Windows XPはなぜ「傑作」と言われるのか? 覇権を握ったXP、ダメではないが遅すぎたVista

2001年の発売以来、今もって「傑作」との呼び声も高いOS、Windows XP(以下、XP)。サポートは2014年に終了しているのですが、こっそり使い続ける会社があったり、エラーがきっかけで駅ナカの電光掲示板がXPで動作していたことが判明したりするなど、発売から20年が経過してもいまだに社会のあちこちで動作しているOSです。

そんなXPには他のOSと比較してどのような特徴があり、そしてどのように市場に受け入られていったのでしょうか。

なんせ発売から20年が経過してパソコンやデジタルガジェットをめぐる状況も様変わりしており、「傑作」と言われても、何がそんなにすごかったのか、よくわからない人も多いはず。

そこで今回はビジネス・IT関係の記事を数多く執筆しているベテランライターで、PCおよびアプリケーションに詳しい柳谷智宣さんに、マイクロソフト製OSの歴史から遡って、XPのアドバンテージと今後のWindows OSの展望について伺いました。あのXPは、一体いかにして伝説的傑作となっていったのでしょうか。


柳谷 智宣(やなぎや・とものり)さん
ビジネス、ITを専門領域とするライター。紙媒体からWEB、ガジェットから法人向けプロダクトまで、幅広く執筆を手掛ける。お酒好きが高じて、2011年には「原価BAR」をオープン。スマートフォン、ソフトウエア活用術に関する著書多数。
WEBサイト:https://prof.yanagiya.biz/

XPは、初めての「安定した個人向けOS」だった

──巷の言説では「XPは傑作だった」と言われることも少なくないですが、実際のところはどうだったんでしょうか?

柳谷さん:XPのことを知りたいなら、まず、それまでのマイクロソフト製OSの流れを押さえておいた方がいいと思うんです。

そもそもXP以前には、MS-DOSをベースに発展したWindows 95から始まる「9X」系のOSと、それとは全く別の構造で、Windows 2000で大きく普及した「NT系」のOSという2系統がありました。

──その二つには、どういった違いがあるのでしょう?

柳谷さん:簡単にいうと、9X系は個人用で、NT系は業務用です。9X系は個人用のPCでも動くように軽い設計になっていますが、動作が不安定で、よくPCがクラッシュするんですよね。

対してNT系は安定している一方で、OSが求めるPCのスペックは個人用PCより高め。当時の家庭用PCで使うと動作が重たくなります。

──90年代末までは、仕事で使うOSと個人で使うOSが別物だったわけですね。

柳谷さん:そうですね。一般家庭にも普及したWindows 95は、MS-DOSから脱却してマウスで操作できるようになった、「今に至るWindows」の原点です。初めてスタートボタンができて、これがその後のWindows OSの基本になりました。それが正統進化したのがWindows 98。USBなど、現在までつながる機能が使えるようになったのはこの代からですね。

ただ、その後出てきた9X系OSであるWindows Meが、ものすごく頻繁にクラッシュするOSだったんですよね。機能を拡張して色々な機能を盛り込んだのはよかったんですが、元の安定性の低い9X系OSをベースに「建て増し」しまくった状態だったので、非常に不安定だった。ぶっちゃけ、このMeは不評でした。

──確かに、Meはネットでネタにされるくらい不評でした。

柳谷さん:一方で、98とMeの間にはNT系の業務用OSであるWindows 2000がリリースされています。これは業務用だったので、安定性重視。

実際、自分もライターの仕事でMeのことを書いてはいましたが、普段の執筆に使っていたのは2000でした。そのくらい9X系は不安定だったし、今では想像できないくらい、しょっちゅう落ちたんです

──今の若い人だと、「OSが不安定でよく落ちる」というのがもうよくわからないかもしれないですね……。

柳谷さん:そこで、「個人向けでありつつ、NT系の安定性も併せ持ったOSを」、ということでリリースされたのが、Windows XPです

XPの登場によってようやく個人用OSでも安定した環境が手に入ったし、同じものが仕事でも十分に使えるくらい出来が良かった。いわゆる「何もしていないのに壊れた」というケースが発生しづらい、個人用なのに普通に動く初めてのOSが、XPだったんですよ。

爆発的普及の結果「XP一強」、「世間のPCはほぼXP」の状況に

──では、XPが傑作だと言われる理由は、「個人用PCで使えて、動作が安定していたから」になりますかか?

