皆さんは普段、どのようにインターネットを使っているだろうか。
2020年の大阪府の調査では、小学校から高校に通う生徒・児童のなかで、「インターネット依存(以降、ネット依存)」の疑いがある生徒の割合が以前の調査と比較して上昇傾向にある、という結果が出た。調査によると、特に割合が増えているのが高校生。ネット依存の疑いがある生徒が28.5%と、3人に1人が、インターネットをやや使いすぎてしまう状況にあるようだ。
学生だけでなく、ネット依存は大人だって他人事ではない。「仕事中のインターネットをやめられない」「SNSをついつい見てしまう」といった傾向に覚えがあって、少なからず日常に支障が出てしまっている人も少なからずいるのではないか、と思う。
また、インターネットを通した情報収集が必要不可欠な仕事をしている人にとっては、仕事中のブラウジングは欠かすことができない「作業」の一部だ。グーグルを活用した調べ物や、SNSでの情報収集を日常的に行っている人も多いだろう。
そんな「仕事でネットに長時間触れている」人は、ネット依存の視点で見たらどういった扱いになるのだろう。株式会社KENZANによる、ネット・ゲーム依存症の予防・回復支援サービス「MIRA-i(ミライ)」の森山沙耶さんに聞いた。
結論からいうと、業務中にネットを見ざるを得ない、そして一度ネットを開いたら長時間の無意味なブラウジングをしてしまいがちな筆者の状況は「依存状態とは言い切れないが、ネットの『依存しがちな特徴』の影響を強く受けている」「ネットの時間が長いのは、仕事から逃避しているから」ということがわかった。
森山 沙耶(もりやま さや)さん
臨床心理士、公認心理師、社会福祉士。2019年に独立行政法人国立病院機構・久里浜医療センターにて「インターネット/ゲーム依存の診断・治療等に関する研修(医療関係者向け)」を修了後、株式会社KENZANにてネット・ゲーム依存予防回復支援サービスMIRA-iを立ち上げ。現在はネット・ゲーム依存専門のカウンセリングや予防啓発のための講演・セミナー活動を行う。
ネット・ゲーム依存の予防回復支援サービス「MIRA-i」:https://mira-i.jp/
依存とは、使用時間ではなく「コントロールできない」状態
「確かに『ネット依存』という言葉は最近よく使われるようになりましたが、実はまだ研究段階で、医学的な基準が設けられていないんです。近いものとして参考になるのは『ゲーム障害』でしょうか。こちらは診断基準が設けられており、『ゲームのプレイ時間をコントロールできず、生活に支障が出ている状態』と、WHO(世界保健機構)によって定義されています」(森山さん)
この「ゲーム障害」は、昨今のインターネットゲームがプレイヤーに与える影響を受けて2019年5月に国際疾病分類に認定されたもの。ポイントは「コントロールできない」「他の活動よりゲームを優先させる」「生活に支障が出ている」という箇所で、こういった状態が続いたら依存が疑われるという。
どうしてもゲームに依存している状態というと「どのくらいの時間、ゲームをしているのか」が問題と思われがちだが、それは1つの目安でしかない。それより重視されるのが、「その動作を自分でやめられるかどうか」。
そんなゲーム障害の基準や傾向をもとに、「ネット依存」が疑われる状況を簡潔にまとめると、「インターネットを使う時間をコントロールできず、やめたくてもやめられない状態」(森山さん)となる(※)。
※ 依存の診断基準には他にも、「依存対象に触れていないときにイライラする、落ち着かない」等も。繰り返すが、「インターネット依存」については医学的な定義がまだ定められていないため、これ以降も本文中のネット依存の基準や原因に関する記述は、「ゲーム障害」の基準や依存の傾向、識者(森山さん)の見解をもとにしたものになる。不安になった方はインターネット依存度テスト(IAT/Internet Addiction Test)で、自分の状況をチェックしてみては。
依存ではないものの、「ネットに逃避してしまう」ケースとは
この「生活に支障が出ているかどうか」という考えに基づけば、業務上いくらインターネットを使わざるを得ない職業であったとしても、森山さんいわく「仕事が終わったのと同時にインターネットをやめられるのであれば、それは必ずしも依存状態とは言い切れない」のだそう。
では、業務上必須でなくても仕事中についついネットがやめられなくなってしまう場合はどのような扱いになるのだろう。
企業では、部下が仕事中に不要なインターネットをやっていることに頭を悩ませる管理職もいると聞く。その部下がやっているような「仕事には無関係だが、どうしてもやってしまう」ブラウジング(=ウェブブラウザを用いたサイトの巡回行為)は、ネット依存とは無関係なのだろうか。
