スマートフォンやPCの充電をはじめ、さまざまなガジェットに用いられているUSB充電器。同じ規格でも多くの種類があり「何が違うのだろう?」と思ったことはありませんか?
今回は、最近よく目にするようになった急速充電器「USB Power Delivery (以下、USB PD)」に注目。機能は同じでありながら価格が異なる3種類をピックアップし、分解して中身の違いを調べてみました。
分解するのは、『「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!』の著者である分解マスター、「ThousanDIY」こと山崎雅夫さん。分解によって見えてきた仕様の違いや苦労、コストとの関係性とは?
ThousanDIY 山崎雅夫さん
電子回路設計エンジニア。現在は某半導体設計会社で、機能評価と製品解析を担当。2016年ごろから電子工作サイト「ThousanDIY」を運営。月刊I/Oでの連載およびnoteにて「100円ショップのガジェットを分解してみる」を公開している。新刊書籍「100円ショップの「ガジェット」を分解してみる!Part3」発売中。
USB PDが普及してきた理由
――本日はよろしくお願いします。分解比較シリーズは第3回目を迎え、今回はUSB PD対応の充電器に注目したいと思います。最近いろいろなところでUSB PDを目にするようになってきましたが、いつ・どのように普及してきたのでしょうか。
USB PDが登場したのは2014年頃でした。もともとUSBポートには、機器の接続だけでなく充電の用途がありました。ただ、Appleやソニーをはじめ様々なメーカーが独自のUSB充電の仕様を作ってしまったんです。その理由は、充電電流を従来の規格(500mA)より多く取りたいから。
しかし互換性に問題が生じてきたので、「標準規格を作ろう」となり、最大で5V/5Aまで出力可能なUSB BC(バッテリーチャージ)1.2ができました。さらにその後、スマートフォン以外にもタブレットやノートパソコンを動かしたい需要が出てきたため、足りなくなってきたのです。
そこでUSB Type-Cコネクタを使った充電規格ができました。それがUSB PD3.0で、PDとはPower Deliveryの略です。
――USBで充電したいデバイスが増えてきたことで、急速充電できるPD規格が登場した、と。
最近はスマートフォンが大容量化して、充電時間が長くかかることも影響していると思います。また、MacがUSB Type-Cで充電できるようになったのも、普及に拍車がかかった理由の一つかもしれません。最近、ノートパソコンを2台持ちしている人は、外に持ちだす時にACアダプターの置き換えでUSB PDを使い始めているようですし。
その他にも、機電エンジニアの人たちは電源としてUSB PDを使っています。12Vの電圧を取り出せるので、製作物を動かすのに便利なんですよね。
――価格はどう変化していますか?
USB PDの機器が出てきたのは2016年頃で、初期の充電器は15,000円ほどでした。ただ2021年あたりから一気に値段が下がってきましたね。販売数が見込めるようになり、標準のチップが増えてきたからだと思われます。今後はもう少し安くなるのではないでしょうか。
3種類のUSB PDを比較、外観からわかること
――今回は、価格の異なる3種類のUSB PD充電器を分解していただきました。まずは外見やサイズなどスペックの違いを教えてください。
今回選んだのは下記の3つです。
(左より)
A社(100円ショップ)…770円
B社(充電関連商品を数多く出している中国の人気メーカー)…1,780円
C社(ヨーロッパの老舗家電メーカー)…2,480円
(価格はすべて税込み)
A社はパッケージにPSEマーク(電気製品が安全性を満たしていることを示すマーク)がなく、本体に入っていました。B社、C社はパッケージにPSEマークがあり、いずれも安全規格上は問題ありません。
PSEマークの横には、どこで検査したかが明示されています。ちなみにすべて中国製でした。
――3つとも中国製なんですね! サイズやそのほかのスペックはどうですか?
