ネットを見るときに欠かせないウェブブラウザ。
キーワードを打ち込むだけで膨大な情報にアクセスできるブラウザは、人とネットをつなぐ窓口として必要不可欠なツールのひとつだ。
今回取材に訪れたのは、そんなウェブブラウザを開発する企業。純国産ブラウザ「Sleipnir(スレイプニール)」を開発するフェンリル株式会社だ。
「使う人の感覚までデザインする」という哲学の元、使いやすさやデザイン性を突きつめたSleipnirは、これまでに多くのコアなファンを獲得してきた。
▲R&D部所属。Sleipnir Windows版の開発リーダー上田さん。スタジオに併設された本棚にて情報収集。
今回は2011年の入社以来、Sleipnirの開発に関わり、現在Windows版の開発リーダーを勤める上田さんにインタビュー。
開発当初から2ちゃんねるユーザーと意見交換を行ない、それを直接開発に反映させてきたというSleipnir。その開発は、どのように行われているのだろう?
デザインと技術でハピネスを届ける
まずは、フェンリル株式会社とウェブブラウザ「Sleipnir」について簡単にご紹介しよう。
フェンリル株式会社は、現社長、柏木 泰幸氏がSleipnirの開発のために、2005年に設立した会社。現在は、Sleipnirなど自社サービスの他、ソフトウェア、スマートフォンアプリ、ウェブ サービスの開発・制作を行なっている。
▲2015年に完成したフェンリルのデザインスタジオ。フェンリルのデザイナーが空間のデザインにも携わる。
これまでにリリースしたサービスは、アプリケーションだけでも400本以上。業界内でもトップクラスの実績を誇っている。最近では、TEDxKobe にインスタレーション「Flumina」を出展するなど、デザイン×技術を使った作品作りにも積極的だ。
▲上田さんがシステムの開発を行った「Flumina」。右上の水差しを鏡に注ぐと、その動きに合わせて左側のディスプレイに模様が描かれる。利用者すべての模様が連なり、万華鏡のように色や形が変化する。
そんなフェンリルで開発されたSleipnirは、国産ならではのきめ細やかな機能が魅力のウェブブラウザ。現行のバージョン6には「1ピクセルに至るまで理由があるデザイン」「触れた途端虜になるジェスチャ」「100個開いていてもすぐ見つかるタブ」という3つの特長がある。その機能性の高さは、2004年のリリースから、シリーズ累計7500万ダウンロードという数字が物語っている。
豊富な機能と美しいデザインを兼ね備えたSleipnir。まずは、ブラウザのベースとなるエンジンの開発について上田さんに伺う。
Sleipnirを動かすエンジン「Chromium」とブラウザの仕組み
Sleipnirを動かすベースのエンジンは、「Chromium(クロミウム)」と呼ばれるGoogleのオープンソースウェブブラウザを使っている。
「ChromiumというのがSleipnirのBlinkエンジンのベースになっていて、それをカスタマイズして使っています。Chromiumに、プログラムを加えて、オリジナルのエンジンに仕上げていくというイメージですね」。
ブラウザのエンジンは、カーソルを動かしてクリックしたり、キーワード検索をしたり、ユーザーからの要求をウィンドウに表示させる役割を持つ、いわばブラウザの心臓部だ。しかし、ブラウザを動かすには、ベースとなっているChromiumの他に、ウィンドウ側のエンジンも必要だという。
「ウィンドウ側にも模擬エンジンのようなものがあって、それがユーザーとエンジンの架け橋になっています。例えばページを読み込んでいるときのマークを表示させるとか、エンジン側からの要求ですね。この要求をウィンドウ側のエンジンで処理して、ウィンドウに表示します。UI、ウィンドウ側のエンジン、Chromiumが相互的に動いて、ユーザーに情報を届けているんです」。
Sleipnirはこのような仕組みの上に成り立っている。上田さんは、この動作環境のほとんどの部分に関わっているという。その中でもメインとなるのがエンジン更新と不具合対応。そこには、オープンソースならではの楽しさと難しさがあった。
オープンソース「Chromium」を追従する開発環境
SleipnirのBlinkエンジンのベースとなっているChromiumは、Googleによって定期的なアップデートが行われる。それに合わせて、SleipnirのBlinkエンジンのエンジンを更新しなければ、さまざまな不具合が発生してしまうという。
