フリーランスエンジニアとして活躍する田端哲朗さんは元々、大学卒業後に音楽の道を夢見た青年でした。ITエンジニアとしてのキャリアがスタートしたのは偶然の産物。しかし、その偶然をチャンスへ変え、数多くのプロジェクトで活躍するITエンジニアとして成長しました。
金融系のシステムに数多く携わっていた田端さんに、会社員時代の経験とフリーエンジニアとして独立した後の仕事や環境の変化についてお話を伺いました。
田端哲朗(たばた てつろう) ITエンジニア
大学卒業後、音楽の道を志すもIT企業へ就職。SESとして大手金融系企業の現場で数多くの開発案件に携わる。20年間のSE、PGとしてのスキルと経験を生かし、独立。現在はフリーエンジニアとして開発案件に関わりながら、日々、新しい技術の習得に時間を費やす毎日を送っている。
音楽の道を目指すも、ITエンジニアとしてのキャリアがスタート
――ITエンジニアを目指したキッカケを教えてください。
小さな頃からパソコンが身近にある環境でしたので、それが一番大きいかと思います。父親が仕事でNECの「PC-9801」を使っていて、物心ついた頃から家で普通にパソコンが使われていました。小学校に入ると、校内にパソコンルームがありました。当時の小学校としては珍しかったかもしれません。普通の教室の色合いと違い、パソコンルームは真っ白。空調も常に利いていて快適な環境でしたね。パソコンを使うことに特別な感覚はありませんでした。
――そうすると自然とパソコンに触れる環境があり、ITの道を歩んでいくことになるのですね?
いや、実はそうではないんです。確かにパソコンを触るのは好きでした。大学は理学部に入学しましたが、当時普及してきたインターネットもよくアクセスしていましたし、ホームページを作ってアップしたりしていました。在学生の中でもそういうことをしていた人間は少なかったと思いますね。
ただ、自分自身はITの世界を目指そうと思っていませんでした。在学中から音楽の作曲にのめりこんで、将来はその道に進みたいという気持ちが強くなったんです。クラシック音楽の作曲の夢を捨てきれず、大学卒業後は音楽教室に通うようになりました。今でいうフリーターですね。
――音楽の道を目指す中で、なぜITエンジニアへ?
3年くらい音楽教室に通いながら、アルバイトをする毎日でした。私自身はそういう生活でもよかったのですが、さすがに生活していくには「このままでは…」という思いもありました。ちょうどそんなことを思っていた時、友人にある社長を紹介してもらったんです。その社長はIT企業を経営していて、エンジニアを募集していました。エンジニアを企業の開発現場に出向させる、いわゆるSES(システムエンジニアリングサービス)を提供する会社でした。パソコンを使うことは得意でしたし、その社長も「来てみないか」と言ってくれたので、「やってみよう」と決意して飛び込んでみたのです。
とはいえ、ITエンジニアとしての経験もなにもない身です。社長が直接、企業に営業してきて、仕事が決まったのですが、今ではありえない条件でした。最初の2カ月間は、研修として給与は出ません。でもその代わり、実務の経験を積ませてもらいました。私がそこで経験したのがテスターという仕事です。プログラムが想定通り動くかを毎日チェックするのです。3カ月目に入り、ようやくお給料をいただけるようになりました。今、考えると当時の社長も2カ月間、仕事の対価が入ってこないわけですから、よく我慢して使ってくれたなぁ、と感謝しています。
地道に経験を重ね、気づけば金融系システム開発の最前線で活躍
――ITエンジニアとして仕事をスタートさせた際に苦労したことはありますか?
苦労というよりも何も知らない状況から仕事を始めたので、日々勉強の繰り返しでした。私の場合、大学を卒業して、研修を受けて、そして現場に参画するという過程を経ていません。自分で技術を覚えなければなりませんし、本を買いこんで勉強をしながら仕事に向き合う毎日でした。
――主にどのようなシステム開発に携わっていたのでしょうか?
