Webサイト製作の基本を、漫画で初心者向けにわかりやすく解説する「わかばちゃんと学ぶWebサイト制作の基本」や、漫画と実践で学ぶGit(※)の入門書「わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門」。
これらの著者である湊川あいさんは、フリーランスのWebデザイナーであり、漫画家でもあり、さらに技術書の執筆者でもある異色のキャリアの持ち主です。
かつては、社員としてWebデザイナーの仕事だけをしていた湊川さん。果たして、彼女はなぜ漫画でITを解説しようと考えたのでしょうか?
※Git…プログラムのソースコードなどの変更・追跡するためのバージョン管理ツール。
Webの世界へ足を踏み入れたきっかけは「素材屋さん」
――湊川さんはWebデザイナーとして自身のキャリアをスタートしたそうですが、そもそもWebに興味を持ったのはいつからですか?
湊川:中学生の頃です。当時の私は「素材屋さん」と呼ばれる、画像やアイコンなどWebサイトに使用するパーツを自作して配布しているサイトがすごく好きでした。その素材を使ってみたり、好みのサイトのソースコードをコピペして自分のパソコン上で表示してみたりして、よく遊んでいたんです。
でも、その頃はHTMLやCSSの仕様をほとんど知らないまま、見よう見真似でやっていたので、なかなかうまく表示されなくて(笑)。原因を調べるのがすごく大変だったんですけど、それでもソースコードに触れるのが面白かったんです。
――では、漫画を描きはじめたのはいつごろでしたか?
湊川:漫画を描きはじめたのは、実は社会人になってからなんです。
――そうなんですか! てっきり、昔から描いていたのかと。
湊川:でも、絵を描くことそのものは小さい頃から好きでした。親が言うには、2歳の頃から絵を描いていたそうです。
絵を描くようになった理由は、おばあちゃんが喜んでくれたからだと思います。身のまわりの物をスケッチしておばあちゃんに見せると、すごく褒めてもらえました。それが成功体験になって、夢中で描いていたんだと思います。私は昔から、自分のやったことで周りの人たちが喜んでくれるのが好きなんです。
家に帰るとテレビとスマホゲーム。そんな自分を変えたかった
――Webを知ったきっかけと絵を描き始めた理由はわかりましたが、その2つの要素はいつ頃結びつくんでしょうか?
湊川:ITを解説する漫画を描き始めた時期ってことですよね? そこからけっこう時が経って、社会人になってからなんです。私は大学に入ってからWebデザインを本格的に勉強して、卒業後Webデザイン会社で働き始めました。
1~2年目はとにかくがむしゃらに働いていたんですけど、3~4年目くらいになると良くも悪くも仕事に慣れてきて、帰宅後はテレビを観たり、スマホゲームをしたりしていました。当時流行していたパ○ドラとかを(笑)。
――ああ、パ○ドラ……。私もよくやっていました。
湊川:でも、そんな自分に危機感が芽生え始めたんです。「私、このままだと、5年後・10年後も今と同じような生活をしているかも」って。
そんなとき、ドキュメント共有サービス「esa」やインターネットにポエムを刻めるサービス「pplog」を開発されているエンジニアやデザイナーの方々の活動をインターネット越しに見ていて、憧れを抱きました。
・esa(エサ)
自律的なチームのためのドキュメント共有サービス
https://esa.io/
・pplog
インターネットにポエムを刻めるサービス
https://www.pplog.net/
彼・彼女らは、当初から確固たるポリシーを持って開発をしていて、esaは今ではたくさんのIT企業で導入されています。それを見ていて思いました。「なんて格好いいんだろう」って。
私も「自分がこれを作りました」と胸を張って言えるものを生み出したくて、なにか仕事以外でアウトプットしようと決心したんです。
――それが、漫画を描く原動力になったと。最初はどんな形で描き始めたのでしょうか?
