デザイン思考とは|あらゆるビジネスに応用される考え方の5つのプロセス
「デザイン」からイメージされるものはなんですか?一般的には、「装飾」「造型」「意匠」といった単語が連想されるのではないでしょうか?このように連想される単語は、「思考」ではなく「成果」や「行動」にカテゴライズされるものでしょう。
デザイン「思考」とはこうした連想されるイメージとはまったく異なり、デザインに用いられる手法やモノの見方をビジネススキームに取り入れるプロセスを指すもので、エンジニアにも要求される考え方です。
「エンジニアは開発に専念すればよい」という考え方は、通用しにくくなっています。ユーザーに対していかに価値を提供できるかを思考できる人材が求められているのです。
業種業態を問わず、あらゆるビジネスにおいて活用されているデザイン思考について、その特徴や考え方の注意点、実践方法などを具体的に解説していきます。
Contents
デザイン思考とは
デザイン思考(Design Thinking)とは、主にデザイン業務で広く用いられている考え方や手法を、ビジネス全般にて解釈し、ユーザーの課題を解決するための道筋を立てていく思考プロセスです。日立や富士フィルムなど国内大手企業、そしてGAFAの一角として名を連ねる、AppleやGoogleも取り入れています。
デザイン思考にはどのような特徴があるのか、なぜ多くのビジネスパーソンに必要とされているのか、深掘りしていきます。
デザイン思考の特徴
デザイン思考の特徴は「根本的な悩みの解決」にあります。
従来のビジネスにおいて重要視されるポイントは、商品のクオリティや価格の安さなど、個別のサービスやコンテンツに帰結していました。一方、デザイン思考が焦点をてる対象は「人が抱えている悩みをいかに解決するか」に向いています。
例えば「結果にコミットする」で有名なライザップも、デザイン思考を取り入れた成功例です。サービスの対象を「痩せること」に限定するのではなく、理想の身体を手に入れる「体験」を価値として打ち出し、ダイエットに悩む人の課題を解決する手法として提供したのです。
デザイン思考とは、課題の解決に向けユーザー体験を本質的な価値として提供できるようプランニングすることともいえるでしょう。
デザイン思考とアート思考の違い
デザイン思考と同じく、注目されている思考方法のひとつに「アート思考」があります。
アート思考とは、これまでに存在していなかった価値を、自ら生み出して形成する思考プロセスを指します。アーティストたちは、自分にしか生み出せない唯一無二の価値や作品を探究し、その回答を作品として残しています。アート作品は、自分で考えた問いに対して、自分なりの解釈や答えを反映して形にしているものがほとんどということです。
つまり、デザイン思考とアート思考の違いは「人の悩みを解決する答え」を形成するか「自分なりの答え」を形成するかにあります。
デザイン思考が必要とされる理由
デザイン思考が必要とされる背景には、従来の考え方だけではユーザーのニーズの変化に対応しきれなくなっている事実があります。
モノがあふれている現在では、ただ新しいだけのモノや、機能に優れただけのモノではユーザーに受け入れられなくなっています。開発技術を高めるだけでは、マーケットに通用しなくなってきているのです。
エンジニアの観点で見れば、自分の作りたいシステムを新たに開発しても、それが顧客の悩みや課題を解決する手段として機能しなければシステムは使われず、価値のないものになるでしょう。エンジニアが開発するシステムでユーザーの悩みを解決するにあたり、ユーザー体験をどのように設計するべきかを考えるために、デザイン思考を取り入れるのです。
デザイン思考によるビジネスへの効果
デザイン思考をビジネススキームに取り入れることで、さまざまな波及効果が生まれます。
- アイデア提案の習慣化
- 組織力の強化
顧客のニーズが多様化している状況下では、エンジニアの思考も常に時代に合ったアップデートが求められます。
アイデア提案の習慣化
デザイン思考において重要なことは、実現性にとらわれずアイデアを常に提案してみることです。結果、使われないアイデアがたくさん生まれるでしょう。アイデアを試してみたものの、効果が表れなかった例も出てきます。
そこで、アイデアが採用されなかった理由はなにか、その原因を解決するために必要なものはなにか、さらに深掘りして思考した結果、よりよいアイデアが生み出されるようになります。
組織力の強化
アイデア提案の習慣が組織全体で定着すれば、コミュニケーションの活性化にもつながります。
ペルソナに対してどのようなアプローチが有効なのか、さまざまなアイデアを組織全体で共有できるようになり、組織内での意見交換も熱を帯びてくるでしょう。情報共有や意見のすり合わせを重ねるたびに、モチベーションも底上げされていきます。
デザイン思考を取り入れることで、プロジェクト内の士気が高まり、ひいては組織力の強化につながるのです。
デザイン思考の5つのプロセス・考え方
デザイン思考は、5つのプロセスに沿って展開されます。
- 共感(Empathise)
- 問題定義(Define)
- アイデア創造(Ideate)
- 試作(Prototype)