柳谷さん:それが一つの理由だと思います。値段も安かったですし、仕事でも使えるということで一気に世の中へ広まりました。そしてもうひとつは、発売当時の社会状況。

ちょうど2001年ぐらいって、インターネットの話題が広がっていて、世の中が「そろそろうちにもパソコン欲しくない?」っていう時期だったんですよ。雑誌もインターネットを取り上げてたし、フリーソフトや自作パソコンも盛り上がってました。「初めて買ったPCがXPだった」という人も多かったでしょうし。

──確かに、自分もそうでした。

柳谷さん:後は「会社と自宅で同じOSを使える」という状況を作ったのも大きかったですね。業務用でも使えるほど安定していたし、企業で本格的にPCの導入が進められる状況を作ったのはXPからだったと思います。

──XPの安定性によって、仕事でも日常生活でも、当たり前のようにPCを使う状況ができたわけですね。

柳谷さん:オフィスと家庭にXPが普及した結果、今度は周辺機器や対応ソフトもXP向けのものがたくさん登場しました。そうなると、よりユーザーも増えますよね。それと並行してマイクロソフトも定期的にサービスパックをリリースして、XPを機能拡張し続けた。

そうなると開発者もXP周辺に集中するし、XP対応のフリーソフトやソリューションも増える。こうして、XPを中心としたコミュニティーが相乗効果で盛り上がっていきました

当時、Apple製品はまだまだ高価でマニアックだったので、結果として「XP一強」の状態ができあがったんですよね。結果的にサポートが切れるまでに10数年間ありましたから、「これしか使っていない」「これしか知らない」という人もいるわけです。

──マジで覇権を取ったわけですね……!

柳谷さん:銀行のATMなどへの組み込みOSとか、いろいろな企業の業務システムに広く採用されたのもこれが理由ですね。なんせ開発者が多いから、システムに組み込んでもその後が楽なんです。

ただまあ、実は特大のセキュリティホールも見つかってはいるし、今だったら大炎上しそうなものもあったんです。当時は「そんなもんか」で済んでましたけど……。

──表立って言うこともないですが、実は未だにXPでシステムを動かしている会社もあると聞いたことがあります。

▲ Twitterで「XPだった」で検索すると、皆さんの「XP発見報告」ツイートがちらほら

柳谷さん:それは「XP用で組み上げた業務システムを使い続けたいから」という、消極的な理由からだと思います。XPでしか動かないシステムを使っている仕事の場合、それを全部作り直すと何億円とお金がかかる場合もありますから。

その後のWindows 7には無償アップデートも可能だったんですが、ネットに接続しなければ外部から攻撃も受けないし、使っているシステムがアップデート後に動く保証もない。「いま動いているんだから放っておいてくれ」という感じですね。

──では、「まだ使われているからXPはすごい!」という話ではないわけですね。

柳谷さん:そうですね。これも、コンピューターによるシステム制御が広く普及した時期のOSがたまたまXPだった、という理由が大きいです。

初めていろんな企業で幅広く使われたのがXPで、インフラも残っているし、お金もないし、ネットに繋がっていなければ大丈夫だろうということでリプレースが進んでいない。 XPが強烈に高性能だったわけではなく、単に基幹システムがXP対応で7以降では動かないから、入れ替えられないだけだと思います。

Vistaは、XPの割を食った「不遇OS」だった?

