特注照明や、建築金物、LED導光板などの製造に特化し、設計・製造・施工までを一貫して行っている株式会社ワイ・エス・エム。60年以上もの歴史を持つヤシマ照明製作所から派生したグループ会社である同社はこれまで、企業向け(toB)の受託製造を主な業務としてきました。
そんな同社が初めて、顧客向け(toC)の製品開発を行い、クラウドファンディングサイトMakuakeで資金調達とプロモーション活動を行いました。その製品とは、間接照明HOOP(フープ)です。(Makuakeのページはこちら)
「部屋を明るくするための照明」ではなく「柔らかで心地よい空間を生み出す照明」としてデザインされたHOOP。生活の一部に取り入れるだけで、普段とは違う上品な雰囲気を作り出します。シンプルでありながら高貴なプロダクトデザインは多くの人々の注目を集め、目標としていた募集金額50万円の3倍近い数字である140万円以上もの資金を調達しました。(2017年1月末までプロジェクトは進行中。2016年12月14日より、新宿伊勢丹2Fアートギャラリーにて展示されています)
これまでtoBの受託製造のみを行ってきた同社が、なぜtoCの製品開発に踏み切り、どのようにしてHOOPを成功させたのか。代表取締役の八島哲也さんに聞きました。
八島さんの職人魂に火を着けたのは、果敢にチャレンジを続ける下町職人たちの姿だった
照明に関連する製品開発を専門とし、事業を行ってきたワイ・エス・エム。しかし、非常に品質の高い製品を作っていたにも関わらず、受注は伸び悩み経営が苦しい日々がかつては続いていたといいます。
「日本の製造業の低迷に伴い、弊社のみならず町工場はどこも経営状態が思わしくありませんでした。このまま同じ事業を続けているだけでは、いずれ立ち行かなくなるだろうと考えていましたね。だからこそ、何かこれまでとは違うことを始めなければという想いが胸にあったんです」
町工場が生き残る難しさを肌で感じていた、そんな矢先。八島さんは「チャレンジを続ける下町職人たち」の姿に大きく感化されたといいます。
「下町ボブスレーや下町ロケットのように、製造業の方々が矢面に立ってプロジェクトを発足し、進行していく過程を見て、『こういうプロジェクトを自分たちでもやれるんだ!ならば、ぜひやってみたい』と感じました。
それに、各企業や団体がコマを作り対決させる喧嘩コマの大会『全日本製造業コマ大戦』で代表を務める緑川賢司さんに実際にお会いして、その熱い夢に感化されたこともあり、職人魂に火が着いたんです。
それらの出会いをきっかけとして、『もっとチャレンジングなことをしたい。これまで自分たちはtoBの製品だけを作ってきたけれど、toCの製品も開発し、安定した収益を生み出せるようになっていきたい』と考えるようになりました」
新進気鋭のデザイナーとの出会いが、HOOPのデザインコンセプトを生んだ
▲ワイ・エス・エム従業員の皆さん。一番左側が工場長で、八島さんの右側に並ぶ2人は、八島さんと同じ中学校で学んだ蛍雪の友なのだそう。「気心の知れた仲間同士だからこそ、率直に意見交換ができます」と八島さんはにこやかに語る。
toCの製品を作りたいという明確な目標を抱いた八島さん。そんな彼はある日、デザイナーと町工場のマッチングイベントで、間接照明HOOPを実現するキーマンと出会います。それが、新進気鋭のデザイナー・福嶋賢二さんです。
「実は、福嶋さんからHOOPを作ってほしいという依頼を受けたんです。彼の頭の中には、HOOPの明確なデザインコンセプトがすでに出来上がっていました。その内容を話してもらったのですが、本当に素晴らしくて。この人と一緒に仕事をすれば、きっと面白いプロダクトが実現できると確信しました」
心地よい空間を演出する福嶋さんのデザインに惚れこんだ八島さん。そして、ワイ・エス・エムの高い製品開発力に魅力を感じた福嶋さん。2人はすぐに意気投合し、協力体制を敷いてHOOPを開発することになったといいます。
「弊社が持つ技術力に、デザインの力が加わった転機となる出来事でした。この出会いがあったからこそ、toCの製品開発が実現できたと思っています。福嶋さんには本当に感謝しかありません」
ワイ・エス・エムと福嶋さんとの共同開発は着々と進み、HOOPの試作品を使ってくれた人々からフィードバックを受けながら、少しずつ改良を加え続けていきました。
