皆さんは日々、スマートフォンのインターネット機能を、どれほど使っているでしょうか。お天気のチェック、レストランの検索、SNS、支払い、動画の閲覧……きっと数えきれないほどでは。
私たちはつい「これらは、いつも利用できて当たり前」と感じてしまいがちですが、その裏側ではインターネットがすべての端末へ問題なくつながるよう、支え続けるエンジニアの存在があります。
今回はその中でも、とくに重要な役割を担い続けるネットワークエンジニアの魏亮(ウェイ・リャン)さんに、貴重なお話の数々を伺いました。
魏亮(ウェイ・リャン)さん ネットワークエンジニア
2021年に東京工業大学 数理・計算科学系(学士課程)卒業。日本生まれ、中国・福建省育ち。新卒で大手通信キャリアに就職し、主に商用ネットワークの設計や保全に携わる。
スマートフォンの画面の向こう側で
――リャンさんは現代人になくてはならない、社会インフラを支えていらっしゃいます。具体的にはどのようなお仕事を、担ってこられたのでしょうか。
新卒で大手通信キャリアに入社してから、3年ほど携帯電話に特化したネットワークに関わってきました。役割によっていくつもの部署に分かれているのですが、僕はインターネットチームに所属し、ルーターなどのハードウェアを扱うことが多かったですね。
ルーターといっても一般家庭で目にするようなものとは違い、巨大サイズの機器がいくつもあり、内部の仕組みもまったく異なります。そうしたルーター同士が、互いに通信し合うためのルールである、プロトコルの設定を行います。
また、より効率や性能を上げる仕組みを考えて検証し、動作確認をして問題がなければ、実装することも行ってきました。勤務日によっては、ルーターを前にケーブルを抜き差ししたり、1日中カチャカチャとやっていることもありますね。
――ネットワークエンジニアというと、ずっとPCを使っているイメージでしたが、物理的な作業も多いのですね。
日によりますね。もちろん設計を考えるときはPCを使いますし、内部のコードをいじることもあります。ただ全体的にPCは、システム関連の資料を作るために使用することが多いです。検証結果をリーダーや上司に報告するとき、また外部の会社とプロジェクトを共有するケースもあり、そのときは関連会社の方に理解していただくため、スライドや資料を作成します。
専門的な内容も多いですから、とくに外部の方はただ画像を見せられても、それが何なのか理解が難しいケースも多いです。そうしたときには説明文をうまく添えるなど、色々な工夫を考えています。
何千万人もの生活や娯楽を支える仕事
――それにしてもリャンさん達の扱うシステムは、もし不具合が起きれば何千万という人々に影響します。作業に大きなプレッシャーを感じることはありませんか?
たしかに、もし障害が起こってしまうと、スマートフォンがインターネットにつながらないことになります。その向こう側にいる全てのユーザーに影響しますから、場合によっては経済的損失が膨大なものになってしまうでしょう。
それだけに、対策はもちろん施されています。例えば僕たちの職場には“ラボ”と呼ばれる、実際の商用環境を再現した場所があります。そこで動かして問題がないことが分かり、はじめて世の中へ提供します。もちろん作業は集中力をもって臨みますが、僕の判断によって即刻どうかなってしまうことはありませんから、そうした意味でのプレッシャーはあまりないですね。
また僕たちのインターネットチームは15人ほどのメンバーで構成されていますが、他にも24時間体制でシステムに異常がないかを監視するチームがあるなど、幾重にも対策は施されています。
ただ、そうはいってもラボではちゃんと動いたにも関わらず、いざ提供したら謎のエラーが出るようなケースもあります。そうなると僕たちが補修はもちろん、今後のためにも原因を探り当て、解析する必要があります。
――そのような時は、やはり緊急事態ということになるのでしょうか?
そうですね。僕たちの勤務は基本は日中ですが、そうした緊急事態となれば、夜中の出勤もあります。世の中への影響が拡大する朝が来る前に、解決してしまいたいですからね。
それも、既知の設定を変更して解決できる故障であれば、まだ何とかなりやすいのですが、今までにない変更が必要となるケースでは、未知の領域を模索して、正解を導き出さなければなりません。そうした局面もある点では、やはり大きな責任を感じますし、プレッシャーを感じる役目ともいえますね。
――逆に面白さや、やりがいを感じるのは、どのような点でしょうか?
日常では触れることのない、先端技術に触れられることが大きいですね。現在進行形で扱う機器もそうですが、例えば今後の導入を検討するために、ひとつ1億円を超えるレベルのルーターをいくつも導入し、その中身に触れていくこともあります。
また、ネットワーク機器を開発している会社に呼ばれる機会もあり、世界でも最新の事例や技術に触れることができます。これは、いち技術者として大きな喜びです。それから、システムの性能向上のため、僕たちが開発陣となって新たな仕組みを作っていくことも。試行錯誤の連続ではありますが、完成したときには達成感もあります。
やはり極めて専門性が高い分野ですから、誰でも担える役割ではなく、僕たちのチームだからこそ支えることが出来るのだと、どこか誇りに思うような気持ちもありますね。
ITエンジニアとして第一線で活躍し続けるために
――リャンさんから見て、日本と中国でITエンジニア職に対する考えや仕事内容に、違いを感じる部分はありますか?
