あらゆる機器の電気・電子化で、高まる回路設計者の需要
昨今の電気自動車や自動運転車の普及、IoTやAIの活用の広がりにより、回路設計者の需要が急激に高まっています。
さて、回路設計には、大きく分けてアナログ回路設計とデジタル回路設計の2つがあります。
あらゆる情報がデジタル化する現代では、一見デジタル回路設計の需要の方が高いように感じるでしょう。
ところが、実際にはアナログ回路設計のできるエンジニアの需要の方が極めて高く、この傾向は年々高まっているのです。
それはいったいなぜでしょうか。
ここでは、回路設計者とは、どのような仕事で、これからどのような将来性を秘めているのかを解説していきます。
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あらゆる機器は電気・電子的な仕組みで動いている
自動車やロボットなど、今どきの機器は、電気・電子的な仕組みによって作動している場合がほとんどです。
例えば、かつての自動車はタイヤにつながる車軸とハンドルが、軸やギアなど機械部品と直でつながっていました。
それが今では、ハンドルの動きを検知するセンサーと制御用電子回路、車軸を動かすモーター駆動回路に代わっています。
というのも、電気・電子的な仕組みに置き換えた方が、細かい動きもより高精度に制御することが可能となり、重量も軽くなるからです。
このような機械システムの電気・電子化は、あらゆる機器で進んでいます。
さて、ものづくりの中で、年々存在感を増す電気・電子的な仕組みですが、その機能はハードウェアとソフトウェアを組み合わせて出来上がっています。
このうち、ソフトウェア部分を開発するのがプログラマーであり、ハードウェア部分を開発するのが、今回紹介する回路設計者です。
あらゆる機器に電気・電子的な仕組みが搭載される時代に。
出典:mpanch ? stock.adobe.com
慢性的に不足している回路設計者
近年の日本では、ものづくり産業の開発と生産の軸足が、民生機器から自動車・産業機器へと移ってきています。
ここでいう民生機器とは、家電製品やパソコン、スマートフォンのような電器屋さんでよく見かける電子機器のことです。
一方で産業機器とは、工作機や製造装置、産業用ロボット、通信ネットワーク機器、医療機器など、生活の中ではあまり目にする機会が少ない機械を指します。
実は、日本のものづくり産業が力を入れる自動車や産業機器の開発では、慢性的に回路設計者が不足しています。
自動車開発では、先に述べたような機械的機構の電気・電子制御化が現在も拡大しています。
さらに、電気自動車や自動運転車などの今後の成長が確実な次世代車では、より多くの電気・電子的な仕組みを搭載する方向へと進化します。
もはや自動車は、機械製品ではなく、電気・電子製品と呼んだ方が実態に合っている状況です。
一方、産業機器は、利用シーンや顧客の要望に合わせた仕様で作る、多品種少量生産の製品です。
一点モノの機器も多く、開発すべき機器の種類が多い分、それを開発する回路設計者が数多く必要になってきます。
また、近年ではすべてのモノをインターネットにつなぐIoTの活用が進み、橋や道路、ビル、電気・ガス・水道の設備などのインフラにも電気・電子的な仕組みが組み込まれるようになりました。
アナログ回路とデジタル回路、どちらが機器の中心?
冒頭で述べたように、回路設計には大きくアナログ回路設計とデジタル回路設計の2種類があります。
アナログ回路とは、簡単にいえば電気信号や電力の波形を自在に操るための仕組みです。
増幅、ノイズ除去、直流と交流の相互変換といった処理を行うことで、電気・電子的な機能を実現します。
一方、デジタル回路とは、“0” と “1”の並びで表現するデジタル信号に数値演算や論理演算を施して、機能を実現する仕組みです。
一般に、回路設計者は、アナログ回路設計とデジタル回路設計のいずれかを、コアのスキルとしています。
機器に搭載される電気・電子的な仕組みを詳しくみると、機器の種類ごとにアナログ回路とデジタル回路の比率は大きく異なります。
調査会社のIHS Markitによると、回路を構成する半導体部品のうち、パソコンでは92%が、スマートフォンでは71%が、液晶テレビでは56%がデジタル回路部品になります。
一方、自動車では41%、産業機器では34%にすぎず、アナログ回路が中心の機器だといえます。
志望する業種が定まっている人は、機器の特徴を考えながら、コアのスキルを養っても良いかもしれません。
機器ごとにアナログ回路とデジタル回路の搭載比率は異なる。
出典:IHS Markit
ただし、近年ではアナログ回路とデジタル回路が混じった電気・電子回路も頻繁に利用されるようになりました。
一歩進んだ機器を開発するため、アナログ回路設計者にはデジタル制御技術の知識が、デジタル回路設計者にはアナログ信号の挙動に関する知識が求められます。
そして、コアスキルへのプラス・アルファの部分が、回路設計者の差別化要因になっているのです。
つまり、コアスキルに熟練するだけでなく、スキルの引き出しを増やすことが重要といえるでしょう。
アナログは落ち目で、デジタルはかっこいい?
