私たちの日常生活を支えるさまざまな機械。その裏側で、機械が正確に動作するよう指令を出しているのが制御システムです。制御設計とは、この制御システムを作り上げる重要な仕事。特に製造業では、あらゆる生産工程に機械やロボット、コンピュータが組み込まれているため、欠かせない職種のひとつです。
本記事では、制御設計エンジニアとして20年以上大手生産設備メーカーに勤務した後、フリーランスに転身した本嶋義宣さんにインタビュー。制御設計エンジニアの仕事の魅力や独立後のキャリアについて詳しく伺いました。
20年以上大手生産設備メーカーで制御設計エンジニアとして勤務。ブラウン管、プラズマディスプレイ、自動車部品などの生産設備の制御設計を担当していた。2023年末に退職し、2024年からフリーランスとして活動中。
オーダーメイドの生産設備を支える制御設計の仕事
――独立前に勤めていた大手生産設備メーカーでは、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
勤めていた会社は、自動車や半導体、家電などの生産設備を製造・販売するメーカーです。量産品ではなく、お客様の要望に応じたオーダーメイドの生産設備を製造していました。単に設備を製造するだけではありません。お客様の要望を聞くことから始まり、設備の設計、部品の調達、お客様の工場での組立・設置、メンテナンスまで一括して請け負っていました。
社内のエンジニアは、機械設計(メカ)、制御設計(エレキおよびソフト)、製造技術の3つの分野にわかれており、私は制御設計エンジニアとして働いていました。担当していたのは、生産設備に使う電気部品やセンサーなどの機器の選定や、生産設備を制御する制御盤の設計です。
新規プロジェクトが始まるたびに、各分野のエンジニアからプロジェクトチームに割り当てられ、プロジェクトが完了するまでチームが一貫して担当します。
――これまでどんなプロジェクトに携わってきましたか。
今から25年以上前になりますが、入社当時はテレビのブラウン管の生産設備を担当していました。海外のお客様が中心で、北米、アジア、欧州の様々な国のお客様の工場へ頻繁に出張していましたね。
技術の進歩に伴い、製造する生産設備も変化していきました。2000年以降は液晶ディスプレイ(薄型パネル)の生産設備のプロジェクトを担当し、その後、自動車関連の生産設備ラインの設計・構築にも携わるようになりました。
――海外出張が多かったということは、英語力も必要だったのではないですか。
そうなんです。入社して一番予想外だったのは、英語の重要性でしたね。工業高校時代は英語学習にそれほど力を入れていませんでした。しかし、仕事では海外のお客様と直接やり取りする機会が驚くほど多かったんです。
製造していたのはオーダーメイドの生産設備でしたから、お客様の工場や打ち合わせの場で、細かい要望を正確に聞き取る必要がありました。最初は、お客様の英語がまったく聞き取れず苦労しました。でも、お客様は技術知識があるエンジニア。図面や写真を使ったり、ホワイトボードに絵を描いて説明したりすれば、なんとか意思の疎通を図ることができたんです。流暢な英語が話せなくても仕事上必要なコミュニケーションを取るには十分だったのです。入社3年後には一人で海外出張ができるまでになりました。
――「制御設計エンジニア」のやりがい、おもしろさはどんなところにありますか。反対に、苦労したことや難しかったことはありますか。
一番やりがいを感じるのは、自分が設計したハード図面やプログラムが実際の現場で思い通りに動作したときです。自分のアイデアや技術が形になり、実際に機能する様子を目の当たりにすると、大きな達成感を感じます。
一方で、苦労するのはプログラムが思うように動作しないときの対応です。現場でトラブルが発生すると、お客様の緊張も高まりますから、こちらもかなりのプレッシャーを感じます。プロジェクトの進捗が予定より遅延している時は、時間との戦いになることもしばしば。ですがこういった経験を重ねていくうちに、予期せぬトラブルが起きても冷静に対処できるようになりました。
やっぱり現場でものづくりがしたい。管理職からフリーランスエンジニアへ
――独立を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。
管理職としての立場と自分のやりたいことの間にギャップを感じ始めたことですね。退職する数年前に管理職に昇進してからは、人員計画や予算管理、プロジェクトの全体管理など管理業務を担当していました。でも、私が本当にやりたかったのは設計作業や現場でのものづくりだったんです。
管理職になってからも、この思いを断ち切れず、管理業務と現場作業の両方をこなす、いわゆるプレイングマネージャーのような働き方をしていました。しかし、次第に業務量が過剰になり、心身ともに負担が大きくなってしまいました。
そのことをきっかけに、自分の理想の働き方について深く考えるようになったのです。いつかは独立したいという気持ちも、以前からありました。独立すれば管理業務に縛られることなく、自分の手で設計や現場作業に携わりながら、自分のペースで仕事ができると考えたんです。
――独立を決意する際に、不安やためらいはありませんでしたか。
