電気電子業界向けの部品メーカーだった株式会社由紀精密。バブル崩壊後、業績は悪化。仕事がまったくない日々を過ごしました。
そんな折、同社に常務として就任した大坪正人さんが改革を進め、航空宇宙や医療機器に活路を見出だし、V字回復を実現しました。
由紀精密はいかにして倒産危機を乗り越えたのか、3代目の社長となった大坪正人さんに話を聞きました。
子ども時代からモノづくりに携わった
――大坪さんのモノづくりとの出会いについて教えてください。
大坪:小学校低学年のころ、レゴブロックや超合金の玩具にハマったのが私の原体験です。ラジコンを作ったりするのも好きで、小さいころからよくやっていました。両親が小規模な部品メーカーを経営していたこともあって、部品づくりを手伝うこともしました。
――将来、モノづくりをやっていきたいと思ったのはいつ頃ですか?
大坪:小さい頃の体験を自分の仕事と結びつけて考えたことがなかったので、本当にモノづくりを意識したのは大学で機械科に進んでからです。自動車が好きだったこともあって機械科を選びました。技術系の設計とか開発をやりたいと思ったのです。何かきっかけがあったわけではなく、「将来はそういう技術の仕事をするのだろうな」と漠然と思っていました。
――ご両親の影響も大きかったのですか?
大坪:どうなのでしょう。気付いたときには車とか時計が好きになっていました。
――大学は東京大学ですね。学部は工学部ですか?
大坪:工学部の産業機械工学科です。
――家業を継ごうと思ったのはどういう思いからですか?
大坪:前職のときはまったく継ぐ予定はなかったのですが、「家業の調子が悪い」という話を聞いて放っておけない気持ちになったのです。あと、前職時代に事業再生のプロジェクトでコンサルティングをしていたこともあって、いつか家業を継ごうと思うようになりました。
――前職は何と言う会社ですか?
大坪:当時はインクス、今はSOLIZEという会社です。
――職種としてはコンサルタントですか?
大坪:職種は開発者でした。研究開発をしていまして、その中でM&Aした会社に技術者として入っていって、中の経営と技術を立て直すみたいな仕事をしていました。
倒産危機を乗り越えて
――御社には倒産の危機もあったと伺いましたが、どういう状況だったのですか?
大坪:もともと由紀精密は公衆電話や電気電子関係の部品を作っていました。しかし部品の需要がなくなって、売上がガタンと落ちてしまったのです。それで、借金を抱えて、返済するのも大変な状態になってしまって。仕事がまったくない日が続きました。そんな中で私は立て直しのために由紀精密に入ることにしたのです。
――立て直すために色々したと思うのですが、いちばん大きなことは何をしましたか?
大坪:大きく3つくらいの施策を打ちました。1つは航空宇宙や医療機器に業界転換をしたことです。もう1つは社内に開発部を作り、開発の仕事を始めたことです。今まではお客様から図面をもらって作っていたのですが、設計もできる部署を作ったのです。あとは力を入れてPRをやりました。このあたりでだいぶ変わってきましたね。
――航空宇宙のノウハウはまだなかったのですよね。どうしてそこに着想されたのですか?
大坪:自社の強みを知るために、お客さんにアンケートを取ったところ、信頼性が高いとか品質が良いという意見が多かったのです。その強みが活かせる分野はどこだろうと考えたときに、品質がより高いものを求める業界ということで航空宇宙や医療分野が目に向きました。
人工衛星の部品を製造
――ロケットの部品を作っているのですか?
大坪:ロケットと言うよりは人工衛星のほうが多いです。ロケットエンジンの部品はつくっているのですが、みなさんが想像する大きいものではありません。ロケットエンジンは大小さまざまで、いちばん小さいものだと指先くらいのものもあります。そういう小さいものをつくっています。割合で言うと、関わっているのはロケットよりも人工衛星のほうが多いです。
――人工衛星の部品をつくっているのですね。クライアントはJAXAなどですか?
大坪:そうですね、JAXAとか。民間で言うとアストロスケール。宇宙のゴミ掃除をしている宇宙ベンチャーです。ほかにも宇宙系のベンチャーや小型衛星メーカーさんなどがうちのクライアントです。
――最初につくった航空宇宙関係の製品はどういったものですか?
大坪:最初は旅客機の部品だったかもしれません。特殊ネジなどです。
――それについての評判が良かったわけですよね?
大坪:そうですね。旅客機の部品というのは入り込むのがけっこう大変な分野なのです。そしてつくる手順が1回決まると、なかなか他に出せないようなものなので、最初に仕事を取れるとそれが続いていきます。また新しく部品が必要になるときに、注文をもらえるようになる感じです。
――「いける」という手応えはどのくらいあったのですか?
大坪:まず採用していただけたことがすごくありがたくて。あとは心配ばかりですね。不良品を出してはいけないので、ずっとヒヤヒヤしながらです。もちろん品質管理はきちんとやるのですが、それでもヒヤヒヤします。
――ミスは許されないというプレッシャーがあるのでしょうね。医療系のほうは何を作ってきたのですか?
大坪:背骨のインプラントです。
――こちらもミスが許されない分野ですね。
大坪:そうですね。そういうところに弊社の価値が出るのかなと思います。電気業界だからミスしても大丈夫ということは全然ないのですが。ただ管理がより大変で、一個一個の部品に品質管理のお金がかかり、そのぶんを単価に反映できるので一個あたりの価格が高くなります。
信条は誠実に、真面目に
――モノづくりをするに当たって大切にしている信条はありますか?
大坪:正面から向き合って、誠実に、真面目にやることですね。起こっていることをきちんと分析し、理論にまで展開しないといけないなと思っています。よくこの職人さんはできたけれど、あの職人さんはできないみたいなことがあります。でも何ができる原因なのかがわからないことはよくないと思います。
きちんと原理まで分析し、それにちゃんと対応することが大切です。今回たまたまできたけれど次回やったらダメだったとか、よくわからないまま片付けないで、きちんと原因を追究していくことが重要なのだと思います。
――今後の展望について教えていただけますか?
大坪:由紀精密の展望としては良いものを作っていって、世界に与える影響力を強くしていきたいと思っています。今は小さな会社なので、与える影響力も小さいのですが、私たちがつくる技術を使って世の中に良い影響を与えたいと思っています。
たとえば、私の大学時代の先輩が宇宙をキレイにしたいと始めた、宇宙のゴミ掃除をするプロジェクトに参加しています。日本人が「世界が出したゴミを真っ先に取っていくのだ」みたいな、すごく熱い思いでやっています。
それはやはり、宇宙環境がどんどん大変なことになってきているからです。誰かが壊れた衛星を取り除いたりしないといけないのです。なので、ゴミ掃除は今後の宇宙開発に深く関わってきますし、そうした分野でも私たちの技術が使われていくとよいかなと思っています。
取材協力:株式会社由紀精密