「ツイート」と呼ばれる140文字以内の短文を投稿する。
今や誰もが知るSNSとなったTwitter。そのサービスを運営しているのは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くTwitter, Inc.です。同社の広告配信を担う部署で、ある日本人エンジニアが活躍していることを、あなたはご存知でしょうか?
今回ご登場いただくのは、川本健太郎さん。日本でスタートアップ企業、そして外資系企業でのキャリアを経験した後、ある出来事をきっかけにTwitter社へ入社。膨大な規模のシステムを持つ同社でエンジニアリングを行う醍醐味、そして日本人が英語圏で働くことの意義をどのように捉えているのでしょうか。
遠く離れたアメリカにお住いの川本さんに、ビデオ通話でお話を伺いました。
Twitterの入社インタビューで評価されたのは、答えを導き出そうとする“姿勢”だった
―最初にお伺いしたいのですが、川本さんがTwitterに入社されたきっかけは何だったのでしょうか?
川本:元々、私は日本に住んでいたのですが、Twitter本社のあるサンフランシスコ近辺のエリアで働きたいとずっと考えていました。ソフトウェアエンジニアにとって、このエリアはとてもチャンスが多い場所ですから。
そう思っていたところ、日本に5~6人くらいのリーダーやマネジメント層の方々がやってきて、入社を希望する人にインタビューをするイベントがあったのです。そのころはまだ、Twitterに入社する意思はそれほど強くはありませんでしたが、良い機会だと思って参加しました。
―その気持ちが「入社したい!」に変わったのは、どうしてですか?
川本:私をインタビューしてくれた1人の存在が大きく影響しています。その方は、私が現在所属している「企業からのオーダーを受けて、ユーザーへの広告配信を行う部署」の責任者でした。
当時はようやく広告配信の部署が立ち上がったばかりで、すごく伸びていて勢いがあること。これから具体的にどのような施策をやっていこうと考えているかなどを話してくれました。それを聞いてすごくチャレンジングだなと思って、興味が沸いて。結果的にそれがきっかけとなって入社を決めました。
―川本さんのどのような点が評価されて、入社に結びついたと思いますか?
川本:入社試験として、とても難易度の高い問題をいくつか出されたのですが、それをどんな方法で解決すべきか、インタビュアーと議論を重ねられたのが評価されたと思います。
私たちが普段やっているエンジニアリングの業務って、常にわかりやすい解答が用意されているわけではありません。時には、問題が何なのかすら不明なこともありますし、問題が何なのか判明しても、解き方は何パターンもあることが多いです。
仲間と議論を重ねながら、その課題を解決することがエンジニアには必要です。その、答えに近づこうとする“姿勢”を評価していただけたのではないでしょうか。
OSのバグ、大量リクエストの制御。大規模サービスだからこそ遭遇する課題を、仲間とともに解決する醍醐味
▲Twitter本社内のカフェテリアの様子。社員同士が交流を深め、リラックスできる憩いの場となっている。
―川本さんが担当している広告配信のシステムで、技術的な難易度が高いのはどういった部分ですか?
川本:私が担当している広告配信のシステムは、Twitterの中でも非常に大きいシステムです。だからこそ、リクエスト数やデータ量が膨大なので、小さいサービスを運営しているとまず遭遇しないようなアクシデントが発生します。
―例えば、どのようなことですか?
川本:去年起こったものとしては、OSにバグがあり、ネットワークからデータを入出力する際に、データが破損してしまう事象がありました。普通、壊れたデータはアプリケーションに入ってくる前に、OSの制御によって捨てられたり、修復されたりします。けれど、それが動作しておらず、壊れたまま入ってきていたのです。
その原因は、大量にあるハードウェアの一部が壊れたことだったのですが、その不具合は“超”大規模のシステムを運用していなければまず発生しません。でも、Twitterくらいの規模になると、それが起こってしまう。その原因を特定して解決するのは、エンジニアの技量が求められる大変な作業です。
―それだけの規模のシステムを運用しているからこそのトラブルなのですね。
川本:また、別の例としては、“リクエストの適切な振り分け”の難易度の高さが挙げられます。リクエストには“処理の負荷が高いもの”と“負荷が低いもの”があり、それらがちょうどいいバランスでミックスして入ってくるといいのですが、負荷の高いリクエストばかりが来るとCPUが足りなくなってしまいます。
それを解決するためにエンジニア数名で議論をし、統計的、数学的な観点から「適正な配分にするにはどうしたらいいか」という答えを導き出しているのです。
―まさに、エンジニアの技量が試される課題ですね。
川本:そう思います。けれど、こうした課題に取り組めるのは、Twitterの中でも特に規模の大きなシステムに関われているからこそで、とても光栄に思います。
停電をチャンスに変えた。広告配信チームが生み出した“オレオの奇跡”
―逆に、面白さを感じるのはどういったところですか?
