地元静岡で描く人と車の未来 「車載HMI」開発に携わる地方在住エンジニアの挑戦

自動車と人をつなぐ技術「車載HMI(ヒューマンマシンインターフェース)」。人間の操作と車の挙動を結びつけるための装置や技術で、自動運転の導入・AI技術の活用などが進むにつれて、ますます重要になることが予測されています。そんな車載HMIの開発に携わるITエンジニアはどのような仕事をしているのでしょうか。

本記事では、地元静岡の企業で車載HMIの開発に携わる伊藤さんにお話を伺いました。「学生時代は東京で働きたいと思ったこともある」という伊藤さん。彼が地元で働くことを選んだ理由や静岡の魅力についても聞きました。

伊藤さん(仮名)
伊藤さん(仮名) ITエンジニア 34歳
高校卒業後、慣れ親しんだ地元静岡で自動車関連の仕事に就きたいと考え、地元採用が多い専門学校に入学。卒業後は希望通り静岡で車載HMIのソフトウェア開発を担当するITエンジニアとして働いている。

 

人と車をつなぐ「車載HMI」の開発の仕事

――エンジニアになろうと思ったきっかけを教えてください。

子どもの頃から車が大好きで、車に関係する仕事に就きたいと思っていました。自動車整備士の仕事に興味を持ったものの、パソコンを使った仕事にも引かれ、高校卒業後はITの知識を学ぶために地元の専門学校に進学。就職活動のときには地元で、かつ自動車に関わる仕事がしたくて今の会社を選びました。

――車載HMIのソフトウェア開発は、具体的にどんなことをするんですか?

HMI(ヒューマンマシンインターフェース)とは、人間と機械の間に入り、情報をやり取りする際に伝達を担う部分です。人の五感と機械をつなぐもので、例えばPCのキーボード、マウスなども当てはまります。自動車だとハンドルやペダル、ブレーキ、ナビゲーション、メーターなどを車載HMIと呼びます。

私の仕事は人が自動車を安全に、かつ操作しやすいようにプログラミングすることです。「ハンドルをどれぐらい動かせば車がこれくらい曲がる」「ペダルの踏み具合に対してブレーキがどれくらい効くか」など、メーカーや車種によって要求が異なるので、製品ごとにソフトウェアを開発しています。また実機をメーカーから預り、プログラミングが正常に動作するかのテストもすることもあります。

――人と車をつなげる役目をしているんですね。

最近は自動運転の潮流により、年々要求される機能が複雑化かつ高度化してきました。テストも複雑になり、工数が増えています。自動運転にもレベルが5段階あって、今はレベル1の運転支援が主流ですが、今後は自動運転のレベルが上がるにつれてさらに要求が高度化するでしょう。車載HMIの制御でも自動運転に対応できるように要求されています。今後の技術動向を注視しながら、自動運転の実現・レベル向上に貢献できるよう努めています。

【出典:国土交通省「自動運転の実現に向けた国土交通省の取り組み 参考資料」】

 

――自動運転の普及に伴って技術が高度になっているんですね。

自動車はIoT*化も進んでいて、GPS信号や燃費、部品の劣化や操作ミスなどの情報をサーバーで収集・分析することで渋滞緩和や部品の交換アラートを出すなどといった取り組みがされています。自動運転にも貢献できるのでどんどん普及しており、車載HMI機器も多くがネットワークに繋がれています。

便利になる一方、セキュリティ対策も複雑・高度化しました。サイバー攻撃を受けて自動車がハックされると操作不能になって事故につながる恐れもあるので、今後販売される車載HMIのセキュリティ規定も厳しくなるんです。その対策も必要とされています。現在は社内だけでなくメーカーとも議論を進めてセキュリティ向上に努めています。

*IoT:Internet of Thingsの略。あらゆるモノをインターネットに繋いで情報を収集・分析して相互制御をする。

――エンジニアの仕事の魅力や、特におもしろさを感じる場面はいつですか。

最新の技術を間近で感じられることですね。自動車は開発サイクルが早いので、新しい技術がどんどん製品に搭載されていく様を見られるのが興味深いです。

例えば、2003年に衝突回避の軽減装置が実車に初めて搭載されました。当時は画期的な技術が実機搭載されたなと感じていましたが、2022年以降に販売する新車では、その装置がオプションではなく必須要件となりました。

安全や環境に対応する新技術は搭載されてから一般化するまでサイクルが早く、私が働き始めてから自動車開発の常識がどんどん変わるのを興味深く感じるとともに、感動もします。自分が社会のために役に立っていると実感できるのが、エンジニアの仕事の醍醐味だと思いますね。

他にもプログラムを書いて思い通りに動いた時はうれしいです。不具合が出ると大変なんですが、普段やらない手順でテストをして原因を探り、それを修正して要求通りに動作した時の喜びはひとしおです。ITエンジニアはこの瞬間のために仕事をしている人も多いと思います。不具合がなくなって半年ほどすれば実車販売となるケースが多く、自分が担当した製品が実車に搭載されて販売された時は、ホッとしつつも達成感を感じます。

 

着実にキャリアアップしていける環境と働き方

――13年間エンジニアとして活躍される中で、キャリアはどう変化してきましたか。

就職してからしばらくは、指示を受けてプログラムを書き、テストする業務が中心でしたが、最近はプロジェクトマネージャーを任されるようになりました。いちエンジニアとしてだけではなく、プロジェクトマネージャーとして取引先と打ち合わせをするなど責任のある立場になって大変ですが、やりがいも感じています。