代表的なものは「大手保険会社の保険料算出システムの大量データの管理やデータ移行」「大手銀行の有価証券報告書の出力システムの開発」「証券取引所の上場企業検索システム及び開示資料保持システムのメンテナンス」「大手損保会社のオンライン見積もりシステムの開発」などです。「アパレル会社の在庫情報や物流計算システム開発」なども経験があります。
プロジェクトは短いもので3か月くらい。運用保守のような仕事になると5~6年間、同じ環境で仕事をすることになります。
――金融系システムを数多く担当してきたんですね。
最初にテスターの仕事をしたとお話しましたが、実は某大手保険会社の仕事でした。そこで仕事の経験を積むと、次の現場を社長が提案します。その際に私の経歴に『金融系システムの経験』と記載できるようになるんです。そうすると、次も金融系システムの現場で仕事をする確率が高くなります。
クライアント企業も、もちろん資格などを重視することもあると思いますが、経験を重視する傾向が強い印象です。資格もあるに越したことはありませんが、経験というのはクライアント企業に安心感を与えるのかもしれません。
私の場合はキャリアのスタートがたまたま金融系の現場だったので、次回以降の現場も自然と金融系システム開発の仕事が大半を占めることになったのです。
――担当する仕事で大変だった経験はありますか?
大変なのは、やはり納期です。遅延が起これば残業もしなくてはなりません。以前、私は多いときで月に280時間の残業をした経験があります。今ではそんなことはないと思いますが。ただ、プロジェクトの遅延についても、私たちチームの責任である場合と、クライアント企業の都合である場合と、理由もまちまちです。そういう中でも納期に向かって結果を出していくというのは、どんな仕事もそうですが、大変なことだと思います。
また、大変だった経験ではありませんが、ITエンジニアとして技術の変化に対応できなくてはならないと思っています。私は機械学習や深層学習などの比較的新しい技術分野や開発案件も対応できるよう、「Python 3エンジニア認定データ分析試験」を、開発環境面においてもクラウドやAWSに対応できるよう「AWS認定ソリューションアーキテクト・アソシエイト」などの資格も取得しました。このような変化への適応は求められますよね。
――会社員時代に一番印象に残っているプロジェクトはなんでしょうか?
証券取引所のシステム開発の仕事が一番印象に残っています。上場企業の検索システムの開発や開示資料保持のためのシステムメンテナンスを担当していました。証券取引所ですから、当然、止まることが許されません。あるとき、お風呂に入って寝ようとしていた際に現場から携帯電話に連絡が入りました。「なんだ?」と思って出ると「障害が発生したから今すぐ来てください」と。すでに真夜中です。自宅にいる自分がどうやっていくんだ?と考えていると「タクシーで来てください」と。すぐに向かい、障害の対応を行いました。常に緊張した現場でしたが、あのような経験ができたのは今の自分にとって大きな糧となっています。
独立して改めて気づいたフリーランスエンジニアとして求められるスキル
――約20年、会社員として勤めていましたが、なぜ独立しようと考えたのですか?
クライアント企業の現場では色々なエンジニアが働いています。私のように会社からSESとして来ている人もいれば、個人で活動しているSEやPGもいる。最初は気づかなかったのですが、段々と現場で周りが見えてくると、色々な立場の人が入り混じって働いていることがわかりました。
経験が浅い頃は、自分がフリーとしてこのような現場で働くことができるとは思っていませんでした。しかし、経験を積むにつれ、「自分にもできるのではないか」と思う気持ちが強くなってきたんです。元々、大学卒業した後に「音楽がやりたい!」といってフリーターになったくらいなので、自分の力を試したいと日増しに感じるようになっていきました。
――独立してからはどのような仕事内容が多いのでしょうか?
基本的には今までの仕事と大きく変わることはありません。ただ、異なる点は、プロジェクトの関わり方ですね。会社員時代はクライアント企業のいわゆる上流工程(要件定義や基本設計等)から関わることが多かったので、数名のチームでプロジェクトを担当します。ある意味、これは会社員である特権ともいえますよね。経験が浅くとも、会社で仕事を獲得してきて、上流工程の仕事から関われるのですから。
フリーエンジニアになってからは、上流工程の仕事ももちろんありますが、いわゆる下流工程の仕事を行うことも多くなりました。
――独立後の営業活動などはどうやっているのですか?
私の場合は主にエージェントと呼ばれる企業に登録をして、その企業がクライアントへ提案を行う形態が多いです。直接、クライアント企業へ営業を行うわけでなく、このエージェント企業が提案していくわけです。私の経歴を確認して、適したクライアントへ提案してくれます。
あとは、フリーエンジニア同士の交流も営業活動の一環としては効果的です。交流会などでエンジニア同士であいさつをして、それぞれのエージェントを紹介し合います。エージェント企業は提案できるエンジニアを欲しがっていますから、色々な方面で自身の営業をしてくれることになります。
――フリーの場合、契約業務や確定申告など大変ではないですか?
