【図解】水素エンジンとは?仕組みやメリット、車載の課題や将来性について解説
温室効果ガスの削減が強く求められている現代では、従来の化石燃料を用いたエンジンからの転換が世界的な急務となっています。
「脱化石燃料」を実現するエンジンとして、トヨタ自動車を筆頭に、水素エンジンはかねてより開発が進められてきました。しかし、実用化にはまだまだ量産体制の構築や安全面の検証など多くの課題があり、車載に至るまでには少なくないハードルが残されているのが現状です。
水素エンジンの概要や仕組み、ポテンシャルをあらためて考察するとともに、水素エンジンの現在地に迫ります。
POINT
- 水素エンジンは、水素を燃料とし、水素の燃焼反応を動力とするエンジン
- 二酸化炭素などは発生せず、水のみが排出される仕組みであり、環境への負荷を低減し持続可能なエネルギーサイクルを実現するイノベーションとして注目されている
- グリーン水素の供給やインフラ整備、車両コスト、安全性の確保など、実用化に向けた課題も残されている
Contents
水素エンジンとは
水素エンジンは、水素を燃料とし、水素の燃焼反応を動力とするエンジンです。
化石燃料を利用する内燃機関とは異なり、水素エンジンを稼働させた際には二酸化炭素などは発生せず、水のみが排出されます。つまり、化石燃料を用いるエンジンと比較して、環境への負荷を低減できる特徴を有します。
また、水素エンジンは、従来のガソリンエンジンと比較してエネルギー効率が高く、持続可能なエネルギーサイクルの実現を推進するポテンシャルにも注目が集まっています。化石燃料の多くを国外からの輸入に依存する日本国内において、早期の実用化が待たれるイノベーションです。
トヨタ自動車が牽引する水素エンジン開発の歴史
水素エンジンの開発は1970年代頃から始まったとされています。当時から、水素エンジンを搭載した自動車が試作され、走行試験も行われていました。2006年頃には、各自動車メーカーが水素エンジンの高出力化を目指して研究開発に着手しています。
また、1993年から2003年にかけては、水素エネルギーの利用を目指した国のプロジェクト「WE-NET(World EnergyNetwork 水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術研究開発)」が実施されていました。
水素エンジンに関する技術において、日本は抜きん出て進んでいます。アスタミューゼ株式会社の2021年のレポート「水素産業分野で日本の技術力は世界イチ!研究投資の中心は水素製造と燃料電池~世界の有望企業/大学研究機関の技術資産スコアランキング~」では、水素分野における総合的な競争力において、2位の中国と大きく差をつけて日本が1位となっています。
日本の水素分野を牽引するのは大手自動車メーカーのトヨタ自動車で、水素エンジン自動車を市販化する意向を示しています。
なお、トヨタ自動車は水素関連の特許出願件数などから算定される「特許力」ランキングでも世界1位の座を獲得しており、ホンダが3位、日産自動車が4位に続くなど、国内自動車メーカーは大きな存在感を放っています。
【図解】水素エンジンの仕組み
水素エンジンは、水素と酸素を燃焼させた際に発生する水蒸気などで、内燃機関における作動ガス全体の圧力を上昇させてピストンを動かし、動力を発生させています。
【水素エンジンが車を動かす仕組み】
- 燃料の注入:水素ガスをタンクに注入します
- 空気の吸入:外部から酸素を含む空気をエンジンに吸入します
- 圧縮:吸入された空気と水素ガスがピストンの動きによって圧縮され、混合物の温度と圧力が上昇します
- 点火と燃焼:高圧状態にある水素と酸素の混合物に点火することで化学反応が起こり、爆発的な燃焼が生じます。この反応により大量のエネルギーが放出され、水蒸気が副産物として生成されます
- 力の変換:燃焼によって生じるエネルギーがピストンを押し出し、クランクシャフトを回転させます
- 排気:主に水蒸気からなる燃焼後のガスがエンジンから排出されます
また、近年では水素を活用した燃料電池自動車(FCV)も市販されています。水素を活用した燃料電池自動車は、水素と酸素の化学反応によって水が生じる過程で電気ネレルギーを生じさせ、燃料電池でモーターを動かす仕組みです。
水素エンジンとガソリンエンジンの違い
一方、化石燃料を使用するガソリンエンジンは、ガソリンを燃焼して発生した熱でエンジン内部の気体を膨張させ動力としています。
膨張した気体はピストンを往復運動させ、さらにそれを回転運動へと変換してタイヤを動かしているのがガソリンエンジンを用いた自動車です。
水素エンジンとガソリンエンジンを比較したとき、異なるのは動力のもととなる燃料です。水素エンジンは、ガソリンエンジンと同じ仕組みで自動車を動かしていますが、水素による化学反応によって熱を生み出しピストン運動を実現します。
水素エンジンのメリット
水素エンジンのメリットは、二酸化炭素を排出しない点にあります。
水素の化学反応を用いた水素エンジンでは、排出されるのは水のみです。温室効果ガスの削減を地球全体で考えなければならない状況に置かれているいま、多くの人が利用する自動車から排出される二酸化炭素を削減できれば、環境問題への取り組みも大きく前進するでしょう。
また、水素エンジン車であれば従来のガソリンエンジン車をベースとして、少し改良するだけで製造できる点もメリットです。
モーターで動く電気自動車や燃料電池自動車では動力の構造自体が異なるため、部品の製造に新たな設備や技術が必要です。一方、水素エンジンであれば、コストを抑えながら環境に配慮した自動車を製造できます。
さらに、水素エンジンは従来のガソリンエンジンと比較して、高いエネルギー効率を持つこともメリットです。水素のエネルギー密度は高く、少量で大きなエネルギーを生み出せます。