「ChromiumをGoogleがアップデートする度に、Sleipnir向けに調整していた部分がまるまるなくなっていたり、場所が変わっていたり……何かしらのトラブルが発生していますね」。
Chromiumの更新に追従して、その都度Sleipnirのエンジンを調整する。内部解析と修正履歴を見ながら、Googleがどこに変更を加えたのかを判断しながら、Sleipnir向けのプログラムを更新していくという。
「Chromium自体が未知の世界なので、解析しながらソースコードの理解を深めていますね。毎回トラブルが発生していて大変ではありますが、内部構造の理解が深まっていくのは、エンジニアとして楽しい瞬間でもあります」。
ブラウザのプログラムは、半永久的にアップデートを加えて修正、改良を続けていく。しかも、Chromiumのようなオープンソースを利用している場合は、ベースのアップデートを追従しなければならない。そのため、Sleipnirの開発は、ある意味Googleのエンジニアやプログラマーたちとの闘いでもあるのだ。
さまざまな不具合をカバー!「2ちゃんねる」を使ったユーザーとのやりとり
エンジン更新と共に上田さんの業務のメインとなっているのが、不具合対応だ。どんな不具合が、どのような環境で発生するのかを確認するために、Sleipnirでは「2ちゃんねる」を活用しているという。「Sleipnirのテスト版とかを投稿して、ユーザーさんに実際に使ってみてもらって感想を聞いています。たくさんのユーザーさんに使っていただいているので、多くの反応をいただけますね」。
ユーザーによって使い方が多種多様なブラウザは、どのような場合に不具合が発生するのか、開発元だけで把握することはできない。だからこそ、ユーザーから直接届く声こそが改良の鍵になると上田さん。
▲業務中の上田さん。一見静かそうに見えるものの、Chromiumのエンジニアやユーザーなど、さまざまなヒトとの闘いを繰り広げているのだろう。
「特定の条件で発生するトラブルもあって、ユーザーからの声がなければ調べようがないんですよ。どんな不具合がどのようなサイトに訪れたときに発生するのかとかを直接聞いて、こちらでそれを再現して修正する。もちろん、バグを発見できなかったり、システムの関係で直せなかったりもあるのですが、ユーザーとの直接のやりとりは、開発になくてはならないものです」。
このようなユーザーとのやりとりは、Sleipnirの生みの親である現社長の柏木泰幸氏が始めたものだ。上田さんは、フェンリルに入社する前から、そのやりとりのことを知っていたという。
「個人的に趣味でブラウザを作っていたりもしたので、Sleipnirのことは知っていたんです。当時はブラウザの開発1本でやっていましたし、2ちゃんねるを使ってユーザーと直にやりとりしていたのが印象に残っています」。
柏木泰幸氏は、ある記事の取材で「ユーザーが感謝してくれて『役に立った』『ありがとう』と言ってくれる、あるいはプログラムを通じて『こういう機能が欲しい』などの会話ができる。私の原動力はそこにあるんです」と答えている。
また、上田さんもSleipnirの開発で最も嬉しいのは「良くも悪くも反応がたくさん来るところ」と答える。 開発当初から、人間同士のリアルなやりとりを反映しているからこそ、Sleipnirは多くのコアなユーザーに愛されるブラウザへと進化したのだ。
より使いやすく美しいブラウザを求めて
インターネットと私たちをつなぐブラウザは、現在では誰もが日常的に利用するツールだ。だからこそ、私たちはより使いやすくより美しいものを選ぶ。
「使う人の感覚までデザインする」という哲学のもと、ユーザーの声を直接反映させてきたSleipnirが支持されているのは、愚直なまでにユーザーにとっての使いやすさ・美しさを追求し続けてきたからだといえるだろう。
ディスプレイの中のプログラムとひたすら向き合い続けるエンジニア。彼らが、ひたすら画面に打ち込んでいくソースコードは、一見無機質なものに見えるかもしれない。しかし、そのコードのひとつひとつは、Googleのエンジニア・プログラマーとの闘いやユーザーの意見など、人との関わりの中から生まれたものなのだ。
Sleipnirは、リリース以来14年に渡って積み重ねられた、開発者やユーザーたちの想いの結晶でもある。もしもあなたがSleipnirを利用する機会があったなら、その機能的なデザインの隅々から、彼らの想いの片鱗を感じ取れるはずだ。