ネットワークケーブルのごちゃごちゃ、どう直す? “配線の達人”にこだわりを聞いた

インフラ設備が増えれば増えるほど複雑になっていくのが、ネットワークケーブルです。サーバーの裏、ルーターの周り、デスクの陰……皆さんの職場にも、おびただしい数のケーブルが這ってはいないでしょうか。

そんなケーブルたちを、きれいにまとめあげる“配線の達人”がいます。それが、診療所やクリニックのネットワーク構築や配線工事を請け負う、株式会社テックデザインの代表取締役・河野哲治さん。芸術的に作り込まれたケーブル配線を定期的にSNSに投稿しており、注目を集めているのです。

河野さんは、どのような工程やこだわりのもと、ネットワークを構築しているのでしょうか。保守運用のコツや、きれいなケーブル配線がもたらす副産物、クリニックならではの課題などについて、話を聞きました。


河野哲治(こうの・てつはる)さん
株式会社テックデザイン代表取締役として、診療所やクリニック専門のLAN配線、ネットワーク構築・保守管理サービスを展開。 医療情報技師、RTXルーター検定 for VPN 認定者、JPCA医院開業コンサルタントの資格を持つ。モットーは「いつでも気軽に相談できる、困った時に頼りになるサービス」。

クリニックのネットワーク環境が複雑になってしまう理由

——河野さんのTwitterでお見かけした画像、インパクトがすごかったです。ケーブルがぐちゃぐちゃの状態から、見違えるようにスッキリと再構築されていて……。

河野さん:去年の夏頃の写真ですよね。既に開業済みのクリニックで、他の業者さんが施工した施設でした。「無線アクセスポイントが故障したのでなんとかしてほしい」とご連絡をいただいて、行ってみたらあの状態だったんです。

▲こちらが配線工事前で……(提供:テックデザイン株式会社、以下同。掲載する写真は、すべてクリニックからの許可を得ています)

▲こちらが河野さんによる作業後の情報盤。一部、別の場所に移動した機器もあるものの、どちらも同じ部屋の写真です

河野さん:本来は施工した業者さんが対応するのですが、なかなか対応してもらえなかったみたいで。院長先生からは、Wi-Fiの復旧と併せて、ネットワークの再整理をしたいという要望をいただきました。「何かあったときに復旧できる気がしない」と仰ってましたね

——それはごもっともですね……。

河野さん:動いているとはいえ、ケーブルがこのような状態ではトラブルが起きたらすぐには解決できないですよね。医療の現場にとっては、大きな問題になりかねません。

……とはいえ、クリニックに聞いても、医療機器を納入されている業者さんに聞いても、このネットワークに何がどうつながっているのか、誰一人として分からなかったんですよ

——そうなんですか!?

河野さん:このクリニックに限らず、こういったことはよくあるんです。

大きな病院なら大抵はIT担当者がいるのですが、診療所やクリニックはそこまでの余裕がないことがほとんど。ネットワークに接続される機器を用意するのは医療機器メーカーですが、彼らは自社製品の導入とサポートが仕事であって、ネットワークそのものの管理はサポート外です。

こうした背景もあり、クリニックが新たに機器を導入するたびに、メーカーは「ひとまず自社製品が動くように」ネットワークに機器を追加することが少なくありません。それが積み重なっていくと、あの「ビフォー」のようになってしまうわけです。老舗のうなぎ屋の秘伝のタレのように、機器が「継ぎ足し継ぎ足し」されていくイメージですね

——継ぎ足した結果、増えていく一方というのが恐ろしいですね……。クリニックでは、具体的にどのような機器がネットワークにつながっているのでしょうか。

河野さん:院内ネットワークで中心的な存在になるのが、電子カルテです。電子カルテとは各種検査機器が連携しており、検査結果のデータを転送するようになっています。

例えば、昔はレントゲン写真を現像していましたけど、今はモニターでレントゲンの画像を確認しますよね。あれはレントゲンから電子カルテに画像データが送られているから。同じように、心電図などの各種検査機器も最近では大抵電子カルテにつながっています。

▲上記の写真を投稿した河野さんのツイートは、2万いいねを集めている

——診察に使うもの以外だと、どんな機器があるのでしょうか?