川本:広告配信のシステムでは、ユーザーの状況によって表示される広告が変わります。また、企業が配信する内容やターゲットを変更することもよくあるので、広告の内容がどんどん変化していきます。その両方の変化をリアルタイムで反映させていくのが、非常に面白い部分ですね。
―その“リアルタイム性”を象徴するようなエピソードってありますか?
川本:“スーパーボウル”というプロアメリカンフットボールの優勝決定戦をご存知ですか?テレビをはじめとした様々なメディアでその様子が放送され、試合の合間に広告がたくさん流れるのですが、2013年に開催されたゲーム中に停電があったんです。その時に広告を出していただいていたのが、オレオ(ナビスコが製造するクッキーのブランド)でした。
停電になったことを受けて、その広告を即座に変更しました。「停電?大丈夫さ」というツイートとともに、スポットライトの当たったオレオが写っている画像に差し替えたのです。「暗闇でもダンクする(オレオをミルクに浸す)ことはできる」というキャプション付きの。その広告ツイートは大きな話題となり、たくさんの人からリツイートされました。
Power out? No problem. pic.twitter.com/dnQ7pOgC
— Oreo Cookie (@Oreo) 2013年2月4日
▲これがそのオレオの広告ツイート。停電で試合が中断してイライラしている中、その状況を和らげてくれるようなジョークを言ってくれたこの投稿に人々は拍手喝采し、賛美のコメントを書きこんだ。リツイート数は、なんと1万5,000近くにも上った。
―自分たちの仕事が、それほどの成果を上げたというのは、感慨深いものがあるでしょうね。
川本:はい。異常事態の中でも、それに合わせて適切に対応できたこと。そしてそれが反響を呼んだことは、本当にやりがいを感じましたね。
大切なのは英語スキルではなく、“伝えたい”という想い。海外で働くことを恐れる必要はない
▲「天空の城ラピュタ」がテレビ放送される度に話題になる「バルス」ツイートは、Twitter社内でも非常に有名だそう。社内には同作品のポスターが貼られているのみならず、なんと社員向けのメーリングリストで放送予定日の情報が共有されているという。
―日本にいるエンジニアの中には、「海外の企業で働いてみたいけれど、語学のハードルが高いから無理ではないか」と考えている方が多いと思います。川本さんは実際に海外で働いてみて、語学の重要性をどのくらい感じていらっしゃいますか?
川本:私はTwitterに入社する前、日本に住んでいた頃も外資系の企業に勤めていました。その会社の社内公用語が英語だったので、入社時点で平均的な日本人よりは英語スキルが上だったと思います。でも、海外に勤めてわかったのは、本当に重要なのは英語の会話スキルではなく、“英語的なコミュニケーション”だということです。
―“英語的なコミュニケーション”というフレーズ、初めて聞きました。それはどういうことですか?
川本:日本人はシャイな方が多いので、インタビューをしていてもあまり喋りません。でも英語的な感覚では、喋らないということは「何も考えていない」とみなされます。
だから、下手でも、文法的にぐちゃぐちゃでもいいから、とにかく喋るのが英語圏では重要です。そうすると聞き手も「これはこういうことが言いたいのかな」とか「こういう意味なのかな」と確認してくれるようになり、コミュニケーションが成立していきます。
―実は、英語が苦手なことをそれほど恐れる必要はないのですね。
川本:はい。高レベルな英語スキルが必須ということはありません。英語が苦手でも、苦手なりに言葉に出せるのであれば大丈夫。コミュニケーションを取ろうとする意志があることが大事です。それに、エンジニアならば技術力があればカバーできます。
私の日本の知りあいのエンジニアと、こっちのエンジニアのレベルを見ると、実はスキルの差はあまり感じません。日本人のほうが勉強熱心なくらいかもしれない。でも、そのコミュニケーションの部分で損をしているような気がします。
「意思を伝えたい」という気持ちを持って話せば、たとえ英語が完璧じゃなくても、それは相手に届いてくれると思います。
広告も、会話も、その本質は“伝えること”
「自らのエンジニアリングを通じて、ユーザーや広告主の企業、そして一緒に働くエンジニアに何かを伝えられるのが嬉しい」と語ってくれた川本さん。彼の担う広告配信事業も、英語圏エンジニアとの会話も、その本質は“伝えること”にこそあるようです。
全ての人は、その行動や言葉によって周囲の人を、そして世界を変えられる可能性を秘めています。それはまるで、たったひとつのオレオの広告ツイートが世界中の人々の心を打ったのと同じように。