留守番中の子どもの見守りを助けるロボット「BOCCO」や、ベビーモビールとスマートフォンを連動して親子がコミュニケーションを取れる「Paby」など、IoTを活用して家族のつながりをサポートするプロダクトを開発している。それが、「ロボティクスで世の中をユカイにする」をテーマに掲げる企業「ユカイ工学」です。
実は、同社のCEOである青木俊介さんは、「チームラボ(※)」の共同創業者の1人でした。しかし、自身が幼い頃から叶えたかった“夢”を実現するため、チームラボを退職し、ユカイ工学を設立したのだといいます。
青木さんが叶えたかった夢とはいったい何か。そして、なぜ“家族のつながり”を支えるプロダクトを開発するようになったのか。話を聞きました。
※…「ウルトラテクノロジスト集団」を自称し、“テクノロジー×芸術”という領域において先鋭的なものづくりを得意としているベンチャー企業
「ロボットを作りたい」という夢を、ずっと持ち続けていた
―青木さんが、「ロボット」をテーマにした会社であるユカイ工学を設立したのは、どのような経緯があってのことなのでしょうか?
青木:実は中学生の頃から、「ロボットを作りたい」という夢をずっと持ち続けていました。その夢を持ったのは、当時よく観ていた映像作品の影響がすごく大きくて、特に影響を受けたのは映画の『ターミネーター2(※)』ですね。
ほとんどの人は、未来から送りこまれるサイボーグや、主人公の少年であるジョン・コナーのファンになると思います。けれど私は、人工知能を生み出したエンジニアであるマイルズ・ダイソンというキャラクターにすごく憧れていたんです。「自分もいつかは、コンピューターを使ってロボットや人工知能を作ってみたい」と思っていました。
けれど、チームラボを設立した2001年頃は、「ベンチャー企業がロボットを作る」ということは技術的にも金銭的にも、まだまだ現実的ではなかったんです。だから、ロボットを作る夢は胸に秘めたままでいました。
―その想いが、「自分もロボットを作ろう!」に明確に変わったのは、いつ頃からですか?
青木:愛知万博が開催された2005年頃からですね。その頃から、ロボットを扱うベンチャー企業が少しずつ登場してきていました。「これはそろそろ、ベンチャー企業でもロボットを作る環境が整ってきたのではないか」と考えるようになったんです。
チームラボに所属したまま、自分の夢であるロボット制作をするのは難しそうだったので、一念発起して退職しました。その後、2007年、ユカイ工学の前身であるロボッティクスベンチャー・ユカイ工学LLCを設立し、それが最終的にユカイ工学となったんです。
※…アメリカの大ヒットSF映画。人類と機械の戦争が続いている近未来から、それぞれの勢力によって現代に送りこまれたアンドロイドと、戦争を回避すべく奮闘する人間たちとがくり広げる闘いを描く。
BOCCOは、鍵っ子を見守る座敷わらし
▲ユカイ工学が“家族同士のコミュニケーション”を促進するため開発したロボット『BOCCO』。スマートフォンのアプリを使用してテキストか音声でメッセージを入力することで、BOCCOがそれを喋ってくれる。もしくはその逆に、BOCCOに音声でメッセージを入力することで、それがスマートフォンのアプリにテキストとして送信されるという機能を持つ。また、付属のドアセンサをドアに取り付けると、ドアの開閉をスマホに通知させることも可能である。
―ユカイ工学が生み出したプロダクトの中でも、特に個性的なのが家族をつなぐコミュニケーションロボット「BOCCO」かと思います。これはどのようにして誕生したのでしょうか?
青木:BOCCOを制作するにあたり考えていたのは、「スマートフォンを使えない小さい子供たち。その中でも特に“鍵っ子”を手助けするプロダクトを作りたい」というコンセプトでした。
―それはなぜですか?
青木:実は、私自身も共働きで子供がいて、その子が小学校に上がるときに鍵っ子になってしまうので、まずは自分の子供とのコミュニケーションを上手く取れるようなプロダクトにしたかったんです。
それに、共働きのご家庭は6割以上と言われていますから、多くの親も同じような課題を抱えているはず。ニーズは十分にあると考えました。そこから、BOCCOの開発がスタートしたんです。
▲BOCCOの開発過程で作られたというデザインプロトタイプの数々。そのフォルムは、“おもちゃ”を参考に作られたという。
―多くの企業は、ロボットを人間らしい造形にしよう、多機能にしようと考えてプロダクトを作ることが多いです。でも、BOCCOはデフォルメされた愛らしい形状である上に、機能がとてもシンプルですよね。それはなぜですか?
