すべてのITエンジニアが理想の働き方を実現するには、どうすれば良いのか。また、エンジニアとしてこれからも必要とされ続けるためには、どのような思考やスキルが必要なのでしょうか。
学生時代に社会保険労務士(以下、社労士)の資格を取得し、現在は社労士法人ならびにHRテック企業を経営する岡本秀興さんに話を聞きました。
TRIPORT株式会社/TRIPORT社会保険労務士法人
代表取締役社長CEO
岡本秀興さん
2006年中央大学経済学部卒業後、株式会社オービックビジネスコンサルタント(OBC)に入社。社労士のスキルを活用し、システムエンジニアとして主にHR系の基幹業務アプリケーション開発に10年ほど従事。その後、TRIPORT株式会社を創業。代表取締役社長 CEO 就任。TRIPORT社会保険労務士法人の代表も兼任している。創業後は働き方改革の分野で活躍し、厚労省・総務省・東京都等からの表彰や各種メディア掲載・執筆、セミナー登壇等多数。サステナブルな組織づくりや革新的なサービス・事業を展開しているとして業界問わず注目を浴びている。
https://triport.co.jp/
社労士エンジニアとして基幹システムを開発した約10年間
――社労士の資格を持ってシステムエンジニアとして新卒入社されたそうですが、そもそも社労士資格を取ろうと思われた理由から聞かせてください。
大学2年生のとき、気の合う親友(専務取締役COO森田一寛氏)と「将来いっしょに何か会社を起こしたいね」と話していたんです。ビジネスでは「ヒト・モノ・カネ」が必要ですよね。親友と2人で書店に行き、関連する本を探していると、親友は会計士の勉強をして、「カネ」のスペシャリストになると宣言したんです。じゃあ僕は同じことをやっても仕方がないと思い、「ヒト」のスペシャリストになろうと決めました。それで社労士の本を手に取り、勉強を進め、大学在学中に資格を取得しました。そのほかにも、親友と経営上の共通言語を話せるようにと「簿記」の資格もすぐに取得しました。
一方で、これからの時代はITスキルが必須だと考えていたため、新卒採用のタイミングでは社労士業界への就職は選びませんでした。携わる仕事が士業にセグメントされてしまうのも、社労士業界に進まなかった理由です。
――それで社労士の資格を持ちながらも、ソフトウェア開発企業に就職するキャリアを選ばれたんですね。
ただ、当時はITスキルがゼロでした。同期入社の開発に配属されたメンバーは、学生時代にプログラミングなどを経験していた者が多かったですね。自分は仕事で使う言葉、システムの概念すらわからない状態だったので、当初はかなり苦労しました。
――具体的にはどのようなソフトウェアに、どんな職種・ポジションで携わっていたんですか?
社労士の能力が活かせるだろうと、主にヒューマンリソース系の基幹アプリケーションの開発にシステムエンジニア(SE)として携わっていました。業務はさまざまで、要件定義から設計、実装、動作検証、お客様対応まで、幅広い仕事を約10年間経験しました。
当時からマーケットニーズを意識した要件定義が好きで、ロジックを組み立て、それを実装するという流れは今の仕事にも役立っていると思います。
やりがいを感じつつも、会社の色に染まって働いたSE時代
――岡本さんがSEとして勤めていた頃のやりがいはいかがでしたか?
