日本と台湾で400万人が利用する恋愛・婚活マッチングサービス「pairs」、350万ダウンロードを突破したカップル向けのコミュニケーションアプリ「Couples」を展開するエウレカ。数ある国内ITベンチャー企業のなかでも特に成長著しいこの組織を率いるのは、2016年7月に新CEOへの内定が発表された石橋準也氏。なんと、中途入社からわずか3年での代表取締役CEO就任となりました。
入社3年でのCEO就任もさることながら、特筆すべきは石橋さんが社内のいちエンジニアからキャリアをスタートさせたこと。pairsのリードエンジニア、開発責任者、CTO、取締役COO兼CTOと目まぐるしくも着実に階段を登ってきた若き"エンジニア経営者"は、本から何を得てきたのか。石橋さんの“異色の本棚”に迫りました。
自己流プログラマから戦略思考のエンジニアへ。ステップアップを支えた2冊
—エンジニアとしてのキャリアを築く上で、学びのあった技術書はございますか?
石橋:2冊あります。まず『PHPによるデザインパターン入門』は特に印象に残っていますね。
「GoFデザインパターン23種類」をPHPで実装した例が紹介されている本です。私のエンジニアとしてのキャリアは、学生時代に兄が経営する会社で、プログラミング初心者のアルバイトからスタートしました。社内にはCTOどころか、エンジニアの先輩もほとんどいなかったので、“自己流のプログラミング”に頼らざるを得ない部分も正直ありました。しかし、この本を読んだことでプログラミングの定石を体系的に学び、“自己流”から卒業するきっかけとなりました。
また、当時、リリースされたばかりのPHPのWAF「Zend Framework」のコードが美しくて。自分でガラケー特有の処理にも対応したWAFを作ろうと思い、実際にフレームワークを開発していました。
そんな風にたまたま同時期に理論と実践の両方でソフトウェアアーキテクチャの重要性を学んだことで、そこから『エンタープライズ アプリケーションアーキテクチャパターン』などのアーキテクチャに関する本や、様々なフレームワークを始めとするOSSのコードを積極的にトレースするようになりました。
—もう1冊が、こちらの『プログラムはなぜ動くのか』ですね。
石橋:こちらは、プログラムがコンピュータの中でどのように動作するのかを、とても分かりやすく説明している本です。著者は、コンピューターサイエンスに関する本を多数出版されている矢沢久雄さん。とにかく分かりやすく書かれているので、矢沢さんが書いた本はほとんどすべて読みました。
この本を読んだ時期に考えていたのは、エンジニアとして非連続的な成長をするためには、基礎が重要であるということ。特に"コンピューターサイエンス"や"ソフトウェア開発工学"といった分野ですね。『計算機プログラムの構造と解釈(SICP)』『定本 Cプログラマのためのアルゴリズムとデータ構造』『30日でできる! OS自作入門』なども読んで実践することで、エンジニアとしての基礎を磨きました。
—プログラミングの技術や情報ってWebでも断片的に手に入るかと思いますが、「何かを身につけよう」と思う時、石橋さんはまず本を手にしますか?
石橋:どちらのケースもありますね。まずは手を動かして「作ってみる」パターンもあれば、入門書を読んでから「興味を持ってみる」という場合もある。ただ、本当に難度が高く、価値ある情報は本などの書物にしかないのではないかとは思っています。Webサイトに記事コンテンツとして掲載しても万人受けするわけではない深い知識や、お金を払う価値があると感じるぐらいのニッチで詳しい情報など。そういった場合は、専門書を一冊買って読んでみるようにしています。
エンジニアから経営者へ。ビジネス課題に直面した時、乗り越える術を教えてくれた名著たち
—ここからはビジネス系の本ですね。『リーン・スタートアップ』はどういったタイミングで読まれた本でしょうか。
石橋:エウレカに入社する前の会社で事業責任者として苦しんでいた頃に出会った一冊です。ビシネス系の本では初めて読んだものと言えるかもしれません。
—この本を手に取るきっかけとなったその当時の悩みとはどのようなものですか?
石橋:事業責任者として「サービスをグロースさせるためにどうしたらいいか」ということですね。当時はまだ事業経験が浅く、自己流でビジネスに取り組んでいる部分もあったため、なかなか思うようにいきませんでした。人のアドバイスもあまり聞いていなかった(笑)。しかし、課題にぶつかってどうにもならない時に、過去に同じような経験をして課題解決した人の本を読んでみようかなという気持ちが自然と湧いてきて、手に取りました。この本に出会ってから『アントレプレナーの教科書』で顧客開発モデルを学んだり、コンサル系の本でフレームワーク思考を学んだりするようになりました。
—次はこちらの『人を動かす』ですが、いつ頃出会ったのですか?