これらのメリットにより、水素エンジンは持続可能なエネルギーサイクルの実現する有効な手段として期待されています。
水素エンジンのデメリット
水素エンジン実用化の大きな障壁は、水素を補給するためのインフラが整備されていない点にあります。
ガソリンスタンドや充電ステーションは普及しているものの、水素ステーションはわずかしか設置されていません。水素を補給するステーションがなければ、利用の地域や用途が限定されてしまいます。
また、水素そのものがガソリンに比べて高額である点もデメリットです。再生可能エネルギーからの水素製造(グリーン水素)はまだまだコストが高く、大規模な生産には技術的な課題が残されている状況といえるでしょう。
車両自体もガソリン自動車よりも高額になる可能性が高いことから、水素エンジン車が一般に普及するまでに、しばらく時間がかかる可能性は否めません。
水素エンジン実用化に向けた取り組みの現状
2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画において、水素社会実現に向けた取り組みの強化が謳われました。国外でも水素への取り組みは加速しており、水素への関心はさらなる高まりを見せています。
参考:水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について|経済産業省
水素エンジンにおいては、トヨタ自動車が市販化を目指して研究開発を進めています。2022年には、燃料の水素を液体で補充して、走行時に気化させる技術についても試験をスタートさせました。さらに2023年からは、水素自動車をレース車両として活用し、収集したデータをもとに改善を行う意向を示しています。
ただし、市販車とするためには航続距離の伸長や車両の完成度を向上させる必要があるため、実現はもう少し先のことになる様相です。
水素エンジン開発が抱える課題と考慮すべき危険性
水素エンジンを搭載した自動車の開発が進められている一方で、市販化に向けては解決しなければならない課題があります。
まず、水素エンジン自動車を市販化するためには、エンジンの量産が不可欠です。しかし、技術とコストの面から量産が難しい現状にあり、水素エンジンを搭載した車には、高価な燃料電池システムや高圧水素タンクも不可欠であるため、製造コストはいまだ高いままです。実用化に向けては、手頃な価格で提供するオペレーション構築が命題になるでしょう。
また、安全面での検証も十分ではないことから、検証を続ける必要に迫られます。水素は反応性が極めて高く、漏れや事故が発生した場合の安全対策が重要になります。水素の取り扱いには特別な技術が必要であり、これを安全に行うための規制や基準も整備する必要があります。
さらに、水素による燃焼はガソリンと比較して供給熱量が小さく、出力が低下するという問題も残されています。水素の生産、輸送、使用の各段階でのエネルギー損失も考慮し、これをいかに低減するかも課題です。
水素エンジンの将来性
水素は、脱炭素社会の鍵を握ると注目されており、温室効果ガス排出削減のために、世界的に水素を活用することが検討されています。
しかし前述した通り、水素ステーションの普及や車両の開発など、水素エンジンの普及には課題が残されています。これらの課題が解決した先に、水素エンジンの一般化が実現するでしょう。
また、近年の投資家は環境に配慮した商品やサービスを提供する企業に出資する傾向が顕著です。こうした資金調達の観点からも、各自動車メーカーは水素エンジン自動車の開発・製造・販売を加速すると見られます。
水素エンジンに関するよくある質問・Q&A
最後に、水素エンジンに関するQ&Aをまとめます。
Q.水素エンジンの燃費は悪い?
水素エンジンの燃費は、ガソリンエンジンと比較して低い傾向です。また、水素はレギュラーガソリンの価格を上回ることから、ランニングコストは高上がりとなるでしょう。
Q.水素エンジンの危険性は?
水素は正しく扱えば安全です。
水素は自然発火する性質があることから危険視されてしまいがちですが、水素の自然発火する温度は527度と極めて高温です。ガソリンの発火点は300度であり、ガソリンよりも火のつきにくい物質です。
ただし、水素の漏れや事故が発生した場合の安全対策は欠かせません。また、水素の取り扱いには高度な技術が求められ、安全に運用するための規制や基準も整備する必要があります。
Q.水素エンジンは何馬力?
トヨタ自動車がレース用に用意した水素エンジン搭載のカローラは261馬力です。したがって、一概に水素エンジンはガソリンエンジンと比較して馬力が劣るということはありません。
Q.水素エンジンの開発は日本だけが取り組んでいる?
水素エンジンの開発は日本のトヨタ自動車がリードしているのが現状ですが、海外で開発が進められていないわけではありません。
欧州では、ダイムラーやボッシュなどが水素エンジンの開発に取り組んでいます。
Q.水素エンジンでどのくらいの距離を走れる?
トヨタのMIRAIの場合、水素1kgあたりの走行距離は170~210kmです。水素ステーションでの1度の充填(4~5kg)で850km走行できます。
Q.燃料電池自動車との違いはなに?
燃料電池自動車にはエンジンがありません。
燃料電池自動車は、燃料電池内で水素と酸素で発電した電気エネルギーによってモーターを回して走行します。一方、水素エンジン自動車は水素そのものをエンジン内で燃料として利用しているという違いがあります。
- 水素エンジンは、水素を燃料とし、水素の燃焼反応を動力とするエンジン
- 二酸化炭素などは発生せず、水のみが排出されるため、環境への負荷を低減できる
- 水素エンジンに関する技術において、日本は抜きん出て進んでいる
- トヨタ自動車では水素エンジン車の市販化を目指しており、航続距離の伸長や車両の完成度の向上が期待されている
- 資金調達の観点からも、各自動車メーカーは水素エンジン自動車の開発・製造・販売を加速すると見られている