河野さん:医師や看護師が使うPCやFAX複合機、Wi-Fiのアクセスポイントはもちろん、警備システムやカード決済用の端末、クリニックならではのものだと、診察室のモニターで「あと○人」と表示するサイネージ用のPCなんかもありますね。最近はマイナンバー保険証に対応した顔認証付きカードリーダーを受付に置くことも増えてきました。

多種多様な機器がネットワークに接続され、その全体像を理解している人がいない。そして再構築するネットワークでは、すべての機器がこれまで同様に動作することが求められる。これがこの仕事の大変さだと思っています。

前任者が残した「謎の配線」を再構築して、無理や無駄をなくす

——「ビフォー」の状態からネットワークを再構築するとして、まずはどこから着手されるのでしょうか。

河野さん:最初に行うのは現状確認です。どこに何がつながっているのか、IPアドレスやネットワーク設定はどうなっているのか、クリップボード片手に手書きで絵を描いたり、メモしたりしていきます

▲河野さんによる手書きのネットワーク図(提供:テックデザイン)

河野さん:この時は先ほどの写真にあった情報盤だけでなく、診察室や受付など院内をすべて調べて現状を把握したうえで、改めて院内ネットワークを設計しています。

——絡まったケーブルを1本1本かきわけながら調べるわけですか。

河野さん:そうですね。さっきの「ビフォー」の写真だと、見えているだけで家庭用の8ポートスイッチが4台、16ポートが1台ありますね。そして、束になったケーブルの裏に機器が隠れている、なんてこともよくありますこの時はケーブルの裏にルーターが3台ありましたから

診療所やクリニックでは、家庭用の機器が使われていることも多いんです。しかし家庭用のものはやはり信頼性の面で不安がありますので、業務用の機器に交換することをおすすめしています。

——「前任者はなんでこんな配線にしたんだろう……」と悩むことはありませんか?

河野さん:意図がわからないことはありますね。長いケーブル1本でつなげばいいところを、わざわざ8ポートスイッチを挟んで中継していたり、100M(bps)までしか対応していないLANケーブルが使われていてボトルネックになっていたり(※)。

なので、基本的には前任者の意図はあまり考えません。あくまで現状の把握が最優先であり、調査結果とお客様のご要望を踏まえて無理や無駄がないように再設計するのが、技術者として腕の見せどころかなと思います。

※ LANケーブルにも規格があり、それぞれで通信速度が異なる。河野さんいわく、ネットワークを院長自ら管理しているクリニックでは「ルーターは最新機器なのに、ケーブルが旧規格なため通信速度が上がらない」なんてケースがしばし起きるのだとか

——その結果が「アフター」の写真ですね。中央の黒い大きなスイッチの姿が目を引きます。

▲改めてもう一度「アフター」の写真です。すっきりした……!

河野さん:このときは、機器構成を見直して、48ポートのスイッチ1つに極力集約するようにしました。最初の情報盤と同じ部屋に空の情報盤がもうひとつあったので、そこにネットワーク機器をまとめて設置しています。電源周りもUPS(無停電電源装置)から電源を取るように変更しました。

——建物によっては、思い通りに配置できないこともあるのでしょうか。

河野さん:壁のLANポートが使いにくい位置にあったり、本来欲しいところになかったり、制約を受けることはありますね。古いクリニックを事業継承された施設だと、そもそも壁の中に配管自体がないこともあります。

見た目と保護の都合上、ケーブル類は可能な限り壁の中を通す隠蔽配線にしたいので、どこからどういうルートでLANケーブルを取り回したらいいかも考えなくてはなりません。ひとつとして同じ現場はありませんので、その都度ベストな形になるように知恵を絞っています。

ケーブルをきれいにまとめると、新しい相談がやってくる!?

