乗り物を便利に効率よく活用するモビリティサービス「MaaS」とは
通勤や営業活動、旅行、宅配、物流etc.……。
インターネットの発達で遠くの場所と密に情報交換できるようになった一方で、人の移動やモノの輸送はより活発化し、さまざまな交通手段が用いられています。
しかし、昨今の少子高齢化による過疎化や人材不足によって、公共交通と物流網の維持は限界を迎えています。
さらに、渋滞や交通事故、CO2の排出など、移動・輸送手段に起因する社会問題も依然として残された課題だと言えるでしょう。
これらを解決する手段として注目を集めているのが新たなモビリティサービス「MaaS(Mobility as a Service:「マース」)」です。
MaaSは私たちの暮らしや社会にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。
その概要を解説します。
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交通サービスの発達で利便性と引き換えに現れた弊害
移動・輸送手段が発達した昨今。
私たちは旅行や仕事で気軽に海外に出かけられるようになり、スーパーマーケットには世界中からの輸入品が陳列されています。
また、人の行動やモノの輸送範囲が広がっただけではありません。
自家用車、自転車、タクシー、バス、トラック、鉄道、船舶、飛行機など、数多くの便利な移動・輸送手段が存在し、日々新たな交通機関が誕生しています。
その一方で、移動・輸送手段にまつわるさまざまな課題が生まれています。
例えば、過疎化が進む地域では、住民の足だった鉄道やバスの経営が困難になり、廃止に追い込まれた結果、買い物や病院通いができない「交通難民」が発生。
都市部でも、ネット通販の普及によって扱う荷物が増大し、物流の担い手不足と高齢化が深刻な問題となっています。
その上、道路の渋滞は社会の生産性を押し下げる要因で、抜本的対策が見つかっていません。
高齢ドライバーの誤操作による事故は近年よく取り上げられているセンセーショナルなニュースでしょう。
さらに、国土交通省の2019年の報告によると、2017年度の日本の二酸化炭素排出量のうち、運輸部門からの排出量は全体の17.9%を占めており、今後も排出量を減らすための効果的な移動・輸送手段の運用が求められています。
MaaSとはどのようなサービスなのか?
こうした社会問題の解消に期待されているサービスがMaaSです。
これは、鉄道やバス、タクシー、トラック、自家用車、自転車といったあらゆる移動・輸送手段の活用状況をIoT(Internet of Things:モノのインターネット)やAI(人工知能)などのICT(情報通信技術)を使って一元管理。
目的地まで効率的かつ効果的に人やモノを運ぶ方法を見つけ、シームレスに輸送を行う新しいサービスです。
MaaSは、当時フィンランドのアールト大学の学生だったSonja Heikkila氏が書いた修士論文の内容を基に、2012年頃に行われた「Kutsuplus」と呼ばれる実験から始まりました。
このサービスは、利用者が現在地と目的地、希望時刻をスマートフォンのアプリで指定すると、街を巡回するミニバスが近くまで来てくれるというもの。
ミニバスは決まったルートをスケジュール通りに巡行するわけではなく、利用者にとって最適なルートを通って効率を高める点が画期的な部分と言えるでしょう。
現在、フィンランドの首都・ヘルシンキでは、Kutsuplusのコンセプトを発展し、運用対象を鉄道、タクシー、レンタカー、シェアサイクルなどに拡大した「Whim」と呼ばれるMaaSがMaaS Global社によって事業化されています。
その利便性は極めて高く、ヘルシンキの多くの市民が利用しています。
Whimの利用が拡大したことで、街を走る自家用車が目に見えて減り、渋滞や交通事故の減少につながりました。
出典:ladysuzi / Sergii Figurnyi ? stock.adobe.com
MaaSの推進でもたらされる2つのメリット
MaaSには大きく2つのメリットがあります。
1つは社会問題の解消、もう1つは利便性の向上です。
過疎地などでは、乗客を1人も乗せないまま走っている路線バスを見かけることがあるでしょう。
また、タクシーも乗客を見つけるまで乗り場で客待ちをしたり、街を流していたりする時間が長くあります。
こうした交通機関の無駄やドライバーの非効率な活用が公共交通機関の運営を困難にし、かつ渋滞や交通事故等を発生させる原因でもあります。
その点においてMaaSならば、スマートフォンなどのICTを活用して、リアルタイムで利用者側の需要と提供側の運用を最適な形でマッチング。
移動・輸送手段の稼働率を高めることで公共交通機関に起因する社会問題の解消が可能となります。
また、鉄道やバス、タクシーなどの公共交通機関は、それぞれ別の会社が運用しており、鉄道の相互乗り入れなどを除けば、個々の交通機関が円滑に連動しているわけではありません。
最近では、Googleマップなどのアプリを利用して、複数の交通手段を併用しながら目的地まで最短時間で移動するルートを見つけ出せるようになりました。
しかし、公共交通機関の運行状況を瞬時に把握し、その時点での最短時間で目的地まで行ける手段を手配することは簡単ではありません。
一方MaaSは、効率的な移動の手段を見つける、いわば旅行代理店の機能を有しているため、ルート検索だけでなく、公共交通機関の手配までを手軽に行うことが可能です。