近年、ワーク・ライフ・バランスの一環で会社の研修制度も充実してきたので積極的に参加するようにしています。今後は研修制度をうまく利用してスキルアップしながら自分にできることを増やして、新しい技術の開発・普及に関わっていきたいですね。

 

――「働き方」について、入社してから変化はありましたか。

一番大きな変化は、新型コロナが流行して社内でテレワークが急速に導入されたことです。
私の仕事はプログラムがメイン。コンピューターがあれば会社でも自宅でも仕事ができるのでテレワークの導入は比較的スムーズでした。

実機でテストをする必要があるので完全にフルリモートで働くのは難しいですが、自宅で働く日は通勤しなくていいので自分の時間が増えました。平日に溜まりがちな家事をこなしながら働けるので助かっています。

――「エンジニアとして働く」ということについて心境に変化はありましたか。

「働き方改革」のおかげでプライベートの時間が増えましたが、仕事量は変わらないので限られた時間でどう捌くか、どうすれば働きやすい環境を作れるかなどを考えるようになりました。期日内に仕事を終わらせるために、自分だけじゃなくチームとして働きやすい空気感を作る、対話をしてお互いの連携を深めるなど会社全体のことを考えるようになりましたね。

また、最近はITエンジニア職で文系学部出身の人も採用するようになったんです。いろんなバックグラウンドの人と働くようになって、これまでより多様な視点で議論できるようになり、新たな気づきも増えました。自動車は多くの人が利用する製品なので、この気づきを製品にフィードバックできればいいなと考えています。

 

地元静岡の魅力を発信し、働く仲間を増やしたい

――伊藤さんはもともと地元で働きたいと考えていたんですよね。そう思ったきっかけを教えてください。

学生時代には東京で働きたいと思ったこともあります。ただ、都会で知り合いがいない中で1人でやっていくことに不安を感じていました。静岡にも企業はたくさんありますし、自分の希望する職があるなら慣れ親しんだ場所で自分らしく生きたいと思って地元で就職を決めました。

何より静岡が好きなので、今は地元で働くことに満足しています。静岡は東京にも名古屋にも近く、地理的にも丁度いいので休日に都会に遊びに行けるのも気に入っています。

――地元ならではの働きやすさを感じることはありますか。

地元だと家族や友人が近くにいるので、慣れない環境で働き始めるときに支え合えるのが良いと思います。例えば、学校卒業後すぐに一人暮らしをしながら仕事を覚えるのは大変なので、最初は実家に住みながら働くことに慣れてきたら一人暮らしを始める、という選択ができます。働き始めは覚えることも多いので、最初は自分に合ったペースで働けるのが地元で働くメリットの一つかなと思います。

また、電車通勤の際に満員電車に詰め込まれる、ということがないのも地方都市のいいところだと思います。

地方都市には、都心にはないその土地ならではの魅力がたくさんあります。静岡は海も山もあって自然が豊か。美味しいものもたくさんあります。サッカーが盛んで街全体でチームを応援する雰囲気も好きなので、地元で働けて良かったと感じています。

 

――逆に地元で働く上で課題だと感じることはありますか。

例えば期間限定でもいいのでフルリモートができれば、ワーケーションとして旅をしながら仕事ができるので、テレワークの制度がもっと柔軟になればうれしいですね。ずっと地元にいて「たまには都心に住みたい」「他の都市で暮らしてみたい」と思う人もいるはずです。その場合、ワーケーションができるようになればいろんな場所で「暮らしながら旅をする」ことができるので良いメリハリがつくんじゃないかなと思います。

友達で「都心の学校に進学して改めて静岡の良さを知った」という人も多いので、ワーケーションができれば気分転換にもなるし、地元の良さを改めて実感できると思います。実現できればいいなと期待しています。

またエンジニア人材を必要とする工場は地方都市にあることが多く、地域にもよりますが、地元の方が希望する仕事を選べることがあります。ただ、公共交通機関が充実していないので、工場へのアクセスが不便だと通勤しにくく躊躇してしまうなど、地方ならでは課題も。例えば企業がシャトルバスを出すなどの対策があれば助かりますね。最近はカーシェアリングが普及しているので、会社から補助が出れば利用しやすくなると思います。

ゆくゆくは自動運転のレベルが上がって無人タクシーなどが使えるようになれば「地元で働く楽しさ」ができるんじゃないかと期待しています。エンジニアは最新技術を体験するのが好きですから、「地方では通勤で自動運転の無人タクシーに乗れる」となれば魅力的ではないでしょうか。

――今後、地方エンジニアとして挑戦したいことがあれば教えてください。

静岡は自動車のサプライヤー企業が多いので、エンジニアとして働く人はたくさんいます。文系出身の人もエンジニアとして活躍しているので、これからも静岡で働く人が増えて地元の産業が盛り上がればいいなと期待しています。

同業の人と技術交流する機会があれば、静岡の産業はもっと盛り上がると思うので、そういうイベントがあれば参加したいですね。

また静岡は広く自分もまだまだ知らない魅力があるので、静岡のいいところをもっと知って発信していきたいです。そして「静岡で働きたい」と思う人が1人でも増えたらうれしいですね。

 

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