- テスト(Test)
この5つのプロセスはビジネス全般におけるデザイン思考において欠かせないものであり、プロセスを何度も繰り返していくことで、デザイン思考は推進されます。
一例として「プログラミングを学びたい」をテーマに設定し、5つのプロセスを具体的に解説していきます。
1.共感(Empathise)
共感パートのベースとなるものは、ユーザーの認識です。デザイン思考は「人が抱えている悩みをいかに解決するか」に焦点を置いているため、対象となる人が考えていることを理解できなければ、具体的な課題解決策のアイデアもわきません。
まずは対象となる人の理解を深めることから始めていきます。ここでは、実際に抱えている悩みや現状の声を認識するために、「プログラミングを学びたい」というアンケート結果が集まったとします。そして集まった情報から、対象の人がなぜそう答えたのかを思考していきます。
2.問題定義(Define)
問題定義のパートでは、ユーザー理解の深掘りを進めます。「プログラミングを学びたい」という実際の声から、潜在的なニーズを探っていくのです。ユーザーの実際の声に「なぜ?」を繰り返し突き詰めていき、潜在的なニーズを捉えます。
「プログラミングを学びたい」の背景には、以下のようなニーズが見えてくるでしょう。
- プログラミングができるようになりたい
- エンジニアとして就職したい
- 需要があるエンジニアになって稼ぎたい
- フリーランスエンジニアになって自由に働きたい
このように、「プログラミングを学びたい」の潜在的なニーズには、「お金を稼ぎたい」「自由に働きたい」があると定義します。この定義に対して、実現までにクリアしなければならない課題を解決できるアイデアを考えていくのです。
3.アイデア創造(Ideate)
アイデア創造パートでは、定義したニーズにどう回答すべきかを考えます。ここでは「自由に働きたい」というニーズに対するアイデアを出していきます。
「自由」という定義を、「場所や時間を選ばない」としましょう。すると、「自由に働きたい」というニーズは、プログラミングを学ばなくても満たせるのではないかと考えられます。
例えばWeb上で完結する仕事であれば、1台のパソコンさえあれば業務を遂行できます。すると「プログラミングを学びたい」人に対して、自由に働くならWebデザイナーやWebマーケターという選択肢もあると提示してはどうか、というアイデアも浮上してきます。
「プログラミングを学びたい」と考える人に対し、プログラミング習得だけに限定してアイデアを出すのではなく、潜在的なニーズを探り、本当に喜ばれる回答は何か、根底から考える必要があります。
4.試作(Prototype)
試作パートは、浮上したアイデアから試作品を開発していく段階です。試作パートで大切なのは、とりあえず作ってみることです。機能は必要最小限のみを有する、シンプルなサービスでも構いません。
「自由に働くなら、WebデザイナーやWebマーケターという選択肢もある」というアイデアから、「自由に働きたいあなたにピッタリな職業診断」というサービスを試作するとしましょう。試作を進めていくうちに「選択肢には動画編集者も入れたほうがよいのでは?」「診断方法はこっちの方がよいのでは?」といったように、新しいアイデアや問題点などが具体的に浮かび上がってくるでしょう。
試作パートでは、こうした都度発生するアイデアや問題点を選別しながら、開発を進めていきます。
5.テスト(Test)
テストパートは、試作品を実装して、悩みを抱えているユーザーに実際に使用してもらう段階です。実際に使ってもらいフィードバックを得られれば、これまでにたどり着けなかった問題点や改善策の発見、新しいアイデアなども生まれてくるでしょう。
そして、仮説として定義したニーズは本当に正しかったのか、も検証できます。
大切なのは、このテストパートで終わらずにPDCAを回すことです。試作品のブラッシュアップを重ね、ユーザーのニーズに的確に応え悩みを解決できるシステムやサービス構築につなげていきます。
デザイン思考を実践するときの注意点
デザイン思考を取り入れる際には、いくつかの注意点やポイントがあります。
- 管理者がデザイン思考を理解していない
- ユーザーの観察と共感が重要
- 新しいものをゼロから生み出すことには向かない
デザイン思考は必ずしも万能なものではありません。また、デザイン思考を共有できない環境に置かれている場合、創造したアイデアを最大限に活かせないケースもあります。
管理者がデザイン思考を理解していない
管理者がデザイン思考を理解していない、これは実践にあたっての大きな障壁となります。誰もが知るような大企業や著名な経営者が相手でも起こりえることで、いくらデザイン思考を経由してアイデアを提案しても、管理者や経営者からの理解が得られないとプロジェクトは前に進みません。
効果的な解決策は、デザイン思考から生まれた成果や開発物を見せることです。ミニマムなサービスであっても構いません。
例えば先ほどの「職業診断サービス」であれば、ノーコードやローコードを用いて試作品を製作します。最低限の機能を実装した試作品をもって、管理者へのプレゼンに臨みましょう。