ちなみに、Whimでは1か月500ユーロ(日本円で約6万円)で鉄道やバス、さらにはタクシーも含めた市内の乗り物乗り放題の料金プランが用意されています。
移動時間の効率化だけでなく、できるだけ景色の良い場所を回りたいなど利用者ごとのニーズに合わせた移動と運賃のプランを提示することもできます。
その他、個人が所有する自家用車を移動・輸送手段として活用する動きもあります。
世界中で、Uberのようなシェアライド・サービスが普及しており、このサービスをMaaSに組み込めば、より柔軟に人やモノを運ぶことが可能です。
自家用車は運用の柔軟性と機動力に優れた移動・輸送手段ですが、現時点での稼働率は約5%にすぎません。
自家用車を社会インフラの一部にできれば、公共交通に無闇な投資をする必要がなくなります。
今後、自動運転車が実用化した際にはドライバーも不要になるため、利便性はますます高まることでしょう。
国内外で次々と始まるMaaSの実験プロジェクト
「Whim」の成功に触発され、世界中の国や都市でMaaSの実用化に向けた実験プロジェクトが始まっています。
既に海外では欧州を中心に、さまざまなMaaSが事業化されており
- スウェーデン・ヨーテポリの「UbiGo」
- ドイツ・シュツットガルトの「polygo」
- フランス・モンペリエの「EMMA」
- オーストリア・ウィーンの「smile」
などの運用がスタートしています。
日本でも、国土交通省を中心に、自動車メーカーや鉄道会社、タクシー会社、旅行代理店などの企業がそれぞれの立場から日本市場に適したMaaSのあり方を模索している段階です。
出典:metamorworks ? stock.adobe.com
また、人の移動ではなく、モノの輸送に関連したMaaSも始まっています。
米国のCargomatic社は、荷主と一般ドライバーをマッチングして、荷物を届けてもらう宅配版Uberとも呼べるサービスの提供を開始。
日本でも公共交通機関で人とモノの輸送を同時に行う“貨客混載”と呼ばれる運用形態が試されており、ヤマト運輸と日本郵便、宮崎交通 は、路線バスを用いた貨客混載の共同輸送実験を実施中です。
日本での場合、MaaS導入の緊急度がとりわけ高いのが、地方の過疎地域で、ヘルシンキのWhimのような公共交通機関の利用を前提に考えることが難しいジレンマがあります。
地域住民に最低限の移動・輸送手段を提供することは国や自治体の責務ですが、厳しい財政状況を抱える現在では、ニーズを完全に満たすことは困難だからです。
そのため、MaaSは導入する目的や地域の状況に応じたサービス形態を考える必要があります。
国土交通省では、MaaSを導入地域の特徴とニーズで
- 「大都市地域」
- 「大都市の郊外部」
- 「観光地」
- 「地方中核中枢都市」
- 「中山間地域」
の5つに分類。
それぞれ個別の実験を行うとともに、特に中山間地域のような過疎化が著しい地域の交通難民を救うための手段として「自動運転車の利用」を視野に入れて注力しています。
自動車関連メーカーと並んで、MaaSの事業化に積極的なのが鉄道会社です。
都市圏の鉄道会社の多くは、路線と連動して周辺地域の住宅地や商業施設を開発しています。
ところが、少子高齢化によって路線周辺地域での住み変わりが進まず、駅から遠い住宅地が過疎化し、路線価値の維持ができなくなる問題が起こりました。
そこで、駅から遠い住宅地でもMaaSを活用して利便性の高い生活を維持する試みが行われています。
小田急電鉄は鉄道だけでなく、バスやタクシーでの移動を丸ごと提供する仕組みづくりを開始。
片瀬江ノ島駅とヨットクラブを結ぶ自動運転バスの実証実験をしました。
日本では、SuicaやPASMOなどの交通系ICカードが普及し、既に複数の鉄道会社をまたぐ課金が一元化されているため、MaaSの提供に欠かせないICTシステムの素地は出来上がっています。
MaaSとそこで求められる技術と人材
トヨタ自動車の豊田章男社長は、2018年5月発表の決算説明会で「私は、トヨタを『自動車をつくる会社』から、『モビリティ・カンパニー』にモデルチェンジすることを決断いたしました」と宣言。
ソフトバンクと共同で、多目的なMaaS専用車両を運用する企業「モネ・テクノロジーズ」を設立しました。
同様の動きは、トヨタだけでなく、世界中の自動車メーカーにも広がっています。
ドイツのダイムラー社は、乗り捨て型カーシェアサービス「Car2Go」をMaaSの手始めとして事業化。
米国のフォード・モーター社でも通勤者向けの乗り合いバスサービス「Chariot」を提供しています。
現在、自動車メーカー、鉄道会社、タクシー会社、旅行会社、物流会社など、さまざまな業種の企業が、それぞれの視点からのMaaSへの参入を模索しています。
ただし、それらの企業は、ICTに関する知見やノウハウのような、MaaSの核となる技術を豊富に持っているわけではありません。
このため、価値の高いサービスを提供するために自社に足りない技術の知見やノウハウを持つ人材を積極的に集めています。
AI、アプリ開発、データサイエンスなどの分野に強い人材は今後も活発な採用が進むことでしょう。
少子高齢化が進む日本には、MaaSの導入を求める社会からの強い要請があります。
また、それを実現する高度な技術基盤もあります。
現在は欧米を中心に実用化が始まっているMaaSですが、そのニーズはあらゆる国や地域で高まっていくことでしょう。
いずれ、日本で磨かれたMaaSの技術やサービスが、海外に輸出されていくかもしれません。