「ロボット」という言葉から、どんな姿を思い浮かべるでしょうか。
Pepper、ドラえもん、AIBO、ターミネーター、戦隊ものの巨大ロボ……など、人によってさまざまな「ロボット」があるでしょう。では、こんなロボットはご存じですか?
▲「Qoobo」。もふもふのボディにしっぽがついている(提供:ユカイ工学)
動物のしっぽのような「Qoobo(クーボ)」は、日本のロボティクスベンチャー「ユカイ工学」による「しっぽのついたクッション型セラピーロボット」。抱き上げたり撫でたりすると、しっぽを振って応えてくれるロボットなんです。
他にも、スマホを持たない家族に声やメッセージを届けられる「BOCCO(ボッコ)」など、ユカイ工学は個性的なロボットを開発し続けています。どこか暖かみのあるロボットたちは、一体どのようにして生まれたのか。同社代表の青木俊介さんに話を聞くと、そこには「人とロボットが同居するユカイな未来」がありました。
青木 俊介(あおき・しゅんすけ)さん
ユカイ工学株式会社 代表。東京大学在学中にチームラボを設立、CTOに就任。その後、ピクシブのCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャー「ユカイ工学」を設立。「ロボティクスで、世界をユカイに。」というビジョンのもと家庭向けロボット製品を数多く手がける。
ユカイ工学株式会社:https://www.ux-xu.com/
効率化ではなく、生活を豊かにしてくれるロボットを
――今年9月、「Qoobo」の販売数がシリーズ累計3万匹を突破したと聞きました。
青木さん:ありがとうございます。世の中の反応が未知数の商品でしたので発売当初から国内外で多くの反響をいただけたことに社内も驚いたのですが、コロナ禍に入ってからはさらに売れ行きが伸びてきて。巣ごもり需要にマッチしていると、メディアでもかなり注目していただきました。
――コロナ禍でペットを飼う人が増えたとも聞きますし、こうしたロボットも求められてきたということでしょうか?
青木さん:それが大きいと思います。人と直接会う機会も減って、家で過ごす時間が増えたとき、自分ではない他者の存在が欲しくなるのは人間にとってすごく自然なことなのでしょう。私の知り合いも、「人間とのリアルなやりとりが減って、スマートスピーカーに話しかけるようになった」と言っていましたし。
――でも、最新のスマートスピーカーであればそれなりの受け答えはできますが、Qooboはしっぽを振るだけですよね。それでも「そこにいてくれて嬉しい」と思えるのはなぜなのでしょうか?
青木さん:例えば犬や猫を飼っている人は、言葉をかわしていなくても、なんとなく意思疎通ができているように感じますよね。犬や猫と人との関係のように、言葉は必ずしも必要ではないというか、言葉以外の部分で伝わることもあるはずだと考えました。
それに仕事で疲れて帰ってきたとき、誰かと100%の力で会話するよりも、余計なことを考えず犬や猫と戯れたい、という気持ちってあると思うんです。
――それはありますね。「誰かがいてくれたらうれしいけど、相手を気遣って接するのは大変なのでちょっと……」というか。
青木さん:そうそう、ありますよね。家に誰かがいてほしい、でもやりとりするのは面倒くさい……。そんな一見矛盾するような需要に、ロボットがはまったのかもしれないです。
――Qooboも、しっぽの振り方という「言葉以外の部分」で気持ちが通じているように感じますもんね。
青木さん:そもそも、「意思疎通ができているかどうか」は人間の解釈や想像力による部分も結構あるんですよね。犬や猫に「おなかすいたのね?」と話しかけることもありますが、それは人間側の解釈次第でもあります。
裏を返せば、そうした解釈を引き出せる「余白」を持つことが、ロボットを作るうえで重要なポイントなのだと思います。Qooboはあえて顔や言葉を話す機能をつけずしっぽだけにすることで、触れ合う人が自由に解釈してコミュニケーションできる「余白」を作っています。
▲人の触り方にあわせて、時にはゆったり、時には元気にしっぽを振るQoobo。累計販売数が「3万“台”」ではなく「3万“匹”」なのもポイント
――そもそも、ユカイ工学では「ロボット」をどう定義されているのでしょうか?