SEの仕事そのものにはやりがいを感じていましたし、いっしょに働いていた仲間たちも素敵な人が多く、日々多くのことを学ばせていただいてました。しかしいわゆる大企業に勤めていたので、社内にたくさん存在する歯車のひとつになっているような感覚があったのも事実です。開発しているソフトウェアも同様で、一生懸命作ってはいるけれど、世の中にたくさんあるソフトウェアのひとつにすぎない。そして自分は、そのソフトウェアの中の限られた一機能にしか携わっておらず、それでは自分の社会に与えるインパクトが小さ過ぎると感じていました。どうせ人生を懸けるなら、もっと本質的に社会を前進させるような仕組みを作ってみたいと考えるようになったのです。
当時の業務ボリュームについては、何とかプロジェクトを納期までにコミットしたいという思いの強さや、自分の力不足ももちろんありましたが、どうしても勤務時間は長くなりがちで夜遅くまで働いたり、また休日に出社したりすることもしばしばありました。社労士の知識がある僕にとっては、このような働き方が法的観点だけでなく、経営的観点でもあるべき姿ではないことはわかっていました。一方で、当時はそのような働き方が当たり前という社会的な風潮もあったので、会社の色に染まりつつ、約10年間働き続けましたね。がむしゃらでした。
――一昔前のITエンジニアはなぜ、労働時間が長かったのでしょう。
経営者となった今だからこそ実体験ベースでわかることですが、会社がより大きな利益を生み出すためには、できる限り開発納期は短いほうがいいんです。また、開発中のイレギュラーへの対処には追加コストが発生しますが納期はずらせないので、結果としてITエンジニアが長時間働く必要があったのだと思います。
本来、イレギュラーが発生した際は迅速に追加コストを試算し、スケジュールを再調整し、ITエンジニアたちのパフォーマンスが最大限発揮される労働時間を考慮しながら、事業を組み立て直す必要があるかと思います。
ただプロジェクトが大きなものであればあるほど、経営計画に大きな影響を与える可能性もあるため、再調整することは至難の業だったりもするので経営側も仕方なく…、という面もあったのだと思います。
このような背景があって自分としては違和感がありながらも、当時は今のようにSNSも広まっていなかったので、ほかの会社やITエンジニアがどのような働き方をしているのかを把握できなかったんですよね。それに、「この会社にはまだ自分がやるべきこと、学べることがある」と信じているところもありました。今に比べて人材の流動性が低かった当時は、転職に対する印象が今よりもネガティブなものだったことも大きかったと思います。
――現在のITエンジニアの働き方はだいぶ変わったと感じられますか?
ええ。ITエンジニアの仕事が大変なことは変わりありませんが、労働環境という面では働き方がいわゆるブラックな会社は、個人のSNSなどを通して、情報がオープンに拡散されてしまいますからね。より良い働き方をしている会社の情報も簡単に手に入る。転職のイメージもポジティブに変わった。また、フリーランスという生き方や、副業などもしやすくなったり、ITエンジニアにとっての働き方に選択肢が増えたりしたことも影響しているかと思います。
テレワークや裁量労働などの働き方に関する各種制度を導入したのは経営的な観点から
――ただ、岡本さんはその後、転職ではなく起業、経営者という働き方を選ばれました。
世の中に大きなインパクトを与えるためには、企業に属している限りは難しいだろうという考えに至ったからです。28歳の頃でした。
それからはITエンジニアとして働きながら、毎日仕事が終わってから起業準備を始めました。3年程かけて起業に必要な知識を勉強したり、ビジネスのリサーチなどを行ったりし、学生の頃にともに夢を語っていた親友と今の会社を設立。その頃の睡眠時間は1日2時間程でしたが、自分がやりたいことだったので思いの強さだけで乗り越えることができましたね。
――現在では広く導入されているフレックスタイム制度やテレワーク勤務制度なども、2014年の創業当時から実施していたそうですね。その理由を教えてください。
「経営的観点から」というのがそもそもの理由です。オフィスを構えれば毎月家賃が発生しますし、従業員に交通費を支給する必要もあり、また移動時間もコストだと考えていました。。テレワーク勤務制度にすれば、そういった固定費が削減できます。
事業がスケールしていくと、優秀な人材を獲得するという新たな経営課題も出てきました。でも、当社は創業したばかりのスタートアップ。どこの会社も欲しがるような優秀な人材を、採用することは難しいだろうと考えました。
そこで着目したのが、優秀だけれど何らかの事情があって会社に出社することが難しかったり、フルタイムで働くことができなかったりする人材です。子育て中の女性、親の介護をしなければならない方、病気をわずらっていてオフィスに出社することが難しい方など、それぞれに事情はありますが、リファラル(紹介)でそのような人材にアプローチすると、実際に優秀な人材が集まりました。さらに、新しいメンバーのリファラルで人材が増えていく。このような良い流れで、優秀な人材を獲得できるようになったのです。
――周りの反応はいかがでしたか?