石橋:出会ったのは大学在学中でしたが、実際に役に立ったのは、前職でマネージャーをしていた時です。ヒューマンマネジメントに正解と言えるものはないとは思うのですが、当時"強いリーダーシップ"に頼っていた私にとっては、『人を動かす』はまさに目から鱗でした。しかし、書かれていることをそのまま実践したというわけではなくて、自分なりに解釈して本当に良いと感じた部分だけを取り込んでいった。結果的に、私自身のマネジメントスタイルの幅を広げ、新たに形作るきっかけとなったと感じています。
石橋:『サムスン式 仕事の流儀』は、優秀なビジネスマンはどのように考え、行動するのか、ということについて書かれている本です。著者は、サムスンで管理職を務めていた人物。サムスン式の"仕事の流儀"は、ひと昔前の古い仕事の仕方のようにも見えますが、"time is money"の精神、そしてそれを実現する手段のひとつである"ホスピタリティ"に対する考えが素晴らしいと感じました。
特に印象に残っているのが航空会社の乗務員に「サムスンの方ですか? 出張の帰りの飛行機内で仕事をしているのはサムスンの方だけですから」と声をかけられたというエピソードと、「サムスンではレポートを書くときに上司のフォントの好みまで把握して提出する人もいる」という一節。
ひとつ目の飛行機内でのエピソードは、まさに"time is money"を体現していている例ですよね。また、情報は記憶が鮮明なうちにまとめた方が、よりクオリティの高いものに仕上がるので非常に合理的です。私も出張から戻る移動時間をレポート作成に当てるようにしています。
ふたつ目のフォントに関する話は、ヒエラルキーの強い組織における単なる暗黙のルールにも聞こえるかもしれませんが、エウレカの行動規範のひとつでもある「時間の価値を知っている」に通ずる一節だと強く感じました。上司の時間単価を考えて、部下自身が上司の時間や思考のリソースを節約するというホスピタリティ。これは非常に重要な考え方です。
目的を理解し、ホスピタリティを意識したアウトプットを実践しているメンバーとは仕事がしやすいと感じますし、私も心がけています。
番外編:“人を動かす”ためにはAKB48・高橋みなみの本も読む!?
—最近読んでおもしろかった本はありますか。
石橋:元AKB48の高橋みなみさんによる著書『リーダー論』でしょうか。
石橋:高橋みなみさんについては、あの若さで総監督として300人近くのメンバーをまとめていたAKB48在籍時代から、リーダーとして非常に優秀だなと勝手ながら思ってきました。実際、この本を読んでみて、ビジネスの世界でリーダーシップやマネジメントを実践している他の方々から見ても「ああ、分かる、分かる」と共感できる部分がとても多いのではないか、と感じました。
読み物としても、キャッチーな表現かつ具体的なエピソード付きでまとめられているため、最後まで一気に読み進めることができます。特に、これからリーダーを目指す方には、いきなり分厚いマネジメントの本を読むよりも、はるかに実践的なのでオススメしたい本です。
—石橋さんのように、エンジニアでありながら、こうした組織作りやビジネスそのものにも積極的な姿勢を持つ人材は少ないように思います。そのルーツはどこにあるのでしょうか?
石橋:私の場合、アルバイトで始めたプログラミングに没頭し、大学3年生のはじめに大学中退を決意し、そこから本格的にエンジニアとして働き始めました。しかし、その後、会社の経営が少し傾いたんです。これがなかなか辛い経験でした。その時に「エンジニアとして技術力をいくら磨いても、ビジネスができないと誰のことも救えなのではないか」と強く感じたんです。
また、結局のところ、事業が成長し続けていることがモチベーション維持の一番のアンカリングになる。そして、それだけでは事業成長が踊り場に差しかかった時に、一気に組織がぐらついてしまうため、その壁を乗り越えることができない。つまり永続的に発展していく企業は作れないということをこれまでのキャリアで嫌というほど痛感してきました。
その結果、経営とは“ビジョンの実現に向けて、事業と組織の双方を会社のフェーズに合わせて成長させるためのリソース配分を適切に行うこと”だと思うようになりました。
▲エウレカ社の本棚「エウレカ文庫」。メンバーのスキルアップを応援するための書籍購入補助の制度があり、読みたい書籍はメーリングリストを通じて会社にリクエストすることができる。「本棚の管理リストがあって、今日こんな本が追加されましたってアナウンスがありますね」と石橋さん。
—なるほど、苦い経験が裏付けされているんですね。石橋さんはどういった場面で”本を読もう”というアクションを起こしますか?
開発だけでなくビジネスにおいても、できるだけ自分の頭で考えて取り組むスタンスです。現在取り組んでいる経営においてもそれは同じですね。初めから答えを知ってしまうとそれしかやらなくなってしまうし、“学び”の過程がないと応用が利きません。なので、上手くいかない時に本を読むことが多いですね。
実際、何かしらの課題に直面してもいないのにいくら読んでも、共感できませんし、理解も浅いのではないでしょうか。目の前の問題を解決するための何かを得たいから読書をすると決めていた方が、無駄に本を読むこともなくなるかなと思います。
ステップアップしていく傍らに、いつも本があった。
エンジニアとしてエウレカに入社し、驚異的なスピードでキャリアアップを果たした石橋さん。その仕事ぶりがうかがえる本のセレクトだったかと思います。ジャンルも、それぞれの本に触れた時期もさまざまですが、すべてに共通するのが「課題を解決するために手に取った」ということ。プログラミングにのめり込んだ時、事業を任されるようになった時、組織作りに苦しんだ時。それぞれの場面で課題に正面から向き合ってきたことを伝えてくれています。
「読んだからと言って、これだという答えがすぐに出るわけではない」とも石橋さんは話します。それでも何かのヒントを得たり、方向性を正してくれたりすることがある。だから、本は存在するのかもしれません。
取材協力:株式会社エウレカ