偶然エンジニアになった男がたどり着いたのは健康保険組合!? 健保にエンジニアが“必要不可欠”な理由【意外な会社で発見!こんなところにエンジニア】

2024年6月に設立されたばかりの、できたてほやほやの健保があります。ベンチャーキャピタル(VC)やスタートアップなどが加入できる「VCスタートアップ健康保険組合」です。

誰もが加入している健康保険組合ですが、デジタルやITとは縁遠いイメージを持っている人は多いはず。しかし、同組合の場合「エンジニアは欠かせない存在」なのだそう。事実、同組合にはデザイナー含めて5人のエンジニアが在籍し、活躍しています。SmartHRを経て、今年同組合にジョインした神崎拓海さんもその一人です。

そこで今回は、神崎さんに、エンジニアになった経緯やHRTech企業から健保業界に転職した理由など、気になることをインタビュー。そして、なぜ健保でエンジニアが求められているのか、その理由について理事長の吉澤美弥子さんにもお話をうかがいました。

神崎拓海(かんざき・たくみ)さん
エンジニア

2024年6月入社。システム開発全般を担当。

吉澤美弥子(よしざわ・みやこ)さん
理事長

2022年からスタートアップのための健保を立ち上げるために奔走。2024年6月に「VCスタートアップ健康保険組合」を新設する。

 

中学生でプログラミングの面白さに目覚めたが、エンジニアになったのは“偶然”

 

――現在VCスタートアップ健康保険組合で活躍されている神崎さんですが、まずはエンジニアになったきっかけからうかがってもよろしいでしょうか。

神崎さん(以下敬称略):正直、気がついたらエンジニアになっていた、という感じですね(笑)。

――??それはどういうことでしょうか……?

神崎:もともとプログラミングが好きだったんです。はじめてパソコンに触れたのは中学生のときだったんですけど、地元・種子島の中学校にWindows95搭載のパソコンがあって、理科の先生にBASICを教えてもらったのがきっかけですね。自分でゲームを作ったりして遊んでて、プログラミングするのって楽しいなと思っていました。

でも、高校・大学はエンジニアとはちょっとかけ離れた建築系に進んだんです。それでも、大学2年生まではCADで絵を描いていましたし、大学3年生のときには構造系の研究室に配属されたのでFORTRAN77で卒論を書きました。その頃、ブログがブームだったので、研究室のパソコンにMovableTypeを入れてブログの運営をしたりもして。ずっと「パソコンで何か作るのって楽しいな」というのは根底にあったんです。

――ということは、新卒でエンジニアとして就職したということなんですか。

神崎:いえ、「就職したくないなあ」って思って大学院に進みました(笑)。でも、結局、1年で辞めてしまって……。

半年くらいのニート期間を経て、さすがに働かないといけないなと思って、不動産情報のポータルサイトを運営している会社でアルバイトを始めたんです。任された仕事は単純な入力作業だったんですが、隣の席の先輩が僕に興味を持ってくれてエンジニアとしてシステム部に配属されることになりました。

――ということは、エンジニアになったのは偶然だったんですね。

神崎:そうなんです(笑)。当時は、不動産情報をブログに載せるためのプログラムを書いていました。あとは、社内情シスのような仕事もしていて、営業さんが水没させたパソコンを直すために秋葉原に走ったこともありましたね。

その後、その会社がシステム会社に買収されて、システム部門が独立し、その会社で3年くらい働きました。それからWeb制作会社やスタートアップと転職を重ねて、2017年2月にSmartHRに入社したんです。

入社当時のSmartHRは、まだ社員数15人ぐらいで、マンションの1室がオフィスという状態でしたね。

 

――SmartHRには7年勤められたそうですね。一番思い出に残っているのはどんなことですか?