──XPの次に発売されたOSがWindows Vistaです。こちらについては「ハズレOS」と言われることも少なくないですが……。柳谷さんはどうお考えですか?

柳谷さん:個人的には、Vistaは決してダメではなかったと思います。自分の連載でも単行本でも、Vistaは褒めてますよ。「敢えて」とかではなく、もう普通に「いいOSです!」って書きました。現在のWindows OSの基本形を作ったのはVistaだし、ハイレベルなOSだったと思います

──では、なぜ「ハズレだった」と言われているのでしょう?

柳谷さん:理由の一つには、リリースが遅かったことがあります。通常Windows OSの更新サイクルは3年ほどなんですが、Vistaの発売はXPの5年後。マイクロソフトがハイレベルなOSを作ろうとした結果なんですが、結果的に発売が2006年になってしまった。

先ほどお話ししたように、その間にXPを搭載したPCが広く世の中に普及したわけです。それによって、世間で使われているPCがほぼ全部XPになってしまった

──「XP一強」状態が、想定より長く続いてしまった結果、XPが浸透しすぎたわけですね。

柳谷さん:Vistaは高機能だったんですが、PC側に求めるスペックも高く、当時のハイエンド機でやっと動くくらいの性能でした。でも、XPが一強になってしまったおかげで、世の中に出回っているPCはXPを動かすことを前提にした、スペックを抑えたものばかり。

柳谷さん:Vistaは要求スペックが高くなっているのに、販売価格を抑えたいのはメーカーもユーザーも同じだから、結果として「在庫があるXP用のPCに、Vistaを入れて売る」なんてことが起きるようになってしまいました。そうなると動作も重いし、思うように動かせないので、「VistaはダメなOS」という印象を持たれてしまった。

──Vistaがダメだったというより、「先代が強すぎた」わけですか……。

柳谷さん:そうですね。しかし「世の中全体がXP基準になってしまった」というのもVistaの開発期間の長さが招いた側面があるので、マイクロソフトの責任ではあります。開発が遅れた結果、世間が5年以上XP一色で、「こんなに長い期間、皆が同じOSを使っている」ことはそれまでなかったんですよ。

言ってみればVistaは、XP基準の環境ができてしまった結果、本来の評価が受けられなかった「不遇のOS」なのかもしれません。現に自分は当時、Vistaの要求スペックに適合したPCに入れて使っていましたが、快適に動いていましたから。

──OS本来の出来とは別に、時代と状況によって評価が左右される……。難しいものですね。

柳谷さん:とはいえ、その次に出たWindows 7は、実際のところVistaと機能面でほぼ差はありませんでしたから。当時のマイクロソフトに「損をした」「失敗した」という実感はほぼなかったと思います。

7はセキュリティ面を強化したので企業用途でも使えたし、ハード側のスペックが追いついたこともあり「神OS」と呼ばれるようになりました。このヒットには、企業などの「Vistaの時はもう次期OSの噂があったからアップデートを見送ったけど、今度はやらないと」という考えもあったと思います。

──そう聞くと、本当にVistaは運が悪い……!

柳谷さん:XPの安定感が愛されすぎた結果「XPを使い続けたい」というニーズが予想外に高くなっていたんですよね。XPしか触っていないという人も多かったですし。そういった理由でVistaは買い換えのサイクルをひとつ飛ばしにされてしまったわけですが……。通常のサイクルで発売されていたら、VistaとXPの評価はまた違っていたのかもしれない(笑)

新OS「11」は、PC買い替えを促すための施策?