「心地よさ」の裏に、職人の高い技術が光る
そうした試行錯誤の後、ついに間接照明HOOPはこの世に誕生します。一見するとシンプルな作りのように見える本製品。しかし、実は心地よい空間を実現するためにさまざまな工夫が凝らされていると、八島さんは語ります。
「一般的な照明は、光源を外側に向けますが、HOOPは内側に向けています。そうすることで、間接的で優しい発光を実現しているんです。また、内部に埋めこまれている1つ1つのLEDランプが外から点になって見えないように、反射板を使用して均一に光るようにしています。加えて、無段階で調光できるようにしたのも、好みに合った明るさで心地よく使っていただくための工夫です」
さらに、HOOPを作る上では、同社が培ってきた高い板金の技術が役立っているといいます。
「HOOPの構造は至ってシンプルで、2枚のドーナツ型の金属を用意し、それぞれの片淵を曲げた後に、溶接で繋ぎ合わせるというものです。しかし、通常は薄い金属同士を1本の筋で溶接しようとすると、熱で歪みが生じてしまいます。弊社は長年、薄板の溶接を専門にしていたこともあり、レーザー溶接の技術を持っているからこそ、歪みを極限まで減らした溶接が実現できるんです」
美しいフォルムを持ったHOOP。その造形美の裏には、職人の技術が光っています。
「どう発信するか」を考え、ものづくりの未来を切り開く
▲HOOPはぜひ、テーブルサイドやベッドサイドに置いてもらい、落ち着いた空間を味わってほしいと希望する八島さん。「そこで生まれる会話は、いつもと違うものになるかもしれませんし、いつも飲んでいるお酒が少しだけ美味しく感じられるようになるかもれません。使った人が少しでも笑顔に、豊かな気持ちになってくれれば、制作者冥利に尽きますね」と感慨深げに語る。
これまでtoBの受注製造のみを行ってきたため、販路の確保に課題のあったワイ・エス・エム。HOOPを商品化するにあたり、その課題をクリアするため、拡散力や情報発信力があり資金調達もできるクラウドファンディングを利用することにしました。
「最初は、目標金額の50万円に到達できるか不安でしたが、結果的にはその3倍近くもの資金が集まりました。本当に達成感が大きかったですね」
ワイ・エス・エムにとって初めてのチャレンジだったtoC製品の開発は、こうして成功への第一歩を踏み出しました。このことは、社内にも良い影響をもたらしたそうです。
「私も含めて、社員全員が『これからも、ひたむきに頑張ろう』という気持ちを持てるようになりました。自分たちが作ったものが、世の中に認めてもらえたような感覚がしたんです。この感覚は、toBのものしか作っていなかった頃には決して得ることができませんでした。toCの商品開発にチャレンジして良かったと、心から思っています」
また、クラウドファンディングを通じて、八島さんは日本の町工場再生に繋がるヒントを得たといいます。
「“ものづくり”の要素が強いのがtoBの製品だとすれば、toCの製品は、作る過程やストーリーなどをお客さんに伝える“コトづくり”の要素が大切だと学びました。
クラウドファンディングにおけるHOOPのプロモーションでも、動画や画像などをふんだんに使うことで、製品にどんな想いを込めたのか。どういう使い方をしてほしいのかといったメッセージを込めています。その結果として、多くの方々の共感を得ることができました。
高い技術力を持った町工場は日本にたくさんあります。ですが、職人気質であるが故に、その技術を『どう発信するか』は、みんなそれほど考えてこなかったと思うんです。その方法を考え、新たな販売のフィールドを開拓していくことで、町工場が再び元気になる世界を実現できるのではないかと考えています」
誰かの叶えた夢が、誰かの抱えた夢を後押しする
自社の生き残りをかけ、toCの製品開発という新たな分野に取りくんだ八島さん。その言葉には、「どう作るか」のみならず「どう発信するか」を真剣に考える過程で得られた、町工場再生のヒントが散りばめられていました。
八島さんがかつて下町の職人たちから勇気をもらったように、八島さんの辿った軌跡もいつか、誰かの挑戦を後押しする日が来るのでしょう。はにかみながら夢を語る八島さんの姿は、そんな未来を予感させてくれました。
取材協力:株式会社ワイ・エス・エム