青木さん:家庭におけるロボットのイメージって、「お皿を洗ってくれる」とか「料理を作ってくれる」とか、生活を楽にしてくれるようなものだと思うんです。でも、そうした動きをさせるには、技術的なハードルが非常に高い。世界最先端の研究でも、洗濯物をきれいに畳むのすら難しい状況ですから。
一方でお皿を洗うのなら食洗機があるし、洗濯機や冷蔵庫はロボットと呼んでも差し支えないくらいセンサーが充実しています。ならば、家庭におけるロボットの役割は、家事の効率化ではなく、日常生活に愉快さをもたらしてくれるものであってほしい。なので、私たちは「日々の生活を豊かにするもの」がロボットであると定義しています。
――確かに、家事をやってくれるロボットというと、今は掃除機くらいですし……。
青木さん:そんなお掃除ロボットも完璧ではなくて、あらかじめ人間が部屋の物を片付けたりしないといけませんよね。それでもコードに絡まってしまったり、何度も同じところにぶつかっていったり、充電台にたどり着けず部屋の隅っこで力尽きてしまったり……。でも不思議と、「不良品だ!」と怒るんじゃなくて「よく頑張ったね」という気持ちになりませんか?
――わかります。機械なのにちょっと抜けているというか、かわいげがありますよね。
青木さん:人間は動きのあるものに生命を感じてしまうので、お掃除ロボットを生き物のように扱う方も多いのではと思うんです。喋ったりする家電製品もありますが、家電に生き物を感じる人はそう多くはないですよね。
そう考えると、人間はロボットに「生き物らしさ」を求めているのかもしれません。生き物らしさを感じて、人の心を動かすことができる。それこそが「ロボット」の良さだと思うんですよね。
同じ「薬飲んだの?」でも、ロボットからなら素直に聞ける
――ユカイ工学では、ロボットの開発をどのような流れで行っているのでしょうか?
青木さん:年1回は社員全員を巻き込んだアイデアのコンペをして、実際にプロトタイプを作りデモを行っています。企画書よりは、動くものを見ておもしろいかどうかを判断していますね。
コンペでは、個人の思いを形にすることを重視しています。社会の課題解決を目的にするのではなく、「誰がなにを言おうと自分はこれがほしい」という熱量が大事ですので。
ちなみに、Qooboを提案したデザイナーはもともと北海道育ちで、犬が10匹以上いるような家で育ったそうなんです。でも東京はペットを飼うハードルが高いので、「家に帰ったら尻尾を振って待っていてくれるロボットがいたら」という思いからスタートしたプロジェクトでした。開発時はみんなで動物園に行って、いろんな動物の尻尾を観察したりしましたね。
――そうだったんですね。BOCCOも社内のコンペで生まれたんですか?
青木さん:いえ、BOCCOは私の子どもが鍵っ子になってしまうことから生まれたんです。スマホを持たせるにはまだ早いけど、なんらかのやりとりはしたいし、子どもが家にちゃんと帰ってきたことも知りたい。そこで、スマホの代わりに、メッセージや見守り機能を備えたロボットを考えました。
▲コミュニケーションロボット「BOCCO」(写真左)。右側は新型の「BOCCO emo」。外出先から専用アプリでメッセージを送ると、家にいるBOCCOが読み上げてくれる。逆に、BOCCOに録音した声を専用アプリに届けることも可能。他にも、リマインド機能や、別売りのセンサーと連動した見守り機能なども備える(提供:ユカイ工学)
――やはり「自分はこれがほしい」という思いが中心にあったんですね。「BOCCO」には「BOCCO emo」という新しいモデルもありますが、これは?
青木さん:人のエモーショナルな部分に働きかける機能をもっと強化しようと進化をさせまして、エモーショナルから「emo」と名付けました。頬を赤らめたり、頭にあるぼんぼりを振ったり、感情の表現力を上げています。
これはBOCCOのユーザーさんから聞いたお話をヒントにして、「人に働きかけられるデバイス」としてのBOCCOの特徴を伸ばした結果です。
――人に働きかけられるデバイス?