神崎:HR-Driven ProvisioningをOktaやMicrosoftと共に構築したことですね。一般的なプロビジョニングではIdP側からサービスにデータが送られますが、人事情報は最初にHRシステムに入力されるため、HRシステムから連携できるようにしました。SmartHRのアカウントがOktaに連携されると、Oktaのアカウントが自動的に作成され、Oktaを通じて他の提携サービスのアカウントも自動で作成・管理できるというシステムです。

実はこれ日本初の事例だったんです。だからこそすごくやりがいがあったし、リリースしたときは達成感もありました。Oktaの本社とのやりとりもあったので、時差や英語への対応が試されたのも思い出深いです(笑)。

――そんなやりがいを感じていたにもかかわらず、VCスタートアップ健康保険組合に転職を決めたのはどういったきっかけがあったんですか。

神崎:気づいたらSmartHRが1,000人を超える大所帯の会社になっていたんですよね。組織的に改編されることになったのと、ちょうどその頃僕がやっていたことを引き継げる人が入社してきてくれたというのもあって、2023年の冬に転職しようと決めました。

ちょうどそのタイミングで、吉澤さんと金谷(義久)さんがエンジニアを募集しているのをXで見かけて応募したんです。吉澤さんと金谷さんは新型コロナワクチンの職域接種が始まった時にスタートアップを集めて、集団接種ができるように奔走していたんです。僕はボランティアでそこへ参加していたので、その頃からの知り合いだったんですよね。

吉澤さん(以下敬称略):VCスタートアップ健康保険組合を作ることになったのは、実はそのコロナワクチンの職域接種がきっかけだったんです。だからこそ、その経緯を知ってくださっている神崎さんに入ってもらえるのは心強いなと思いましたね。神崎さんから連絡をいただいたときは、みんなで「神崎さんからメール来たー!」って喜んだくらい(笑)。絶対入社してもらいたいなと思っていました。

 

――そういうつながりがあったんですね!とはいえ、HRTech企業から健保への転職は、それなりにチャレンジングなことだと思うのですが……。

神崎:たぶん、自分の健康に対して関心が高まっていたことも、健保業界にチャレンジしようと思ったきっかけだったかもしれません。

実は、少し前に脳動脈瘤が見つかったんですよね。何か起きたらまずいので、スマートウォッチで常時心拍数をチェックするようになったのですが、心拍数をAPIで取れることが分かって、何か異常があったら妻にSlackで通知するといった運用を始めたんです。ヘルスケア領域と自分の仕事がつながると実感できる経験があったので、迷いなくチャレンジしようと思えたのだと思います。

 

健康保険組合にエンジニアの力が必要な理由

――神崎さんが現在活躍しているVCスタートアップ健康保険組合は、2024年6月に設立されたばかりだとうかがいました。どういった経緯で設立されたのでしょうか。

吉澤さん(以下敬称略):もともと私はVCで働いていたんですけど、前述の通り新型コロナウイルスがきっかけでVCスタートアップ健康保険組合を設立することになりました。

2021年に厚生労働省が新型コロナのワクチンの職域接種の方針を打ち出した当時、1000人以上の大企業で職域接種を実施することができたんですが、投資先の方から「スタートアップは職域接種ができないんですか?」というご相談を受けたんです。そこで、のちにVCスタートアップ健康保険組合を一緒に設立することになる金谷(義久)とともに、スタートアップ1,000社計2万人以上を集めて職域接種を行いました。

この経験がきっかけで、スタートアップでも大企業と同じような水準で従業員の方が健康に働けたり、社会保険料の差分を無くせたりするのではないかなと思うようになり、健保を立ち上げることにしたんです。6月1日時点でスタートアップ163社、VC27社、計1万人が加入しています。年内には2万人の規模になる見込みです。

 

――そういった経緯で設立されたんですね。ただ、健保業界でエンジニアが活躍しているところがいまいち想像できないのですが……。

吉澤:健保業界は、まだまだ紙で情報を送付したり、紙で申請したりすることが一般的なんです。そこで、当組合ではオペレーションを電子化して費用を圧縮することで保険料を下げ、健診やヘルスケアを充実させる方向へと進めたいと考えています。そのためにはエンジニアの採用がマストだったんです。現時点でも可能な限りオンラインで手続きできるようにしていますが、一部は紙の申請が残っているので、対応を急ぎたいところです。全てオンライン申請できてユーザビリティが上げられるようにしていきたいですね。

