甲州 潤さんはエンジニアとしての経験を積みながら、現在はITコンサルタントとして活躍しています。経験を積むなかで、甲州さんが重要視してきたのが「いかに無駄な業務を減らし、プロジェクトを成功に導くことができるのか?」という視点です。プロジェクトマネジメントの豊富な経験を持つ甲州さんに、プロジェクトを成功に導くために必要な考え方をうかがいしました。
国立高専卒業後、ソフトウェア開発企業でSEとして一連の開発業務を経験し、フリーランスに転身。国内大手SI企業の大規模プロジェクトに多数参画し、優秀な人材がいても開発が失敗することに疑問を抱く。PMOとして活動を開始し、多数プロジェクトを成功へ導く。企業との協業も増加し、2020年に法人化。
なんとなく目指したITエンジニアの世界
――甲州さんは子どもの頃からパソコンをよく使っていたそうですね。
私の家にはパソコンではなく、ワープロ端末がある環境でした。私自身もよく触らせてもらい、小学生で覚えたてのローマ字で文字を入力して印刷したりしていました。パソコンを本格的に使い始めたのは中学生の頃。当時、学校にパソコンルームができることになって、その準備などを手伝っていたこともあり、パソコンで学校新聞などを作成する機会もありました。今まで手書きだったものを文章や画像をはめ込んで簡単につくりあげることに感動したのをよく覚えています。この延長線上に、新聞や雑誌の世界があるんだと実感したものです。
――中学卒業後は高専の情報学部に進学していますが、やはり将来を見据えてですか?
いや、実は将来のキャリアについてはまったく考えていなかったんです。ITエンジニアの道など考えてもいませんでした。ただ、高校へ進学してまた勉強漬けの毎日を過ごし、大学へ進学する意味が自分にはどうしても理解できなかったのです。高専は就職率が100%近いと聞き、少なくとも情報処理を学んでおけば困ることはないかな、という程度の動機で進学を決めました。
――高専での学校生活はどうでしたか?
率直にいうと、高専は自分の世界を変えてくれました。それまでは、パソコンを使っていたといっても、ユーザーとして使っていた程度のもの。同級生の中には、すでに自分でプログラムを組むことができる人間がいましたから驚きです。授業でもパソコンを使うという視点ではなく、プログラムを組むことなどを学ぶので、世の中のあらゆるところで動いているソフトウェアの仕組みを理解することができました。例えば、今まではゲームソフトを買ってきて楽しむだけだったのですが、自分がゲームをつくる側にまわることができると実感したのが、まさに高専時代でした。
――卒業後の就職はどのような基準で選んだのでしょうか?
情報学部卒ですから、やはり情報処理技術者の求人がたくさんあります。ただ、そのときも強い信念を持ってITエンジニアとしての将来像を描いていたわけではありません。そもそもITエンジニアという仕事がどのようなものかもわからなかった。ちゃんと調べればよかったのですが、そういうこともあまりしていなかったんです。だから給料の高さで会社を選び、システム開発会社へ就職することを決めたのです。ただ、情報処理の仕事はどこにいっても重宝されるだろうな、という楽観的なイメージだけは抱いていました。
会社員時代にプロジェクト管理の基本を学ぶ
――システム開発会社へ就職し、最初はどのようなプロジェクトを担当したのですか?
最初はシステム認証基盤の開発プロジェクトに配属になりました。クライアントの社員がシステムを使う際のアカウント管理を目的にしたものです。プロジェクトに配属されると同じ社内のメンバーと仕事が始まります。そこで初めて会社での働き方やエンジニアの仕事を知りました。「エンジニアってこんな仕事なのか…」と感じましたね。それまでITエンジニアは納期さえ守っていれば、時間も自由で好きにできるのかと思い込んでいましたが、みんな朝から夕方まで、ちゃんと時間通りに働いている姿を見て驚いたものです。
――プロジェクトを経験しながら、どのようなことを学ぶことができましたか?
これは独立してから実感することになるのですが、大規模プロジェクトを担当できたのは本当によい経験となりました。50~100人規模のプロジェクトでテストから修正作業、運用、リニューアルとひと通り経験できたのは独立後の大きな糧となりました。とくにプロジェクト管理がしっかりした会社に入社したことで、その手法をしっかり学べたんです。議事録や報告書をしっかりと作成すること、打ち合わせの際にひとつずつ確認をして進めることなどを当たり前のこととして身につけることができました。この経験は後のプロジェクトマネジメントに進む際に大きく役立ちましたね。
――入社から2年でフリーランスになりましたが、何か理由があったのでしょうか?
一番の理由は、次に入るプロジェクトを自分自身で選べないからでした。そもそも会社の仕組みもよくわかっていなかったので、プロジェクトが終わり、次のプロジェクトへ配属する際も「なぜ自分自身で選べないのか」と疑問に思っていました。選べなくて当たり前なのですが、なにしろ世間のこともあまりわかっていませんのでしたので。ただ、上司などに不満を持っていたわけではありません。
それと外部の方々がたくさん関わって仕事をしていることにも気づいたんです。社会人1年目で新入社員としてプロジェクトに配属された直後の出来事です。自社の社内報を配布する際に、「〇〇さんは社内の人間じゃないから配布しなくてもいい」と言われ、意味がわからず混乱しました。契約社員の方もいれば、個人で仕事をしている人もいる。そこでフリーランスで仕事をしている方に話を聞く機会があり、こんな形で仕事をすることができるのか、と知ることができました。それもひとつのキッカケになりました。
なぜ無駄な業務を繰り返すことになるのか?