湊川:noteに漫画をアップするところからスタートしました。始めは「Webデザインあるある」の漫画を描き始めたんですけど、これがまったく鳴かず飛ばずで人気が出なくて(笑)。方向転換して、マンガでわかるWebデザインと題して、Webサイト制作の際に必要な知識を、漫画や図解に落とし込んで記事にするようになったんです。
――なるほど。それが「わかばちゃんと学ぶ」シリーズの原型だと。本業をしながら、空き時間で漫画を描くのは大変ではありませんでしたか?
湊川:それが、すごく楽しかった記憶しかなくて。当時は、朝6時に起きて9時に家を出るまで漫画を描いて、土日も描いていました(笑)。でも全然苦じゃなかったです。
――体力的にはすごくハードだったと思うのですが、それでも楽しく制作を続けられたのはなぜでしょうか?
湊川:反応があったことが大きいと思います。noteやTwitterで漫画を公開すると、読んでくれた人がお気に入りに登録してくれたり、リツイートしてくれたりしたんです。「次も楽しみにしてます!」とコメントをもらえることが、私のモチベーションになっていました。
投稿を始めてから半年くらいしたら、突然出版社から書籍化の声がかかりました。そこから本格的に原稿を作成して、1冊目である「わかばちゃんと学ぶWebサイト制作の基本」を出版したんです。
「わかばちゃん」がコミュニケーションの懸け橋になる
――自分の描いた漫画が書籍になる……! その感動はひとしおでしょうね。続編である「わかばちゃんと学ぶGit使い方入門」は、なぜGitを題材にしようと考えたのですか?
湊川:大きくふたつの理由があります。ひとつは、本書のターゲットであるGit初心者の悩みを解決するためです。エンジニアやWebデザイナーなどにとって、Gitは必修ツールです。にも関わらず、ITを学ぶ理系学部や専門学校などのカリキュラムにGitの使い方が組み込まれているところはほとんどありません。
だから、入社したら当たり前のようにGitを使いこなさなければいけないことにすごく戸惑うんです。かつては私もそうでした。だからきっと他の人たちもGitを上手く使いこなせなくて困っていると思ったので、その悩みを解決できるものを作りたかったんです。
――もうひとつの理由はなんですか?
湊川:先輩エンジニアが後輩エンジニアに教える教育コストを削減したいと思ったからです。もしも仕事のできる先輩エンジニアが、Gitの使い方を後輩エンジニアに教えることに時間を取られてしまうと、仕事の生産性が下がってしまいます。
1人あたりで見れば数時間の教育コストかもしれないですけど、社会全体で考えると膨大な時間になってしまいます。そこで、「これさえ読んでおけば大丈夫」ってポンと初心者に渡せる本があれば、教育コストを大幅に削減できると思いました。
さらにこの本では、エンジニアとWebデザイナー同士の「別分野の融合」もテーマになっています!
――べ、別分野の融合!? なんですかそれは?
湊川:エンジニアは普段、Gitをコマンド(キーボードなどからターミナルに文字列を入力すること)で操作することが多いです。でも、WebデザイナーはGitのGUI(マウスなどのデバイスを用いて直感的に操作すること)を用いて操作することが多い。だから、エンジニアがデザイナーにGitを教えようとしても、なかなか噛み合わないことが多いんです。
そんな理由があって「わかばちゃんと学ぶGit使い方入門」の目次も工夫しています。
( わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門 目次より一部抜粋)
たとえば、「コミットを1つにまとめたい(スカッシュ)」というタイトルひとつとっても
・デザイナーが「コミットをまとめたい」思ったとき
→目的ベースで探せる
・エンジニアがデザイナーに教えるとき
「スカッシュってSourceTreeでどうやるんだろう?」
→ コマンド名で逆引きできる
このように、「目的」と「機能」でサンドイッチすることによって、この本が両者のコミュニケーションの架け橋になるようにしています。
――Git使い方を学べるだけではなく、コミュニケーションを媒介するって素敵ですね。
著・マンガ:湊川 あい
出版社:C&R研究所
Amazonリンク: http://amzn.asia/egOsQ6o
湊川:「別分野の融合」というテーマは、2018年3月に発売される「わかばちゃんと学ぶ Googleアナリティクス」にも通じています。今回は「技術者と非技術者の融合」です。
企画や人事担当の方が自分でWeb施策の効果を検証できるようになれば、Googleアナリティクスのデータ出力をお願いされていた技術者の負担が減りますし、両者の相乗効果が生まれると思っています。
市場と対話し、軌道修正し続ければ、自分の「好き」はいつか「仕事」になる
――湊川さんには「IT」と「絵」の武器がありますが、まだ武器がない人はどのようにアウトプットをしていくべきだと思いますか?