青木:「家庭にあって、家族とのコミュニケーションを円滑にしてくれるロボット」はどうあるべきだろうと考えたときに、人間らしく“ない”もののほうがいいという結論に至ったからです。
人間って、「人間ととても似ているんだけど、実は人間ではないもの」に恐怖を感じます。ホラー映画に登場するキャラクターをイメージしてもらえるとわかりやすいでしょうか。
現在、各企業が開発している様々なロボットも、自分の家に置いてあったらちょっと気味が悪いものって多いですよね。人間に似ているからこそ、不気味さが生まれてしまうんです。だからこそ、家庭にあるロボットは人間とは全く違う形状のものでいいと思っています。
多機能にしていないのも、それが理由です。生活の何から何までをロボットに監視されたり、支配されたりするのって、すごく息苦しいじゃないですか。
―「家庭を幸せにする」というコンセプトが、BOCCOをはじめとしたユカイ工学のロボットには一貫しているのですね。
青木:はい。それに関連した話をすると、BOCCOは“座敷わらし”のようなプロダクトを目指していました。座敷わらしって、その家に住んでいる人たちに幸福をもたらす存在だと言われているんです。それって、僕たちが目指しているロボットのあるべき姿と近いなと思っています。
ロボットの果たすべき役割は、人々の生活をなんとなく幸せにすること。そこにいるだけで少し人生を豊かにしてくれること。それだけで十分だと僕は考えているんです。
目指すのは、「家族みんながスマホをいじらない」未来
―これから、「家庭用ロボット」という領域は、どのように発展していくと考えていますか?
青木:これから10年以内に、家庭用ロボットが一家に一台当たり前のようにある未来がきっと到来すると考えています。これによって、私たちが抱えている家事や介護などの負担がかなり軽減される可能性が高いです。例えば、お年寄りをお風呂に入れてくれるロボットなどが登場してくるかもしれません。
加えて、これからは「スマートハウス」と呼ばれる、IoT機器がたくさん設置された家が普及していき、その機器の入力インターフェースとしても、ロボットは活用されるようになると思います。「エアコンを○度にして」とか、「お風呂を追い炊きして」と話しかければ、それを実現してくれる。そんな未来が、夢物語ではなくなりつつあるんです。
―そんな時代において、これからユカイ工学はどんなロボットを作り出していきたいですか?
青木:やはりこれからも、“家族同士のコミュニケーション”を後押ししてくれるロボットを作れたらいいなと思います。
パソコンやスマートフォンの普及によって、僕たちは世界中の人たちとつながれるようになりました。けれど、一番近くにいて大切な存在である家族との距離は、実は遠くなっているんじゃないかと考えることがあるんです。
例えば、飲食店などで家族全員が別々のスマートフォンの画面を観ながら食事をしている光景を見かけることがありますよね。すごく寂しいですし、本来は目指すべき状態ではないと思います。
あれが起こってしまうのは、パソコンやスマートフォンなどのツールが「1人で使うこと」を前提に作られているからです。だからこそ、「1対多」のコミュニケーションを前提としたプロダクトを開発して、本当の意味で人と人とのつながりを強くしていく。それが、エンジニアの果たすべき役割でしょう。
―それを実現しようとしているのが、ユカイ工学の開発するロボットだということですね。
青木:そうなんです。きっとロボットが、近未来の“一家団らん”を実現してくれる。僕はそう信じています。
家族へ向ける温かな眼差しが、開発をつき動かす
パソコンやスマートフォンなどの電子機器。そして、メールやSNSなどのコミュニケーションツールの登場は、私たちに「いつでも、どこでも、だれとでも」つながれる手段を提供してくれました。
にも関わらず、本来最も身近な存在であるはずの“家族”とのつながりは、それほど強くはなっていないのかもしれない。青木さんの言葉は、その課題を浮き彫りにして、私たちに見せてくれました。
しかし同時に、「それを解決するのもまたテクノロジーの力であり、エンジニアの役割である」という強い意志を、青木さんは訴えかけてくれたように思います。
ものづくりへ向ける熱い情熱。その裏側には、家族を何よりも大切に考える、彼の温かな愛情が隠されているに違いありません。
取材協力:ユカイ工学株式会社