです。
この発明を通して、多くのことを学びました。
『Teachable Machine』は初めて触ってみましたが、思ってた以上に簡単で、いろんなことに活かせそうだと感じました。また、指パッチンの音を記憶させることを通じて、音の機械学習の精度を見極めるコツを掴みました。
そして、なによりの収穫は、指パッチンが上手になったこと。指パッチン一つで、いろいろなものが操作できることがわかったので、他にも動かせるものを見つけていきたいですね。
IoT技術を使えば、こんな風に今まで「ちょっとめんどくさいな」と思っていたことを楽チンにできます。今回紹介した改造計画は初心者でも始めやすいものだし、アイデアさえあれば誰でもどんどん形にしていけるはず。在宅時間が増えた昨今だからこそ、IoTで身近なモノをもっと便利にしてみてはいかがでしょう?
撮影:橋本千尋
取材+文:石島英里