入社してくれたスタッフは喜んでくれた一方で、周囲の人にはフレックスタイム制度やテレワーク勤務制度なんてうまくいくわけがないと言われましたね。ただ僕は、どのような時でもできる限り相手の立場になって物事を考え、自分がされてうれしいことはするべきで、されて嫌なことはしないとの考えを持っています。周りの人がどう言おうと、働きたいという意思を持っている人たちがうれしいと思ってくれることを、粛々と取り組んでいったというのが正直なところです。
私が持つ2つの法人には、現在45名程の従業員がいますが、およそ半数が子育て中の女性、もしくは難病を抱えているメンバーという構成となっています。住んでいる地域も日本全国バラバラで、僕自身も現在の生活拠点は沖縄。月に何度か東京と行き来しています。
TRIPORT社員のテレワークの様子。それぞれが働きやすく自由な環境で力を発揮している。
――「自由」という言葉がふさわしい働き方だと思うのですが、トラブルなどは発生しないのですか?
どのメンバーも、働く場所や時間を自由に選択できますが、「自立」ではなく「自律」を促していて、主な観念的なルールはひとつだけ。それは、「メンバーやお客様といった他者に迷惑をかけないこと」。そのために、仕事の成果はできる限り定量化し、定期的に確認しています。
逆に、成果をしっかりと出し、周囲に迷惑をかけなければ、まさに自由といえるでしょうね。朝から始めた仕事をいったんストップし、保育園に子供を迎えに行ったり通院したり、リフレッシュのためにスポーツジムで体を動かすといった際も、他者に迷惑がかからない限り、連絡の必要はありません。
――フルリモートだと、社員のエンゲージメントが下がるといった話もよく聞きます。そのあたりはいかがですか?
おっしゃるとおり、心理的安全性が担保されませんからね。
そこで当社では、リアルなオフィスも用意していて、地方在住の方はそれぞれの拠点で月に何度か集合したりし、オフ会のような形でスタッフ同士がコミュニケーションを図れる機会を積極的に設けています。
一人ひとりが望む多様な働き方を設計・提供することがポイント
――自社で実践している働き方も含めたHRに関する各種サービスを、事業としても展開されているんですよね。
当社の事業を簡潔に説明すれば、HR関連のコンサルティングです。TRIPORTというITスタートアップと、同じ屋号の社会保険労務士法人を設立し、全国展開しています。
社労士の仕事は、働き方の労務相談や社内制度設計など、人事・労務に関するHR領域全般です。一方で、多くの社労士事務所が提案している働き方などを見ると、ロジックとしては間違ったことは言ってなくても、みずからの会社で実践して具体的成果をあげたナレッジ・ノウハウにもとづく提案までできている方は非常に少ないと思っています。そこでTRIPORTでは「ショールーム型経営」という言葉で表現していますが、自分たちが良いと思える働き方を自社にて実践し、社員からの評価はもちろん、経営的にも成果が出ている。そのような自分たちの取り組みをベースに、クライアント企業にナレッジ・ノウハウを盛り込んで提供しているのです。
経営陣の75%がITエンジニア出身で、それぞれが前職で培ったITスキルを持っています。そのため、コロナ禍前から各種サービスをクラウドやチャット、ビデオ通話といったオンラインで提供し、また、業務効率を向上させる各種社内システム・ツールも自社で開発しています。
――具体的にどのような相談を受け、アドバイスされているのですか?
最近よくご相談いただくテーマとしては、例えば「離職率を下げるための社内改革を行いたい」「採用率が高まる社内制度を設計したい」といったもの。
ただ、相談を受けたからといって、すぐに制度設計、変更をするようなことはありません。まずは、その会社の文化や経営者の考えを聞き、既存社員にとって最適な働き方がどのようなものなのか、また今後採用していく人物像なども考慮しながら、必要に応じて、例えばダイバーシティ的な観点であれば、多様な人材をどのように活用していくのかなど、各社に合った制度を作り上げていきます。
その際のポイントとなるのが、社員側の要望を100%叶えるという考え方ではなく、経営上の管理コスト面とのバランスも考慮しながら、従業員一人ひとりにできる限り最適化した働き方を設計するという考えです。
――「従業員一人ひとりに最適化した働き方」について、詳しく説明していただけますか?
