アナログな業界をIT化せよ!魚ポチ開発者が仕掛けるサカナ流通革命

新鮮な魚介類を仕入れるために、朝早くに魚市場まで足を運ぶ。

これは、これまで多くの飲食店経営者が“常識”だと考えていた慣習です。しかし、あるアプリが今、この常識を変えようとしています。それが、株式会社フーディソンが開発・運営する「魚(うお)ポチ」。同アプリを使えば、わざわざ市場まで仕入れに行かなくても、Web上で注文するだけで、新鮮な魚介類を飲食店まで配送してくれるのです。

電話やファックスが主要なコミュニケーション手段であるなど、比較的“アナログ”な文化が根強く残る鮮魚業界。魚ポチはその世界を“デジタル”の力によって、どのように変革していくのでしょうか?

同社で、要件定義やディレクション、オフショアとの連携を担当されている矢野雄一さん(上写真左)、UI設計や実装などのフロントエンドを担当されている斉藤優太さん(上写真右)に、お話を伺いました。

徹底した現地調査から見えてきた。鮮魚業界における“物流”の課題

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―魚ポチというアプリがどういった経緯で生まれたか、お聞かせいただけますか?

矢野:もともと、企画段階で「鮮魚業界に対して何かしらの貢献ができるようなアプリを作る」という方針は決まっていました。ですが、具体的にどんなものを作るか、コンセプトは固まっていなかったんです。アイデアを練るために、会社と築地市場を何度も行き来して現地調査をしました。そうするうち、鮮魚業界の“物流”の領域に、解決すべき課題があることが分かってきたんです。

―課題ですか。具体的にはどういったものですか?

矢野:鮮魚を仕入れる際、多くの飲食店経営者は、実際に市場まで足を運んで商品を購入しています。しかし、この方法では仕入れにものすごく時間がかかってしまうし、交通費だって必要になりますよね。あまり効率が良くありません。

また、仲卸業者が個別でECサイトを運営し、通信販売を行っているようなケースもあるのですが、そのようなサイトの場合、「複数の仲卸業者を横断して商品を購入する」ことがやりづらい。

それを解決するには、「統一したプラットフォームで商品を管理し、購入されたものを飲食店に直接配送する」という機能を持ったシステムが必要だと考えました。

―なるほど。それが魚ポチのコンセプトにつながっていったわけですね。

矢野:そうなんです。余談ですが、私、今でこそエンジニアの仕事をしていますけれど、元は料理人だったんですよ(笑)。

―へえーっ!そのキャリア、すごく珍しいですね。

矢野:よく言われます(笑)。昔の自分も、築地に足を運んで魚を仕入れていた一人…。だからこそ、飲食店経営者の大変さは人一倍理解できると思うんです。

鮮魚業界に存在していたブルー・オーシャン

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―ちょっと下世話ですが、魚ポチを導入する際に、既存の市場関係者から反発のようなものは無かったのでしょうか?新しいものに対して抵抗を覚える方もいたのではと思いまして…。

斉藤:それは無かったですね。もし、私たちのやったことが、業界の既存の仕組みに不利益をもたらすようなものであったなら、そうした反発も起こったかもしれません。けれど、「注文した魚を、仲卸業者から飲食店経営者の元に直接届ける」という仕組みは、既存のマーケットには存在していなかったんです。だからこそ、従来の物流と競合を起こさず、アプリをスムーズに導入することができた。そこが大きかったと思っています。

―なるほど。その領域が、物流におけるブルー・オーシャンだったわけですね。

矢野:そうなんです。それから、市場関係者の好意的な姿勢に助けられた部分も大きいです。私たちも、始めのうちは「何かしらの反発を受けるのではないか」と思っていました。けれど、フタを開けてみると、「業務に役立つのであれば、新しい技術を積極的に取り入れる」という考え方の人がほとんどだったんです。ある時なんて、店舗にアプリの説明をしに行ったら、「すごく良いものだから、明日から使わせてよ!」と言ってくれたりもして。そういった関係者の姿勢も、アプリの導入を助けてくれた要因のひとつだと思っていますね。本当に感謝しています。

デジタル化することが目的ではない。重要なのは、適切な情報をユーザーに届けること

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▲魚ポチのサービス画面がこちら。魚のプロ達が扱うサービスだけあって、その商品名には産地に加え「活〆」「内臓抜き」といった、専門用語が並ぶ。

―電話やファックスが未だに主流であるなど、鮮魚業界には“アナログ”な部分も根強く残っているかと思います。その分野を“デジタル”で変革することに、どのような意義を感じていらっしゃいますか?

矢野:本当の事を言うと、私自身は「アナログな部分をデジタルにする」ことにそれほど強いこだわりがあるわけではありません。アナログはアナログで良いところもあるし、むやみにデジタル化することが、必ずしも最善の選択肢ではないと感じているんです。

たとえば、魚ポチを使ってくださっている仲卸業者の中には、魚ポチから出力された注文情報をファックスによって送信し、発注の業務を行っている方も多くいらっしゃいます。そうした方々に対し、「ファックスよりも便利な機能を弊社が開発し、提供する」ということに意味があるかというと、きっとそうではないと思うんです。ユーザーは何らかの意思を持ってファックスを使っているわけですから。

―なるほど、確かにそうかもしれません。そういった場合には、どういったアプローチでユーザーに貢献していくのでしょうか?

