「猟師の減少と高齢化」は日本における社会問題のひとつです。これが原因で鹿やイノシシなどの野生鳥獣が増え、森林の草や木の皮などの食害が発生したり、山を降りてきて農作物を荒らしたりといった被害が深刻化しています。
この問題を解決するため、ある企業が立ち上がりました。その名も、株式会社huntech。同社は猟に使う罠をIoT化した「スマートトラップ」を開発し、注目を浴びています。これは、罠の作動状況を24時間監視し、野生鳥獣を捕獲すると即時にメールで通知してくれるプロダクト。猟師がこれまで見回りにかけていた時間と労力を削減できるようになります。
今回は、同社のCOO 新免卓也さん(写真右)と、CTOのTさん(写真左・匿名での出演)にインタビューを実施。狩猟産業が抱えている課題や、それをテクノロジーで解決する意義について話を聞きました。
huntechのコンセプトは、焼肉屋で生まれた
――huntechを創業した経緯を教えてください。
新免:当社の代表取締役である川崎と僕は、もともと前職が同じ会社なんです。あるとき川崎と久しぶりに会うことになったんですが、ふたりとも肉が好きなので焼肉屋に行って食事していたところ、ジビエ(※)が話題に挙がって。
以前から川崎が地方経済の活性化のために何かしたいと言っていたんですが、野生鳥獣の食害が一次産業の深刻な問題ということは聞いたことがあったし、ジビエはとても美味しいので「もっと世の中に流通するといいね」とか「自分たちで何かしたいね」という話になりました。
そのためにITを活用したいと思ったんですが、僕と川崎はエンジニアではありません。そこで、大学の同期だったTに声をかけたら、本業の合間に副業として協力してくれることになったんです。
※ジビエ…狩猟で食材として捕獲された野生鳥獣や、その肉。
――そうしてメンバーが集まり、huntechがスタートしたのですね。
新免:そうですね。でも、本腰を入れて活動をはじめたのは、もう少し後です。僕の後輩が紹介してくれた鹿の解体ワークショップに参加する機会があり、そこで猟師さんの話を聞いて、狩猟産業が本当に困っていることを実感してからが本当のスタートですね。
猟師を増やしたいが増やせない。狩猟産業が抱える課題
――狩猟産業は具体的にどのような悩みを抱えていますか?
新免:大きくふたつあります。ひとつは、日本における猟師人口の減少が著しいこと。
海外では、狩猟が趣味として成立している国もあり、若い方が新しくはじめることも多いんです。一方、日本では、狩猟は野生鳥獣を駆除する手段という意味合いが強く、若い方が狩猟に興味を持つきっかけはほとんどありません。また、狩猟に免許が必要であることも、参入のハードルが高い原因のひとつです。
さらに、もし初心者が免許を取ったとしても、狩猟をはじめるためには、土地の地権者から狩猟許可を取らなければなりません。そのうえ、熟練の狩猟者から指導が受けられなければ、初心者は独学で勉強するしかないので、成果に繋げるのが難しいんです。
――免許取得の条件を緩和する、といった施策をとらない理由はなぜでしょうか?
新免:狩猟を簡単にはじめられるようにすると、生態系へ悪影響を与える可能性があるから、だと思います。ルール違反の猟をしたり、乱獲が起こったりすると、生態系を破壊してしまう危険性があります。
狩猟に携わる人はその危険性をしっかり認識しなければいけないので、事前に正しい知識を身につける義務があるんです。
たしかに勉強には手間がかかるので、狩猟をはじめたい人にとってのハードルになっているかもしれません。しかし、生態系に及ぼす影響を考えると、その条件を簡単に緩和するわけにはいかないジレンマがあるんです。
――生態系への責任を持つ必要があるんですね。では、もうひとつの悩みはなんでしょうか?
新免:現職の猟師の方々が高齢化していることによる負担の増加です。高齢化に伴い、銃を使った猟から罠を使った「罠猟」へのシフトが進んでいますが、罠の見回りが大きな負担になっています。多い人だと十数か所に設置している罠を、毎日見回りする必要があるんです。
――見回りが負担になっているなら、その頻度を減らすことはできないのですか?
新免:罠にかかった動物は足が外れて脱臼するほど激しく暴れます。なるべく動物を苦しませてはいけないですし、怪我をするとジビエとしての価値も下がってしまいます。
また、罠にかけてはいけない動物がかかっている可能性もあるため、間違えて捕獲してしまった場合にはすぐに解放する必要があります。だからこそ、見回りの頻度を減らすことは難しいんです。
良いプロダクトを作るカギは、猟師さんとの信頼関係
――スマートトラップはどんなプロダクトなのですか?