他ならぬ筆者も「在宅勤務中に仕事とは無関係なブラウジングをはじめてしまい、気がついたら夕方」をたびたび経験している。そんな、ちょっと不安になる現在の状況を森山さんに聞いていただいた。
筆者のネットの使用状況を簡単にまとめると、以下の通りになる。
・リサーチが必要な日は、1日あたりのブラウジング時間が3時間、もしくはそれ以上になることも。
・そして、リサーチ中に無関係なブラウジングに入ってしまい、時間がまとめて奪われてしまうことが多い。
・一方で、休日はSNSをチェックする程度でブラウジングはほぼ行わない。
まとめると、「調べ物はネットで行うことが多いが、結構な頻度で脱線する」「平日はどっぷりだが、休日はほぼ触らない状態」といったところだろうか。
問題は、ウェブサイトにはとにかく誘惑が多いことだ。仕事に必要なウェブサイトを見ていても、その脇にはコミックレンタルサイトの広告バナーがあり、芸能ニュースへのリンクがあり、タレントや識者のSNS投稿が貼り付けられている。
それが目に入るたびに、リンクからリンクへ、SNSの投稿から投稿へ……と、仕事のためという本来の目的から離れて、際限のないブラウジングをはじめてしまう。脇道から脇道にそれて、本来やるべき作業に戻ってくるまでにかなりの時間がかかってしまう日も少なくない。
先の内容のように依存のラインを「コントロールできているか」とするなら、休日ネットをほぼ使っていない筆者は、必ずしも依存状態とはいえない。しかし、実際にブラウジングをやめるのに苦労しているし、業務に影響が出ていないとは言い切れない状態だ。
そんな状況的にはグレーに思える筆者は、「依存状態とは断定できないが、ネットの『依存を引き起こしがちな要素』の影響を多分に受けている状態」(森山さん)とのことだった。
「お話をうかがう限り、それはウェブサイトにある“仕掛け”に引っかかってしまっている状態ですね。依存しがちなものには、人の欲求を引き起こす『トリガー』(=引き金)があるんですよ。広告バナーや記事リンク、SNS通知はまさしくこれ。それに、マンガや本は読み終えられますが、インターネットには終わりがないのも『やめられない』大きな理由ですよね」(森山さん)
確かに、ウェブサイトは毎日読みきれない量の記事が公開されているし、他人のSNS投稿は過去に向かって追いかければ追いかけるほどおもしろい。そして、ネットを使わざるを得ない仕事をしている人は、そのぶん他の人よりもトリガーに触れる機会が多い、ということを忘れてはいけない。
「依存のトリガーには、外的なものと内的なものがあるんです。先ほどお話ししたバナーやリンクは外的な要因で、内的な要因というのは人の思考や感情のこと。『イライラしているとき、すごくゲームがやりたくなる』みたいなケースもあるんですよ。もしかしてなのですが、仕事がうまくいかなかったり、悩んでいるときにブラウジングがやめられなくなることってありませんか?」(森山さん)
ああ、なるほど! 「悩んでいるときはとりあえずSNSチェック」。繰り返しすぎて、もはや営みの一部になっている動きに、そんな原因があったとは。
「依存で悩んでいる人が、目の前のストレスから逃れた結果、“現実逃避的に”依存先に行ってしまうことは多いんです。学校でタブレットを使うことも増えたので、『宿題やりたくないな』と思った学生さんがYouTubeで動画を観始めちゃう、みたいなケースもあります。我慢するのも簡単なことではないので、そういった依存しがちな人の気持ちも無視できないんですよね」(森山さん)
「ネットをやりすぎている自分」に気づくのが第一歩
森山さんによると、依存の内的なトリガーとなるのは、仕事のトラブルや悩みだけが原因ではないという。そのなかでも、コロナ禍のいま特に見過ごすことができないのが「孤独感」だ。
孤独への耐性は人それぞれだが、「自宅のワンルームにこもりっきりで、ひたすらパソコンに向かい続ける」リモートワークのなかで、知らず知らずのうちに孤独感が積み重なっている人も少なくないはずだ。
企業によってはWEB会議ツールを活用して雑談の場を設け、チャットで積極的なコミュニケーションを行うケースもあると聞くが、リモートで孤独を緩和するのにはどうしても限界がある。
「あくまでも私のイメージですが、IT関係の仕事って、個人で作業に取り組む人が多い職種だと思うんです。だから孤独になりやすいし、一度集中が途切れて別の道に入ってしまうと、戻ってくるのが難しい。でも、これを『組織として、普段からどのくらいのコミュニケーションを行っているか』という問題なのだと考えると、職種というよりも、ライフスタイルや職場の風土が重要なのかもしれません」(森山さん)
実際にMIRA-iや森山さんの観測範囲でも、コロナ禍に入ってゲーム障害やネット依存についての相談件数は増えているそうだ。