正直なところ僕は日本でしか就職の経験がなく、中国の詳しい内情まではわかりません。ただ知人から聞いた話では、いま中国はIT技術の急速な発展と拡大に伴い、エンジニアの需要に対して供給が追いつかず、人手不足とのことです。
とくにIT企業は残業が激しいケースが多く、週6での勤務なども当たり前という風潮もあると聞きます。僕も今の会社で長く勤めた部署では、障害の対応などで夜間の出勤などもありましたが、4月(2024年)に部署異動になってからは、ほぼ日中の勤務で週休2日です。僕も含めて定時に上がる人も多いですから、とても有り難い環境で働かせていただいている実感があります。
――現在の部署は、以前とは作業の内容もだいぶ違うのでしょうか?
そうですね。今の部署ではネットワークからデータを集めて分析し、障害が起きていないかを、リアルタイムでチェックする役目を担っています。具体的にはルーターに流れる大量のデータを集め、機械学習の手法で障害が起きていないかを察知するシステム作りなども行っています。以前の部署と仕事の内容は異なりますが、もちろん全体としては大きく関連はしていますね。
――ところでリャンさんはお仕事以外での情報収集や学習は、どのようにされていますか?
やはりインターネットを使うことが多いですが、とくに英語を使ってアプローチすることが多いですね。僕の場合は最初、慣れ親しんでいる中国語で検索していたのですが、正直なところ良い技術系サイトが少ないと感じました。
日本語のサイトもトピックによっては情報量が豊富な印象ですが、やはり英語圏の情報が頭一つ抜けています。さらに英語圏では親切な方が、プログラマーのために有料級の情報を無償で公開しているケースや、自らの著書を無償で公開している方などもいらっしゃいます。
また僕は現在、シスコシステムズ社の認定資格であるCCNPを取るべく勉強しているのですが、これも英語の本を購入して学習しています。
いずれにしても僕たちのような仕事は、技術や情報が日々アップグレードされていきますから、第一線にい続けるためには、言われなくても自ら情報を取りにいく姿勢が大切ですね。そのために、現状では英語圏の情報に触れていくことが、非常に有効だと感じます。
これからITエンジニアを目指す人へ
――英語のお話が出ましたが、これからプログラミングを習得したい人にとっても、やはり慣れていた方が良いでしょうか?
そうですね。例えばプログラミングのエラーは英語で出ますが、その文言をスルーせずに「何を言っているのか」を理解していくことが重要です。やはり英語としての情報を、自分で読めるようになることが大切なので、英語にアレルギーは持たない方が良いかもしれません。
また学びのコツとしては、実際に手を動かすことが大切です。例えば参考書を買っても、ただ読むだけではなかなか身につきません。プログラミングのパターンは数えきれないほど存在しますので、当然本には載っていない状況になる場合もあります。
そうしたときはインターネットで似たようなケースを調べたり、今であればChatGPTなどを使用して、検索するのも良いでしょう。とにかくプログラミングは受け身ではなく、自ら情報を調べて仮説を立て、結果が違ったら何故かを調べていく能動的な姿勢が、とても大切だと思います。
――ありがとうございます。ちなみに少し個人的なことになりますが、リャンさんは現在、趣味や熱中していることはありますか。
ゲームなどを楽しむときもありますが、フットサルやバスケットボールをしたり、しょっちゅうではないですが富士山に登ったり、身体を動かすことが好きですね。
これは楽しみでやっている面もありますが、運動に加えて食事と睡眠をしっかり取り、コンディションを整えることは非常に大切だと感じます。例えばエラーを修復する作業であったり、集中力が必要なときに頭が回らない状態では、力を発揮できません。これはITエンジニアに限らず、どのような仕事にも共通していえることかもしれませんが。やはり体力の大切さはどのような方にも、ぜひお伝えしたいところです。
――最後に、これから将来にわたっての展望や、やってみたいことなどがあれば教えてください。
これは、いつかの話にはなりますが、まったくスピード感の違うスタートアップのお仕事に、関わってみたい気持ちもありますね。分野としては、生成AIの開発などでしょうか。
あとは例えばアメリカとか、別の国に行ってITエンジニアをやってみたい気持ちもあります。国が違えば技術もそうですが、考え方や取り組み方など、はたしてどのように違ってくるのか、たいへん興味があります。
いずれにしても、これからもお仕事はしっかりとこなしつつ、いちエンジニアとしての好奇心や向上心も忘れず、世界中の様々なものを取り入れ、成長を続けていきたいです。