あと、健保業界はオペレーションに何かあったときに、基幹システムのベンダーにカスタマイズしてもらう文化が根づいています。ただ、その都度、外部の人間がカスタマイズしていくので、結局訳がわからないシステムができあがってしまって、結果として誰もいじれなくなってしまうといったことが起こりやすいらしいんです。だけど、当組合ではエンジニアを在籍させているので、システムも内製できる。そこも強みにしています。

もちろん、健保なので最終的な目標は加入者の健康です。まずはオンラインでの申請を普及させて、次にヘルスケアサービスを展開して利用者が健康を自己管理できる状態にすることを目指しています。

――現在のエンジニアチームの体制を教えてください。

神崎:フルタイムのメンバーが僕ともう1人在籍しています。あとは半フルタイムで働くメンバーと、デザイナーという5人のチームです。基本的にはフルリモートなのですが、さまざまな会社での経験や実績があるシニアエンジニアが多いこともあってか、特に支障なくスムーズに働けています。

吉澤:神崎さんだけじゃなく、うちにいるエンジニアはスタートアップでの順応力が高いんですよね。設立前後もバタバタしていて、まともにオンボーディングできない状況だったのですが、エンジニア同士で情報共有してキャッチアップしてもらったりしてくれました。スタートアップのカオスな状況慣れをしているというか、優先順位と重要度と緊急度の判断が早い人が多いです。

そういう考えの深さと取捨選択の判断の仕方、社内での情報連携の仕方をエンジニアだけでなく、オペレーションメンバーにも共有してもらいたいと思っています。

 

自分の健康情報をコントロールできる世の中にしたい

――神崎さんは、VCスタートアップ健康保険組合で働き始めて、これまでの経験が生かされていると感じる部分はありますか。

神崎:実は健保でしか扱わないような独特なCSVがあったりするんですよね。僕は前職でそういったCSVにも触れていたので問題なかったのですが、他のメンバーは初見だったんです。そういった意味では前職の経験が生きているなと感じますね。

あと、SmartHRから抽出されたデータを扱うことも多いので、そのデータがどういったデータなのかわかるというのもメリットかもしれません。ただ、前職では「今まで扱った件数が少ないからうちでは扱わなくていいか」と判断して取り扱わない申請もあったのですが、健保側ではそれはあり得ないので、どんな細かい申請にも対応していく必要があります。

また、健保って特殊で、BtoBでもなければBtoCでもない、半公共的な組織なんです。行政的・法的な縛りが多い特殊なサービスを提供していることもあって、さまざまな苦労もあります。特にオンライン化などこれまでなかったものを作ろうとしている部分もあるので、ガイドラインを読み込みながら適切に対応していかなくてはならないという煩雑さもありますね。

――今後、エンジニアチームの体制をどうしていきたいと考えていますか。

神崎:現在は、エンジニアが分担してPMの役割を担っていますが、SmartHRをはじめ関係するサービスが多くなったり、国のシステムとも関わったりと、重たい基幹システムと関わっていく部分が増えていくので、設計ができるPMの方に入ってもらいたいなと思っています。やることはたくさんありますし、正直手が足りないので、もっとメンバーが増えたら嬉しいですね。

 

――神崎さんご自身はエンジニアとしてどんな目標を掲げていますか。

神崎:僕自身、自分の健康情報を自分でコントロールすることに興味を持っています。

実はヨーロッパでは割と進んでいて規格も決められつつあるんです。例えば、転勤や転職に伴う引っ越しなどで病院を変わらざるを得ない場面というのは発生しますよね。でも、その都度、いちから自分の病状や病歴を説明するのが面倒だったり、苦労したりした経験はあると思います。

しかし、それが普及すると、どこの医療機関でも自分の受診情報だけでなく、治療情報まで提供できるようになる。そういった自分の健康情報をコントロールできるようになる世の中に変えていきたいんです。今の仕事を通じて、そういった世界を作れたらいいなと思っています。

文:田中いつき 撮影:関口佳代 編集:エディット合同会社 協力:ちょっと株式会社

 


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