湊川:まずは、なんでもいいので自分が楽しいと思えるものをやってみることだと思います。私も最初は、自分になにができるのかまったくわからなかったです。それでもアウトプットを繰り返していくうちに、自分の強みを徐々に理解していきました。
私より絵が上手な人もたくさんいますし、ITに詳しい人もたくさんいます。そんな私ですが、「絵・IT・解説」という組み合わせにおもしろみを見出してからは、書籍の出版や、動画学習サービスの講師依頼をいただけるようになりました。
今となって思えば、好きで続けているものは自然に融合して、ひとつの形に集約されていくのだなぁと。あなたが小さい頃から自然とやっていること、趣味や知識。自分自身ではなんでもないと思うようなことでも、掛け合わせてみることで、それはあなただけのユニークな武器になると思います。
あとは、今ある組み合わせで満足せず、新しい技術やおもしろそうなものには首を突っ込んでみるようにしています。初心者目線でしか書けないものってあるんですよ。熟練者になっちゃうと書けない。
「初心者だからできない」「もっとできる人がいるのに恐れ多い」という気持ちを取り払うことですね。熟練者の方々って怖いイメージがあるかもしれないですけど、学んだことをアウトプットしようとする人に対しては優しいですよ。彼・彼女らも、かつては初心者だったわけですから。
――かつての湊川さんのように、これから新しいことにチャレンジしようと考えている人に、アドバイスをお願いします!
湊川:40点でもいいから、まず公開することだと思っています。これは自戒を込めてですが(笑)。いきなり100点を出す必要はまったくありません。
別に100点なんか目指さなくていいんですよ。見る人によって評価は変わりますし。たとえば仕事の場面でも「チャチャッと作ったサンプルが、上司やクライアントに見せてみたら思いのほか好評だった」なんて経験をしたことがある方もいらっしゃると思います。
「理想を高く掲げすぎて、結局何も投稿できなかった」っていうのが一番もったいないですから。いくらいいアイデアがあっても、外に出さないと見てもらえない。外から見れば、いつまでたっても0点なんです。だから、40点でもいいから出すようにしています。そのあと、反応を見ながらブラッシュアップしていけばいい。
いきなり手を動かすことに抵抗がある場合は「こんなの思いついたんだけど、どうかな?」と、アイデアだけでも投稿するのがおすすめです。世界にはたくさん人間がいるので、「需要ある!」と言ってくれる人や「手伝いたい!」と言ってくれる人がきっといます。そこから広がっていくものってあると思うんですよ。
外に出してみて初めて気付くことって、いっぱいあります。たとえば、マンガでわかるGitを投稿し始めたときもそうでした。当初は、対象読者はWebデザイナーだと決めて描いていました。ところが、実際にWeb上に投稿してみると、SVNからGitに移行したいエンジニアの方々からもたくさん反応があり、隠れたニーズの発見に繋がりました。
そうやって実世界のニーズを常に目の当たりにしながら、自分の仮説を少しずつ軌道修正して、みんなが喜ぶもの・困りごとを解決するものを作るのが楽しいんですよね。
自分の頭の中にしかなかったものが、外の世界に出ていく。別の人の頭の中にも存在するようになる。それってすごくワクワクしませんか? だから、まずは心のハードルを下げて、気の赴くままにアウトプットしてみる。それによって開かれていく世界があると思います。
取材協力:湊川あい(https://llminatoll.github.io/)