──直近のOSとしては、最新のWindows 11が話題になりました。「10で最後」と言っていたのに続きがあったので、驚く人が多かったようですが。

柳谷さん:ぶっちゃけ、11と10って中身にはほとんど違いがないんですよ、最大の差はセキュリティ面です。

より堅牢なOSを使って欲しいというのがマイクロソフトの意向だと思うんですが、ユーザーが、スペックが低かったり古いPCを使い続けていると、これがなかなか実現しないんですよね。だから11は、「一定以上のスペックのPCだったら無償でアップグレードできる」という形で提供されているんです。

つまり、新しいOSをリリースすることで、最新機種へPCを買い換えることを促したいんじゃないかな、と。今すぐに11へアップグレードができなくても「ひとまず今10を使っている人は、しばらくそれを使ってね」「もし買い換える時には、11対応のPCにしてね」という感じですね。

▲ 常に最新の機能がベンダーから提供されるWindows 10や11のビジネスモデルは、いわゆる“SaaS”ビジネスとも共通点が。「でも提供しているのはOSなので、Windows as a Service(WaaS=ワーズ)といったところですかね?」(柳谷さん)とのこと(キャプチャはマイクロソフト公式WEBサイトより)

──10と中身が変わらないなら、前言を翻してまで「11」という名前をつけなくてもいいのでは……と思うんですが。

柳谷さん:それは多分、「同じ10なのに、PCが古くて最新版にアップグレードできない」という混乱を避けるためでしょうね。「違うものだから要求するPCのスペックも違ってきますよ」という点をわかりやすく伝えようと思うと、「これは11です!」と言い切ってしまったんだと思います。

──なるほど……。しかし、今後のWindows OSとマイクロソフトってどうなっていくんでしょうか? 一応「10で最後」と言っていたわけですが。

柳谷さん:実際のところ、マイクロソフトが収益をあげる方法はOSの販売ではなくなっているんです。10の特徴は機能が進化し続け、それが勝手にアップグレードされていくことなんですが、そのことからもOSで稼ぐつもりがもうないということがわかりますよね。

──そうですね。タダで機能を追加してくれるわけですから。

柳谷さん:だから、今後のマイクロソフトのビジネスモデルって、法人向けのビジネスソリューションの提供と、アプリストアの「Microsoft Store」の運営が二本柱になっていくと思います。というか、現在もすでにそうなっている。

OSの無償提供もアプリストアの運営も、元はと言えばAppleがエコシステムとして採用したものですよね。マイクロソフトはWindows 8とSurfaceの発売のころからAppleを参考にしたビジネスモデルを取り入れていましたが、今後はよりその傾向が強まると思います。

▲いまやお馴染みになったマイクロソフト「Surface」シリーズは、Windows 8やMicrosoft Storeとほぼ同期生。当時はスマートフォンやタブレットが定着し出した時期で、マイクロソフト的には「Windows 8でスマホライクなUI(Metro UI)を導入したが不評で、アプリストアもなかなかうまく行っていなかった頃」(柳谷さん)とのこと(キャプチャはマイクロソフト公式WEBサイトより)

──少しAppleの後追いっぽい感じもするんですが、今までより収益は上がるんでしょうか?

柳谷さん:他にも、法人向けにクラウドサービス(Microsoft Azure)を提供しているんですが、それを使っている企業もたくさんありますよね。こっちはもう勝手に儲かるっていうのもあって、昨年(2021年)7月〜9月の純利益は205億ドル(※)だそうです。

※ 2022年第1四半期の決算発表による。純利益は48%増の過去最高で、ビジネス用クラウドサービスはコロナ禍の影響を受けて引き続き売上げを伸ばしている。205億ドルは、日本円にするとおよそ2.3兆円

──すごいですね……200億ドル……!

柳谷さん:Windows 8の時に始めたMicrosoft Storeもようやく成功しかけているので、今後はよりエコシステム系のビジネスに注力していくのかな、と。

今はノーコードプラットフォームが基本になっているので、Microsoft StoreでもAndroid向けでも売れるアプリを作ることが容易になるし、今後はそちらとも混ざっていくのかなと。そうなればXP時代のように開発者がWindowsに戻ってくるし、今後はいいサイクルが生まれてくると思いますよ。

文=しげる/図版とイラスト=藤田倫央/編集=伊藤 駿(ノオト

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