マズローの欲求5段階説で示しているように、人には大きく5つの欲求がありますが、各人によって欲求のウエイトは異なります。どれかひとつの欲求だけで成り立つ人はいないという前提のもと、例えば、自己実現欲求が最も強い人もいれば、承認欲求が最も強い人もいるし、社会的欲求が強い人もいる。
そのような人間の本質的な在り方まで考慮しつつ、できる限り社員一人ひとりの価値観を大事にすることで、自律的・能動的に働ける可能性を生み出し、ワクワクや充実感が醸成される。僕はこのように考えているので、例えば全社的に残業はゼロとするのではなく、残業したくない方はしなくていいけれども、もっと働きたい方は存分に働いてしっかり稼いだっていい。そのような感じで、さまざまな働き方が混在する会社、そして社会が理想的だと考えています。
今後は「課題解決力」のあるITエンジニアが求められる
――さまざまな経験をされてきた岡本さんですが、今の立場から、これからも必要とされるITエンジニアであるためには、どのようなスキルや思考が必要だとお考えですか?
僕が考えるITエンジニアに必要とされるスキルや思考は、「高い論理的思考能力」はもちろん、社会を見渡し、人の思いを心から感じ取れる「感受性」、社会やビジネスに存在する課題はどんなテクノロジーを使えば解決できるのかを考えることのできる「課題解決能力」。さらに、他者を巻き込みながら、ITエンジニアとして創造した付加価値を社会が実際に享受するところまでコミットすることができる力。これらはまさに、ITエンジニアの仕事の本質でもあります。
プログラミングが大好きというITエンジニアもいると思いますが、仕事に臨む際には、実装したことでどんな社会の課題を解決できるのか、その根幹を意識するといいと思います。このような考えはITエンジニアに限らず、メカ、エレキなど、あらゆるものづくりの現場に携わるエンジニアにとっても共通することではないでしょうか。
――そのような社会課題は、どのように見つければ良いのでしょうか。また、現在の環境では、課題解決策を提案できないポジションのITエンジニアもいると思います。
自分が属している業界にとどまることなく、広く、世の中にアンテナを張ることです。アンテナを向けるのは、自分が好きな方向、ワクワクを感じる先でいい。別の業界のコミュニティなどに参加するのもおすすめです。自分が属するコミュニティや組織とは、違う世界を知ることが大切です。
このようなアクションを重ねていくと、テクノロジーを活用することによる課題解決の糸口が見つかったりします。つまり、“掛け算”です。実際、今世の中で注目されている「フィンテック」「フードテック」「モビリティテック」などは、社会課題を掛け算で解決していくことそのものなんです。
このような掛け算から新しいアイディアはもちろん、副業や兼業といった会社員とは違う働き方、場合によっては僕のように起業といったチャンスも生まれてくる。逆に、今の自分の環境が実は充足していることを、知る機会にもなる場合もあるでしょうね。
――岡本さんであればITエンジニア×社労士×起業家といった掛け算ですね。
そうですね。僕の場合は、いっしょに起業した親友が公認会計士なので、「カネ」の業界も掛け合わせています。世の中には多くのITエンジニアがいますが、掛け算的な思考やスキルを持っているITエンジニアは少なく感じます。掛け算が多くなればなるほど希少なITエンジニアとして、世の中から重宝されるはずです。
逆に、例えばプログラミング業務だけに固執しているようでは、プログラミングであればいずれAIなどに置き換わっていくでしょうから、生き残りはより厳しくなっていきます。
社会課題の適切な抽出・問題提起、課題解決のロジック作成から実装まで。一連の業務を行えるITエンジニアが求められていますし、そのようなITエンジニアが増えれば、日本のDXはより進むと考えています。
僕はITエンジニアと会う機会も少なくないですが、自分の力を過小評価している方も少なくないと感じています。エンジニアは何でも作ることができるいわゆる“魔法使い”のような存在であり、世の中からますます必要とされる職業です。己のスキルを磨き、自信を持ち、大きく飛躍してほしいと思います。
ITエンジニアとしてどう働きたいかに悩んだらパーソルクロステクノロジーへ相談を
社労士であり、SEとしての経験も持つ岡本さんのお話に、共感を得た方も多いのではないでしょうか。岡本さんの考えるITエンジニアとしての働き方や考え方、視野の広げ方にはヒントがたくさんありそうです。
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※記事に記載の内容は、2023年2月時点の情報です