——現状を把握して、ネットワークを再設計して、いよいよ実際に配線をするわけですが、河野さんのTwitterに載せられた画像ではケーブルも美しくまとめられていますよね。

▲先ほどのクリニックとは別の現場もこの通り

河野さん:ありがとうございます。ケーブルの配線や余長を揃えたりする作業は現場に合わせて通信系配線のプロフェッショナルにお願いしているのですが、ネットワーク機器へのつなぎこみや整線は私がやっています。

——ケーブルをまとめる際のこだわりなどはありますか?

河野さん:この写真の場合、ケーブルをそのまままとめると自重で垂れてしまうので、ケーブルサポートバーを設置しています。ケーブルをバーに抱かせることで、まっすぐにまとまるようにしています。

ケーブルをひとつに束ねる時は、なるべくストレートに。外側を通るケーブルが中に潜ったり、メンテナンス時に絡んだりしないように意識しています。あとは、ケーブルの色にもすべて意味を持たせていますね。

▲よく見ると、ケーブルの下に黒いバーがあり、結束バンドによってまとめられているのがわかる

——確かに、水色や緑、赤など、場所によって色が違いますよね。

河野さん:例えば緑が電子カルテ関連、赤がインターネット、黄色が検査機器……といったように、色でケーブルの用途を分けています。この色分けはネットワーク資料とも対応しているので、何に使われているケーブルかが資料を見なくてもひと目で分かるようにしています。

また、ケーブルには1本1本すべてラベルをつけています。このラベルの文字もネットワーク資料と対応しているので、資料を見れば「このL25はリハビリ室の管理用PCにつながっているな」とわかります

▲ケーブルに付けるラベルは、テプラの「カットラベル・パンドウィット」。シールではなく、チューブ状に巻き付けるため、ケーブルがどの方向にねじれても、ラベルを回転させて文字を正面に持ってくることができるのが強み。「一度使ったら、便利すぎて普通のラベルには戻れなくなる」(河野さん)とのこと

——なるほど。「きれいにまとめることでメンテナンスがしやすくなる」のはわかりました。でも、河野さんのケーブルには何かそれ以上のものを感じます。美しさを追求しているというか……。

河野さん:おっしゃるとおり、意識してきれいに整線していますね。これは営業的な話になるのですが……見た目を美しくすることで、顧客満足度の向上にもつながるんですよ。

ネットワークの仕事は、どうしても見えない部分が多くを占めています。その良し悪しは、専門的な知識がないと判断が難しい。となると、お客様が仕事ぶりを判断できる分かりやすいポイントのひとつは、やはり「見た目」になるんですね

——確かに、せっかくネットワークを再構築したのに、ケーブルがごちゃごちゃしたままだったら、「あれ?」と思われそうですね。

河野さん:そうなんです。やはりきれいにまとまっていると、お客様の喜び方も変わるんですよ。あとは、業者さんのリアクションも違いますね。ネットワークを再構築した後は、医療機器の業者さんにも来ていただいて、動作確認をお願いします。情報盤やサーバーラックを見ると、そこで「おおっ」と驚かれる。

そうすると印象に残るので、あとになってその業社さんから「うちのお客さんで困っている人がいるんだけど」と、お声がけいただくこともあります。

——なるほど、営業にもつながると……! Twitterに写真を載せるのもアピールになりますしね。

▲河野さんにより、「配線作業中意図せずサンリオ感あふれる感じに」とツイートされた画像。言われてみればパステルカラーのピンクと水色に「それっぽさ」を感じるかも

河野さん:そうですね。弊社はネットワークの構築から施工後の管理までを私1人でやっている会社なので。もう少し人手があればよいのですが、なかなか営業活動まで手が回らないんですよね。

医療系のネットワーク構築は、お客様に飛び込みで営業できるような業種でもないですし、営業のきっかけを作るのは簡単ではありません。ですので、口コミで広がりやすいような仕掛けは意識していますね。おかげで、こうして取材にも来ていただけているので、弊社を知っていただくことにはある程度成功したかなと思います。

家庭でもできる、ケーブルをすっきりさせるコツは?