T:スマートトラップは、猟師さんがよく使用している「くくり罠(※)」も含めた様々な罠に取り付けられるセンサーです。
▲スマートトラップの親機と子機。子機には加速度センサーがついており、罠の動きで捕獲を検知する。野生鳥獣が罠にかかると、すぐに親機から管理者へ通知が送られる。
T:毎日全ての罠を見回る必要をなくすため、通知の情報を元に、野生鳥獣が罠にかかった時に、かかった場所だけを確認すれば済むようにしました。
また、「いつどこでなにを捕まえたか」をデータベース化できる機能もあります。これにより、経験の浅い猟師さんでも狩猟の効率を上げて成果を上げやすくなります。また、将来的には野生鳥獣の行動パターンや気象データの分析により、熟練猟師さんのノウハウを可視化したいと考えています。
※くくり罠…ワイヤーや針金で作った輪で、動物をくくって捕らえる罠。檻よりも軽量で設置が簡単であるため、多くの猟師が使用している。
――スマートトラップを開発する際に、心がけたことはありますか?
T:開発に着手したときから、猟師さんから直接意見を聞くことを意識してきました。現場の要望をできるだけプロダクトに反映させて、今まで何度もアップデートをくり返しています。見た目だけでも4~5回は変わっていますよ。
――声を聞く姿勢を貫くのは、苦労も多かったのではないでしょうか?
T:確かにそうですね。最初の頃、猟師さん達に口頭で構想を説明した時には、イメージが沸かないのかあまり相手にしてもらえませんでした。そこで、タッパーにセンサーを入れただけの簡易的なプロトタイプを作り、もう一度話をしてみたんです。
実際に触ってもらうと、「もっと頑丈なものがほしい」とか「センサーの感度を上げてほしい」といった声をいただけるようになり、それを元にアップデートをくり返しました。意見を聞いたその場でプログラムを書き直したこともありましたよ。
――徹底的にPDCAを回し続けたのですね。開発で特に苦労した点はありますか?
T:通信技術を用いつつ、電池を長持ちさせることです。見回りが大変だから作ったプロダクトなのに、最初は1日で電池が切れてしまい、毎日電池の交換に行かなければいけませんでした(笑)。今は捕獲したときだけ電力を使うようにするなど改良をくり返したので、電池が1週間くらい持つようになりましたね。現在は、数週間でも持つよう更に改良を考えています。
――猟師さんのことを真摯に考えて開発されているのが伝わってきます。
新免:僕は、お互いの信頼関係があるからこそ良いプロダクトが生まれてくると考えています。そして、本音で話し合える信頼を築くために、可能な限り現地に足を運び、直接顔を合わせて話すことを続けました。
僕たちが初めて猟師さんに相談したとき、最初は「都会から来た、お金儲けがしたい若者たち」と思われていたかもしれません。でも今では、一緒にジビエを食べながらお酒を飲んで、日々の何気ないことやプロダクトについて本音で語り合っています。
狩猟のハードルを下げ、収益化しやすい仕組みをつくる
▲現地で猟師さんと一緒に活動している様子。
――苦労も多いようですが、それだけやりがいもあるのではないでしょうか?
T:エンジニアは、ユーザーの反応を対面でもらえる機会がほとんどないんです。でもhuntechの活動では、猟師さんから「これ良いよ!」と直接感想がもらえます。
見えない誰かではなくて、目の前で困っている人の問題を解決できるのは、本当に嬉しいですし、やりがいを感じますね。
新免:エンジニアから見ればありふれた技術であっても、まだIT化が進んでいない領域で活用すれば、価値を発揮できることが多いです。実際に、猟師さんの悩みを聞くと、「それなら、あれを使えば解決できる」となるケースがたくさんあります。
僕たちは今までにないアイデアを発明したわけではなく、すでに普及している技術を組み合わせただけ。それでも、猟師さんはすごく喜んでくれるので、本当にやってよかったと思います。
――huntechの今後の活動について教えてください。
新免:狩猟産業は、大きく「捕獲」「加工」「流通」という3つの工程から成り立っています。スマートトラップは捕獲の負担を減らすために開発しました。次は、ITと相性が良さそうな流通を改善する仕組みを作ろうと思っています。
現在、猟師さんとジビエを料理に使いたいレストランや個人をつなぐマッチングサービスを作ることを計画しています。マッチングサービスができれば、猟師さんの売上にもなり、今は山の中で廃棄されてしまっているジビエの質を高め、求めている人にも届けられる。
狩猟が猟師さんの収入に結びつきやすくなる仕組みが構築できれば、徐々に人口も増え、狩猟産業がより健全な方向に盛り上がっていくと信じています。
取材協力:株式会社huntech