A社が一番大きくて、C社が中くらい、B社は一回り小さく、重量は大きさに比例していました。
プラグはA社とC社が折りたたみ式、B社は固定です。厚みはほぼ同じでした。出力電力はすべて最大20W、定格出力は、5V/3A、9V/2.22A、12V/1.67Aですが、B社だけ12Vのサポートがありません。ただ規格上マストではないので、仕様としては問題なしです。
次に、どのUSB急速充電規格に対応しているのか、自動検出できるデバイスを使って、仕様通りか確認しました。
A社とC社はまったく同じ、B社は12Vがなくて5Vと9Vだけでした。いずれも仕様どおりで問題ありません。
次に、実際に電流がどれくらい取れるのか、USB電圧・電流計を使って測ってみました。
上のグラフが5Vの動作です。規格で決められている電流3Aの±5%の範囲に収まっており、一定のところでシャットダウン、つまり出力停止していることがわかります。仕様はいずれも問題ありません。
あと過電流保護があり、規定電流以上流れると保護回路が働きます。A社とC社は、負荷を取り除けば復帰しますが、B社だけは1回動くとロックされました。電源を1回抜いて差し直さないと復帰しません。つまりB社は最も安全な設計になっているといえます。念の為、9Vも12Vも計測しましたが、仕様通りでした。
その他に、AC(交流)からDC(直流)への変換効率も調べてみたところ、80%ぐらいの変換効率で、ほとんど差はありませんでした。効率が悪いと発熱しますが、手で触っても熱くはなかったので、特に問題ないレベルです。
分解して見えてきた、USB PDの内部と違い
――さて、いよいよ分解ですね。
本体を開封したところ、A社とC社は、同じような構造になっており、中央に基板が入っています。B社は小型のために高密度な設計になっていて、四角い基板を蓋で囲むような形ですね。
次に、制御基板の構造を見てみましょう。
A社とC社は2枚構成、B社は3枚構成です。A社とC社は、Type-Cのコネクタが横についています。そのため、サブボードがメインボードに立っている構造になっています。いっぽうB社は真四角で、メインボードの部品を2枚のサブボードが囲む構造です。
――A社とC社は、2枚の基板が垂直にくっついているのですね。基板の上にある白い部分は?
シリコンボンドです。重量部品を固定し、振動や衝撃で動いたり壊れたりするのを防ぐ役割があります。
――B社はかなり密度が高い構造ですが、安全性はどうでしょうか?
基本的には問題なさそうですね。ボンドでしっかりと固定していますし、絶縁用として間にテープを入れているので。
さらに細かくメイン基板を見てみましょう。
A社とC社は似たような構成になっています。入力、ヒューズ、トランス、ノイズ対策のキャパシタが付いていますね。裏にはブリッジダイオード(交流を直流に変換する部品)、電源を制御するスイッチ、5V側(USBコネクタ側)の電源整流用ダイオードがあります。
B社は、右側が電源コンセント側で左側がUSBコネクタ側ですが、そこをまたぐようにトランスが入っています。上側にある別の基板(サブボード)に対してトランスからリード線が出て、ハンダ付けされていますね。裏面を見ると、ブリッジダイオードが一つ。B社だけ、電源制御ICがサブボードに載っていました。
A社とC社は出力電圧を検出して戻す「フォトカプラ」を使っていますが、B社はありません。おそらくスペースの都合で入れられなかったのでしょう。そのかわりB社は、トランスの別巻線で電圧を検出しているようです。
――どのような影響があるのでしょうか?
出力の安定性という意味では、B社はちょっと落ちます。ただ、仕様的に問題があるレベルではありません。
サブ基板も比較してみました。
これは、USB Type-Cの出力部分になり、基板にはコントローラICとMOSFETという出力スイッチがそれぞれ付いています。
B社はもう1つサブ基板があり、それがこちら。
電源制御ICが載っています。このICは、A社やC社と比べるとかなり大きいですね。おそらく発熱を減らすために、大きいチップを使っているのでしょう。A社とC社は外装サイズが大きいので、空間があるぶん発熱物の距離があります。一方、B社はぎっしり詰めているので、熱を逃がす構造にしないといけません。そのため大きめの電源制御ICをつけ、熱を逃がしやすくしているのです。
――B社は密度の高い設計ながら、しっかりと安全性を確保しているのですね。ところでA社は2つポートがありますが、設計は複雑にはならないのでしょうか?
A社はUSB PDとQC3.0、2つポートがついていますが、USBコントローラがType-AとC、両方に対応しているので、線を繋げるだけで複雑なものではないですね。ただ、この設計だと、電圧は別々に出せないので2つ同時に充電すると高速充電にはなりません。その旨はパッケージや本体には詳しく書いてないので、ちょっと不親切ですね。
――一見すると、2つのポートが使えるから機能的だと見えますが、高速充電には対応していないと。それぞれ使われている部品には違いはありますか?
B社とC社は、MOSFETやPower Switchなど特殊な部品を出力整流素子として使っていますが、A社はコストダウンのためか普通のダイオードを使っています。
電源制御ICとUSB PDコントローラは、三者三様ですね。A社とC社はどちらも中国製で、機能的に似ています。B社の電源制御ICはアメリカ製、USB PDコントローラはドイツ製でした。
――作っているメーカーまでわかるんですね! それぞれ部品の原価はいくらくらいでしょうか?
あくまで推測ですが、それぞれの部品の平均金額はこれぐらいだと思います。
・電源トランス 20円
・電源制御IC 50円
・USB PDコントローラ 50円
・その他電気部品 50円
・プリント基板 20円
・ケースその他 10円
A社はざっくり200円くらい。C社は、A社より定格が大きめの部品を使っているので、20~30円程度高いでしょう。B社は電源制御ICとUSB PDコントローラが他社より良いものを使っているので、合わせてプラス30~50円くらいと予想しています。あとB社は手作業のコストが高いでしょう。
複雑な設計なのに安い? 作り手の努力と苦労の軌跡
――山崎さんの視点で、作り手の努力や苦労の跡が見えるところはありますか?