当然ですが、会社員時代は契約書などは見たこともなければ、気にすることもありませんでした。今はエージェント企業によっては契約書の雛形を作成してくれるところもあります。ただ、それをしてくれないところもありますので、その場合は契約書も自分で作成したり、相手の契約書を確認しないといけません。確認せずに契約締結をして、後で不利な条件で仕事をすることになることもあります。それを防ぐため、契約に関する基本的な知識を本などで学んだり、知り合いのフリーエンジニアの方に助言をもらったりしています。
確定申告も同じで、やはり自分で学ぶ必要がありますね。幸い、私は日商簿記3級を持っているので、そのあたりの抵抗感はありませんでした。
――会社員時代と働き方や意識で大きく変わったところはどこでしょうか?
会社員とフリーエンジニアでは現場での“演じ方”がまったく違います。“演じ方”というと語弊があるかもしれませんが、自身に求められるものがまったく異なります。
例えば、『エンジニアとしてのコミュニケーション力』という言葉をよく聞きます。しかし、会社員時代は多くの場合、現場では数名のチームに編成されます。そして、クライアント側の担当とコミュニケーションをとるのは、チームリーダーだけというケースが多い。だからリーダーでない限り、コミュニケーションの多くは同じメンバー間である場合が大半です。コミュニケーション力を向上させることは大切ですが、現場によってはそういう状況にならないところも多いわけです。
一方、フリーエンジニアとして現場で対応する場合、窓口はすべて自分です。会社員時代のようにチームリーダーはいませんので、常に自分で対処しなければなりません。コミュニケーション力も当然求められますし、仕事の成果も自分1人で出さないといけません。フリーエンジニアになって、改めてこの点に気づかされました。
逆にいえば、会社員として働いている間に、その点に気づいて意識できれば、ITエンジニアとしての可能性を大きく広げることができるのではないかと思います。環境に左右されるので難しいかもしれませんが、意識を変えると見えてくるものも変わると思いますね。
あとはフリーエンジニアは健康管理も徹底しないといけません。自分の代わりはいませんから、途中でプロジェクトをリタイアすることになればお客様に迷惑をかけてしまいます。そのあたりは独立してから意識として大きく変化しました。
求められるのは『好奇心』を持ち続けること
――さまざまな現場を経験した立場から、ITエンジニアの労働環境についてどのように感じていますか?
私がこの業界に入って多くのプロジェクトを担当する中で、年々、労働環境は改善されていると感じています。入社して何年か経つ頃には、私も含め一緒に働くITエンジニアの方々もしっかり休みを取得できるようになりましたし、会社側も当然、そのようなワークライフバランスの充実に力を入れるようになりました。
どの業界も同じように労働環境の改善が進んできていると思いますが、IT業界においては今までが長時間労働の印象が強かった分、その改善ぶりが劇的に思われるのかもしれません。もちろん、自分たちの責任で納期に遅れそうになれば残業することはありますし、その時は土日も厭わず働くこともあります。それはIT業界に関わらず、どの業界も同じことだと思います。
――ITエンジニアとして求められるスキルや経験において最も大切だと思うものはなんでしょうか?
『好奇心』だと思います。ITエンジニアは常に新しい技術に接する職業です。この20年間を見ても技術は大きく進化し、変化しました。常に新しい技術を吸収することが求められます。プロジェクトの現場でも「あの技術を使ってみたらどうなのか?」「こうしてみたらどうなんだろう?」と、常に“なぜ?”“どうすればよいのか?”と問いかけることができるエンジニアが最終的に生き残っていく世界だと思っています。
私は業務ロジック面だけでなく、サーバ構成やネットワーク構成などにも理解を深め、システム全体がどのように動作するのかなど全体的な視点を持つよう常に心がけてきました。自分の仕事の範囲だけ見ていれば楽でしょう。でも好奇心を持って広い視野で仕事をしていると、あるとき「なぜ?」の答えが見えてくるかもしれない。この姿勢を大切にしてきたからこそ、今でもITエンジニアとして活動できているのだと思っています。
新しいことへの好奇心を失ってしまったらITエンジニアとして活躍することが難しい。そのことを多くの現場を経験する中で学びました。だから今でも新しい技術への勉強や研究を続けています。会社員として働いていると、そのようなことを実感する機会は少ないかもしれません。しかし、スキルや経験以上にITエンジニアに求められるのは『好奇心』を持ち続けることだと思っています。
若いITエンジニアの方も『好奇心』は常に持ち続けて欲しいですし、新しいことに貪欲に挑戦していく気概を失わないようにしてもらいたいと思います。私もその気概を持ち続け、これからも新しいことに恐れず挑戦していきたいですね。