青木さん:例えば、おじいちゃんおばあちゃんがいる家庭では、毎日の食後に「薬飲んだ?」と聞くのが大変、ということがあるそうです。これは聞く側の心理的な負担ももちろんだし、あまりにしつこく尋ねたら「いちいちうるさいわね」と相手の機嫌を損ねてしまうし、言い方が難しいと。
でもロボットが「薬を飲んでね」と伝えるようにすると、素直に飲んでくれるそうなんです。「この子が言うなら飲もうかな」と。他にも、運動会の練習を嫌がるお子さんを毎日ロボットで励まして、なんとか運動会当日まで学校に行くことができた、ということもあったそうで。
――人に言われるよりも、ロボットから言われるほうが素直に受け入れられる……ということですか。
青木さん:人間が言うと、言葉以上の、発言に裏にある“メッセージ”を感じてしまうんですよね。一緒に住んでいる人から「ゴミを出したの?」「薬を飲んだ?」と聞かれると、「なんでやってくれないの?」「また忘れてるの?」と責められた気持ちになるじゃないですか。でもロボットが言ってくれると、そうした“メッセージ”が乗らない。誰も悪者にならないんです。
――なるほど! 確かに、スマートスピーカーに「ゴミの日だよ」と言われるのと、ロボットに同じことを言われるのでは、後者のほうが受け入れやすい気がします。
▲BOCCOの「リマインド機能」についてはこちらから。喋るのにあわせてぼんぼりが揺れたりと動きもすごくキュート
青木さん:スマートスピーカーとの大きな違いは、ロボットをかわいがってくれていることでしょうね。高齢者の方にアンケートを採ってみると、BOCCOにオリジナルの名前をつけてかわいがっている方が多いんです。「この子が自分のことを心配してくれる」「とてもいい子ね」と感じてくださるのが大きいと思います。
――先ほどの「生き物らしさ」が、ここで生きてくるんですね。
青木さん:そうですね。高齢者の見守り機能としても、生き物らしさはメリットだと感じます。市場には、カメラやセンサーなどを活用した見守りサービスもあるんですが、見守られるほうは家に機材が増えるし無機質なので、「監視されている」と感じてしまうんですね。
一方BOCCOは、部屋に置いても違和感がないし、「そこにいてくれて嬉しい」と感じてもらえる。こうした存在は、やはりロボットならではだと思います。
四次元ポケットがなくたって、ドラえもんは家にいてほしい
――近年ではロボティクス研究のめざましい発展をしていますが、ユカイ工学のロボットは、決して最先端機能を多分に盛り込んでいるわけではありませんよね。青木さんご自身で、最先端のロボットを手掛けたいと思うことはないのでしょうか?
青木さん:そうですね……。最先端の技術を使うほど価格は上がりますし、それに伴ってユーザーさんの期待値も跳ね上がります。それに、「最先端の技術が使われているロボット=みんなが喜ぶロボット」というわけではないんですよね。僕たちが一番やりたいのは、ユーザーさんに喜んで使ってもらえるものを作ることで、そこは最先端の技術だから解決するものではないかなと思います。
僕が最終的に目標としているのは、『となりのトトロ』のような世界観なんです。身の回りにトトロのようなロボットが何種類もいて、なにかトラブルが起きたら「大変だ! 大変だ!」と助けてくれる、みたいな。
――メイちゃんが行方不明になったのをロボットと一緒に探しに行く……。想像しただけでとても楽しそうです。
▲BOCCOはアプリやセンサを活用して、自宅の鍵の開け締めに反応して通知をとばすこともできる
青木さん:ダイエットしたいときに、体重を記録したり、食事のカロリーを計算したりするんだったらスマホアプリでも十分じゃないですか。そういった関わり方でなく、ロボットが甘い物を隠したり、運動しようと外に引っ張り出してくれたりするわけです。人間ができたらいいなと思っていることを、一緒に手助けしてくれる。そんなロボットが理想ですね。
――「できたらいいな」を叶えてくれるロボット。まるでドラえもんですね。
青木さん:確かに、ドラえもんはひとつの目標でもありますね。ドラえもんのいちばん素敵なところって、常にのび太くんの味方になって、励ましてくれることだと思うんです。たとえ四次元ポケットがなかったとしても、ドラえもんには「ドラえもんという存在」として、そばにいてほしいじゃないですか。
――いてほしいです。家に帰ったらどら焼きを食べながらゴロゴロしていて、「おかえり〜」って出迎えてほしい。
青木さん:ある意味、ドラえもんは「究極のパーソナルトレーナー」なんですよね。ひみつ道具が必要なら4次元ポケットだけあればいいのに、ずっとそばにいて、のび太くんの成長を見守っている。何かを成し遂げたいとき、人間にはそうした「伴走してくれる存在」が必要で、ロボットがその役割を果たせるんじゃないかと思っています。
▲Qooboよりもひとまわり小さいPetit Qoobo(プチ・クーボ)は、「連れて歩きやすいサイズ感」をコンセプトにプロジェクトスタート。開発・販売にあたりクラウドファンディングで支援者を募集したところ、支援者数1330人、達成率2671%でプロジェクトはフィニッシュした
――「BOCCO」や「Qoobo」も、そうした存在になっていくのでしょうか。
青木さん:そうですね。BOCCOは見守り以外にも、子どもの学習パートナーや健康管理、資産のアドバイスなど、いろいろな場面で役立てられます。パーソナルトレーナーという意味では、語学学習のサービスをBOCCO経由で提供して、一緒に勉強してもらう、ということもできるかなと。
やろうと思えばできる。でも、やろうと思っていてもできないことがあるのが人間ですから。そこにロボットが寄り添える場面は、まだまだあるのではないかと考えています。
文=井上マサキ/図版とイラスト=藤田倫央/編集=伊藤 駿(ノオト)