現代社会の特徴を示す言葉として、「デジタル社会」という言葉が使われることがあります。
これに対し、「アナログ人間」という言葉は、古くさい人間という意味で使われます。
こうした言葉の印象から、アナログ回路設計者は落ち目で、デジタル設計者はかっこいいというイメージを持っている人が多いかも知れません。
これは完全に間違いです。
映像や音、振動、温度、電波など、身の回りの自然現象はすべてアナログ信号です。
そして、人間が五感で感じているありとあらゆる情報もまたアナログの信号です。
デジタル信号は、電子的処理を施しやすくするために利用しているにすぎません。
つまり、現実世界で人間が使う機器ならば、必ずアナログ回路設計が必要になるということです。
また、ネットでやりとりする情報やパソコン内で処理するデータなど、デジタル信号の量は膨大に増えています。
しかし、そうしたデジタル信号の増大には、ほとんどの場合、高性能な半導体チップの利用とソフトウェアの工夫で対応できます。
つまり、回路設計者の出番はありません。
これに対し、アナログ回路設計の対象となる制御回路や電源回路、インタフェース回路などの開発案件は、機器の種類が増えれば増えるほど増加する傾向があります。
勘と経験が結果に大きく影響するアナログ回路設計
一般的に、アナログ回路設計は以下のような手順で作業を進めていきます。
はじめに目標仕様書を作ります。
回路を組み込む機器全体の仕様や顧客からの要求をまとめて、開発するアナログ回路の機能や特性を明確にするのがポイントです。
その後、実現すべき機能をいくつかの回路ブロックに分割し、ブロック間でやりとりする信号の仕様を定義して、回路設計を進めやすくしておきます。
ここから先は、ブロックごとに別々の担当者が設計を進めることが多いと思われます。
そして、各ブロックの詳細な回路を、目標の特性が実現するように設計していきます。
具体的には、ブロックの機能を実現する回路のひな形を基に、回路を構成する電子部品(トランジスタ、ダイオード、コンデンサ、インダクタ、抵抗など)を目標の特性に合わせて選び、組み合わせていきます。
そして回路設計を終えたら、目標の特性が実現できているか回路シミュレータで確認します。
回路シミュレータには、半導体メーカーである米Analog Devicesから無料提供されている「LTSpice」が多く使われており、トレーニングもしやすい環境が整っています。
もし、目標の特性にならなかった場合には、回路を修正します。
いかに少ない試行錯誤で、目標に達することができるかがアナログ回路設計者の腕の見せ所です。
勘と経験がものをいう作業といえるでしょう。
回路設計がほぼ終わったら、プリント基板の配線レイアウトを設計します。
アナログ回路では、同じ回路図でも、配線の長さや幅、さらには部品の位置が変わると回路の特性が大きく変動します。
このため、部品の配置や配線の形状、さらには調整用部品を入れながら、目標特性の実現を目指します。
そして、レイアウト設計後の回路が目標に達したことをシミュレータで確認できたら、プリント基板の試作し、動作を検証します。
自動化が進むデジタル回路設計
一方、デジタル回路設計は、以下のような手順で進められます。
まずアナログ回路同様に、目指す回路の機能や性能を仕様書に書いて明確にしておきます。
そして、実現すべき機能全体の処理手順を思い浮かべながら機能ブロックに分割し、それぞれをつなぎ合わせたブロック図を作ります。
このあたりから、EDA(Electronic Aesign Automation)ツールを使った設計を行うのが普通です。
現在のデジタル回路設計では、回路全体や各ブロックの機能とその動作を、ハードウェア記述言語(Hardware Description Language:HDL)と呼ばれる一種のプログラミング言語を使って記述します。
よく利用されているHDLは、VHLDとVerilog HDLです。
HDLは、C言語のようなソフトウェア開発用の言語とは性質が異なる言語で、使いこなすには別途勉強と慣れが必要です。
ソフトウェア開発用言語は逐次処理を記述するのに適していますが、HDLは同時並行的に処理する機能の挙動を記述するのに適しています。
現在のデジタル回路設計はプログラミング言語を使って行う
出典:cronislaw ? stock.adobe.com
そして、HDLで記述した後は、EDAツールが詳細なデジタル回路を自動的に設計してくれます。
回路設計者は、ツールが作り出した回路の動作をシミュレータで確認し、目標に達していなかったり、不具合があったりすれば、HDLでの記述を書き直します。
そして、動作確認が済んだら、FPGAというハードウェアの機能をプログラミングできる半導体チップに設計データを書き込み、ボード上で動作を検証します。
デジタル回路設計では、アナログ回路設計よりも作業の自動化が進んでいます。
このため、応用を念頭に置きながら、実現する機能の特徴や性能をいかに価値あるものにするかが設計者の腕の見せ所になります。
また、ソフトウェアとハードウェアの動作を強調させて動くシステムも多く、デジタル回路設計者に、ソフトウェア開発に関する知識が求められるようにもなってきています。
回路設計者の年収とキャリア
最後に回路設計者の年収やキャリアについても少し触れておきましょう。
転職情報、人材紹介サービスのDODAが発表している回路設計者の平均年収は以下の通りです(システム設計を含む)。
20代では420万円、30代で562万円、40代で662万円、50代では701万円となっており、他の技術系職種と比べても高めに推移しています。
回路設計者の需要が高まっていることを考えると、スキルさえあれば今後より高い年収水準で働けることも多いでしょう。
アナログ回路設計者とデジタル回路設計者、いずれも取得すべき資格は特にありません。
しかし、関連書籍やウエブ上の解説記事など、勉強するための情報は豊富です。
回路設計者は、特定のスキルを磨き続けることも大切ですが、より広い技術分野の知識とスキルが重要になっていく傾向があります。
スキルアップのプランを思い描きながら、戦略的に取り組むと良いでしょう。
現時点で、どのような求人があるか、実際に見てみることもオススメします。
回路設計者に必要とされるスキルが具体的に確認できるでしょう。