——他に作業をする上で、こだわりや意識されていることはありますか?

河野さん:今回取材のお話をいただいたように、配線の仕上がりが注目されがちなのですが、実は弊社が一番力を入れているのは資料です

▲河野さんによる、完成したネットワークの接続状況をまとめた資料(提供:テックデザイン)

河野さん:先ほどお話ししたように、クリニックの設備追加は、それぞれの業者さんによる水平分業で行われています。個々の機器やシステムに関する資料は作られるのですが、どうしても全体を俯瞰できる資料はできません。

そこで弊社としては、開業前はネットワーク工事の「現場監督」として、開業後は院内ネットワークの「管理者」として、院内ネットワーク全体の資料を作成しています。ひとつにまとめることで、どこに何が配線されているかひと目で分かりますし、業者さんにも喜ばれますね

——ネットワークを設計するとなると、セキュリティにも気を配らねばなりませんよね。クリニックで特に気をつけられていることはありますか?

河野さん:例えば、インターネットに接続できない医療系のネットワークと、インターネットにつながるネットワークは、相互に通信できないようにしています。電子カルテは検査機器と管理用PCとの通信はできるけど、外部には出ないようにするというように、通信の相手や種類を必要なところだけに限定するのは大事だと思います。他にはセキュリティ対策の一環として、スタッフ用の無線インターネット接続を、あえて用意することも多いですね。

——セキュリティのために、インターネット接続を用意する……? 普通に考えると、逆に遮断するほうがいい気がしますが。

河野さん:院内にWi-Fiが飛んでいると、昼休みにスタッフが私物のスマホをつなげてしまうことがよくあるんです。通信量を節約したいのだと思いますが、管理外の端末が院内のネットワークにつながるのはよくない。かといって、「つながないで」と言うだけでは防ぎきれません。

そこで、院内の業務用ネットワークとは通信できない隔離されたネットワークとして、あえて「スタッフ用インターネット接続」を用意します。最初から隔離した場所を用意して、「ここにつなげてくださいね」とお願いすれば、そちらを使ってくれますから。

——なるほど! 現場の使われ方に沿った運用ができるのも、クリニック専門で携わられているからこそですね。

河野さん:医療系のプレイヤーは資本力のある企業が多いので、中小企業はなかなか正面からビジネスはできません。すでに稼働しているネットワークの再構築は、ある程度のリスクを負う必要があるので、積極的に引き受けるところが少なく、ライバル不在に近い。「クリニック専門のネットワーク業」というニッチな部分に特化したからこそ、ビジネスができていると思っています。

——最後にお聞きしたいのですが……家庭でもできる、ケーブルをすっきりさせるコツはありますか?

河野さん:そうですね……。もう身も蓋もないんですが、Wi-Fiを使うのが一番いいと思いますよ(笑)

——ケーブルそのものをなくす……!

河野さん:やっぱり、物理的にないのが一番ですよ! 無線の電波は外部からの影響を受けやすいこともありクリニックでの使用は限定的ですが、自宅の場合は少しネットワークが止まっても大きなトラブりにはなりませんから。

無線アクセスポイントは置く場所にセオリーがあるので、そこだけ押さえていただければいいと思います。まず、金属と水とコンクリートは電波を通しにくいので、金属製の扉の裏などはNG。人体もほぼ水でできていますので、可能であれば人の頭より高いところに置くといいですね。

電波の届く範囲は、光で考えていただくとわかりやすいです。電波も光も電磁波の仲間なので、「ここに照明を置いたらあそこまで光が届くかな」と考えると、範囲をイメージしやすいかと。見通しの良い高所に置くのが、理想的ですね。

電波を通しにくいものは遮光カーテン、天井や壁はレースのカーテンに置き換えて考えると、電波の弱まり方がイメージしやすいのではないでしょうか。

——伺った方法で、「ケーブルすっきり」を目指したいと思います。ありがとうございました!

文=井上マサキ/図版=藤田倫央/編集=伊藤 駿(ノオト)

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