――フリーランスとして独立した後は、どんなプロジェクトに携わったのでしょうか?
ソフトウェアエンジニアとしてさまざまなプロジェクトに入りました。会計システムの入替や、携帯電話のパケット通信課金システムの計算処理のプロジェクトなども担当したことがあります。大規模なプロジェクトからそれほど大きくないプロジェクトまでさまざままです。ひとつのプロジェクトは短くて6ヶ月ほど。多くの場合は1年以上の期間でプロジェクトを担当してきました。
――プロジェクトマネジメントの重要性に気づき始めたキッカケはあるのでしょうか?
先ほどもお話しましたが、私が入社した会社はプロジェクト管理を徹底しており、そのやり方を叩きこまれました。打ち合わせの際の議事録でさえしっかりしたもので、それが当たり前だと思っていました。しかし、フリーランスでさまざまなプロジェクトを担当していくと、逆にそのようなやり方で管理していること自体が少ないくらい。会社員時代に経験したレベルで管理しているプロジェクトはほとんどありませんでした。
そういう視点を持ちながらプロジェクトに関わっていると、やはり疑問に感じる場面に遭遇します。例えば、クライアントと打ち合わせを行っていると、お互いどうも話が噛み合っていない。クライアントとプロジェクトマネージャーがお互いに合意しているのですが、私からすると「いや、それだと噛み合っていないからうまくいかないでしょう?」と疑問に思うことがありました。そのときは自分が考えすぎなのかな、と思ってやり過ごすのですが、後になるとやはりクライアントから「思っていたのと違う」と言われ、作業をやり直すことになるんです。優秀なエンジニアを多数抱えているプロジェクトですから、紆余曲折を繰り返しながらも何とか納品できます。でも後から振り返ると「あの作業はやる意味がなかった、休日返上でやることもなかったはず」と感じることが多々あるわけです。
当時のプロジェクトマネージャーの中には単なる窓口役のような人もいて、マネジメントするという立ち位置ですらなかったケースが多かったです。PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス※)といっても議事録係のような仕事をするだけの人もいました。そのような環境では、無駄な作業が繰り返され、エンジニアは疲弊してしまうだけでした。事前に防げていたであろう小さな失敗が本当に無駄と感じていたんです。その原因はマネジメントの部分にあるわけで、だからこそその部分を改善したいと強く思いましたね。
※プロジェクト・マネジメント・オフィス
プロジェクト・マネジメントを支援する部門や組織。大規模プロジェクトなどの場合、プロジェクトマネージャーの活動をサポートするため多岐に渡る管理業務に従事する。
――フリーランスでPMO的な役割で活躍するのは難しいのではないでしょうか?
そこは苦労しました。今まではエンジニアとして携わっていたので、いきなり「マネジメントをやりたい」といっても私の経歴を見れば、はねられてしまいます。マネジメントの経験などなかったわけですから当たり前です。当時はエンジニアの経験を20年くらい積んでからプロジェクトマネジメントになるものといわれていました。そこで、まずは担当するプロジェクトでチームリーダーからスタートして、マネジメント経験を積んでいきました。
プロジェクトマネジメントの大切さを伝えたい
――2020年から法人化されましたが、現在はPMOの立場でプロジェクトを担当しているのですか?
現在はPMOの立場でプロジェクトにかかわるのが大半です。PMOの役割は、多岐にわたる情報の集約と可視化を行うことです。例えば、システム開発会社の品質保証改善プロジェクトなどを担当したとき。複数のプロジェクトが存在し、それぞれにマネージャーもいましたが、組織横断的にそれぞれの情報が共有されにくいという課題がありました。使用しているシステムは同じなので、どこかのプロジェクトで不具合が見つかると、別のプロジェクトで同じような不具合が出てくる可能性が高い。情報が共有されないと、同じような不具合をそれぞれのプロジェクトで解決することになり非効率です。そこで組織横断的に情報を集約し、可視化させ、不具合の情報を各プロジェクトに周知する、そして無駄なことをさせない管理をしていくのが私たちの仕事です。
――PMOとしてプロジェクトを成功に導くために必要な心構えとはなんでしょうか?
PMOの場合、実はプロジェクト自体の責任を負わされにくい立場なんです。あくまで第三者的にプロジェクトに入りながら支援する立場ですから。うまくいかない場合も「あいつが悪い、能力がない、自分は悪くない」と言い訳をしようと思えばできてしまう立場でもあるんです。でも、そんな責任逃れをしていては仕事になりません。だからこそ、常に自責志向で物事を捉えることを心がけています。メンバーの能力を引き出せなかったのは自分の責任と考え、常に自分がもっとできたのでは、と問いかけるようにしています。
――最後にITエンジニアの方々へ向けて、仕事にどう向き合っていけばよいのかメッセージをお願いします。
ITエンジニアとしてプロジェクトにかかわる場合、自分の担当外、領域外をできるだけ見たり、知ったりすることが大切だと思っています。エンジニアは自分の得意な部分は徹底的に突き詰めていくのですが、それ以外は興味がないという方も少なくない。例えば、アプリケーションエンジニアはスマホアプリ開発には興味がある。しかし、アプリを含むサービス全体を考えると、アプリで入力した情報はサーバで処理される。サーバはデータセンターやクラウド上で処理されますが、その全体の仕組みが構成されてはじめてサービスになるわけです。アプリの部分だけでなく、その仕組み全体に目を向けていくといろいろなことが見えてきます。将来のキャリアを考えると、その姿勢が非常に大切になるのではないかと思います。