具体的な成果や開発物を用意すれば、デザイン思考によってどのようなものが生み出されるのかをイメージしやすくなり、理解を得てプロジェクトを前進させるきっかけとなります。
ユーザーの観察と共感が重要
デザイン思考は人の悩みの解決に主眼を置くため、ユーザーの観察と共感は不可欠なものです。抱えている悩みを深掘りし、寄り添うことができなければ、ユーザーにとって価値のある開発物は生まれません。SNSのアンケート機能を活用するなど、リアルな声を収集しましょう。
このような実際の声は、なにものにも代えられない貴重なユーザー情報です。デザイン思考で開発を進めるうえで、必要不可欠な要素といえます。
新しいものをゼロから生み出すことには向かない
ゼロからイチを生み出すプロセスとしては、アート思考の方が適しています。デザイン思考は、いまそこにある声から、本当に必要なニーズを探るのに向いているものです。まったく新しい分野のテクノロジーを開発しようと考える場合、デザイン思考を取り入れようとしてもユーザーの現状の声を抽出することはできません。
あくまでもベースとなるのは既存のプロダクトやシステムであり、そこからユーザーニーズを再定義してイノベーションを起こすアプローチがデザイン思考であると考えておきましょう。
デザイン思考に役立つフレームワーク
デザイン思考を実践する際に有意なフレームワークを紹介します。
- 共感マップ(エンパシーマップ)
- ビジネスモデルキャンバス
- 事業環境マップ
共感マップ(エンパシーマップ)
共感マップは、ユーザーの考えていることや実際の行動を洗い出して整理し、ユーザーニーズを抽出していくフレームワークです。以下の6つの基本要素をもとに整理していきます。
- 考えていること・感じていること(Think and Feel)
- 見ているもの(See)
- 聞いていること(Hear)
- 行っていること・行動(Say and Do)
- 悩みやストレス(Pain)
- 得られるもの(Gain)
これらの要素を洗い出し、ユーザーニーズを深掘りしていくアプローチは、サービスのユーザー体験に直結するUX設計や、既存システムの改善に取り入れられるでしょう。デザイン思考の5つのプロセスの冒頭にあたる、共感パートでも機能します。
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは、その言葉通り、ビジネスの構造を見える化するフレームワークです。ユーザーについて深掘りする共感マップとは異なり、自社ビジネスへの理解を深めることを目的とします。
以下のテンプレートのそれぞれの項目に記述していきましょう。
- 価値提案:どのような価値を提供するのか・どのようなニーズを満たすのか
- 主要活動:価値提供するうえで主要な活動は何か
- リソース:価値提供するうえで必要なリソースは何か
- パートナー:ビジネスモデルを構築するビジネスパートナーは誰か
- コスト構造:ビジネスで発生するコストは何か
- 顧客セグメント:誰に価値提供するのか・もっとも価値を提供できるのは誰か
- 顧客との関係性:顧客とどのような関係を作るのか
- チャネル:どのチャネルを活用するのか
- 収益の流れ:何にお金を支払うのか・どのような価値にお金を支払うのか
デザイン思考の5つのプロセスにおいては、2番目の問題定義パートで活用できます。
事業環境マップ
事業環境マップは、4つの外部環境が自社ビジネスにどのような影響をもたらすのかを可視化するフレームワークです。
- 市場:市場規模の成長率
- 業界:競合他社の動きや業界の推移
- トレンド:今後のトレンド
- マクロ経済:変動性の経済的要因
競合他社やトレンドを洗い出すことは、従来よりも優れたアイデアや改善策を生み出すきっかけになります。デザイン思考の5つのプロセスでは3番目のアイデア創造パートで活用されるものです。
なお、「市場」「業界」は自社に直接的な影響を与える要因として考え、「トレンド」「マクロ経済」は間接的に要因を与えるものと区分します。競合他社の動きや顧客ニーズの変化などを俯瞰して、そこにある潜在的なニーズにマッチするサービスを提供するために活用しましょう。
デザイン思考を取り入れ「選ばれるプロダクト」の開発へ
デザイン思考はユーザーの悩みや課題を深掘りし、潜在的なニーズを満たすユーザー体験を提供し、価値を創出する「選ばれるプロダクト」開発に欠かせない思考方法です。開発技術がいかに優れていても、ユーザーニーズから乖離しているサービスでは、価値のあるプロダクトとはなりません。
デザイン思考をプロジェクトに取り入れることで、これまで見つけられなかった潜在的なニーズを掘り起こすことが可能になります。5つのプロセスやフレームワークを活用して、デザイン思考を実践していきましょう。
- デザイン思考は、デザイン業務で用いられる考え方や手法を、ビジネス全般にあてはめ、課題を解決するための道筋を立てていく思考プロセス
- 潜在的なユーザーニーズを掘り起こし、最適な価値提供を行うことが大切
- アート思考との違いは「自分なりの解釈」か「ユーザーの考えか」という点
- デザイン思考はゼロからイチを生むのには向いていない
- 5つのプロセスにわかれており、フレームワークを用いた実践も可能