矢野:例を挙げると、過去に弊社が行った施策として「注文情報の画面から不要な情報を削り、スペースが空いた分、フォントサイズを少し大きくする」というものがあります。これによって、ファックスの文面が読みやすくなるわけです。本当にちょっとしたことですが、すごく評判が良くて、「使いやすさが劇的に変わった」という声を頂くことができたんです。

本当に重要なのはデジタル化することではなく、「情報の整理をし、その中から適切な情報をユーザーに対して届けてあげる」ということだと思っています。そうした姿勢にこそ、ユーザーは価値を見出してくれるのではないでしょうか。

“魚”という流動的な情報を、デジタルデータに落としこむ難しさ

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▲オフィスの片隅にはトロ箱が。IT企業とは思えない光景だが、築地市場と密接に関わるフーディソンならではだ。同社のスタッフは定期的に市場に足を運び、ニーズやサービス改善のヒントを探るという。もちろんエンジニアも例外ではない。

―情報の整理。これ、すごく重要なキーワードですね。それに関連してお聞きしたいのですが、魚の情報を整理し、データベースに登録する作業の中で、苦労される点などはありますか?

矢野:魚の情報って、すごく流動的なんですよ。それをどうデジタルデータに落としこむか考えるのは、いつも苦労しますね。

―流動的とは、どういうことでしょうか?

矢野:魚って、前日と今日とでは、同じ種類のものでも状態が変わってくるんです。どういうことかと言うと、水揚げのタイミングによって鮮度が変化することもありますし、同じ産地のものでも成長の度合いによってサイズが違うこともあります。それから、刺し網、巻き網、定置網、一本釣りといったように、漁法にも種類がありますし。締め方にしても、産地で締める、市場で朝締めする、神経抜きするとか。もちろん、天然か養殖かという区分だってあります。このように、1匹の魚に対して数えきれないほどの要素が存在していて、「どの要素を、どのような粒度でデータベース化するのか」ということを、ひとつひとつ精査する必要があるんです。

―“ナマモノ”であるからこその悩み…。それだけ多種多様な情報を整理していくのは、並々ならぬ苦労があるでしょうね。

矢野:そうなんです。そうした観点で言うと、魚ポチには“お気に入り”という機能があるのですが、それを実装したときは特に大変でした。

さきほど話したように、魚の状態というのは、日々、流動的に変化します。そのため、通常のECサイトのように「商品の完全一致」を実現することはできないんです。

―なるほど、言われてみればそうですね。では、どのような方法で、お気に入り機能を実現しているのでしょうか?

矢野:そこには、弊社で開発した独自のアルゴリズムが使用されています。具体的には、「お気に入り商品を検索する際に指定した条件」を保存しておき、近似の結果を表示させるようにしているんです。

斉藤:このアルゴリズムを実装するのは、本当に苦労しました。ユーザーが指定した複数の条件は、必ずしも全てが必要なものとは限らず、逆に「その条件が含まれていると、検索の精度が悪くなってしまう」というものも存在しているんです。そのため、さきほど話した、魚を構成する要素を全てチェックし、「ユーザーにとって必要な条件はどれか。逆に、省くべきものはどれか」ということを丁寧に吟味していきました。利便性向上のために、そこには徹底的に工数を割いたんです。

―エンジニアとしての、品質に対する執念のようなものを感じますね。

斉藤:けれど、私たちの作ったアルゴリズムは、まだまだ完璧なものだとは思っていません。今後は、その条件付けに対するユーザー満足度のデータを収集し、よりユーザーにとって便利なものになるよう、継続的に改善していきたいですね。

市場に足を運ぶ体験を、テクノロジーが再現していく

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▲オフィスには市場のマストアイテム(?)の長靴が、当然と言わんばかりに置かれている。その使い込み具合はさすがの一言。

―これから、鮮魚業界でどのようなことを実現していきたいですか?

矢野:個人的な目標を言うと、最終的には「市場に行く」という体験そのものをVR(ヴァーチャル・リアリティー)化できればいいなと思っています。どういうことかと言うと、実際の市場の店舗内にカメラを設置して、ユーザーはVR上から市場の店舗にアクセスする。そして、カメラの映像を通して、自由に魚を視聴できるという感じです。

それが実現できれば、飲食店経営者はわざわざ築地まで行かなくても、魚を自分の目で見ることが可能になります。移動による時間のロスや、交通費だって削減できますし。かつて自分自身が料理人だった頃、仕入れも担当していたから、余計にその重要さが分かるんです。

―市場での体験が、魚ポチによって再現される…。まるでSFのような未来ですね!

斉藤:鮮魚業界では、まだまだ過去の慣習が残っていて、効率化されていない部分も多いです。そのため、なかなか業務が拡大できずに困っている業者も、たくさんいらっしゃいます。

そうした状況を、自分たちの手で変えていけたら嬉しいです。たとえば、出力する帳票を最適化することによってピッキング作業を効率化できるかもしれませんし、アプリのUI、UXを改善することで、売り上げを向上させることだってできるかもしれません。

自分たちの技術で、ユーザーの幸せに貢献する。そんなことが実現できればきっと、エンジニア冥利に尽きると思いますね。

“ユーザーの笑顔”という大陸を目指し、今日もエンジニアは航海を続ける

鮮魚業界という大海原で、「物流を変革する」という帆を立て航海をスタートした魚ポチ。その成功の背景には、徹底的にユーザーのことを考え、アプリの品質を向上させていくエンジニアの姿勢がありました。鮮魚業界の未来を創造するため、2人の航海はまだまだ続きます。

取材協力:
株式会社フーディソン

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