その相談の多くは、中高生の子どもを持つ保護者から寄せられる。オンラインゲームや動画視聴、SNSをチェックする手を止められなくなった息子・娘を心配した保護者からの相談をうけ、森山さんは親子と話し合いながらその解決策を探していくという。
▲「MIRA-i」ウェブサイトより
一方で、成人した大人自らによる問い合わせは少なく、こちらは全体の2割ほど。この割合の差は、「未成年は大人と比べて自分の欲求を自制する機能が未成熟である」という点もあるが、依存というものの特性による部分も大きいという。
ゲーム依存に限らず、アルコールやギャンブルをはじめとした広義の依存症は「否認の病」といわれている。人は自らを客観的に見ることが難しく、「私はそこまで使いすぎているわけではない」、「別にいつでもやめられる」と状況を過小評価し、自分の依存状態にはなかなか気づくことができないのだ。
また、インターネットやゲームは、その人にとってストレスから逃避する手段や、心の支えになっている場合もある。
つまり、いちど依存状態になってしまうと、自分の生活を客観的に振り返って「自分はインターネットをやりすぎている」と気づくことが難しく、支えになっているインターネットを減らす、あるいは「やめよう」という気持ちになりにくい、ということがいえる。
「保護者がネットの使い方や依存傾向を気にかけてくれる学生(未成年)とは違って、客観的な目線で状況を指摘してくれる人が少ない大人は、自分の依存に気づきにくいんです。逆に考えれば、『自分は依存かもしれない』と気づいた時点で、もう大きな一歩を踏み出せているんですよ」(森山さん)
「ネットをする」以外の、リフレッシュの方法を見つけよう
では、ネットのやりすぎを落ち着かせるためにはなにから始めればいいのだろうか。ネットを我慢する方法を伺ったところ、「気合や根性に頼ろうとすると失敗して自己肯定感が下がるから、仕組みで解決したほうがいい」(森山さん)とのことだった。
まずやるべきは、自分がネットを使いすぎてしまうきっかけや、使いすぎているときの状況を分析すること。
筆者の場合は「仕事でストレスを感じたとき」だったが、他には「SNSのプッシュ通知が来たとき」というケースもあるだろう。そして、それと同時に「おもしろ記事サイトの記事を読み漁ってしまう」や「SNSを巡回してしまう」といった、使いすぎてしまっているときの内容を把握するようにする。
使いすぎを引き起こす要素を見つけたあとは、それを避ける方法を考える。例えば「集中したいときは、社内チャットやメール、SNSの通知をオフにしておく」「特定のウェブサイトの閲覧を制限するブラウザのアドオンを使用する」などがわかりやすい。ページやアプリの使用状況のチェックには、スマートフォンやパソコンのスクリーンタイム機能が活用できる。
しかし逃避のきっかけになる「仕事のストレス」や「孤独感」は、ネットから離れればなんとかなるものではない。そんなときはブラウジングでない、別の方法でストレスを緩和させることを目標にすると良いそうだ。
例えば人と話をしたり、散歩に行ったり、新しい趣味に没頭したりといった、新しいリフレッシュの方法を見つけるのが望ましい。在宅勤務中に行うのであれば、軽いストレッチをしたり、簡単な家事にあてたり、身近な人と軽く話す場を設けられれば孤独感が楽になることもあるかもしれない。
また、デスクワーク中は、集中して作業していると自分の疲れに気づきにくい。ブラウジングは疲れた頭でもできてしまうため、より、自分が疲れていることに気づけなくなってしまうのだ。なので、自分の体感に関わらず休憩のための時間をきちんと確保することも有効だそう。
「リフレッシュのためにやることは、『今できていること』から見つけるのが良いと思います。例えばカウンセリングで『散歩に行くといい』と提案することはあるんですが、人によっては外出することのハードルを高く感じることもありますから。ネット以外で今やっていることの時間を増やしたりとか、過去に熱中してやっていたことを再びはじめるのもおすすめです。少しでもいいから、ライフスタイルを変えることが大切なんですよね」(森山さん)
平日も休日も自宅で過ごす生活が、この1年で広く世の中に浸透した。しかし、いまだに生活リズムを崩しがちで、新しい習慣に体が追いついていないのは筆者だけではないはずだ。今の生活は「浸透した」だけで、多くの人が「それに慣れて、順応できた」わけではないのだろう。
そんな状況下で少しでも心穏やかに暮らすために、スマホやインターネットの使い方を今一度、見直してみてもいいのかもしれない。
「やっぱり大切なのは、『適切にやる』ことなんですよね。使用時間をゼロにするのではなく、『自分からやめられる』ようにしておくことが理想です。ケアにあたる身としては、そういうスキルを持っている人をこれから少しでも増やしていけるようにしたいですね」(森山さん)
文=伊藤 駿/編集=ノオト/図版とイラスト=藤田倫央