長年勤めた会社での安定した環境を手放すことは、正直怖かったです。特に不安だったのは、独立後の仕事の見通しです。辞める時点では、具体的な仕事が決まっているわけではありませんでした。
でも、退職を考えていた頃、ある出来事が私の決断を後押ししてくれました。長年取引のあるお客様に独立の構想を話したら、「独立後も、ぜひあなたに仕事を依頼したい」と言ってくださったんです。その言葉を聞いて、「会社の看板がなくても、自分の技術や経験には価値があるんだ」と自信を持つことができました。
――会社員時代から独立の準備をされていたそうですが、具体的にいつ頃から、どのような準備を始められましたか。
独立の準備を始めたのは、独立する5年前からです。きっかけは妻が会社を退職したことでした。妻も私と同じ会社に勤めていました。彼女が退職したとき、「これを機に将来の独立に向けて準備を始めよう」と2人で話し合ったんです。彼女はエンジニアではありませんが、私の仕事についてよく理解していました。
妻には、主に独立や会社設立に関する情報収集をしてもらいました。また、知り合いの税理士さんに相談して、会社設立や経営に関するアドバイスもいただきました。
会社員時代の経験が財産に。独立後も総合スキルで顧客の信頼を獲得
――フリーランスになった現在は、どんなお仕事をしていますか。
現在は、前職の会社から受注した仕事が中心となっています。具体的には、EV(電気自動車)のバッテリー製造ラインで使う設備の制御設計を担当しています。
同社の特徴は、お客様の要望に合わせた生産設備を製造し、設置後のサポートまで一貫して行うことです。そのため、エンジニアには技術力はもちろん、プロジェクト管理能力やチームワーク、お客様とのコミュニケーション力、突発的な問題への対応力など、幅広いスキルが求められます。
幸い、会社員時代にこれらの総合的なスキルを磨く機会に恵まれました。前職の会社はこの総合スキルを期待して仕事を依頼してくれているのだと感じています。そのため、制御設計の技術的な業務だけでなく、現場でのチームマネジメントや顧客との直接交渉なども積極的に引き受けるようにしています。
――独立後、苦労されたことはありますか。
独立直後は、会社経営の全体的な流れもよく分かっておらず、スケジュール管理に苦戦しました。複数の仕事を受注した際、実際に作業スケジュールを組んでみると時間が足りず、一旦お引き受けした仕事を後になって断らなければならないこともありました。これは本当に反省点でしたね。
一方で、会社員時代にお世話になっていたパートナー企業の方々との新たな人脈もできました。会社員時代は、私が管理職としてパートナー企業の業務を管理する立場にありました。しかし独立後は、私自身もパートナー企業の一人となり、以前の取引先と対等な関係を築けるようになりました。すると、会社員時代にお世話になったパートナー企業の方から、関連会社とのネットワークを紹介してもらえるようになったのです。これが新たな営業先の開拓につながっています。
独立を考えるエンジニアへのメッセージ
――フリーランスとして成功するには、技術以外に何が必要だと思いますか。
独立して痛感したのは、人脈づくりの重要性です。会社員時代は組織内で自然と仕事が回ってきましたが、独立すると自分で仕事を獲得しなければなりません。当たり前のことですが、独立して初めて実感しました。
独立を考えている人には、今のうちから意識的に人間関係を築くことをおすすめします。職場の同僚はもちろん、取引先やパートナー企業の方々とも良好な関係を作っておくことが重要です。
私の場合、前職の会社から仕事をいただけたのは、妻の存在が大きかったと思います。妻は私と同じ会社で、多くの部門と関わる仕事をしており、さまざまな部署の人たちと幅広いつながりがあったんです。妻が築いてきた人脈のおかげで、「よく知っているあの人なら安心して仕事を頼める」という信頼につながり、独立後の仕事獲得に結びつきました。技術力だけではなく、人とのつながりも大切にすることが、成功の鍵になるのではないでしょうか。
――日々、心がけていることはありますか。
独立すると、自分の仕事の成功や失敗が直接自分の評価につながります。ですから、たとえ何度も経験した作業であっても、決して油断せず、常に丁寧に取り組むことを心がけています。
特に生産設備の現場では、高速で動く大型ロボットや設備による事故のリスクが高いです。慣れた作業でも油断すれば、自分自身はもちろん、一緒に作業しているメンバーに重大な怪我をさせる可能性があります。そのため、常に緊張感を持って作業に臨むことが何よりも大切だと考えています。
――最後に、これから実現したい理想の働き方はどのようなものでしょうか。
独立したことで、自分のペースで仕事と生活のバランスを取れるようになりました。会社員時代は、プロジェクトが佳境に入ると土日出勤は当たり前。家族との時間もなかなか取れませんでした。今後は1年のうち、まとめて1ヵ月程度は家族との旅行など、ゆっくりリラックスする時間を持ちたいと思っています。
とはいえ、キャリアの面でも攻めの姿勢は崩したくありません。今後はEV(電気自動車)関連の業務に力を入れたいです。さらに、その先には半導体分野にも挑戦したいですね。独立は大変なこともありますが、やりたい仕事を選べることは本当に幸せなことだと感じています。