A社とC社は、内部構造や部品構成はほぼ同じですが、C社のほうが全体的に少し大きめで、余裕を持たせた設計です。電源トランスとサブ基板の間に絶縁シートを入れている、シリコンボンドによる部品の固定箇所が多い等、安全面や衝撃への対応はA社より考えられていますね。ただA社が不安全かというと、そうでもありません。
B社は小型にするために、基板の配置や回路の分割でかなり工夫しています。電源制御ICのサイズが大きいし、ケース側に接触するように配置して放熱を意識している。部品もシリコンボンドで固定して、衝撃で不安全にならないような配慮が見られます。その代わり、組立が非常に難しくなっており、よくこれを作ったなと感心しました。
――B社は中国のメーカーですが、中国企業がイノベーションを起こしている近年の状況も影響しているのでしょうか?
そうですね。やはり生き残るのは理由があると思います。部品を集めてきて、普通に作ればA社のような設計になる。「これをどうしたらコンパクトにまとめられるのか」というのは設計力です。
――創意工夫の痕跡が見える、と。日本では、こういう設計の考え方は?
昔は「難しい作業は日本でしかできない」という時代がありました。ただ僕の感触だと1990年ぐらいから、日本の工場が「とにかく効率化しろ」となり、難しい作業をしなくなったんです。多品種少量生産でも、まず機械でやろうという話になり、次に「人が変わってもミスがでないように設計しろ」となっていきました。
いまB社のような設計・製造を日本でやるとなると、すごく嫌がられると思います。高級オーディオなど、高く売れるなら日本でもやるかもしれません。でもこの値段で売るなら、ちょっと難しいでしょうね。
――それぞれの価格については、どう評価しますか?
A社は比較的シンプルな構造ながら、770円は安いなと感じます。基板や構造も危険なところや無理やり作っている感じはないですね。B社は、やや複雑な構造にもかかわらず2,000円を切っているのはすごいと思います。
C社は、構造的にはA社とほぼ同じです。使っている部品が少し高いですが、それを考慮しても値段差が大きい。3つを比較すると、C社は割高感があります。
――C社はなぜ高いのでしょうか?
ヨーロッパのメーカーで大手なので、高く売れるのだと思います。いわばブランド力ですね。消費者的には「ちょっと高いけど、安全性でいえば大手メーカー品のほうがいい」という心理が働くこともあるでしょう。
ACアダプターがなくなる? USB充電器の未来
――分解した3つの中で、山崎さんのおすすめはどれですか?
個人的にはA社です。12V出力に対応をしているし、コストパフォーマンスではダントツでしょう。
B社は、12V出力が必要なければ小型軽量なのでおすすめです。欲を言えば、ACプラグの歯が折りたたみ式であればよりコンパクトになりますし、もっと良かったと思います。
C社は、性能的にはA社とほぼ変わらないので、あえて選ぶ理由はないでしょう。「有名な老舗ブランドの安心感」で買うのはアリだとは思います。
――USB PD関連のガジェットは、今後どのように変化していくのでしょうか?
類似部品がいろいろな会社から出ていて、中国製で全部そろうので、今後もコストダウンが進むでしょう。ただACコンセントに直接挿すので、安全性でいえばきちんとしたメーカーのものを選ぶべきです。
USB PDの充電器は、2021年後半から大電力(100Wクラス)対応のものも1万円を切る値段で販売されるようになってきました。100WあればノートPCや液晶モニターにも使えるので、これまでのACアダプターからUSB PD対応チャージャーへの置き換えが進むのではないでしょうか。
――今までノートパソコンを買うと必ずACアダプターが付属していたけど、それがUSB PDに置き換わるのではないか、と。
はい。最近はType-Cのコネクタが付いているスマートフォンだと、充電器が付属しないようになってきましたよね。以前は粗悪な充電器がいっぱいありましたが、USB PD規格ができたので、規格化されているもの同士の接続ならしっかりと動くはずです。
――充電器は、今後より小型化していくのでしょうか? あるいは新たな機能が追加されるとか?
小型化と大電力化、2つの方向が考えられます。あとヨーロッパでは、「スマートフォンを買い換えるごとに充電器も交換」ではなく「共通化しよう」という方向に進んでいます。日本もおそらく同じようになるのではないでしょうか。
まとめ
分解によって、各社の製品に対する姿勢や設計の違いが見えてきました。今回のUSB PD充電器については、必ずしも安い=悪いというわけでもなさそうです。
今まではノートパソコンやスマートフォンを買い替えるたびに、新しいACアダプターや充電器を使っていました。しかし今後はUSB PDに統一されていくかもしれません。エコやSDGsの観点でも、充電器が標準化されていくのは良い動きと言えるのではないでしょうか。
取材+文:村中 貴士
編集:LIG